モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)

文字の大きさ
1 / 3

第1話 ナナ

しおりを挟む
 それは貴族学校卒業記念パーティーだった。

「パトリシア、君との婚約を破棄する!」

 そう叫んだ王太子殿下と4人の側近たちに庇われるように平民出の聖女フローラが青ざめた顔で立っていた。
 今まさに王太子殿下とパトリシア=ゼノン公爵令嬢との婚約破棄が行われているのだ。


 どうもあたしはナナ=キャスリー。15歳。
 伯爵家の娘で転生者です。

 ここがどうやら乙女ゲームの世界だと気が付いて早10年。
 でもあたしは何もしなかった。

 令嬢っと言っても田舎の貧乏伯爵家で、見た目も能力も地味で平凡。
 中央で華々しく暮らす王太子殿下やその側近の方々に近づく機会なんてない。
 彼らのトラウマも犯罪とか、生死にかかわるとかじゃなかったしね。


 それにモブ転生だったんだ。
 しかもプロローグで死ぬ役。
 魔王が復活する予兆となる事件で、殺される2人の子どもの内の1人。

 本当に襲われたんだよ。
 それが記憶を取り戻した5歳のとき。
 幼馴染の侯爵令息ルイと2人で庭の裏にある林でお花を摘んでたら、突然真っ黒いものが襲ってきたんだ。


 最初にルイが襲われた。
 それであたしがめちゃめちゃ叫びながら逃げたら、真っ黒いものが追いかけてきたんだ。

 近くにいるはずの護衛は全然あたしの声が聞こえないみたいですごくこわかった。
 だけどルイの意識が戻って、ついでに魔力の覚醒もしちゃったの。
 ものすごい力で真っ黒いのを粉砕して、あたしを助けてくれた。

 ルイもあたしもそのままぶっ倒れて、目覚めると1週間ぐらいたっていた。


 そしたら知らない間にルイと婚約することになってたんだ。
 ルイ曰く、あたしが叫んで気を反らなかったら、力を得る前に真っ黒いのに食べられるところだったんだって。

 ルイは侯爵家の嫡男でとんでもない美貌の持ち主なのにすごく優しくて、しかも莫大な魔力と天才的な魔法のセンスがあるんだ。
 あたしなんかじゃなく中央の高貴なご令嬢とだって、もしかしたら王女様とだって結婚できるぐらい。
 正直、なんで彼が攻略対象じゃないんだって不思議なくらい。

 あたしがやったのは、自分が助かりたくて叫んだだけ。
 だから気にしないでって言ったんだけど、婚約は継続することになった。
 このパーティーの半年後、結婚することになっている。

 あたしたちのことはどうでもいいか。
 だってとんでもないことになってるんだもん。



 初めはゲームの通り、王太子殿下に悪役令嬢のパトリシア様が責められてるだけだったけど、途中からヒロインの聖女フローラ様も責められ始めたんだもの。

「2人は共謀して、我々5人の心をもてあそんだ。
 我々を操るために嘘っぱちの苛めを捏造し、彼ら4人の婚約者との間を引き裂こうとした。
 そのことで多くの人の悲しみや混乱を招き、この国の安全と信頼関係を脅かした。
 そのことは万死に値する!」

 でた! 万死‼
 これってなかなか聴けない単語だよね。
 でもちょっと待って。
 ヒロイン、聖女だよ。
 まさか死罪になったりしないよね?


 でもあたしも気が付いてたんだよねー。
 ヒロインと悪役令嬢も転生者で、大の仲良しだってこと。
 苛められたって泣いていた後なのに、一緒に下町のカフェに現れてお茶するのはないよねー。
 お忍びのつもりだったんだろうけど、2人ともすごい美女だもん。

 せっかくルイと制服デート中だったのに。
 余計なことに巻き込まれないように逃げ帰ったんだよ。
 ルイは優しいから、別の日に連れて行ってくれたけど。


 乙女ゲームに近寄らないようにしていたあたしでさえ気が付いたのに、彼女たちに関心のある人ならもっと気づくよね。

 とりあえずヒロインと悪役令嬢はお城の貴賓牢きひんろうに捕らわれることになったみたい。
 でも困った。
 この後魔王が出現して、聖女と5人の攻略対象者で倒しに行かないといけないのに。


 彼女たちは攻略に失敗して、バッドエンドだ。
 だからと言って、あたしが代わりに彼らを攻略なんてできない。

 だってあたしにはルイがいるもの。
 それにモブ転だから、なんのチートもないんだよねー。
 魔王と戦って負けるスチルしか思い描けない。

 どうしよう……。


 帰りの馬車の中で、ルイが心配そうな顔をしてあたしに声をかけた。
「どうしたの、ナナ? そんなに難しい顔をして」
「だって大変なことが起きたじゃない」
「ああ、さっきの婚約破棄? あれは自業自得でしょ」

 うつむくあたしをルイはじっと見つめた。
「まだ何かあるんだね。さっさと僕に話してごらん。
 僕が君を守ってあげる」

 私は吐いた。
 ルイに隠し事なんてできない。


「つまりこの後魔王が出現するから、アイツらが必要ってことだね」
「そうなの。聖女と5人が力を合わせて倒すのよ」
「僕1人でもいけそうだけど」
「ええっ! ルイが行っちゃうの? そんなの寂しい……」

