冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ

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早朝の訪問者

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 あれからどうやって帰ったのか、気付いたら部屋にいて、僕はベッドに座ってぼんやりしてた。窓の外からは雨が降る音が聞こえてて、より気持ちが落ち込んでしまう。
 斗希くんへのプレゼントはベッド脇に立ててあり、ずっと抱き締めてたせいか紙袋がヨレていた。
 さっきの光景がずっと頭から離れない。
 僕は手を繋いだ事さえないのに、あの人は簡単に肩に触れて貰えて、あまつ抱き寄せられてた。そういえば隣も歩いてたっけ。
 僕とは違う、同じだけの気持ちがあるからこそ許されてる事。

「⋯⋯どうせなら、斗希くんの口から聞きたかったな⋯」

 好きな人がいるなら、もう付き合える距離にまでなってるなら言って欲しかった。偶然目撃して知るなんて⋯こんな悲しい事ってないよ。
 ぎゅっと唇を噛んだら膝の上で握っていた拳にポトリと雫が落ちた。

「⋯っ⋯」

 どれだけ好きって伝えてもこの気持ちは一方通行だ。
 多少なりとも情は持ってくれてるかもしれないけど、同じ想いになり得ないのは僕が1番知ってる。だって、無理やり付き合って貰ったようなものだもん。
 毎日話しかけてた僕がいきなり姿を見せなくなったからって、気にしてくれた斗希くんの優しさにつけ込んだだけ。
 その証拠に、斗希くんは僕に笑いかけてくれないし触れてもくれない。
 逆に僕が笑ったり、何かを言ったりすると眉を顰める。

「⋯最初から⋯分かってた事だ⋯」

 もっと早く手を離すべきだったんだ。
 斗希くんがいつまでも恋人でいてくれてる事に甘えてないで、さっさと諦めていれば斗希くんはもっと早くあの子と付き合えたかもしれないのに。

「⋯⋯ごめんね、斗希くん⋯」

 僕が斗希くんの幸せを奪ってたんだから、僕からちゃんと別れを告げなきゃ。何のしがらみもなく、斗希くんがあの子だけを見られるように。
 何も悪くない斗希くんにこれ以上嫌な思いをさせたくない。
 僕はボタボタと落ち続ける涙を袖で拭うとスマホを取り出しSNSを開いた。いつでも1番上にいる名前をタップし、震える指で文字を打っていく。

『直接話すと上手に言えないと思うからメッセージで送ります。僕ね、斗希くんと恋人になれて凄く嬉しかった。たぶん、面倒だなって思われる事も知らないうちにしたと思う。ごめんね。斗希くんと恋人だったこの1年、本当に幸せだったよ。僕の気持ちを受け入れてくれて、いろいろ気にかけてくれてありがとう。斗希くんの幸せを1番に願ってます』

 メッセージにして送るには長文になってしまったし、どうしても直接的な別れの言葉は入れられなかったけど、聡い斗希くんの事だから意図は通じると思う。
 何度か息を吸って吐いて、覚悟を決めて送信する。でも反応が怖いから、万が一返事があっても気付かずに済むようすぐに閉じてミュートにし、画面側を伏せてサイドテーブルへと置いた。
 もう少し落ち着いたら、自分の気持ちにもちゃんと踏ん切りをつけなきゃ。



 涙があとから溢れて止まらなくて、泣き続けて迎えた朝は薄暗く、雨は止んだものの空はどんよりと曇ってた。まるで僕の心みたいだなんて乾いた笑いを零し、結局眠れなかったベッドから降りて洗面所へと向かう。
 洗面台に備え付けられた鏡に映った自分はずいぶんと酷い顔をしていた。
 今日が土曜日で良かった。こんなひどい顔で外を歩けないし、僕が平然としててもみんなは気にしてしまうだろうから。
 顔を洗って雑に拭き、冷蔵庫から水のペットボトルを取って再びベッドへと戻る。
 サイドテーブルのスマホに目がいったけど、手に取るのもまだ不安だったから見えなかった事にした。
 週明け学校に行けたとしても、さすがに電車の時間はズラさないと。きっと斗希くんの顔を見たら泣いてしまう。あれを見るまでは姿を見られるだけで嬉しかったのに、今は苦しくて堪らない。
 それに、きっと諦めなきゃって気持ちが揺らいでしまう。1ヶ月会わずにいたとしても、姿を見たら一気にぶり返す。
 僕の斗希くんへの想いはどうしようもなく大きいから。
 ベッドに横になり、少しでも寝られるようにぼんやりと壁を眺める。何度か瞬いてようやくウトウトし始めた時、唐突にインターホンが鳴り身体が跳ねた。

「⋯⋯え、何⋯まだ6時なのに⋯」

 おおよそ人の家に訪問する時間ではない。
 もう1度鳴ったから覚悟を決めて起き上がり、足音を立てないようモニターを見た僕は目を見瞠った。

「⋯⋯⋯斗希、くん⋯⋯?」

 そこには絶対にいるはずのない斗希くんが眉根を寄せて立ってて、走って来たのか息も荒いし汗も掻いてる。いつもは整えられてる髪だってボサボサ⋯。
 呆然と見てたら斗希くんの手が動いて、またインターホンを押す。
 それから斗希くんの顔が近付いて、端正な顔がモニターいっぱいに映し出された。

『⋯陽依⋯』

 切ない声に胸が痛くなり、僕は玄関へと向かって鍵を開けゆっくりと扉を押す。
 開いた先には実物の斗希くんがいて、僕の顔を見るなりギョッとしつつも手に握っていたスマホを見せてきた。

「⋯っ、お前⋯あれ、どういう事だよ」
「どういうって⋯」
「まるで別れるみてぇな⋯」

 ちゃんと意図は汲み取ってくれてたようだけど、どうしてそんなに焦ってるんだろう。僕と別れたらあの人と付き合えるようになるのに、何だか納得がいってないみたいな。
 面と向かってだと縋っちゃうかもしれないからメッセージにしたのに。
 ⋯⋯あれ?    そういえば、斗希くんはどうやってここを知ったんだろう。住所を教えた事も、もちろん連れて来た事もないのに。

「斗希くん⋯あの⋯」
「とりあえず、中入れてくんねぇ?」
「あ⋯う、うん⋯どうぞ」

 確かに外でする話じゃないよね。息も上がってる斗希くんに立ち話はしんどいだろうし。
 僕は斗希くんを招き入れ、先に立ってリビングへと向かう。ソファはないから適当に座って貰って、飲み物でも入れようとしたら「いいから」って止められて向かいへと座らされた。
 何を言われるんだろう⋯。
 斗希くんと一緒にいてこんなに怖いと思ったの初めてだ。
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