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番外編
ずっと隣で
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「なぁ、陽依。それ食わせて」
斗希くんが指差す先にはピザがあり、僕は躊躇いつつも頷いて一切れ持ち上げ、紙皿を受け皿にして開けられた口へと運ぶ。
友達の前なのに甘えてくれるのは凄く可愛くてキュンとするんだけど、まさか斗希くんがこんなに弱いなんて⋯意外な一面を知ってしまった。
みんなでっていうのは、失敗だったかもしれない。
明日は斗希くんの20歳の誕生日。
当日は僕も仕事だからその週の休みにパーティをする事になったんだけど、せっかくだから斗希くんの友達も誘って、またレンタルスペースを借りてみんなでお酒を飲もうって話になった。
斗希くんは前日の夜にこっちに帰ってきて僕の家に泊まるけど、僕は準備をする為に先にレンタルスペースの方へ行く事になってる。
およそ3ヶ月振りに斗希くんの腕の中で眠れる事に喜んでた僕は、斗希くんが欲望に忠実だって事忘れてた。
「と、斗希くん⋯」
「ん?」
「⋯っ、あ、明日、パーティだよ?」
「知ってる」
後ろから抱き締められて、耳の裏やうなじに口付けられるとピリピリする。
わざとなのか手で下腹部を押してくるし、斗希くんの手によって覚えさせられた僕はもう陥落寸前だ。だってそこはいつも斗希くんの先が当たるところで、中にいる訳でもないのに突かれてる気分になる。
首の付け根が強く吸われ、観念した僕は手を上げて斗希くんの頬に触れ口付けた。
「ちょっとだけ、だからね」
「⋯善処はする」
そう言ってしてくれた事は今のところない。
結局ぐずぐずにされて、訳が分からなくなって、綺麗にして貰ってるところで糸が切れたように寝落ちた僕は危うく目覚ましを聞き逃すところだった。
もう少しだけでも手加減してくれたら、僕もすぐ動けるんだけどな。
お昼からレンタルスペースに向かった僕は、料理を煮込む傍らでリビングの壁や床に誕生日の飾り付けをしていた。
2と0のグレーのバルーン、HAPPYBIRTHDAYのガーランド。白、薄紫、薄水色の風船はヘリウムガスで膨らませて紐を付けたあと、高さがバラバラになるよう調整して纏め重りに括り付けておく。
これだけでもだいぶ華やかだ。
広いテーブルには真っ白なクロスをかけ、紙皿や紙コップを袋のまま置いておく。
バースデーケーキは祝われる本人が食べられないから、シンプルなケークサクレにローソクを立てる事にした。あとはカルパッチョとか手まり寿司とか、なるべく彩りのいい料理を作りたいな。
飾り付けも終わり、ほとんどの料理が出来上がった頃、外で時間を潰してくれてた斗希くんが入ってきてリビングを見るなり目を見瞠った。
「すげぇ⋯」
「頑張りました」
なるべく子供っぽくならないよう色とか飾り方とか気にしたけど、どうやら気に入って貰えたようでホッとする。
カバンを置き、上着を脱いだ斗希くんはキッチンに立つ僕の傍まで来て、両手で頬を挟んで額を合わせたあと抱き締めてきた。
「ありがとな」
「どういたしまして。誕生日おめでとう、斗希くん」
「ん」
見上げて言えば斗希くんはふっと表情を緩め、僕の額や目蓋に口付け最後に唇を重ねてきた。啄みながら角度を変え、少しずつ深くなっていくキスに身体が震える。
もうすぐみんなも来るのに、舌まで入ってきて慌てて肩を押し返したらさらに腰が抱き寄せられた。
「ん、ゃ⋯斗希く⋯⋯だめ⋯」
「まだ大丈夫だって」
「大丈夫じゃな⋯ッんん⋯っ」
斗希くんの肉厚な舌に口の中を弄られるとそれだけで膝が抜けそうになって、必死に服を掴んで耐えてたら突然咳払いが聞こえた。
