前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

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2 友人のY

33 空白

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親に説明もだが、病院とか、警察とか、色々と忙しく回っていたら事件から数日が経っていた。
梅子の容体も安定したのでお見舞いに来ても良いという通達があったので梅子の様子と、少し話をしようと一人で病院を訪ねた。
あまり大勢で押し寄せると余計な心労をかけると配慮してのことだったが、

「よく、一人で来れたわね。馬鹿じゃないの」

しなくても良かったようだ。

「その様子だと、椿だと認めてくれたようだね」
「……」

返事はなかったが部屋の中を進む。窓には生き生きとした花が飾ってあり、誰かが先にお見舞いに来ていたようだ。
俺は、そのまま真っ直ぐと背中を向け横たわる梅子に近づく。

「一応、私は被害者だから、話は簡潔にお願い」
「分かったよ」

部屋の端に置かれている椅子を持ってくるまでもないと思いその場で話す。

「怪我は大丈夫そうだね」
「おかげさまで」
「落ち込んでいなくて良かったよ。てっきり、病室で引きこもっていると思っていたから」
「いつかは刺されるだろうと思ってたでしょ」
「そうだね。君は人を雑に扱いすぎだ」
「最低……、ずっと邪魔していたのもアンタだよね」
「うん」
「ほんと……だから嫌いなのよ」
「俺もそうだよ」

梅子は白い布団を両手で掴みテントのようにして深く潜る。

「話すことまだある?」
「……、昼くらいだったかな。旦那様からですって、使用人が良い茶葉だといってお茶を持ってきた。黄金色に光る茶は確かに高級品だったが、一口飲んで変な味がした。可笑しいと気づいた時には倒れていた」
「で、何が言いたい」
「使用人に毒を盛るように指示したのは君だね。で一体何人に同じことをした」

長い沈黙の後だった、一切感情は籠ることなく淡々と。

「知らない、覚えてない。あの家で、あの状況で消した人数を覚えられると思う。血がつながろうと無かろうと、蹴り落とされるのよ」
「……それでも、やるべきじゃなかった」
「だから、私より先に死んだんでしょ。なに、今更、私に罪を問おうっていうの。ここで謝れって言うの? それともここで殺す?」

強気な発言ばかりで顔をこちらに向けない。妹が椿を恐れている。

「俺は赤橋新」
「なに……」
「椿という前世の記憶を持った、ただの人だ。俺は今を生きたい、思い出した時からそれはずっと変わらない。君を許すとか、許さないとか、まるで他人のことのようでよく分からないんだ」
「よく言うわよ。中なんて、なにも変わってないのに」
「変わったよ、思わせているだけだけど。理解できないだろうけど、梅子は昔から真面目すぎるよ。まぁ、今回の事で少しは懲りたと思うけど」

男である事実や、悲惨な過去のこと、沢山のことを誤魔化して生きてきた。そうしないと、前に向けないから。
また黙ってしまった梅子に、これ以上会話は出来ないと察して、扉の方を向く。

「邪魔した。体はお大事に」

残念ながら、さよならの挨拶もないようだ。
「お……さ」けれど、扉に手をかけた途端に何かを呟く梅子。







重く分厚い雲に覆われた灰色の空。雨粒を散らすように俺はとにかく走った。まだ、近くにいると確信していたからだ。
追いつかなくてはいけない。あの人と話さなくてはいけない。
一本道を走っていると、ビニール傘を持って歩くスーツ姿が見えてきた。

「兄様!」

そう呼び止めれば、いつだって変わらない大きな背中は歩みを止めた。

「走ると滑るから危ないよ、椿」

四条柊悟は振り返った。

「記憶、あったんです」
「そうだよ、最初からね。世莉を迎えに行かないといけないから歩きながら話そうか」

「濡れるよ」と言って柊悟は傘を半分こちらに傾けた。傘がポツポツと弾く音を聞きながら、もう濡れているから気遣いはいらなかったが、それより大事なことがある。

「なぜ、嘘をつくような真似をしたんですか」
「言っておくけど、最初に出会った時は椿だと分からなかった。弥生の普通の友人だと思っていた。でも、雪久が来てから気がついた、隣にいる子は椿だと」
「その時に……」
「剣幕立てる雪久の前で言える度胸はないかな」

