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番外編
大切
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4日間の出張へ向かう前日、会社からの電話を終えた僕に斗希くんが呆れたように溜め息をついた。
「お前な、何で引き受けるんだよ」
「え⋯だ、だって、お母さんが入院したって言うから⋯」
「お前だって今体調悪くしてんだろ」
「ちょっと熱が出てるくらいだし、大丈夫だよ」
電話の内容は斗希くんに答えた通り、仕事先の先輩のお母さんが今日のお昼に倒れてしまい、検査の結果入院になったから明日代わりに取引先に出向いて対応して欲しいってものだったんだけど、それを聞いてた心配性の斗希くんは思いっきり眉を顰めた。
確かに今も熱はある。でも37度台まで下がったし、明日には平熱に戻りそうだから安心して欲しくてそう言ったら深く息を吐いた。
「前から思ってたけど、お前、人に気ぃ遣い過ぎじゃね?」
「え? そんな事ないよ?」
「あるから断んねぇんだろ?」
「出来るから受けたんだよ」
体調にしろ用事があるにしろ、どうしても無理な時はちゃんと断るつもりではいる。今回は発熱したとはいえ元気だから了承したんだけど、斗希くんは納得出来ないみたいだ。
「それ、気がするだけだったらどうすんだよ」
「気がする⋯?」
「元気になった〝気がするだけ〟」
「そ、そんな事はないと思うけど⋯」
「ほんとかよ」
なんか、斗希くんピリピリしてる?
困惑する僕から視線を逸らし頭を掻いた斗希くんは背中を向けると、途中で止めていた、出張で持っていく荷物をスーツケースに詰める作業を再開した。
いつもなら遠慮なく抱き着くけど今は声もかけられなくて、部屋に漂う不穏な空気にどうしたらいいか分からないせいで1歩も動けない。
こんな事初めてじゃないのに、どうしてこんなに怒ってるんだろう。
パチンて音がして斗希くんが立ち上がり、スーツケースを玄関まで持って行ったあと俺を見て寝室へと顎をしゃくった。
「寝るか」
「⋯⋯うん」
口は悪いけどいつも優しい斗希くんが僕に怒るのは初めてで、嫌われたかもって不安と恐怖で普段通り出来ない。
斗希くんの後ろをついて行き、先にベッドに入ったのを見たけどあとに続けなかった。
閉めた扉の前で立ち尽くしてたら、気付いた斗希くんがベッドから降りて僕の傍まで来て、何も言わずき抱き上げベッドに寝かせてくれる。隣に寝転び、いつもみたいに腕が頭の下に差し込まれて、反対の手でも抱き寄せられ額に唇が触れて背中をトントンされた。
「おやすみ」
「⋯おやすみなさい⋯」
さっきまで怒ってる感じの口調だったのに、今は普通に戻ってて拍子抜けしてしまう。
でも明日から4日離れるのに大人しく寝るのはいつも通りじゃなくて、僕は唇を噛んで斗希くんの服を掴んだ。
本当に怒ってたら、こんな風に抱き締めてはくれないはず。
電話を取るまでは普通だったからやっぱり話の内容なんだろうけど、斗希くんにとって何が1番琴線に触れたのかな。
心配かけたから? 代理を引き受けたから?