ハッとしてさっきよりも強めに押すとやっと離れてくれたけど、今度は赤くなった僕の顔を隠すように肩に押し付け斗希くんはリビングの入り口を睨むように振り向く。
「いやいや、それはこっちの気持ちな?」
「俺ら来るって分かってたろ」
「斗希は本当に陽依さんしか見えてないんだな」
「うるせぇ、もうちょいあとから来いよ」
「いっそ清々しいな」
みんなに対するキツめの言い方とは裏腹に、優しい手つきで頭が撫でられれば少しずつ顔の熱も治まっていき、ようやく落ち着いた僕は斗希くんの胸元を軽く叩いて離して貰いみんなへと顔を覗かせる。
呆れたような顔をしていたけど僕と目が合うと笑顔に変わり、一番前にいたさやかさんが駆け寄ってきた。
「陽依さん」
「こんにちは、さやかさん」
「こんにちは。私、今日は陽依さんの手料理が食べられるって楽しみにしてたんだ」
「そうなの? 嬉しい。口に合うといいんだけど」
「祐兄が凄く美味しいって言ってたから絶対合う」
あの謝罪以来、街中で会ったら挨拶してくれるようになって、今では普通に友達として仲良くしてくれてる。最近は妹みたいに思えてきて、可愛いんだよね。
にこにこなさやかさんにつられて僕も笑顔で答えてたら、腕が引かれてまた斗希くんの腕の中に閉じ込められてしまった。
それにさやかさんが抗議の声を上げる。
「ちょっと、まだ話してる途中!」
「近いんだよ」
「は? 友達なら普通の距離だったけど? 心狭すぎでしょ」
「陽依の優しさにつけ込んでんじゃねぇぞ」
「つけ込んでないわよ! もう、陽依さん以外に冷た過ぎ!」
今にも喧嘩が始まりそうで、このままだと料理を運ぶ事も出来ないと僕は手を伸ばして斗希くんの頬を挟むと自分と向き合わせた。
「ストップ。今日はおめでたい日なんだから、言い合いはもう終わり」
「⋯分かった」
「じゃあ主役の斗希くんは、ソファに座って待っててね」
「ん」
素直に頷いてくれた斗希くんの頭を背伸びして撫で、ソファを指差せば僕の頬に口付けてから向かい真ん中に腰を下ろした。
「相変わらずすげぇな、陽依さん」
「斗希に言う事聞かせられんの、あの人しかいないよ」
「ああいうとこ見ると、年上なんだなって思うよな」
その様子に、友達が苦笑混じりにそう言っていた事を、料理の仕上げに取り掛かった僕は気付かなかった。
盛り付けたお皿を運ぶのを手伝って貰い、斗希くんの前には火のついたローソクが刺さったケーキサクレを置きみんなでそれぞれ席に着く。証明を落としてバースデーソングを歌ったあと、斗希くんは溜め息を零しつつローソクを吹き消してくれた。
「おめでとう、斗希くん」
「おめでとー」
「斗希もやっと20歳になったっつー事で、酒で乾杯しようぜ」
「記念すべき初飲酒だな」
一旦ケーキサクレを下げようと持ち上げたら、空いた場所に缶ビールや缶チューハイがいくつも並べられる。その種類は多くて、同じメーカーと商品名なのにたくさん味があり度数もマチマチだ。
先に20歳になった子はもう飲んでたりするのかな。
「陽依さんも飲むだろ?」
「うん」
「みんな持った? んじゃ、斗希の誕生日&初めての飲酒を祝して、カンパーイ!」
それぞれで缶を持ち、プルタブを開けてみんなでカチンと合わせる。
まるで会社の飲み会みたいだって思ったけど、この子たちとの方が気が楽だからいつもより肩の力を抜いて楽しく飲めそう。
紙皿に料理を取り分けて食べつつ飲みつつしばらく談笑してたんだけど、不意に腰元に手が回ってきて斗希くんが頭を寄せてきた。
「どうしたの? 斗希くん」
「⋯陽依」
「うん、何?」
「陽依」
「? 斗希くん?」
返事をしてるのになおも名前を呼ばれ、不思議に思い斗希くんの顔を覗き込んだら赤くなってて僕は目を瞬く。
あれ、もしかして斗希くん、酔ってる?
