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2 友人のY
32 知らない
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「うるさいっ!」
掴んでいた手を振り払われては、真っ青な梅子は逃げるように走った。
後ろから「赤橋、待った方が」と薮内の呼び止める声が聞こえたが、この気を逃せば二度と無い気がして、そのまま梅子の後を追う。
逃げる梅子。
流石と言うべきか。こちらがどれだけ走ろうと、素早い妹に追いつく事ができない。
街の中で鬼ごっこをしている場合ではないというのに。
「お願いだから、話だけ! このままだと、危険な目にあう」
「うるさいっ、うるさい。私の姉はとっくの昔に死んだんだ。知らない、知らない」
何故か酷く取り乱し動転している妹を、言葉で説得するには無理そうだ。命が危ないと叫んでも止まってくれはしないだろう。
梅子に身の危険が迫っていると気が付いたのは、雪久と会話してから。
梅子は良くも悪くも勝ちにこだわるところがある。どんな手を使ってでも成し遂げる精神。だがそれは相手の心情を一切考慮はしていない。
それは多くの敵を作ってしまう。アイツは駄目で話が済めばいいが、その中にはやはり恨み辛みと執着する人間がいてもおかしくはない。
じゃあ、その敵意は前世の時はどうしていたか。四条の長男、柊悟が表沙汰にならないよう片付けていたのだろう。
でも今世では、その役目をしていた兄はいないとなると、梅子は相当な憎悪を買っている。
早く伝えなければ、このまま進めば命がないことを。兄妹揃って同じ轍を踏ませたくはない。
「いっ」
せわしない鬼ごっこは、目の前を走っていた梅子が人にぶつかり、突如として終わりを告げた。お互いに倒れるようなことはなかったが、俺が追いつくには十分であった。
「っ前、見なさいよ! 怪我したらどうするの」
「梅子、当たったのはこっちだ。落ち着け」
梅子は完全に頭に血が昇っているのか、ぶつかった相手に指を差しては詰め寄る。
色々なところに迷惑がかかる前に引き剥がそうと、梅子の腕を引く。
「えっ……」
その瞬間だった。怒りに任せて口を滑らしていた梅子は、鈍く声は掠れては上体から前のめりで倒れた。
「うめこ……」
腹を抱えては横たわり、痛みでもがく梅子の周りに広がるのは赤い水溜り。
「こっ殺してやった。いい気味だ」
血のついたナイフを持つ男は笑いながら何かを話すが、全く耳に入ってこず、血に染まっていく妹に、地に膝を擦らせながら近づいた。
傷口に手を当てて血をどうにか止めようとしても、手が赤色に染まるだけで意味がない。
「馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって」
妹の意識は遠のき始めているようで宙を見つめ、名前を呼んでも反応が鈍くなっていく。
何かをしなければいけないのに、頭が真っ白になって視界も掠れていく。薄暗いあの日が手の中に戻ってきたようで動けなくなる。
「聞いているのか。お前も俺のことをばかに」
不気味な笑い声。確実に刃先が近づいていることに気にもならなくて、死んでいく妹を見ているだけで現実が直視できない。
体が石のように動かない、このまま刺されるのか。
だから、男の後ろに鞄を持ち上げ冷たい目をした雪久に気づきもしなかった。
そして、鞄は男の頭を目掛けて勢いよく振られた。
唾は飛び、蛙が踏まれたような声と共に、頭は横に吹き飛び、身体も後を追うように横に倒れていく。
持っていたナイフは地面に落ち、雪久はつま先で遠くの方に蹴る。
「ちょっ! 雪久、こっこれ死んでない」
雪久の元に駆けつけてきたのは薮内であり、先に目に入った地面に伸びる男を心配した。