⋯⋯本当に、何がいけなかったんだろう。
翌日、出張に向かう斗希くんを見送るべく玄関に立った僕だったけど、気まずさは継続中でいつものように話せず黙ってた。
そうしてる間に靴を履いた斗希くんが立ち上がり、僕を振り向いて口を開く。
「じゃあ行ってくるけど、本当に断る気はねぇんだな?」
「う、うん⋯もう受けちゃったし⋯」
「⋯あっそ」
冷たい言い方に胸がぎゅっとなる。
鼻の奥がツンとして涙が出そうになったけど、それを堪えてたらスーツケースの持ち手を握った斗希くんが玄関の鍵を開け扉を押した。
行ってらっしゃいのキスもハグも、したくないくらい怒ってるんだ。
「斗、希⋯くん⋯」
「帰ってくるまでに、俺が何に腹立ててんのか考えろ」
そう言ってスーツケースを引き玄関から出て行った斗希くんを追いかける事も出来ず、僕は遠くなる足音とタイヤの音を聞きながらぼう然としてた。
8年も付き合ってきて喧嘩さえ1度もした事ないのに⋯斗希くんは僕が何を言っても頷いてくれて、どんな我儘でも聞いてくれた。そんな斗希くんが僕に呆れて、怒ってる。
足元が崩れ落ちそうなほどグラグラしてて視界が滲んできた。
「⋯⋯⋯⋯」
この気持ちを抱えて取引先に行かなきゃいけないなんて⋯でも、自分が悪いんだから何も言えない。
施錠し、とぼとぼとリビングに戻って朝食後の後片付けを始める。
無心で洗い物をしていると、ダイニングテーブルに置いていたスマホがブルリと震えた。手の泡を落としタオルで拭いて通知を開いた僕は、文面を読んで目を瞬く。
『仕事から帰ったら、しっかり食ってちゃんと寝ろよ。無理だけはすんな』
怒ってるのに、まだ僕の心配をしてくれるんだ。
ぎゅっとスマホを握り、『ありがとう』と返した僕は息を吐く。
落ち込んでてもどうにもならない。行く前に斗希くんは考えろって言ったから、きっと僕が分かっていない理由があるんだ。それをちゃんと見つけなきゃ。
両手で軽く頬を叩いた僕はとりあえず仕事に行く事にし、準備をして家を出た。
ちなみに熱は完全に下がったし、体調もすっかり良くなってる。もし昨日の時点でこうだったらなんて⋯思っても仕方ないよね。
あれから3日が経ち、僕は仕事をしつつも、斗希くんが怒ってた理由を考えてる。
ずっと同じ問答を頭の中で繰り返してるけど、斗希くんは体調を崩した事を心配こそすれ怒る人ではないんだよね。代わりに仕事を引き受ける事だって、納得はせずともあんな風に怒りはしないはず。
⋯⋯そういえば、斗希くんが人に気を遣い過ぎって言ってたけど、あれはどこに対して言ったんだろう。今回の件は、先輩にとってどうしようもない事だから引き受けただけで気を遣ったつもりはないのに、斗希くんにはそう見えたとか?
もしかして、斗希くんは僕が無理して受けたと思った?
「⋯⋯あ」
何か、ぐるぐるしてたおかげかちょっと分かってきた気がする。
〝元気になった気がするだけだったら〟って言葉も、斗希くんの心配からきてたのかもしれない。僕が大丈夫だと思ってても、斗希くんからすればまだなんじゃないかって。
だから〝取引先への対応〟っていう仕事を増やした事を怒ったのかも。
初めて斗希くんに怒られたから困惑が勝ったけど、普段なら自惚れられるくらい愛されてるって分かってるのに⋯本当、僕って情けないな。
遠回しな言い方も、僕に自覚させる為だったのかもしれない。
「そっか⋯そうだったんだ⋯」
一緒にいるようになってこんなに時が経ってるのにまた擦れ違っちゃった。
斗希くんが帰ってきたら、ちゃんと話さないと。
そうして次の日、早めに仕事を終えた僕は夕飯の材料を買って帰宅したんだけど、玄関に置かれた靴を見て目を丸くした。
急いでリビングに入ったらソファで寛いでる斗希くんがいて、僕に気付くと立ち上がり腕を広げてくれる。買った物を床に置いた僕は、一も二もなくその腕の中に飛び込んだ。
「おかえりなさい⋯っ」
「ただいま」
慣れ親しんだムスクの香り、背中に回された腕の温もり。
