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第1章
第4話 溺愛当主
しおりを挟む「さっきも思ったが……希少種の頬はこんなにも柔らかいのか? 食いちぎってしまいそうだ」
「グレア様、それは彼が希少種だからではなく……元々頬が柔らかいからかと」
声が聞こえる。
「そうか。では、この希少種がどうしようもない平凡顔なのに、やけに愛らしく見えるのは何故だ?」
「それは……な、何故でしょう」
まだ不鮮明な意識の中で──聞き覚えのある男の声が響いた。誰かと話しているのだろう。しかし、脳が正常に機能していないせいか、声を発することが出来ない。
「この痩せこけた身体を見ろ。オレと同い歳くらいだというのに、全然食べていないだろ? 父上は貧富の差は必要だ、と言っていたが……オレにはどうも理解できない」
男はそういうと──容赦なく俺の服を捲った。
腹から胸にかけて、開かれた身体から、冷たい空気が流れ込んでいく。更に、不可思議な行動はそれだけには留まらず。男は俺の腹に手を当てると、部下らしき男に説明するよう「細いだろ?」と肌をなぞった。その瞬間、湧き上がる羞恥心と怒りから──俺の意識は鮮明になっていく。
「さ、さわんな……! 俺に触るな!」
俺は勢いよく起き上がると、腹に触れていた不快な腕を払いのけ、怒声を上げた。
咄嗟に辺りを見渡すと、薄暗い外とは打って変わって──知らない空間が視界に飛び込んでくる。俺は、白くて柔らかい空間の上にいた。汚れ一つない分厚い布。やけに高さのあるソレは、布団と呼ぶには無理がある。
(一体ここはどこなんだ、何で俺はこんなところに……)
はっと我に返ると──目まぐるしく表情を変える俺を見て、嘲笑っているのだろう。青い髪の男が、口元に手を当て、笑声を抑えんとしていた。それが無性に悔しくて、俺は強く布を握り締める。すると……混乱する俺を見て、気の毒に思ったのか。青髪の男の横にいる、部下らしき人物が口を開いた。
「ここは王宮内です。ああ、自己紹介がまだでしたね。私の名はロンといいます。そしてこの方は──この国の次期当主、グレア様です」
「……おう、きゅう?」
部下らしき男『ロン』の説明を耳にしてすぐ、俺は思わず目を見張った。そしてすぐに、青髪の男へ視線を向けた。紅の瞳と目が合う。そんな偉い人が俺みたいな人間をこんな所に連れて来るなんて……一体何のつもりだ。
「な、なにが目的なんだよ」
俺は肩に力を籠めると、必死に言葉を放った。恐怖心と共にせり上がる緊張が、心臓の動きを加速させる。こんなことなら『兄貴の言いつけ』を確り守っておくべきだったと、今更ながらに後悔が生まれる。
「希少種よ。まずはココまで誰にも見つからずに生きぬいたことを、褒めてやろう」
青髪の男『グレア』はそういって笑みを浮かべると、俺の頭に手を添えた。そして、優しく頭を撫でる。その丁寧な手つきが、少しだけ兄貴に似ていた。俺は一瞬だけ表情を和らげたが──すぐにそれを手で払った。例え偉い人が何を言おうとも、俺は家に帰らなければならない。兄が仕事から戻れば、姿を消した俺を心配するに違いない。
だからこそ、ここに長居している暇はないのだ。
「さっきから何言ってんだよ……俺は『まだ働ける年齢じゃない』からって、兄貴に育ててもらって来ただけだ。俺は今すぐ家に帰る──分かったら早くここから出せ!」
俺は眉を吊り上げると、必死に声を震わせた。次期当主だからと言って、一般人を許可なく連れ去るなんて許されるわけない。俺は大きく目を開けたまま、グレアの返事を待っていた。しかしどうだろう──グレアは俺の言葉に目を丸くすると、首を傾げて言ったのだ。