どれだけ高い度数のお酒を飲んだのか、テーブルに置かれてる缶を持ち上げ確認してみたけどまさかの5パーセント⋯斗希くん、お酒弱いんだ。
「え、もしかして斗希、酔ってんの?」
「みたい」
「その見た目でそんな弱いんかい」
「意外過ぎる⋯」
口数も少なくてめったに笑わない上に、背が高いから威圧感のある斗希くんがお酒に弱いのはギャップがあり過ぎる。みんなが目を丸くする気持ちも分かるなぁ。
「陽依。それ食わせて」
「これ?」
「ん」
そう言って斗希くんがねだったのはピザで、お皿に乗せて斗希くんの口元まで運んだら一気に半分まで食べて咀嚼し始めた。
いつもよりもごもごしてて可愛い。
「あれも」
「うん」
次から次へと料理を指差され、それに応えるよう斗希くんへと食べさせていく。
僕が差し出すたび口を開ける斗希くんに胸がきゅんきゅんしてて、雛に餌をあげる親鳥ってこんな気持ちなのかなって思った。
運ばれるままに口を動かしてた斗希くんはそれなりの量を食べたあと、手で口を拭いて僕の膝に寝転び片腕で腰に抱き着いてきた。
「めっちゃ陽依さんに甘えてる⋯」
「斗希ー、そんなんじゃプレゼント渡せないよ?」
「⋯⋯」
「聞いてんのか、斗希」
「たぶん聞いてない」
「もう陽依さんに預けるしかないんじゃない?」
「うん。僕が責任持って渡しておくよ」
寝てはいないだろうけど答える気はないらしく、僕のお腹に顔を押し当てた斗希くんはそのまま動かなくなった。
いつもは大人びてるのに、子供みたいな仕草に自然と笑みが零れる。
声をかけるのを諦めて肩を竦めたみんなは、食事を再開しそれぞれで話し始めた。最終的には綺麗に完食してくれて、口を揃えて美味しかったって言ってくれたから安心したし嬉しかったな。
「任せちゃってごめんね」
「いいえー。それじゃ動けないしね」
「酒に酔って甘えた上に寝るとか、ガキ過ぎる」
「斗希は今後、飲まない方がいいな」
レンタル終了の時間が迫ってきて、みんなが後片付けをしてる傍らで僕はあのまま寝入った斗希くんにずっと膝枕をしてた。足が痺れてきた気がしないでもないけど、ギリギリまで寝かせてあげようと思って耐えてる。
少し明るい色に染め直された髪を撫でながら動き回るみんなを眺め、ある程度綺麗になった頃を見て斗希くんの肩を揺すると小さく唸り声を漏らした。
「斗希くん、そろそろ出ないと」
「⋯⋯ん⋯なんで⋯」
「ここ、レンタルしてるだけだから。家に帰らないとダメなんだよ」
「⋯⋯帰りたくねぇ⋯」
腰に回った腕の力が強くなり、声音で零した言葉の意味が分かった僕は胸がぎゅっとなって斗希くんの頬を撫でる。
僕だって、帰って欲しくないよ。
「違うよ、僕の家に帰るんだよ」
「⋯⋯陽依の家⋯?」
「うん。帰ってベッドで寝よう?」
「⋯分かった」
昨日みたいに一緒にベッドに入って、今日は僕が斗希くんを抱き締めて寝ようかな。
明日の夕方には向こうに戻っちゃうけど、それまではどこにも行かずにイチャイチャしたっていいんだから。
薄らと開いた目を見ながら言えば、斗希くんはのっそりと身体を起こして僕の顔を覗き込んできた。
寝てたの1時間くらいだけど、顔色戻ってるから酔いは覚めたみたい。
「陽依」
「?」
「ありがとな」
「え? う、ううん。どういたしまして?」
突然のお礼に目を瞬く僕にふっと笑い、斗希くんは立ち上がり伸びをした。
僕も腰を上げて固まった足を軽く上げ下げして解し、ゴミが残ってないか、汚れたままになってないかを確認して回る。
