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両親と恋人
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狭い部屋に落ちる沈黙。その口火を切ったのは、なんと斗希くんだった。
「初めまして。陽依さんとお付き合いさせて頂いてます。風峯斗希といいます」
今まで聞いた事がないくらい丁寧な言葉と穏やかな声に、自分に向けられた訳でもないのにドキッとしてしまった。
思わず駆け寄りたくなった気持ちを押さえ両親を見ると、父さんはまだ呆然としてて母さんは頬を染めて「あらあら」なんて言ってる。
分かるよ、母さん。斗希くんかっこいいよね。
「あなたが⋯⋯初めまして、陽依の母です」
「⋯⋯⋯」
「お父さん、あなたがあんまりにもいい男だから、驚いて固まってるわ」
「そう、ですか⋯」
朗らかな母さんとは対処的に、どう返したらいいか分からない斗希くんは戸惑ってる。
苦笑して2人の背中をテーブルまで押しやり、僕は飲み物をいれるためキッチンへと立つ。グラスに注ぐだけだから、人数分用意して運ぶと母さんが「ありがとう」と言って笑った。
「お父さん、ほら、座りましょ」
「あ、ああ⋯」
「斗希くんも座ろ?」
「⋯ん」
母さんが父さんの背中に手を添え促したところでようやく反応し、2人仲良く腰を下ろしたから僕も斗希くんの隣に移動し一緒に座る。
無意識か、斗希くんが膝の上で拳をぎゅっと握ってる事に気付き、僕はそこに自分の手を重ねて軽く撫でた。少しだけ力が緩んだから下に潜り込ませると、斗希くんは意図を察して握ってくれる。
いつもならここでキスしたりするんだけど、今は父さんたちがいるから我慢。
「それにしても本当に素敵な人ねぇ。こういう人を、イケメンって言うんでしょう?」
「うん。1番かっこよくて優しいんだよ」
「陽依、ずっとそう言ってたものねぇ」
「〝ずっと〟?」
「そ、それは⋯」
付き合ってる事を2人が知ってるからこそ、連絡を取るたび「かっこいい」「優しい」って自慢みたいに話したのに、まさかそれをこの場で出されるとは思わなかった。
赤くなって俯く僕に斗希くんがふっと笑う。
「優しいのは、俺じゃなくて陽依だろ」
「え? 斗希くんは優しいよ?」
「んな事ねぇって。陽依には敵わねぇよ」
声も、触れる手もいつだって優しいのに、斗希くんは分かってない。
こういう、ちょっと微笑んだ顔だっていつもの気怠げな表情と違って穏やかで、僕は大好きなんだけどな。
じっと見つめ合ってたら、ゴホンッて咳払いが聞こえてハッとした。
「仲が良くて何よりだが、親の前だという事を忘れるな」
「ご、ごめんなさい」
「すみません」
そういえばそうだった。
ますます恥ずかしくなって縮こまってると、母さんがクスクスと笑って「まぁまぁ」と父さんを宥める。
「お互いしか見えてないなんて、想い合ってる証拠じゃない」
「⋯⋯風峯くんとやら」
「はい」
「ちょっと2人で話せるか?」
「え?」
「もちろんです」
斗希くんも気まずいだろうなって思ってたら父さんが突然そんな事を言い始め、僕が戸惑ってる間に頷いて立ち上がった斗希くんと玄関へ向かう。
どうしようって母さんを見たけど、お茶を飲んでて気にもしてないみたいだ。
扉が閉まる音がして斗希くんと父さんは出て行ったけど⋯大丈夫かな。父さん、斗希くんにひどい事言わないよね。
「母さん⋯」
「陽依を大切にしている者同士、ちゃんと話したいのよ。お父さんを信じてあげて」
「⋯うん⋯」