今回はメッセージだけで電話はしなかったから、本当に4日ぶりに声を聞く。低くて耳心地のいい、僕の大好きな声。
力いっぱい抱き着いてたら前髪が掻き上げられ、額に薄い唇が触れた。
「それで、俺が行く前に言った事、どうなった?」
「⋯斗希くんが、僕よりも僕の事を心配してくれてるんだって分かった」
「つまり?」
「少しとはいえまだ熱があって、万全じゃないのに大丈夫だって思って安易に引き受けたから怒ったんだよね?」
僕なりに出した答えを言えば、斗希くんはふって笑ったあと「まぁ正解か」と言ってさらに強く抱き締めてくれる。
やっといつもの空気になってホッと息を吐いたら腕が解かれ、再びソファに腰を下ろした斗希くんに手が引かれて、膝の上へと跨って座ると頬が挟まれた。
「自覚はしてねぇんだろうけど、同じような事は何度もあったからな。今回はまだ熱があんのに人の頼み聞いて、自分の体調を後回しにする事に腹が立った」
緩く摘まれ、額を合わせながら4日前よりも柔らかい口調で教えてくれる斗希くんの気持ちに胸がぎゅっとなる。
「体調崩すのは仕方ねぇよ。でも、治りきってねぇのに他人の負担まで請け負って、ぶり返してまた寝込んだらどうすんだ」
「⋯⋯」
「それでもし最悪の結果になったら、俺はお前を頼った奴を潰しに行くからな」
僕は頼まれた時、自分が役に立てるならって気持ちで了承しただけだった。だってその時は、もう走れるくらい元気だって思ってたから。
でも、斗希くんはそこまで考えくれてたんだ。本当に、優し過ぎるくらい優しい人。
「⋯ごめんなさい⋯」
「別に謝る事じゃねぇけど⋯っつか、本気で怒ってもねぇからな?」
本気じゃないのは、あとになってからだけどちゃんと気付いた。
眉を顰める斗希くんに笑って頷き、頬に触れたままの大きな手に自分の手を重ねて目を伏せる。
「俺は自分よりもお前が大事なんだよ。苦しい思いも辛い思いもなるべくならして欲しくねぇし、何よりお前に泣かれんのが一番キツい」
「うん」
「もっと自分を大切にしろ。俺もしてやれるけど、手が出せねぇところはどうしようもねぇんだからな」
「⋯うん、約束する」
これ以上斗希くんに心配をかけたくないし、僕だって悲しい思いはさせたくない。
視線を上げ、今度は斗希くんの頬へと手を伸ばした僕はそっと撫でてから首へと回し顔を近付ける。
4日ぶりの口付けは不思議と甘くて、息が上がって苦しくなっても僕は夢中で触れ合わせてた。
自分を大切にして、斗希くんをもっと大切にする。
欲張りかもしれないけど、僕だって自分より斗希くんの方が大事なんだから。
でももうあんな風にぎくしゃくしたくないから、体調や自分の行動はちゃんと鑑みようって決めた。
あんなのはもうこりごりだ。
FIN.
「お前な、何で引き受けるんだよ」
「え⋯だ、だって、お母さんが入院したって言うから⋯」
「お前だって今体調悪くしてんだろ」
「ちょっと熱が出てるくらいだし、大丈夫だよ」
電話の内容は斗希くんに答えた通り、仕事先の先輩のお母さんが今日のお昼に倒れてしまい、検査の結果入院になったから明日代わりに取引先に出向いて対応して欲しいってものだったんだけど、それを聞いてた心配性の斗希くんは思いっきり眉を顰めた。
確かに今も熱はある。でも37度台まで下がったし、明日には平熱に戻りそうだから安心して欲しくてそう言ったら深く息を吐いた。
「前から思ってたけど、お前、人に気ぃ遣い過ぎじゃね?」
「え? そんな事ないよ?」
「あるから断んねぇんだろ?」
「出来るから受けたんだよ」
体調にしろ用事があるにしろ、どうしても無理な時はちゃんと断るつもりではいる。今回は発熱したとはいえ元気だから了承したんだけど、斗希くんは納得出来ないみたいだ。
「それ、気がするだけだったらどうすんだよ」
「気がする⋯?」
「元気になった〝気がするだけ〟」
「そ、そんな事はないと思うけど⋯」
「ほんとかよ」
なんか、斗希くんピリピリしてる?