 するとルイはふわっと幸せそうな微笑みを浮かべた。
「そうだね、ナナがいないと僕も寂しい。
 わかった。なんとかアイツらを討伐に行かせるよ」

 そんなことできるの?
 そう不思議に思ったけれど、その後ヒロインと悪役令嬢の罪は条件付きで許されたと聞いた。



 3か月後、魔王の出現がわかり、討伐隊が結成された。
 ヒロインと攻略対象者の5人、そしてなぜか悪役令嬢もメンバーに入っていた。
 彼らを送り出すべく、壮行会が行われたのだ。

 あたしもルイの婚約者として出席したよ。

 そしたら、全員マッチョになっていた。
 ガチムキじゃないよ。
 戦士の体になってたの。
 あのフォークしか重いものを持ったことのないはずの悪役令嬢パトリシア様もよ。
 どこかのブートキャンプでも行ったのかな?


 それに壮行会の司会をなぜかルイがやっていた。
「それでは予言によって選ばれた戦士たちを大いに称えましょう」
 ルイの宣言に大きな拍手が起こる。

 その音にかき消されるぐらいの小さな声で王様が、
あるじ1人で大丈夫なのでは?」
 だがルイに威圧されて、慌てて黙る。

「僕には大事な婚約者がいて、結婚を控えていますから」

 いや王太子殿下は悪役令嬢と婚約破棄したけど、他の4人もそうじゃない?
 と思ったけど私たちより仲良しのカップルはいないし、これ以上ゲームのストーリーを壊さない方がいい。



 そして3か月後、彼らは見事に魔王討伐に成功した。
 みんなボロボロになってたけど、ヒロインと悪役令嬢は攻略対象者たちと和解したようで、かなり仲良くなっていた。

 共通の敵がいるって結束が強くなるよねー。


 ただ彼らの英雄的行為を称える式典のため、結婚式の教会が使えなくなった。
 数日予定を伸ばしてほしいと、申し入れがあったのだ。

 すると英雄である彼らが恐慌状態に陥った。
「どうしよう、ルイ様に殺される……」

「皆様がおっしゃる意味がわかりませんが、おかげさまで安心して式が挙げられるんですもの。
 数日の延期ぐらい大丈夫ですわ。ねぇ、ルイ?」

「ナナがそういうなら」

 ルイはそう優しく微笑んでくれた。
 彼らはまだ震えていたけど、どうしてそんな勘違いをするのかしら?
 あたしのルイがそんなこと、するわけないでしょ!



 祝賀パレードも無事にすみ、あたしはルイと結婚した。

 前世も奥手だったから、本当に初めてだったの。
 ルイが優しくしてくれたから、辛くはなかったけど……。
 正直、恥ずかしすぎてあんまり覚えていない。
 でもとにかく幸せでした。

 モブ転生なんてこんなもの。

 あたしごとき、モブには何にもできなかった。
 この幸せがあるのもヒロインたちが魔王を討伐してくれたおかげ。
 彼ら6人には心から感謝しなくちゃね。

----------------------------------------------------------------------------------
 ナナは心の中とルイに話すときだけ、あたしと砕けます。
 普段は令嬢言葉です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モブとか知らないし婚約破棄も知らない

monaca
恋愛
病弱だったわたしは生まれかわりました。 モブ? わかりませんが、この婚約はお受けいたします。

モブの私はただ見てるだけ

風待 結
恋愛
美貌と財力で社交界を牛耳るヴィオレッタ。婚約者エドワードを見下す彼女は、彼の過去を暴き婚約破棄を目論んでいる。 私はただどうなるかを見ているだけの傍観者だ。

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

モブの声がうるさい

ぴぴみ
恋愛
公爵令嬢ソフィアには、幼い頃より決まった婚約者がいる。 第一王子のリアムだ。 いつの頃からか、ソフィアは自身の感情を隠しがちになり、リアム王子は常に愛想笑い。 そんなとき、馬から落ちて、変な声が聞こえるようになってしまって…。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。 お嬢様の悩みは…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴッドハンドで世界を変えますよ? ********************** 転生侍女シリーズ第三弾。 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』 の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!

【短編】誰も幸せになんかなれない~悪役令嬢の終末~

真辺わ人
恋愛
私は前世の記憶を持つ悪役令嬢。 自分が愛する人に裏切られて殺される未来を知っている。 回避したいけれど回避できなかったらどうしたらいいの? *後編投稿済み。これにて完結です。 *ハピエンではないので注意。

醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 とある侯爵家で出会った令嬢は、まるで前世のとあるホラー映画に出てくる貞◯のような風貌だった。 髪で顔を全て隠し、ゆらりと立つ姿は… 悲鳴を上げないと、逆に失礼では?というほどのホラーっぷり。 そしてこの髪の奥のお顔は…。。。 さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドで世界を変えますよ? ********************** 『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』の続編です。 続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。 前作も読んでいただけるともっと嬉しいです! 転生侍女シリーズ第二弾です。 短編全4話で、投稿予約済みです。 よろしくお願いします。

処理中です...