ガラス玉のように

イケのタコ

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3話 初めまして

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朝方、父に車で送られ、着いた家は重い荷物を投げ出すほどの大きな日本屋敷だった。
長い塀に瓦の大きな門が待ち構える平たい家。初めは和風のホテルで待ち合わせかと思ったが、車窓から父が

「義宗さんによろしくと言っておいて」

と言って帰ったので合っている。
嘘だろと震える指でインターホンを鳴らすと淡々とした男の声が聞こえた。

「はい?誰」
「えっと、鈴音彰(すずねあきら)って言います。母、鈴音洋子(ようこ)に言われて、今日お邪魔する事になります」
「だれ……あーうん、分かった行く」

ブッツと通話が切れる音。義宗さんなのか、にしてはぶっきらぼうで若い声だったような、一体誰だろうか。

スズは門を見上げていると、横から扉の開く音が聞こえ、音の方に目を向ければ、門にある小さな扉から1人の男が半分顔を覗かせていた。
切れ長の目、瞬く事なく此方に鋭く向ける男は明らかにスズを警戒している。

「えっと、初めまして。気軽にスズって呼んでください。あの、お土産があるのでどうぞ。このお菓子美味しいんで」

警戒を解くために、挨拶と共に親に持たされた紙袋を掲げた。
きっと美味しいお菓子が入っている袋に釣られるように、男は門の影からゆっくりと出てくる。

「俺は三船、よろしく」

そう言った彼は不機嫌そうに腕を組む。初めての挨拶には随分と無骨だとか、態度とかどうでも良いほどにスズは手を震わせていた。

三船って、あの三船だよな。全く似ている双子とかじゃないよな。
三船とは、この春、俺が通う高校に転入してきた同級生。クラスが違うから接点はないのだが、噂で爽やかなイケメンだと聞いている。

「なんだよ、ジロジロ見て」

だが目の前にいるのは、髪の毛がボサっていて、服は安っぽいジャージ、そして人を心底不愉快に見る青年が『あの彼』ではない事を願いたい。

「一つお聞きするのですが、東高校に通ってますか」
「そうだけど、何」
「いえ別に、東ですよねー」

嘘だと言ってくれ、俺は頭を抱えたくなった。
あの噂の人が何故ここにいるんだ。もしかして住所間違えたのか。
でも間違えていたらインターホンの時点で追い返されているはず。

スズの頭の中は疑問が次々と生み出されパニックに陥る中、三船が一歩だけ歩み寄る。

「てか、何で俺の事知ってる訳」
「えっと、知らないと思うけど、俺同じ学校で同学年なんだ」
「知らないな」
「ですよね。名前とかは噂で知ってます……」

すると、三船が嘲笑うかのように鼻で笑い。

「ほんと嫌いだわ」

冷たい言葉、彼の底がこの一瞬だけ見えた気がする。

「まぁ、いいや。こっちに来て、アンタの事を案内しろって頼まれてるから」

凍りつく俺を他所に彼は、温かい手で俺の腕を持つと小さな扉へ案内する。

「あの、ちょっと待って」

門の中まで引っ張る勢いだったので俺は、下に置いておいた荷物を慌てて持つ。
俺の事を気にせず玄関まで引っ張られ、三船が横扉をガラリと開けると、案の定、外が外なら、中も中で広々とした家だった。
玄関は何足入るだろうかと思うほど広いし、その先の廊下は果てしなく入り組み続いている。

「ヒェーすげぇ」
「適当に靴脱いで上がってよ」

三船はスズを手から解放すると、サンダルを脱いで先に上がる。
同じく靴を脱ぐスズは三船のサンダルを見て、イメージが崩れ去っていく音が脳内に響き、何とも言えない顔になった。

「じゃ荷物貸して」
「荷物って、俺の荷物を三船さんが持つんですか」
「当たり前だろ。俺はこの家の住民、アンタは客。迎える方が持たない理由なんてないだろ」

嫌な気を一つせず、彼は軽々とスズの荷物を持つ。

「部屋案内するから来て」

三船は前をゆっくりと歩き出した。

この人が分からない。

どこが掴めない三船にスズは心に靄が渦巻くのだった。





「アンタの部屋がここ。なんか、足りない物あるなら言って」

案内された部屋は六帖一間の畳部屋、押し入れもあるのでのびのびと暮らせそうだ。

「荷物置いたら、色々案内したいから来て」

スズは部屋の入り口の側に荷物を置いて、三船に付いて行く。
居間に、キッチン、お風呂場、トイレなどの沢山の部屋を案内される。
迷路のように入り組む各部屋に、さらに離れの家があるので、説明されても全く覚えられずスズは重要な所だけ覚える事にした。
そして沢山の部屋、廊下を見てきたが、スズはある疑問が浮かぶ。
これだけの豪邸だというのにお手伝いさんらしき人物が1人もすれ違わない事に。
振り返れば、三船しか人に会ってはおらず、鳥の囀りが聞こえるぐらいの、とても静かな空間が広がっている事に気がついた。