「本気でやってないから多分平気だ。それより、救急車と警察を呼んでもらっていいか」
「あっ、はいはい」
雪久は持っていた鞄を薮内に押し付け、薮内はその鞄から携帯を取り出しては少し離れたところで電話を始めた。やっと他の人も騒ぎに駆けつけて、事件が収束していくのを感じ、ここには雪久がいる。
それだけで、身体の震えが少しだけ収まって、目尻が熱くなってくる。
「雪久……どうしよう。妹を殺したかもしれない」
血に染まる両手、声は自然と震えた。
俺が無理に追いかけなければ、会った時から椿だと明かしていたら、こんな結果にならなかった。何度同じことを俺はするのか。
「……大丈夫だ。傷もそんなに深くないし、まだ息がある。彼女は死なないし、死なせないから安心しろ」
雪久がゆっくりと近くに腰を下ろしては、いつの間にか持っていたタオルで妹の腹を圧迫して血が流れ出るのを抑制する。
「うっ」
妹は朦朧としている中で、少し意識が戻ったようで痛みに耐えるようにうめき声を上げた。
「意識はまだ飛んでないな。今から救急車もすぐ来るから安心しろ」
「わたし….…」
「これくらい脇なら内臓は傷ついてないはずだ。あまり体を動かすな、出血する」
「大丈夫だ」と淡々と何度も妹に繰り返し伝える雪久。その言葉は妹ではなく俺に言っているようで、ここで死なせないと。
どうにかなってしまいそうな心を現実に留めた。
それから、すぐに救急車と警察が来た。担架に運ばれていく妹を見届けながら警察に事情聴取に答えて、その日は終わった。
次の日には梅子の命に別条はないと聞かされ、肩の荷を下ろす事ができた。
近々、お見舞いしに行こうと考えながら電話を切る。
さて、事件はどうなったか。もちろん、ニュースになるくらいの事件となったが。
流血事件、原因は痴話喧嘩と書かれた見出しは端の方に小さく載せてあった。
そう、あれはただの痴話喧嘩であって、個人的な話だと片付けられた。梅子の方が何故か、被害届を取り下げたのもある。
だから、雪久の学校でざわついた程度で、世間からすぐに忘れ去られていった事件となった。
掴んでいた手を振り払われては、真っ青な梅子は逃げるように走った。
後ろから「赤橋、待った方が」と薮内の呼び止める声が聞こえたが、この気を逃せば二度と無い気がして、そのまま梅子の後を追う。
逃げる梅子。
流石と言うべきか。こちらがどれだけ走ろうと、素早い妹に追いつく事ができない。
街の中で鬼ごっこをしている場合ではないというのに。
「お願いだから、話だけ! このままだと、危険な目にあう」
「うるさいっ、うるさい。私の姉はとっくの昔に死んだんだ。知らない、知らない」
何故か酷く取り乱し動転している妹を、言葉で説得するには無理そうだ。命が危ないと叫んでも止まってくれはしないだろう。
梅子に身の危険が迫っていると気が付いたのは、雪久と会話してから。
梅子は良くも悪くも勝ちにこだわるところがある。どんな手を使ってでも成し遂げる精神。だがそれは相手の心情を一切考慮はしていない。
それは多くの敵を作ってしまう。アイツは駄目で話が済めばいいが、その中にはやはり恨み辛みと執着する人間がいてもおかしくはない。
じゃあ、その敵意は前世の時はどうしていたか。四条の長男、柊悟が表沙汰にならないよう片付けていたのだろう。
でも今世では、その役目をしていた兄はいないとなると、梅子は相当な憎悪を買っている。
早く伝えなければ、このまま進めば命がないことを。兄妹揃って同じ轍を踏ませたくはない。
「いっ」
せわしない鬼ごっこは、目の前を走っていた梅子が人にぶつかり、突如として終わりを告げた。お互いに倒れるようなことはなかったが、俺が追いつくには十分であった。
「っ前、見なさいよ! 怪我したらどうするの」
「梅子、当たったのはこっちだ。落ち着け」
梅子は完全に頭に血が昇っているのか、ぶつかった相手に指を差しては詰め寄る。