困惑する僕から視線を逸らし頭を掻いた斗希くんは背中を向けると、途中で止めていた、出張で持っていく荷物をスーツケースに詰める作業を再開した。
いつもなら遠慮なく抱き着くけど今は声もかけられなくて、部屋に漂う不穏な空気にどうしたらいいか分からないせいで1歩も動けない。
こんな事初めてじゃないのに、どうしてこんなに怒ってるんだろう。
パチンて音がして斗希くんが立ち上がり、スーツケースを玄関まで持って行ったあと俺を見て寝室へと顎をしゃくった。
「寝るか」
「⋯⋯うん」
口は悪いけどいつも優しい斗希くんが僕に怒るのは初めてで、嫌われたかもって不安と恐怖で普段通り出来ない。
斗希くんの後ろをついて行き、先にベッドに入ったのを見たけどあとに続けなかった。
閉めた扉の前で立ち尽くしてたら、気付いた斗希くんがベッドから降りて僕の傍まで来て、何も言わずき抱き上げベッドに寝かせてくれる。隣に寝転び、いつもみたいに腕が頭の下に差し込まれて、反対の手でも抱き寄せられ額に唇が触れて背中をトントンされた。
「おやすみ」
「⋯おやすみなさい⋯」
さっきまで怒ってる感じの口調だったのに、今は普通に戻ってて拍子抜けしてしまう。
でも明日から4日離れるのに大人しく寝るのはいつも通りじゃなくて、僕は唇を噛んで斗希くんの服を掴んだ。
本当に怒ってたら、こんな風に抱き締めてはくれないはず。
電話を取るまでは普通だったからやっぱり話の内容なんだろうけど、斗希くんにとって何が1番琴線に触れたのかな。
心配かけたから? 代理を引き受けたから?
⋯⋯本当に、何がいけなかったんだろう。
翌日、出張に向かう斗希くんを見送るべく玄関に立った僕だったけど、気まずさは継続中でいつものように話せず黙ってた。
そうしてる間に靴を履いた斗希くんが立ち上がり、僕を振り向いて口を開く。
「じゃあ行ってくるけど、本当に断る気はねぇんだな?」
「う、うん⋯もう受けちゃったし⋯」
「⋯あっそ」
冷たい言い方に胸がぎゅっとなる。
鼻の奥がツンとして涙が出そうになったけど、それを堪えてたらスーツケースの持ち手を握った斗希くんが玄関の鍵を開け扉を押した。
行ってらっしゃいのキスもハグも、したくないくらい怒ってるんだ。
「斗、希⋯くん⋯」
「帰ってくるまでに、俺が何に腹立ててんのか考えろ」
そう言ってスーツケースを引き玄関から出て行った斗希くんを追いかける事も出来ず、僕は遠くなる足音とタイヤの音を聞きながらぼう然としてた。
8年も付き合ってきて喧嘩さえ1度もした事ないのに⋯斗希くんは僕が何を言っても頷いてくれて、どんな我儘でも聞いてくれた。そんな斗希くんが僕に呆れて、怒ってる。
足元が崩れ落ちそうなほどグラグラしてて視界が滲んできた。
「⋯⋯⋯⋯」
この気持ちを抱えて取引先に行かなきゃいけないなんて⋯でも、自分が悪いんだから何も言えない。
施錠し、とぼとぼとリビングに戻って朝食後の後片付けを始める。
無心で洗い物をしていると、ダイニングテーブルに置いていたスマホがブルリと震えた。手の泡を落としタオルで拭いて通知を開いた僕は、文面を読んで目を瞬く。
『仕事から帰ったら、しっかり食ってちゃんと寝ろよ。無理だけはすんな』
怒ってるのに、まだ僕の心配をしてくれるんだ。
ぎゅっとスマホを握り、『ありがとう』と返した僕は息を吐く。
落ち込んでてもどうにもならない。行く前に斗希くんは考えろって言ったから、きっと僕が分かっていない理由があるんだ。それをちゃんと見つけなきゃ。
両手で軽く頬を叩いた僕はとりあえず仕事に行く事にし、準備をして家を出た。
ちなみに熱は完全に下がったし、体調もすっかり良くなってる。もし昨日の時点でこうだったらなんて⋯思っても仕方ないよね。
あれから3日が経ち、僕は仕事をしつつも、斗希くんが怒ってた理由を考えてる。
ずっと同じ問答を頭の中で繰り返してるけど、斗希くんは体調を崩した事を心配こそすれ怒る人ではないんだよね。代わりに仕事を引き受ける事だって、納得はせずともあんな風に怒りはしないはず。
⋯⋯そういえば、斗希くんが人に気を遣い過ぎって言ってたけど、あれはどこに対して言ったんだろう。今回の件は、先輩にとってどうしようもない事だから引き受けただけで気を遣ったつもりはないのに、斗希くんにはそう見えたとか?
もしかして、斗希くんは僕が無理して受けたと思った?
