次期当主に激重執着される俺

柴原 狂

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第2章

第18話 ただいま

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 あんなに騒がしかった外が、いつの間にかしんと静まり返っている。
 もはや悲鳴に近い、賑やかな声が聞こえていた辺り、パーティは大いに盛り上がったのだろうと想像する。

 俺は現在、ひとり机に向かって、飽きもせず字の練習をしていた。紙に書かれている名前は──あいつの名前だ。

 ここに来てどれくらいの時間が経ったのだろう。初めは驚き、混乱したりもしたが……俺はいま、この生活にひどく慣れてしまっている。グレアと出会ってからの生活は、新しいものばかりだ。
 あいつのことを思い出すだけで、自然と口角が上がってしまうからおかしい。

 この時の俺は文字を書くことに集中していて、周囲の状況に無関心だった。だから、気付けなかったのだ。


「ただいま、ジーク」


 背後から突然やってきた男に、ぎゅっと抱きしめられるまでは。耳元で聴こえるやつの声に、俺の顔はぼっと赤くなる。


「ちょ……グレア! 急にびっくりするだろ」
「ようやく会えたな。ひとりで寂しかっただろう? 今日は何をして遊んでいた? 文字の練習をしていたのk──」


 俺を抱きしめたまま、次から次へと疑問符を投げ飛ばしてくるグレア。しかし彼の問いは、次の瞬間ピタリと止まった。

 グレアは、机の上に置かれた紙を凝視していた。そこには──俺が書いた、『グレア・ヴィクター』の文字がある。


『グレア様の本名は「グレア・ヴィクター」というのですよ。字を覚えたら、書いてみましょう。きっと喜ばれますよ』


 以前ロンにそう言われ、気紛れに練習していただけなのに……よりによって本人に見つかってしまうなんて。しかし、頬を染める俺をは裏腹に、グレアの表情は幸せに満ちていた。


「ふっ、こんなに愛情の籠った文字を見たのは初めてだ。ありがとう、ジーク」
「……」


 グレアが嬉しそうに笑うので、俺はもう何も言えなくなる。人から褒められるのに慣れてないせいか……身体が熱くて仕方がない。


「弱ったな。オレはもう、お前を手放せそうにない」


 宝石のように美しい瞳が、真剣な表情で俺を見ていた。
 初めて会った時の、恐ろしい印象とは違う。グレアと一緒に過ごし、過去を知って、目的を知って――俺の心は、間違いなく男に惹かれてしまっていた。


(あいつは話術に長けている。平気で嘘もつくだろうし、今だって俺を騙しているかもしれない。でも、それでも……)


「愛してる、オレのジーク。何があっても幸せにすると誓おう。だからどうか、これからも傍にいてほしい」


 俺はもう──この男から離れられないかもしれない。
紅と琥珀が混ざり合う。触れ合う指先が、互いの熱を交差させる。二人だけの空間は、酷く穏やかで温かかった。





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