信じてない訳じゃないけど、あんなに表情の硬い父さんは初めてだから不安になる。斗希くんは口数が多い方じゃないし、父さんもぶっきらぼうな話し方をするから⋯ちゃんと会話になるのかな。
そわそわして何度もドアの方を向く僕に緩く首を振った母さんは、包装された長方形の箱を取り出し丁寧に開封して蓋を外し、テーブルの真ん中へと置いた。中身は個包装の饅頭で、たぶん手土産として持って来てくれたんだと思う。
母さんはそれを1つ取り、封を切りながら首を傾げた。
「それより、陽依は最近何をしてるの?」
「最近? 特に変わりはないかなぁ。あ、でも、毎日幸せだよ」
「そう、それは良かった。陽依が幸せな事が何よりだからね」
斗希くんの本当の気持ちを知れてまだ半年ほどしか経ってないけど、あの辛かった1年が塗り替えられるくらい今が幸せで仕方ない。
斗希くんがずっと傍にいてくれてるっていうのもあるんだろうな。
僕も饅頭を手にして包装を開き1口食べる。中は白餡で、ほどよい甘さで美味しい。
「ところで気になってたんだけど、風城峯くんと一緒に住んでるの?」
「え!?」
「あそこにあるの、風峯くんのでしょ?」
〝あそこ〟と母さんが指を差したのは、斗希くんが荷物を纏めて上着で隠したところ⋯パッと見は遊びに来た時に脱いでそこに置いたって感じなんだけど、ボストンバッグの端が見えててそれだけで母さんは察したらしい。
目敏いなって思いつつ、もう誤魔化せないから頷いた僕に母さんはにこっと笑った。
「お父さんには、まだ知られない方がいいかもしれないわね」
「う、うん」
完全に一緒に住んでるって訳じゃないんだけど、この狭い部屋の中には斗希くんの私物がそれなりに置かれてる。洗面所なんて、歯ブラシやスキンケア用品、香水も置いてあるから一目瞭然だし。
父さんに気付かれたらぜったい「まだ早い!」って怒られるだろうなぁ。
それにしても、父さんも斗希くんもまだ戻って来ないけどどんな話してるんだろう。もし斗希くんの元気がなかったら、父さんに文句言ってやらないと。
「初めまして。陽依さんとお付き合いさせて頂いてます。風峯斗希といいます」
今まで聞いた事がないくらい丁寧な言葉と穏やかな声に、自分に向けられた訳でもないのにドキッとしてしまった。
思わず駆け寄りたくなった気持ちを押さえ両親を見ると、父さんはまだ呆然としてて母さんは頬を染めて「あらあら」なんて言ってる。
分かるよ、母さん。斗希くんかっこいいよね。
「あなたが⋯⋯初めまして、陽依の母です」
「⋯⋯⋯」
「お父さん、あなたがあんまりにもいい男だから、驚いて固まってるわ」
「そう、ですか⋯」
朗らかな母さんとは対処的に、どう返したらいいか分からない斗希くんは戸惑ってる。
苦笑して2人の背中をテーブルまで押しやり、僕は飲み物をいれるためキッチンへと立つ。グラスに注ぐだけだから、人数分用意して運ぶと母さんが「ありがとう」と言って笑った。
「お父さん、ほら、座りましょ」
「あ、ああ⋯」
「斗希くんも座ろ?」
「⋯ん」
母さんが父さんの背中に手を添え促したところでようやく反応し、2人仲良く腰を下ろしたから僕も斗希くんの隣に移動し一緒に座る。
無意識か、斗希くんが膝の上で拳をぎゅっと握ってる事に気付き、僕はそこに自分の手を重ねて軽く撫でた。少しだけ力が緩んだから下に潜り込ませると、斗希くんは意図を察して握ってくれる。
いつもならここでキスしたりするんだけど、今は父さんたちがいるから我慢。
「それにしても本当に素敵な人ねぇ。こういう人を、イケメンって言うんでしょう?」
「うん。1番かっこよくて優しいんだよ」
「陽依、ずっとそう言ってたものねぇ」
