32 / 33
第2章
第18話 ただいま
しおりを挟むあんなに騒がしかった外が、いつの間にかしんと静まり返っている。
もはや悲鳴に近い、賑やかな声が聞こえていた辺り、パーティは大いに盛り上がったのだろうと想像する。
俺は現在、ひとり机に向かって、飽きもせず字の練習をしていた。紙に書かれている名前は──あいつの名前だ。
ここに来てどれくらいの時間が経ったのだろう。初めは驚き、混乱したりもしたが……俺はいま、この生活にひどく慣れてしまっている。グレアと出会ってからの生活は、新しいものばかりだ。
あいつのことを思い出すだけで、自然と口角が上がってしまうからおかしい。
この時の俺は文字を書くことに集中していて、周囲の状況に無関心だった。だから、気付けなかったのだ。
「ただいま、ジーク」
背後から突然やってきた男に、ぎゅっと抱きしめられるまでは。耳元で聴こえるやつの声に、俺の顔はぼっと赤くなる。
「ちょ……グレア! 急にびっくりするだろ」
「ようやく会えたな。ひとりで寂しかっただろう? 今日は何をして遊んでいた? 文字の練習をしていたのk──」
俺を抱きしめたまま、次から次へと疑問符を投げ飛ばしてくるグレア。しかし彼の問いは、次の瞬間ピタリと止まった。
グレアは、机の上に置かれた紙を凝視していた。そこには──俺が書いた、『グレア・ヴィクター』の文字がある。
『グレア様の本名は「グレア・ヴィクター」というのですよ。字を覚えたら、書いてみましょう。きっと喜ばれますよ』
以前ロンにそう言われ、気紛れに練習していただけなのに……よりによって本人に見つかってしまうなんて。しかし、頬を染める俺をは裏腹に、グレアの表情は幸せに満ちていた。
「ふっ、こんなに愛情の籠った文字を見たのは初めてだ。ありがとう、ジーク」
「……」
グレアが嬉しそうに笑うので、俺はもう何も言えなくなる。人から褒められるのに慣れてないせいか……身体が熱くて仕方がない。
「弱ったな。オレはもう、お前を手放せそうにない」
宝石のように美しい瞳が、真剣な表情で俺を見ていた。
初めて会った時の、恐ろしい印象とは違う。グレアと一緒に過ごし、過去を知って、目的を知って――俺の心は、間違いなく男に惹かれてしまっていた。
(あいつは話術に長けている。平気で嘘もつくだろうし、今だって俺を騙しているかもしれない。でも、それでも……)
「愛してる、オレのジーク。何があっても幸せにすると誓おう。だからどうか、これからも傍にいてほしい」
俺はもう──この男から離れられないかもしれない。
紅と琥珀が混ざり合う。触れ合う指先が、互いの熱を交差させる。二人だけの空間は、酷く穏やかで温かかった。
213
あなたにおすすめの小説
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる
桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」
首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。
レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。
ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。
逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。
マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。
そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。
近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン
彼はオレを推しているらしい
まと
BL
クラスのイケメン男子が、なぜか平凡男子のオレに視線を向けてくる。
どうせ絶対に嫌われているのだと思っていたんだけど...?
きっかけは突然の雨。
ほのぼのした世界観が書きたくて。
4話で完結です(執筆済み)
需要がありそうでしたら続編も書いていこうかなと思っておいます(*^^*)
もし良ければコメントお待ちしております。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された
あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると…
「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」
気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
初めましてです。お手柔らかにお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる