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悪魔の始まり《櫂理side》
しおりを挟む__莉子と初めて出会った頃。
「櫂理、今日から莉子ちゃんがあなたのお姉さんよ。私達はこれから家族になるの」
俺の誕生日を迎えてから数日後のこと。
あの時の出来事は今でも鮮明に覚えてる。
母親が再婚すると聞いて、抵抗を感じながら渋々莉子達と初めて顔を合わせた日。
そこから世界が一変した。
「初めまして。宇佐美莉子です。あの……これから、よろしくね櫂理君」
そう恥じらいながら恐る恐る差し伸ばされた手を、俺は暫く握れなかった。
天使だ……。
莉子を見て初めに思ったこと。
人形のようにパーツが整った顔立ちと、透き通った色白の肌。
優しさが滲み出る垂れ目具合と、澄んだガラス玉のような大きな瞳。
シルクみたいな艶のある細い髪質。
まるで妖術にでもかかったかのように、目を逸らすことが出来ず、人生で初めて”一目惚れ”というものに俺は直面した。
そして、幼いながらにそこで全てを悟る。
莉子を“姉”として見ることは、おそらくこの先一生ないということを。
それでも、当時はちゃんとした“弟”になろうと抗ってみた。
莉子を困らせたくなかったし、彼女の望む家族になりたかったから。
だけど、幼い故にそんな立派な自制心なんて効くはずもなく。
意思に反して、走り出した恋心は止まることを知らず。
ダメだと反発すればする程に、気持ちはどんどん沼へとハマっていく。
一方、莉子はちゃんとした“姉”になろうと必死に努力していた。
俺に嫌われたくない。
自分をもっと好きになって欲しいと。
言葉にしなくても、莉子の心はダダ漏れていて。
とめどなく毎日注ぎ込まれる優しさと、無償の愛が、俺の心をどんどん狂わせていく。
彼女は正しい姉弟関係を築こうとしている。
だけど、俺にとってその気持ちはただの”毒”でしかない。
そんな毒をずっと浴び続けていたら。
いつしか二度と引き返せないところまで来ていて。
気付いた頃には、もう手遅れだった。
__それから数年後。
「ねえ、櫂理君って好きな子いるの?」
中一になって初めての期末テストが終わり、久しぶりに莉子と一緒に下校した日。
突然投げられた質問に、俺は思わずその場で立ち止まってしまう。
「………………いない」
それから、どう答えようか迷ったけど、とりあえず今は混乱させてはいけないと。
短い間で脳をフル回転させ、そう結論に至った俺は無難に答えた。
「もしかして、莉子は好きな人いるのか?」
そして、瞬時に浮かんできた疑問をすぐに吐き出してみる。
こんな質問をするということは、十中八九そんな気がして、緊張と不安で徐々に鼓動が早くなっていく。
「……えと、好きな人っていうわけではないけど、気になる人なら……」
「誰?」
そして、嫌な予感が的中した瞬間、俺は莉子の言葉を遮り即座に聞き返した。
「え?あの……同じクラスの橋本君。でも、本当にただ気になるだけだよ。橋本君はクラスの人気者で、誰にでも優しいの。だから、ちょっといいなって思って」
俺の食い気味な反応に若干戸惑いながらも、照れくさそうに教えてくれた莉子の表情はすこぶる可愛くて。
話してる内容が違ければ、このまま見惚れてしまうくらい。
でも、そんな余裕は当然あるはずもなく。
心の底から湧き上がる憎悪と嫉妬で、今にも気が狂いそうになっていく。
「これ誰にも言わないでね。櫂理君だけ特別」
一方、俺の心境なんて露知らず。
これまた蕩けるような笑顔で向けられた“特別”という単語が、これ程までに残酷だと感じたことはなかった。
橋本。
誰だそいつは。
これまで、男の話は一切してこなかった莉子が気になるなんて、一体どんな奴だ。
今日も今日とてボクシングジムでトレーニングに励む中。
未だ収まることのない怒りのせいか、いつもよりパンチ力が上がり、サウンドバッグを叩く音が部屋中大きく響き渡る。
「おー。今日はやけに精が出るな。てか、お前本当に伸び代すげーよ。真面目に大会出ないか?」
すると、その様子を隣で傍観していたトレーナーは突然真顔でそんな提案をしてきて、全くその気になれない俺は鼻で笑った。
「そもそも、俺が強くなりたいのは全部莉子のためだから。大会とかそういうの全然興味無いし」
そして、胸の内を隠すことなく堂々と曝け出す。
「お前中学になってもまだ姉さん好きなんて、本当一途な奴だよな。なんか……おじさんドキドキする!」
「おい。壊滅的に気持ち悪いから、それ止めろ」
スキンヘッドで体格が良く、普段は強面なヤクザみたいな顔をしているくせに。
人の色恋話になると、まるで噂好きの女みたいになるのはどうにかならないものだろうか。
でも、何だかんだ実力は確かなので、俺がここまで強くなれたのは、全部このおっさんのお陰だと言っても過言ではない。
莉子を守るために強くなると決めた時、このボクシングジムを見つけたのは、単なる偶然だった。
莉子には友達の紹介だって言ったけど、本当はそうじゃない。
たまたま通り掛かったところにジムがあり、単身で乗り込んで理由を話したら、色恋話好きなおっさんのツボにハマったようで。
俺の要求をあっさり引き受け、しかも会費は要らないと言ってくれた。
けど、その条件として俺の恋愛事情を教えることとなり、話に食いつく姿はなかなかに気持ちが悪い。
「……で、お姉さんに気になる人が出来たのか。どうするんだ?ここは潔く身を引くのか?」
「まさか。そう簡単に諦めるわけないだろ」
とりあえず今日のことをトレーナーに話したら、これまた興味津々な目を向けてきたので、その視線を鬱陶しく感じながらも、俺はキッパリと断言した。
……そう。
こんなことで諦めるなんて、絶対にありえない。
それに、莉子の意識が別の男に向いていたとしても、まだやれることはある。
そもそも、莉子は“弟”の俺にとことん甘く、何をやっても大抵のことは許してくれる。
だから、例え恋愛対象になれなくても、その特権を思う存分使っていけばいい。
それが、今の俺が出来る唯一の抵抗だから。
__翌日。
「宇佐美さーん、弟君来てるよー」
授業が終わり、昼休みが始まる頃。
俺はあるものを持って莉子の教室に顔を出した。
「櫂理君どうしたの?珍しいね」
俺の姿を見るや否や。小走りでこちらに駆け寄ってくる莉子の姿がツボを刺激し、そのまま抱き締めたくなる衝動をなんとか堪える。
「ごめん、莉子の体操着間違えて持ってきた。俺のそっちにある?」
そう言うと、俺はわざと取り違えた莉子の体操着を差し出し、困ったような表情をしてみせた。
「あ、多分あると思う。ちょっと待って……」
そして、慌てた様子で席に戻ろうとする莉子の手を、咄嗟に掴む。
「ねえ、橋本ってどれ?」
それから本来の目的を果たそうと、俺は目を光らせながら莉子にそっと耳打ちした。
「……あ、えっと…………あの窓際の一番前に座っている人」
不意に投げられた質問に戸惑いながらも、こっそり指をさして教えてくれた人物に俺は視線だけ向ける。
そこにいたのは、そこそこのイケメンで、短髪小麦肌のいかにもサッカー部員みたいな爽やか系な男。
莉子の言ってたとおり女子に人気なようで、昼休み始まって早々既に何人かに囲まれていた。
「莉子はああいうのがタイプなの?」
「分かんない。でも格好いいなって思う」
ふつふつと湧き上がる怒りを何とか表に出さないよう静かに尋ねると、恥じらいながら上目遣いをされ、その可愛さが余計苛立ちを助長させる。
そして、気付けば手が勝手に動き、俺は莉子の顎を無理矢理引き上げた。
「か、櫂理君!?みんなが見てるよ!?」