「何を言っている……お前はとっくに、働ける年齢のはずだが?」
瞬間、俺は言葉に詰まってしまった。
グレアの表情に嘘はなかった。むしろ驚いたように発された疑問符が、俺の胸に深く突き刺さった。兄貴は噓をついていたのか? そこまで俺は足手まといだったのだろうか。溢れる疑問に頭を悩ませ「でも兄貴が……」と混乱混じりに呟けば、横からロンが口を挟んできた。
「どうやら貴方のお兄さんは、貴方をとても大切にしていたようですね。嘘までついて」
「うそ……だと? そんなわけないだろ? 兄貴は何も嘘なんてついてn──」
「執着するのも無理はない。お前の瞳は他とは違う、特別なものだからな。傍に置きたくなって当然だ──現にオレもこうやって、お前を連れて帰ってきた」
理解が追い付かない俺を他所に、グレアはロンに視線を送る。それを受けてすぐ、ロンは丁寧にお辞儀をすると、部屋から出て行ってしまった。
部屋の中は、俺とグレアのみとなる。
しかしこれは、ある種のチャンスかもしれない。俺はきょろきょろと辺りを見渡し、逃げ道の確保に急いでいた。敵が一人になった今、例え戦力に差があろうとも、隙さえ作れれば抜け出せるかもしれない。
ドアから抜け出すには、否が応でもグレアと対面することになるだろう。俺は直ぐそばにある窓に目を向け、ゴクリと生唾を飲み込んだ。ここからならきっと──
「因みに言っておくが、ここは王宮の七階だ。窓から身を投げれば死ぬだろう。勿論、殺すつもりも毛頭ないがな」
俺の心を読んだのだろうか。グレアは大きな欠伸をすると「もう少し待ってろ」と呟いた。殺されるのでは? とも思ったが──何故だろう。不思議なことに、青髪の男からは危険な感じか一切しなかった。俺は再び布団を握ると、この際だと思い声を発した。
「俺の瞳が『特別』って、どういうことだ? アンタの目的は何なんだ」
「グレアだ」
「……」
「グレアと呼べ」
「ぐれあ」
眉を顰めながら渋々名を呼ぶと、男はフンとご機嫌そうに鼻を鳴らして説明を始める。
「この世界の人間は、殆どが青い瞳を持って生まれる。しかし……オレのように王の血を引く人間は、紅の瞳を持って生まれる」
「じゃあなんだ? 俺の瞳が赤色だったとでもいうのか?」
生憎、俺の家に鏡はなかった。
窓ガラスに反射する自分なら何度か見たことがあるが──目の色なんか気にかけないし、容姿が良い訳でもないからと、別段注目してこなかったのだ。
「お前の瞳は『琥珀色』だ。これはこの国における希少種で、オレも実際に見たのはこれが初めてだ」
グレアの指先か俺の頬に触れる。
改めて見てみると、男の容姿は呆れるほどに整っていた。眉目秀麗な目前の男は、俺の瞳だけを見ている。どうやらコイツは──俺の瞳が見たいからとこんな騒ぎを起こしたらしい。何だか無性に腹が立った俺は、わざと目を瞑り、琥珀の瞳を隠してやった。
「なぜ目を閉じる? ……誘っているのか? 希少種よ」
俺が目を開くと、男はしてやったりと笑みを浮かべた。その表情が気に入らなくて、俺は大きな溜息を零す。
「ぶん殴るぞ。あと俺の名前は希少種じゃない、ジークだ」
警戒心が解けたせいか。気が付けば俺は、自分から名を名乗っていた。咄嗟に口を手で塞いだが──時すでに遅し。グレアは「ジークか、良い名前だな」と陽気に笑うと、忘れぬようにと復唱して続けた。とても次期当主とは思えないその無邪気ぶりに、俺は拍子抜けしたように息を吐いた。
それにしても、王宮に連れて来られたと知った時は驚いたが、思ったよりも怖い場所でなくて安心した。次期当主と名乗る男『グレア』も、あまり悪いやつには見えないし……兄の話は信じていないが『とにかく命の危険はないだろう』という根拠のない自身が、俺の心に確として余裕を持たせてくれた。