「あの、ホント、どうでも良い事なのですけど。お訊きしたいですが三船さんしかこの家にいないんですか」
「そうだけど、義宗は用事で今は俺だけ。俺と義宗とあともう一人いるけど、紹介するほどじゃないから、実質この家にいるのはアンタ含めて三人」
「これだけ広いし、お手伝いさんとかはいないんですか」
「いない。使用人とか、身内でも、義宗がこの家に人を入れたがらないから。その代わりに、家事全般とか義宗がしてる」
「えっ義宗さん大丈夫なんですか。雇った方がいいんじゃ」
「大丈夫なんじゃない、俺が来る前からずっとそうだったって言ってるし」

『俺も雇った方が良いと思うけど』と三船は付け加えた。

俺が住むとなれば更に負担がかかるのでは、白い石が点々と転がる、草が生い茂った、荒れた庭を見つめる。

「あと」

三船が改まるように振り返れば、自然とスズの背筋は伸びる。

「俺に対してさん付けはやめろ、耳障りだ。同じ同級生なんだろ」
「えっでも」
「ミフネな」
「あの」
「ミフネ」

同じ事を言わせるなと、言わんばかりに口に指を指された俺は唇をモゾモゾと上下に動かして、できる限りの声を出した。

「三船」
「じゃ、次行くぞ」

随分と小さくなったが三船は納得したようだ。


長い案内を終えたスズは荷物整理も兼ねて自分の部屋に戻ってきていた。
一週間ここに住む。楽しみでもあり、不安でもある。楽しくないかもしれない、落ち着くかもしれない、どちらにせよ、ここにいるか、外国に行くか決めなくてはならない。
人生のターニングポイントって言っても良いんじゃないかなと思う程に肩の重みが増す。

ホントこういう事考えるのすら嫌だな。家に帰って、スマホ弄って動画見て寝たい。

甘い日常を思い出しながら、スズは荷物を纏めていくのだった。
すると、部屋の障子を小突く音が聞こえ、『入るよ』という一言と共に扉が開かれる。

「スズ君、久しぶりだね。ごめんね出迎えできなくて、大きくなったのかな」

入ってきたのは義宗さんだった。相変わらず、母親と同じ年代と思えない涼しげな美人で、着物を着こなす姿はまさにここの家主といったところだろ。

「はい、お久しぶりです。数年ぶりじゃないですかね」
「あれ、もうそんなに経つのか。変わんないのかな」
「それ、褒めてますか」
「褒めてるよ、可愛いなって思っただけ。そうだ、お菓子ありがとね。洋子にもありがとって言っておいて」
「いえいえ、こちらこそ突然無理言ってすいません。母さんそういうところお構いなしというか、何というか」
「良いよ、いつもの事だし。洋子の助けになるなら、安いもんだ」

そう言って義宗さんは微笑む。
愛想があるがこの人を見ていると、何かが引っ掛かる。さっきも同じ事があったような

「三船に向えさせたけど、どうだった。仲良く出来そう」
「分かんないです」

手で口を覆うと義宗は肩を揺らし笑う。

「だろうね。あの子不器用だから長めにみてやってよ」
「俺が嫌われているような。義宗さんと三船って兄弟なんですか」
「……なんでそう思う」

腕を組み此方を見据える義宗。何故と言われてもスズには分からなかった、これだという、決定的な根拠もなく、突如として思い浮かんだ。

「分かんないですけど、纏ってる空気とか似てる、いや同じような気がします」
「なるほどね、まぁ、君の答えは正解。三船とは近い親戚なんだ」
「そうなんですか。結構似てると思うんですが。でもそっか、だから三船がここに住んでいるのか」

何故、三船がここにいるのか。訊いていなかったが、ここにいる理由はどうあれ2人が親戚ならば納得がいく。
一人頷いていると義宗さんが『君はすごいね』と何故か褒め言葉を貰い。

「当てたのは君が初めてだ。もしかしたら君ならあの子と……いや、うん、家だと思って気楽にしていってよ」
「はい、頑張ります」

ガッツポーズを取ると義宗さんはまた笑う。

「夕食出来たらまた呼ぶね」

そう言って、去っていた。
綺麗な人だったなと、スズは心臓に手を当てると鼓動は早く、額に汗が滲んでいた。

だいぶ緊張していたんだな、気づかなかったけど。

呼ばれるまでの夕食までは空き時間、寝転ぶスズはスマホを弄る気にもなれず、特にやる事ないのでブラブラと部屋を眺めていると、襖の扉に何かが挟まっているのに気がついた。
小さくて気にも止めなかったが、小さな長方形型の赤い何かがそこにある。

和室で赤い物となると、霊系の物を連想して触るのが億劫になるが、どうしてもそれを知りたい俺は恐る恐る近づいた。

「って何だ、お守りか。いや、全然怖くないか」

ただの赤いお守りだった。紐が引きちぎれているところを見ると誰かが落とした事を忘れているのだと推測できた。

安堵した俺は後で義宗さんに渡そうと、お守りを小さな座卓に置いて、再び寝転ぶのだった。







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