でもみんな隅から隅まで綺麗にしてくれたから、僕が手を出すところはなかった。
「じゃ、またなー」
「次はどっか食いに行こうぜ」
「陽依さんも、美味しい料理ありがとう」
「2人共、気を付けて帰ってね」
「うん、ありがとう」
プレゼントが入った紙袋を受け取り、帰り支度をしてレンタルスペースを出たあと駅で挨拶をしてみんなと別れた。
手を繋いで帰り道を歩いてるけど、余韻が残ってるからか気持ちがふわふわしてる。
「楽しかったね」
「そうだな」
「プレゼントもいっぱいだよ」
「なにくれたんだか」
今日いただけでも5人分だし、家に帰れば僕からもある。
どうやって渡そうかなーって考えて鼻歌混じりに繋いだ手を揺らしながら歩いてたら、マンションの出入り口が見えたところで不意に斗希くんに抱え上げられた。
「え⋯っ」
「もう限界」
「な、何が?」
「あいつらいたから我慢したけど、俺はずっとお前に触りたかったんだよ」
そう言って大股でマンションに向かい、一段飛ばしで階段を上がった斗希くんは早急に鍵を開けて入ると僕の靴を脱がせ寝室に直行した。
触りたかったって、つまりはそういう事だよね。
ベッドに下ろされてからはあっという間で、キスをしながら裸にされた僕はあっという間にぐずぐずにされてしまった。僕の弱いところなんて、斗希くんは知り尽くしてるから当たり前なんだけど。
「斗希くん」
「ん?」
「来年は、また2人でお祝いしようね」
「ああ」
今はまだ離れた場所にいるけど、一緒に暮らすようになって、この先何十年経ってもこうして大事な日を一緒にお祝いしたい。
大好きな斗希くんの隣で、これからもずっと。
FIN.
斗希くんが指差す先にはピザがあり、僕は躊躇いつつも頷いて一切れ持ち上げ、紙皿を受け皿にして開けられた口へと運ぶ。
友達の前なのに甘えてくれるのは凄く可愛くてキュンとするんだけど、まさか斗希くんがこんなに弱いなんて⋯意外な一面を知ってしまった。
みんなでっていうのは、失敗だったかもしれない。
明日は斗希くんの20歳の誕生日。
当日は僕も仕事だからその週の休みにパーティをする事になったんだけど、せっかくだから斗希くんの友達も誘って、またレンタルスペースを借りてみんなでお酒を飲もうって話になった。
斗希くんは前日の夜にこっちに帰ってきて僕の家に泊まるけど、僕は準備をする為に先にレンタルスペースの方へ行く事になってる。
およそ3ヶ月振りに斗希くんの腕の中で眠れる事に喜んでた僕は、斗希くんが欲望に忠実だって事忘れてた。
「と、斗希くん⋯」
「ん?」
「⋯っ、あ、明日、パーティだよ?」
「知ってる」
後ろから抱き締められて、耳の裏やうなじに口付けられるとピリピリする。
わざとなのか手で下腹部を押してくるし、斗希くんの手によって覚えさせられた僕はもう陥落寸前だ。だってそこはいつも斗希くんの先が当たるところで、中にいる訳でもないのに突かれてる気分になる。
首の付け根が強く吸われ、観念した僕は手を上げて斗希くんの頬に触れ口付けた。
「ちょっとだけ、だからね」
「⋯善処はする」
そう言ってしてくれた事は今のところない。
結局ぐずぐずにされて、訳が分からなくなって、綺麗にして貰ってるところで糸が切れたように寝落ちた僕は危うく目覚ましを聞き逃すところだった。
もう少しだけでも手加減してくれたら、僕もすぐ動けるんだけどな。
お昼からレンタルスペースに向かった僕は、料理を煮込む傍らでリビングの壁や床に誕生日の飾り付けをしていた。
2と0のグレーのバルーン、HAPPYBIRTHDAYのガーランド。白、薄紫、薄水色の風船はヘリウムガスで膨らませて紐を付けたあと、高さがバラバラになるよう調整して纏め重りに括り付けておく。
これだけでもだいぶ華やかだ。
広いテーブルには真っ白なクロスをかけ、紙皿や紙コップを袋のまま置いておく。
バースデーケーキは祝われる本人が食べられないから、シンプルなケークサクレにローソクを立てる事にした。あとはカルパッチョとか手まり寿司とか、なるべく彩りのいい料理を作りたいな。
飾り付けも終わり、ほとんどの料理が出来上がった頃、外で時間を潰してくれてた斗希くんが入ってきてリビングを見るなり目を見瞠った。
「すげぇ⋯」
「頑張りました」
なるべく子供っぽくならないよう色とか飾り方とか気にしたけど、どうやら気に入って貰えたようでホッとする。
カバンを置き、上着を脱いだ斗希くんはキッチンに立つ僕の傍まで来て、両手で頬を挟んで額を合わせたあと抱き締めてきた。
「ありがとな」
「どういたしまして。誕生日おめでとう、斗希くん」
「ん」
見上げて言えば斗希くんはふっと表情を緩め、僕の額や目蓋に口付け最後に唇を重ねてきた。啄みながら角度を変え、少しずつ深くなっていくキスに身体が震える。
もうすぐみんなも来るのに、舌まで入ってきて慌てて肩を押し返したらさらに腰が抱き寄せられた。
「ん、ゃ⋯斗希く⋯⋯だめ⋯」
「まだ大丈夫だって」
「大丈夫じゃな⋯ッんん⋯っ」
斗希くんの肉厚な舌に口の中を弄られるとそれだけで膝が抜けそうになって、必死に服を掴んで耐えてたら突然咳払いが聞こえた。
ハッとしてさっきよりも強めに押すとやっと離れてくれたけど、今度は赤くなった僕の顔を隠すように肩に押し付け斗希くんはリビングの入り口を睨むように振り向く。
「いやいや、それはこっちの気持ちな?」
「俺ら来るって分かってたろ」
「斗希は本当に陽依さんしか見えてないんだな」
「うるせぇ、もうちょいあとから来いよ」
「いっそ清々しいな」
みんなに対するキツめの言い方とは裏腹に、優しい手つきで頭が撫でられれば少しずつ顔の熱も治まっていき、ようやく落ち着いた僕は斗希くんの胸元を軽く叩いて離して貰いみんなへと顔を覗かせる。
呆れたような顔をしていたけど僕と目が合うと笑顔に変わり、一番前にいたさやかさんが駆け寄ってきた。
「陽依さん」
「こんにちは、さやかさん」
「こんにちは。私、今日は陽依さんの手料理が食べられるって楽しみにしてたんだ」
「そうなの? 嬉しい。口に合うといいんだけど」
「祐兄が凄く美味しいって言ってたから絶対合う」
あの謝罪以来、街中で会ったら挨拶してくれるようになって、今では普通に友達として仲良くしてくれてる。最近は妹みたいに思えてきて、可愛いんだよね。
にこにこなさやかさんにつられて僕も笑顔で答えてたら、腕が引かれてまた斗希くんの腕の中に閉じ込められてしまった。
それにさやかさんが抗議の声を上げる。
「ちょっと、まだ話してる途中!」
「近いんだよ」
「は? 友達なら普通の距離だったけど? 心狭すぎでしょ」
「陽依の優しさにつけ込んでんじゃねぇぞ」
「つけ込んでないわよ! もう、陽依さん以外に冷た過ぎ!」
今にも喧嘩が始まりそうで、このままだと料理を運ぶ事も出来ないと僕は手を伸ばして斗希くんの頬を挟むと自分と向き合わせた。
「ストップ。今日はおめでたい日なんだから、言い合いはもう終わり」
「⋯分かった」
「じゃあ主役の斗希くんは、ソファに座って待っててね」
「ん」
素直に頷いてくれた斗希くんの頭を背伸びして撫で、ソファを指差せば僕の頬に口付けてから向かい真ん中に腰を下ろした。
