冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ

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失くなったものと新しいもの

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 愕然とする僕の目の前で歪に千切れたチェーンが落ちて地面に散らばる。
 どれだけ丁寧に集めたって、あれはもう元には戻らない。

(斗希くんが⋯僕の為に選んでくれたのに⋯)

 何よりも大切だった。
 自分が持ってる物の中で1番大事だった。
 外す時は絶対なくさないように同じ場所に置いてたし、着けてる時だって何度も手首にあるか確認するくらい、僕にとって宝物だったんだ。
 それが、たった一瞬で粉々になってしまった。

「⋯っ⋯」

 僕が大事にしてるって知って、斗希くん嬉しそうだったのに⋯守れなかった。
 欠片だけでも持って帰ろうと手を伸ばしたら、パンプスを履いた足に残骸が踏み付けられさらに砂にまみれる。

「そんな物まで拾うつもり? バカなの?」
「さやか、やめろって!」
「うるさい! ちゃんと分からせてやらなきゃ、斗希が可哀想よ!」
「何が可哀想なんだよ!」

 周囲の人たちが何事かと足を止め、ヒソヒソと話し始める。
 手をついたまま立ち上がろうともしない僕にさやかさんは怒り心頭で、押さえる友達の手を振り払おうともがいてた。

「何してんの」

 少しでも拾えたらって目を凝らしてたら、ドアベルの軽やかな音がして斗希くんの低い声が聞こえてきた。
 咄嗟にさっきまでブレスレットが着いていた手首を隠したら、蹲ってる気付いた斗希くんが片膝をついて僕の顔を覗き込んでくる。

「斗希⋯っ」
「陽依、どうした」
「⋯⋯⋯」
「陽依」
「⋯っ⋯ごめんね⋯⋯せっかく⋯斗希くんが選んでくれたのに⋯」
「何が⋯」

 泣かないようにはしたかったけど、自分の不注意でも事故でもない結果でこんな風になってしまい、悲しさと申し訳なさでいっぱいになり勝手に溢れてきた。
 引っ張られた時に抑えていればどうにかなったのかな。
 僕の謝罪に斗希くんは怪訝そうな声を出したものの途中で止まり、しばらくしてどこからかひんやりと空気が漂ってきた。
 低い声が「ちょっと待ってろ」と告げて立ち上がり、僕を通り過ぎてさやかさんたちの方へ向かう。それに何となく嫌な予感がして振り返った僕は、斗希くんが腕を振り上げたのを見て慌てて駆け寄った。

「だ、だめ⋯!」
「何で止めんだよ」

 斗希くんとさやかさんの間に入るようにして止めたけど、よりにもよって平手じゃなく拳でいこうとしててヒヤッとする。
 斗希くんの力で殴られたら、華奢なさやかさんは吹っ飛んじゃうよ。
 あからさまに不満そうな斗希くんの腕に手を伸ばしながら僕は首を振る。

「そんな事したら斗希くんが悪者になる⋯っ」
「殴られても仕方ねぇ事をこいつはやってんだよ」
「だからって暴力はダメ⋯!」

 どんな事情があれ手を上げた方が悪くなる。しかも相手は女の子だし、出来れば僕は斗希くんが誰かに暴力を振るってる姿なんて見たくない。
 握られた拳を両手で包むようにして下ろさせ、じっと目を見つめると斗希くんは観念したのか息を吐いて僕を抱き締めてきた。

「お人好しも大概にしろ」
「これはそういうんじゃ⋯」
「でも、俺はこいつがお前を泣かせた事は許せねぇから」
「と、斗希⋯」
「気安く呼ぶな。お前、マジで終わってるわ。金輪際、俺にも陽依にも近付くなよ」

 僕の視界には斗希くんの肩しか見えないからどうなってるのか分からないけど、あからさまに怒りを含んだ斗希くんの声に場の空気がひりついたのは気付いた。

「や、やだ⋯斗希⋯」
「お前らの事は信用してっから、あとはそっちでどうにかしろ」
「分かった」
「悪かったな、斗希。彼氏さんも」
「い、いえ⋯」

 顔だけしか向けなかったけど、友達へと緩く首を振れば苦笑したあと半泣きのさやかさんを連れてどこかへと歩いて行った。
 野次馬してた人たちはまだ残ってたけど、突然何かに驚くと慌てて顔を背けそそくさとその場をあとにする。まるで蜘蛛の子を散らすようだと思ってたら、斗希くんの指が目尻に振れ軽く撫でた。

「ブレスレットはまた買ってやる」
「ううん、いらない。僕のブレスレットはあれしかないから」
「? まだあったけど」
「斗希くんが〝僕の為に〟って選んでくれた物は、あれ1つだけだよ」

 だから新しく買って貰っても代わりにはならないし、それはそれで大事には出来るけど最初の物ほど気持ちは込められない。
 悲しいけど、こればかりはもう仕方ないから。
 そう言って笑えば、斗希くんは僅かに眉を顰めたあと僕の手を握り歩き始めた。

「どこに行くの?」
「帰る」
「え? でもまだ⋯」
「別に俺は、お前といられんならどこでもいいんだよ」

 誕生日のデートなのにご飯を食べてあのお店に入っただけで、しかもあんなトラブルが最後でいいのかと目を瞬いたらそんな事を言われ一瞬にして顔が熱くなる。
 これで言葉にするの苦手なんて、絶対嘘だ。 


 家に帰ってすぐ、斗希くんは僕をクッションに座らせて後ろに回ると、首元へとさっき買ったばかりのネックレスをかけてくれた。
 トップには雫型の小さな石がぶら下がってて、シンプルだけど可愛い作りになってる。ちなみにお揃いだから、斗希くんのも同じ形。

「ありがとう、斗希くん」
「ん」
「僕も何か準備するね」
「いらねぇ」
「でも僕、貰ってばっかり⋯」

 2人の記念なんだから2人で祝うべきなのに。
 斗希くんはゆるゆると首を振ると、僕の腕を引いてベッドへと寝かせ覆い被さってきた。

「この1年、ほったらかしにしてたのは俺だからな。お前は何も気にせず、ただ甘えてりゃいいんだよ」
「斗希くん⋯」

 本当にいいのかな。そんな事言われたら、年上のプライドなんてない僕は甘えちゃうけど⋯でも甘え過ぎたら嫌われない? 鬱陶しいって思われないかな。
 そんな不安から眉尻を下げた僕に小さく笑った斗希くんは、顔を近付けると軽く唇を触れ合わせてきた。僕の唇を数回啄んで、さっきよりも深いキスをしてくれる。
 舌を触れ合わせるキスがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。

「ん⋯っ⋯斗希く⋯」
「今日の飯はデリバリーだな」
「⋯うん」

 お祝いだから贅沢するのかなと思って頷いたら、斗希くんは呆れたように肩を竦め裾から手を入れてきた。腰から胸元まで撫で上げられ肌が粟立つ。
 あとになって斗希くんの言葉の意味を知った僕だけど、その頃にはもうくたくたで起き上がる事も出来なくなってた。
 年下の体力、恐るべし。
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