(隙を見てここから逃げることにしよう──その為には、王宮の情報を集めないと)
するとその時、部屋の外からノック音が響いた。グレアが「入れ」と言葉を発すれば、再びロンがやって来た。
「グレア様、食事を持って参りました」
食事。その単語に目を見張る。ロンの登場と共に部屋の中にやって来たのは、大量の料理だった。室内に良い匂いが漂い、俺は空腹を理解する。
俺とグレアの前に、豪華な食事が並べられる。中でも俺が注目したのは、真赤なトマトスープだ。それと同時に頭に浮かぶ兄貴の存在に、俺の心がチクリと痛んだ。
「下がっていいぞ。『ジーク』の食事が済んだら呼ぶ」
「はい。失礼いたします」
食事を残して、ロンは部屋を後にした。一生かけても食べられないような食事に俺が目を輝かせていると──グレアはこの世の者とは思えないほど、美しい表情で笑った。
「これは全てお前の食事だ、ジーク。その細い身体では、オレの仕事について回るのは愚か――体力が持たないだろうからな。それに、このままヤるのも気が引ける」
「……は?」
序とばかりに発せられた言葉に、俺は思わず声を漏らす。気のせいだろうか、今グレアから、信じられない言葉が聞こえたような。
「何か変なことでも言ったか? ジークはこれから一生オレの物になるというのに、何が不思議なんだ」
耳を疑った。
それと同時に、安易に名を教えてしまったに数分前の自分に、尽く後悔した。さっき迄の穏やかな様子とは全く違う。俺を見下ろすグレアの表情は──まさに悪魔そのものだった。
「い……いや待てよ。そもそも、お前の物ってどういう事だ。さっき迄そんなこと言ってなかったのに──」
「オレはよく、話術に長けていると褒められる。ジークが簡単にオレに名前を教えたように、人に情報を吐き出させるのが得意なんだ」
嫌な予感がした。俺は青ざめた表情のまま、必死に後方へ下がっていく。しかし、そんな俺の最後の抵抗は、壁によって遮られてしまう。
「お前の顔と名前は、既に王宮内に共有された。ここから出ようとしても無駄だ。万が一外に逃げ出せたとしても、オレの権力を使って必ず見つけると約束しよう」
「な……なにいって──」
「この国で他人に名を名乗るのは自殺行為だぞ、ジーク。無知で愛らしいが、さすがに心配になる」
グレアの表情からは、さっきまでの笑顔が消えていた。俺を見つめる紅の瞳には、多大な執着心が含まれている。
「瞳も勿論魅力的だが……怯えた顔もいい。安心しろジーク、死ぬまで飼ってやるからな」
やばい、この男は本当にやばい。
嫌な汗が止まらない。俺は素早くその場から立ち上がると、強引に外へ飛び出そうとした。しかし──ろくに走り回ったこともない貧弱な俺の身体では、逃げることなど不可能だった。
「何が食べたい? ジーク。ああ、お前さっき異様にトマトスープを見てたよな? 特別にオレが食べさせてやる」
ほら、口開けろよ。
グレアは俺の身体を抱きかかえると、膝の上に乗せ、スプーンを口元に近づけてきた。まるでお人形遊びをするようなその仕草に、動揺が隠せない。
しかし。困惑して黙る俺にしびれを切らしたのか──グレアは無理やりスプーンを口内に押し込むと、嗚咽する俺を無視して強引にスープを飲ませてきた。
「いっぱい食えよジーク。ここにある食事をぜんぶ食いきるまで、オレが見ててやるからな」
「も……むりだ。やめろ、グレアっ」
遂に堪え切れなくなった俺は、涙目でグレアを見上げる。しかし男は、反省するどころか──むしろ光悦した表情で俺に言ったのだった。
「愛してる、オレのジーク。これから一緒に頑張ろうな」
紅の瞳は、黒く濁っていた。
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