それは仕方ない。

「兄であることを伝えたところで、何か幸せになるわけでもないでしょ」
「……そうですね。お互いに」
「そうだろ。椿は前世の記憶がある中で、誰かに会いたいと思った事はあるか」

会いたくない。前まではそう思っていたが、雪久に出会ってからは、椿がいて良かったと思えた。
頷くのも、首を横に振るのも出来なかったが、兄は話を続けた。

「私はね。前世の記憶が忌まわしいと思った事が何度もある。まるで他人の記憶を植え付けられたようで吐き気がするし、逃げようとしても、使命だというばかりに前世の関係する者に会ってしまう。ほら、今だって四条との関係は断ち切れない」

運命を否定したい。俺と同じように柊悟は逃げ回ったけど結局捕まえられた。

「だから全てが収束する前に全部、壊してしまおうと思ったよ」
「……だからって、妹を殺そうとしないでください。ストーカーに居場所教えましたね」

すると、柊悟は口元を隠すように手を当てクスリと笑う。

「死ぬことなかったから許してよ。彼女は援護できないほどの事をした。いずれはこうなっていたよ」
「俺も死にそうだったんですけど」
「あはは、一石二鳥だね」

真面目に相手をしてはいけない。ここで怒ったところで嘘をつかれて、誤魔化されて、肝心な事を流されるだけだ。一度呼吸を整えて、言いたい事を飲む。

「でも、この数十年……いや、最近心変わりしたんだよ。鬱陶しいと思った呪いも悪いことじゃないって分かったから」

前を見たまま柊悟は歩みを止めた。どうしたのだろうかと、前を見てみれば、黄色い傘を持った女の子と、ビニール傘と赤いランドセルを持つ男ーーー、柊悟の娘と薮内がいた。

「パパぁ!」

娘は跳ねながら大きく横に手を振ってはこちらに向かってくる。

「あれ、赤橋も一緒だ」

娘を追いかけるように薮内は小走りで近づいてきては、俺に顔を向けた。

「ちょっと、そこの道で会ったんだ。それで少し話になって」
「えっ、大丈夫か。この人、結構人手なし発言するから、変な事言われない?」

「こらこら」とすかさず柊悟が薮内につっこむ。

「変な事を吹き込まない」
「事実じゃないですか。この前、柊悟さんのこと父親に言ったら真っ青になってましたよ」
「それはすこーし色々あったというか、話し合いをしただけだから」
「絶対嘘じゃん」

何気ない会話を広げる柊悟と薮内の間に壁はなく、「パパ、お腹すいた」とお構いなしに娘は柊悟の服を引っ張る。心を入れ替えた理由は、ここにあるのかもしれない。

「話は済んだのか。まだあるなら、世利とどこかに行っておくけど」

ふざけた態度はやめて薮内がこちらに向き直る。

「少しだけいいかな」

そう柊悟が伝えると、薮内は世利を「大きなパンケーキ食いに行こうと」誘う。娘は元気よく頷き、二人は水溜まりで遊びながら離れていく。
再び二人となれば、柊悟は話の続きをする。

「だから、初めて恐いと思ったよ、平穏を崩される事が。あの家にいる限りは手に入れられないと分かっていたし、楽しいとも思っていたけど、巻き込まれると思うとどうしようもない不安に駆られた」

本当に彼は変わってしまった。あの前世の兄様なら幸せでありたいとは思わないだろう。

「私は意外にも愛情深いからね。だから、こちらに害が無ければ梅子にも、椿にも何もしないよ。ここで誓うよ」
「ええ、お互い健全に行きましょう兄様」

ここを離れれば兄と妹ではなくなり、友人の従兄弟となり他人となる。
だから、俺は深々と頭を下げて別れの挨拶をする。

「さようなら。二度と会わないことを願います」
「うん、さようなら。私もだよ」
「でも、次危ない目に巻き込んだら殺しますから」
「ははっ、了解」

いつものように笑い飛ばすけれど相変わらず、表情は読めなかった。


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