前世が悪女の男は誰にも会いたくない

イケのタコ

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2 友人のY

34 雪久

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次はどこに行こうか。
次は桜を見に行こうか。海で貝殻集めでもいい。紅葉の下を散歩するのもいいし、君の好きな雪遊びでもいい。
明日なんかないと分かっているのに、やりたい事が増えていく。

「だから、決して離すなと言っただろ」

廊下の奥からやってきては何を話すかと思えば、彼方から名乗り出てきた。
けれど、両手に椿を抱えているから離すことは到底出来なかった。

 
「そうだな、椿はあまりにも弱かった」
「弱かった? 選ばせただけだろ。そう選択するように仕向けた」

血で染まった指先から冷たい重みが伝わってきて手が震える。奥の方からドロドロで真っ黒で、憎悪のような怒りが沸いてくる。椿の兄であるこの男にもだが、一番殺したいのは自分自身だ。
一番近くにいたというのに、何一つとして救えなかった無能だ。

「そうかもしれない……、私は見てられなかった。ボロボロになっていくあの子が嫌だった。だから、差し出した」

まるで今気が付いたみたいに言う男はイカれているのか。自分の犯した罪を考え始めたというのか。いや、結局は同類。


「そうか、私が救われたかったのか」
「もう、どうでもいい」

話はどうでもいい。目の前にいる男も、この家も、無月家も、何もかもどうでもいい。椿がいてこその物だったのに、いないなら必要ない。
 
がらくた同然だ。
 
ーーー、そうか。全部投げ出せば良かったんだ。君は嫌がるだろうけど、外なんて見せないよう閉じ込めれば良かったんだ。

「雪久、どこに行くんだ」

どこに行こうか。沢山決めていた筈なのに、道が分からなくなってしまった。

「ここじゃない、何処かに。遠いところがいい」
「そうか」

男は塞いでいた道を開けた。

「涙一つないんだな」

通り過ぎていく間に男は静かにそう言った。

「もう、分からないだけだ」

俺は酷い人間だ。
心は悲しい筈なのに椿を無くした時でさえ涙一つ落ちず、時間が経っても、どうやって泣いていたのかさえも忘れた。
椿と共に心が抜け落ちてしまったようだ。

椿が好きだった。

隣でいっぱい騒いで、話しかけてくれるだけで良かった。そしたら、たまに笑って、泣いて、怒って、それだけでよかったのに。

抜け落ちていく。

腕の中で眠る彼女の頬に光が当たる。そこから白くなって抜け落ちて、そのまま光に包まれて消えていくような気がして、一層強く抱いた。

ここにいろ。ずっと、ここいてほしい。遠くにいても迎えに行くから。

ーーー、次は絶対離さない。

嗚呼、これを『呪い』と言わずに何と言うのだろうか。

おわり
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