「相変わらずすげぇな、陽依さん」
「斗希に言う事聞かせられんの、あの人しかいないよ」
「ああいうとこ見ると、年上なんだなって思うよな」
その様子に、友達が苦笑混じりにそう言っていた事を、料理の仕上げに取り掛かった僕は気付かなかった。
盛り付けたお皿を運ぶのを手伝って貰い、斗希くんの前には火のついたローソクが刺さったケーキサクレを置きみんなでそれぞれ席に着く。証明を落としてバースデーソングを歌ったあと、斗希くんは溜め息を零しつつローソクを吹き消してくれた。
「おめでとう、斗希くん」
「おめでとー」
「斗希もやっと20歳になったっつー事で、酒で乾杯しようぜ」
「記念すべき初飲酒だな」
一旦ケーキサクレを下げようと持ち上げたら、空いた場所に缶ビールや缶チューハイがいくつも並べられる。その種類は多くて、同じメーカーと商品名なのにたくさん味があり度数もマチマチだ。
先に20歳になった子はもう飲んでたりするのかな。
「陽依さんも飲むだろ?」
「うん」
「みんな持った? んじゃ、斗希の誕生日&初めての飲酒を祝して、カンパーイ!」
それぞれで缶を持ち、プルタブを開けてみんなでカチンと合わせる。
まるで会社の飲み会みたいだって思ったけど、この子たちとの方が気が楽だからいつもより肩の力を抜いて楽しく飲めそう。
紙皿に料理を取り分けて食べつつ飲みつつしばらく談笑してたんだけど、不意に腰元に手が回ってきて斗希くんが頭を寄せてきた。
「どうしたの? 斗希くん」
「⋯陽依」
「うん、何?」
「陽依」
「? 斗希くん?」
返事をしてるのになおも名前を呼ばれ、不思議に思い斗希くんの顔を覗き込んだら赤くなってて僕は目を瞬く。
あれ、もしかして斗希くん、酔ってる?
どれだけ高い度数のお酒を飲んだのか、テーブルに置かれてる缶を持ち上げ確認してみたけどまさかの5パーセント⋯斗希くん、お酒弱いんだ。
「え、もしかして斗希、酔ってんの?」
「みたい」
「その見た目でそんな弱いんかい」
「意外過ぎる⋯」
口数も少なくてめったに笑わない上に、背が高いから威圧感のある斗希くんがお酒に弱いのはギャップがあり過ぎる。みんなが目を丸くする気持ちも分かるなぁ。
「陽依。それ食わせて」
「これ?」
「ん」
そう言って斗希くんがねだったのはピザで、お皿に乗せて斗希くんの口元まで運んだら一気に半分まで食べて咀嚼し始めた。
いつもよりもごもごしてて可愛い。
「あれも」
「うん」
次から次へと料理を指差され、それに応えるよう斗希くんへと食べさせていく。
僕が差し出すたび口を開ける斗希くんに胸がきゅんきゅんしてて、雛に餌をあげる親鳥ってこんな気持ちなのかなって思った。
運ばれるままに口を動かしてた斗希くんはそれなりの量を食べたあと、手で口を拭いて僕の膝に寝転び片腕で腰に抱き着いてきた。
「めっちゃ陽依さんに甘えてる⋯」
「斗希ー、そんなんじゃプレゼント渡せないよ?」
「⋯⋯」
「聞いてんのか、斗希」
「たぶん聞いてない」
「もう陽依さんに預けるしかないんじゃない?」
「うん。僕が責任持って渡しておくよ」
寝てはいないだろうけど答える気はないらしく、僕のお腹に顔を押し当てた斗希くんはそのまま動かなくなった。
いつもは大人びてるのに、子供みたいな仕草に自然と笑みが零れる。
声をかけるのを諦めて肩を竦めたみんなは、食事を再開しそれぞれで話し始めた。最終的には綺麗に完食してくれて、口を揃えて美味しかったって言ってくれたから安心したし嬉しかったな。