「⋯⋯あ」
何か、ぐるぐるしてたおかげかちょっと分かってきた気がする。
〝元気になった気がするだけだったら〟って言葉も、斗希くんの心配からきてたのかもしれない。僕が大丈夫だと思ってても、斗希くんからすればまだなんじゃないかって。
だから〝取引先への対応〟っていう仕事を増やした事を怒ったのかも。
初めて斗希くんに怒られたから困惑が勝ったけど、普段なら自惚れられるくらい愛されてるって分かってるのに⋯本当、僕って情けないな。
遠回しな言い方も、僕に自覚させる為だったのかもしれない。
「そっか⋯そうだったんだ⋯」
一緒にいるようになってこんなに時が経ってるのにまた擦れ違っちゃった。
斗希くんが帰ってきたら、ちゃんと話さないと。
そうして次の日、早めに仕事を終えた僕は夕飯の材料を買って帰宅したんだけど、玄関に置かれた靴を見て目を丸くした。
急いでリビングに入ったらソファで寛いでる斗希くんがいて、僕に気付くと立ち上がり腕を広げてくれる。買った物を床に置いた僕は、一も二もなくその腕の中に飛び込んだ。
「おかえりなさい⋯っ」
「ただいま」
慣れ親しんだムスクの香り、背中に回された腕の温もり。
今回はメッセージだけで電話はしなかったから、本当に4日ぶりに声を聞く。低くて耳心地のいい、僕の大好きな声。
力いっぱい抱き着いてたら前髪が掻き上げられ、額に薄い唇が触れた。
「それで、俺が行く前に言った事、どうなった?」
「⋯斗希くんが、僕よりも僕の事を心配してくれてるんだって分かった」
「つまり?」
「少しとはいえまだ熱があって、万全じゃないのに大丈夫だって思って安易に引き受けたから怒ったんだよね?」
僕なりに出した答えを言えば、斗希くんはふって笑ったあと「まぁ正解か」と言ってさらに強く抱き締めてくれる。
やっといつもの空気になってホッと息を吐いたら腕が解かれ、再びソファに腰を下ろした斗希くんに手が引かれて、膝の上へと跨って座ると頬が挟まれた。
「自覚はしてねぇんだろうけど、同じような事は何度もあったからな。今回はまだ熱があんのに人の頼み聞いて、自分の体調を後回しにする事に腹が立った」
緩く摘まれ、額を合わせながら4日前よりも柔らかい口調で教えてくれる斗希くんの気持ちに胸がぎゅっとなる。
「体調崩すのは仕方ねぇよ。でも、治りきってねぇのに他人の負担まで請け負って、ぶり返してまた寝込んだらどうすんだ」
「⋯⋯」
「それでもし最悪の結果になったら、俺はお前を頼った奴を潰しに行くからな」
僕は頼まれた時、自分が役に立てるならって気持ちで了承しただけだった。だってその時は、もう走れるくらい元気だって思ってたから。
でも、斗希くんはそこまで考えくれてたんだ。本当に、優し過ぎるくらい優しい人。
「⋯ごめんなさい⋯」
「別に謝る事じゃねぇけど⋯っつか、本気で怒ってもねぇからな?」
本気じゃないのは、あとになってからだけどちゃんと気付いた。
眉を顰める斗希くんに笑って頷き、頬に触れたままの大きな手に自分の手を重ねて目を伏せる。
「俺は自分よりもお前が大事なんだよ。苦しい思いも辛い思いもなるべくならして欲しくねぇし、何よりお前に泣かれんのが一番キツい」
「うん」
「もっと自分を大切にしろ。俺もしてやれるけど、手が出せねぇところはどうしようもねぇんだからな」
「⋯うん、約束する」
これ以上斗希くんに心配をかけたくないし、僕だって悲しい思いはさせたくない。
視線を上げ、今度は斗希くんの頬へと手を伸ばした僕はそっと撫でてから首へと回し顔を近付ける。
4日ぶりの口付けは不思議と甘くて、息が上がって苦しくなっても僕は夢中で触れ合わせてた。
自分を大切にして、斗希くんをもっと大切にする。
欲張りかもしれないけど、僕だって自分より斗希くんの方が大事なんだから。
でももうあんな風にぎくしゃくしたくないから、体調や自分の行動はちゃんと鑑みようって決めた。
あんなのはもうこりごりだ。
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