色々なところに迷惑がかかる前に引き剥がそうと、梅子の腕を引く。
「えっ……」
その瞬間だった。怒りに任せて口を滑らしていた梅子は、鈍く声は掠れては上体から前のめりで倒れた。
「うめこ……」
腹を抱えては横たわり、痛みでもがく梅子の周りに広がるのは赤い水溜り。
「こっ殺してやった。いい気味だ」
血のついたナイフを持つ男は笑いながら何かを話すが、全く耳に入ってこず、血に染まっていく妹に、地に膝を擦らせながら近づいた。
傷口に手を当てて血をどうにか止めようとしても、手が赤色に染まるだけで意味がない。
「馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって」
妹の意識は遠のき始めているようで宙を見つめ、名前を呼んでも反応が鈍くなっていく。
何かをしなければいけないのに、頭が真っ白になって視界も掠れていく。薄暗いあの日が手の中に戻ってきたようで動けなくなる。
「聞いているのか。お前も俺のことをばかに」
不気味な笑い声。確実に刃先が近づいていることに気にもならなくて、死んでいく妹を見ているだけで現実が直視できない。
体が石のように動かない、このまま刺されるのか。
だから、男の後ろに鞄を持ち上げ冷たい目をした雪久に気づきもしなかった。
そして、鞄は男の頭を目掛けて勢いよく振られた。
唾は飛び、蛙が踏まれたような声と共に、頭は横に吹き飛び、身体も後を追うように横に倒れていく。
持っていたナイフは地面に落ち、雪久はつま先で遠くの方に蹴る。
「ちょっ! 雪久、こっこれ死んでない」
雪久の元に駆けつけてきたのは薮内であり、先に目に入った地面に伸びる男を心配した。
「本気でやってないから多分平気だ。それより、救急車と警察を呼んでもらっていいか」
「あっ、はいはい」
雪久は持っていた鞄を薮内に押し付け、薮内はその鞄から携帯を取り出しては少し離れたところで電話を始めた。やっと他の人も騒ぎに駆けつけて、事件が収束していくのを感じ、ここには雪久がいる。
それだけで、身体の震えが少しだけ収まって、目尻が熱くなってくる。
「雪久……どうしよう。妹を殺したかもしれない」
血に染まる両手、声は自然と震えた。
俺が無理に追いかけなければ、会った時から椿だと明かしていたら、こんな結果にならなかった。何度同じことを俺はするのか。
「……大丈夫だ。傷もそんなに深くないし、まだ息がある。彼女は死なないし、死なせないから安心しろ」
雪久がゆっくりと近くに腰を下ろしては、いつの間にか持っていたタオルで妹の腹を圧迫して血が流れ出るのを抑制する。
「うっ」
妹は朦朧としている中で、少し意識が戻ったようで痛みに耐えるようにうめき声を上げた。
「意識はまだ飛んでないな。今から救急車もすぐ来るから安心しろ」
「わたし….…」
「これくらい脇なら内臓は傷ついてないはずだ。あまり体を動かすな、出血する」
「大丈夫だ」と淡々と何度も妹に繰り返し伝える雪久。その言葉は妹ではなく俺に言っているようで、ここで死なせないと。
どうにかなってしまいそうな心を現実に留めた。
それから、すぐに救急車と警察が来た。担架に運ばれていく妹を見届けながら警察に事情聴取に答えて、その日は終わった。
次の日には梅子の命に別条はないと聞かされ、肩の荷を下ろす事ができた。
近々、お見舞いしに行こうと考えながら電話を切る。
さて、事件はどうなったか。もちろん、ニュースになるくらいの事件となったが。
流血事件、原因は痴話喧嘩と書かれた見出しは端の方に小さく載せてあった。
そう、あれはただの痴話喧嘩であって、個人的な話だと片付けられた。梅子の方が何故か、被害届を取り下げたのもある。
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