「任せちゃってごめんね」
「いいえー。それじゃ動けないしね」
「酒に酔って甘えた上に寝るとか、ガキ過ぎる」
「斗希は今後、飲まない方がいいな」
レンタル終了の時間が迫ってきて、みんなが後片付けをしてる傍らで僕はあのまま寝入った斗希くんにずっと膝枕をしてた。足が痺れてきた気がしないでもないけど、ギリギリまで寝かせてあげようと思って耐えてる。
少し明るい色に染め直された髪を撫でながら動き回るみんなを眺め、ある程度綺麗になった頃を見て斗希くんの肩を揺すると小さく唸り声を漏らした。
「斗希くん、そろそろ出ないと」
「⋯⋯ん⋯なんで⋯」
「ここ、レンタルしてるだけだから。家に帰らないとダメなんだよ」
「⋯⋯帰りたくねぇ⋯」
腰に回った腕の力が強くなり、声音で零した言葉の意味が分かった僕は胸がぎゅっとなって斗希くんの頬を撫でる。
僕だって、帰って欲しくないよ。
「違うよ、僕の家に帰るんだよ」
「⋯⋯陽依の家⋯?」
「うん。帰ってベッドで寝よう?」
「⋯分かった」
昨日みたいに一緒にベッドに入って、今日は僕が斗希くんを抱き締めて寝ようかな。
明日の夕方には向こうに戻っちゃうけど、それまではどこにも行かずにイチャイチャしたっていいんだから。
薄らと開いた目を見ながら言えば、斗希くんはのっそりと身体を起こして僕の顔を覗き込んできた。
寝てたの1時間くらいだけど、顔色戻ってるから酔いは覚めたみたい。
「陽依」
「?」
「ありがとな」
「え? う、ううん。どういたしまして?」
突然のお礼に目を瞬く僕にふっと笑い、斗希くんは立ち上がり伸びをした。
僕も腰を上げて固まった足を軽く上げ下げして解し、ゴミが残ってないか、汚れたままになってないかを確認して回る。
でもみんな隅から隅まで綺麗にしてくれたから、僕が手を出すところはなかった。
「じゃ、またなー」
「次はどっか食いに行こうぜ」
「陽依さんも、美味しい料理ありがとう」
「2人共、気を付けて帰ってね」
「うん、ありがとう」
プレゼントが入った紙袋を受け取り、帰り支度をしてレンタルスペースを出たあと駅で挨拶をしてみんなと別れた。
手を繋いで帰り道を歩いてるけど、余韻が残ってるからか気持ちがふわふわしてる。
「楽しかったね」
「そうだな」
「プレゼントもいっぱいだよ」
「なにくれたんだか」
今日いただけでも5人分だし、家に帰れば僕からもある。
どうやって渡そうかなーって考えて鼻歌混じりに繋いだ手を揺らしながら歩いてたら、マンションの出入り口が見えたところで不意に斗希くんに抱え上げられた。
「え⋯っ」
「もう限界」
「な、何が?」
「あいつらいたから我慢したけど、俺はずっとお前に触りたかったんだよ」
そう言って大股でマンションに向かい、一段飛ばしで階段を上がった斗希くんは早急に鍵を開けて入ると僕の靴を脱がせ寝室に直行した。
触りたかったって、つまりはそういう事だよね。
ベッドに下ろされてからはあっという間で、キスをしながら裸にされた僕はあっという間にぐずぐずにされてしまった。僕の弱いところなんて、斗希くんは知り尽くしてるから当たり前なんだけど。
「斗希くん」
「ん?」
「来年は、また2人でお祝いしようね」
「ああ」
今はまだ離れた場所にいるけど、一緒に暮らすようになって、この先何十年経ってもこうして大事な日を一緒にお祝いしたい。
大好きな斗希くんの隣で、これからもずっと。
FIN.
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