「〝ずっと〟?」
「そ、それは⋯」
付き合ってる事を2人が知ってるからこそ、連絡を取るたび「かっこいい」「優しい」って自慢みたいに話したのに、まさかそれをこの場で出されるとは思わなかった。
赤くなって俯く僕に斗希くんがふっと笑う。
「優しいのは、俺じゃなくて陽依だろ」
「え? 斗希くんは優しいよ?」
「んな事ねぇって。陽依には敵わねぇよ」
声も、触れる手もいつだって優しいのに、斗希くんは分かってない。
こういう、ちょっと微笑んだ顔だっていつもの気怠げな表情と違って穏やかで、僕は大好きなんだけどな。
じっと見つめ合ってたら、ゴホンッて咳払いが聞こえてハッとした。
「仲が良くて何よりだが、親の前だという事を忘れるな」
「ご、ごめんなさい」
「すみません」
そういえばそうだった。
ますます恥ずかしくなって縮こまってると、母さんがクスクスと笑って「まぁまぁ」と父さんを宥める。
「お互いしか見えてないなんて、想い合ってる証拠じゃない」
「⋯⋯風峯くんとやら」
「はい」
「ちょっと2人で話せるか?」
「え?」
「もちろんです」
斗希くんも気まずいだろうなって思ってたら父さんが突然そんな事を言い始め、僕が戸惑ってる間に頷いて立ち上がった斗希くんと玄関へ向かう。
どうしようって母さんを見たけど、お茶を飲んでて気にもしてないみたいだ。
扉が閉まる音がして斗希くんと父さんは出て行ったけど⋯大丈夫かな。父さん、斗希くんにひどい事言わないよね。
「母さん⋯」
「陽依を大切にしている者同士、ちゃんと話したいのよ。お父さんを信じてあげて」
「⋯うん⋯」
信じてない訳じゃないけど、あんなに表情の硬い父さんは初めてだから不安になる。斗希くんは口数が多い方じゃないし、父さんもぶっきらぼうな話し方をするから⋯ちゃんと会話になるのかな。
そわそわして何度もドアの方を向く僕に緩く首を振った母さんは、包装された長方形の箱を取り出し丁寧に開封して蓋を外し、テーブルの真ん中へと置いた。中身は個包装の饅頭で、たぶん手土産として持って来てくれたんだと思う。
母さんはそれを1つ取り、封を切りながら首を傾げた。
「それより、陽依は最近何をしてるの?」
「最近? 特に変わりはないかなぁ。あ、でも、毎日幸せだよ」
「そう、それは良かった。陽依が幸せな事が何よりだからね」
斗希くんの本当の気持ちを知れてまだ半年ほどしか経ってないけど、あの辛かった1年が塗り替えられるくらい今が幸せで仕方ない。
斗希くんがずっと傍にいてくれてるっていうのもあるんだろうな。
僕も饅頭を手にして包装を開き1口食べる。中は白餡で、ほどよい甘さで美味しい。
「ところで気になってたんだけど、風城峯くんと一緒に住んでるの?」
「え!?」
「あそこにあるの、風峯くんのでしょ?」
〝あそこ〟と母さんが指を差したのは、斗希くんが荷物を纏めて上着で隠したところ⋯パッと見は遊びに来た時に脱いでそこに置いたって感じなんだけど、ボストンバッグの端が見えててそれだけで母さんは察したらしい。
目敏いなって思いつつ、もう誤魔化せないから頷いた僕に母さんはにこっと笑った。
「お父さんには、まだ知られない方がいいかもしれないわね」
「う、うん」
完全に一緒に住んでるって訳じゃないんだけど、この狭い部屋の中には斗希くんの私物がそれなりに置かれてる。洗面所なんて、歯ブラシやスキンケア用品、香水も置いてあるから一目瞭然だし。
父さんに気付かれたらぜったい「まだ早い!」って怒られるだろうなぁ。
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