まさか公衆の面前でこんなことをされるとは、思ってもみなかったであろう。
莉子はかなり焦った様子で訴えてくるけど、この手を振り解こうとしないのは、やっぱり俺への甘さがあるから。
だから、その弱みに漬け込んで、俺は更に顔を近付ける。
「なあ、俺とそいつどっちが格好いい?」
それから、目線を合わせて俺は莉子の揺れる瞳を捉えた。
「う……。それは……」
「それは?」
俺から視線を逸らし、耳を真っ赤にしながら言い淀む姿を見る限りだと、答えは聞かずとも分かる。
けど、それをハッキリと口にするまでは絶対に逃さないと。俺は容赦なく追い討ちをかけた。
「…………櫂理君です」
そして、暫くしてから満足のいく答えを貰うことが出来、俺は満面の笑みを浮かべる。
やっぱり、莉子は俺に抗えない。
そう確信すると、あっさりと手を離し、何事もなかったように莉子が体操着を取りに行っている間、大人しくその場で待機した。
すると、どこからか視線を感じ、何気なく教室に目を向けた途端、例の男がこちらを凝視しているのを視界の隅で捉える。
目が合った直後、男は俺から視線を逸らし、それ以降こちらを気にするような素振は一切見せてこなかった。
けど、状況を理解するのには、それだけで十分だ。
◇◇◇
「ねえ。君ちょっといいかな?」
授業が終わり、部活に行こうと廊下を出た瞬間。
突然あの橋本という男に声を掛けられ、俺は足の動きをピタリと止めた。
「………なに?待ち伏せ?」
まさか、向こうから来るとは思っていなかったので、内心少し驚きながらも、俺は敵意を隠すことなく男を睨み付ける。
「まあ、そんなとこ。今時間ある?少し話したいんだけど、いいかな?」
しかし、橋本は全く動じることなく、薄気味悪い笑みを浮かべて俺をある場所へと連れ出した。
そのまま黙ってついて来た場所は、人気のない校舎裏。
橋本は周囲に誰もいないことを確認すると、張り付いたような笑顔で俺と対峙してきた。
「ねえ、君ってお姉さんのこと女として好きなの?」
すると、蔑んだ目でそう問い掛ける。
「それ知ってどうするんだ?」
そんなの聞かなくても大体は想像出来るけど、俺は挑発するように白白しく答えた。
「俺、君のお姉さんちょっと前から狙っててさ。だけど、チラチラ君の存在が目に付いてて、正直超ウザったいんだよね」
やはり、予想通りの返答が来た上に、向こうもあからさまな敵意を俺に見せてくる。
「ていうか、昼休みの時もそうだったけど、君シスコンにも程があるよね。義理だっていうのは知ってるけど、もしかして“弟”の分際で本気で付き合いたいとでも思ってるの?」
それから、橋本は畳み掛けるように容赦無くマウントをとってくる。
「俺、知ってるんだよ。君のお姉さんが俺に好意を持ってるの。だから、俺がその気になれば簡単に奪えるんだよ」
そして、最後に見せた表情はこれまでと一変して。
気持ち悪い善人顔から、酷く歪んだ闇深いものへと堕ちた瞬間、俺はこいつの本性を悟った。
同時に、かろうじて繋ぎ止めていた理性の糸が完全に切れ、気付けば橋本の胸ぐらを勢い良く掴み、そのまま片手で持ち上げていた。
「お、おい!何すんだよ!?離せ!」
足が宙に浮き、呼吸がままならない橋本はかなり焦った様子で俺の腕を引き剥がそうと必死に抵抗する。
けど、日々鍛えている俺に敵うはずもなく。
段々と抵抗する力が弱くなっていくのを見計らい、俺はこいつの服の襟を捻るように強く握った。
「随分余裕だな?おまえの言うとおり、俺は莉子が好きだ。だから、ちょっとでも近付いたら即潰すから覚えとけ」
そして最大限の脅しをかけ、窒息させる勢いで手に力を込めると、橋本は顔面蒼白になりながら、涙目で首を激しく縦に振ってきた。
それから橋本は俺を恐れ、約束通り莉子に近付くことはなかった。
それどころか避けるようになったそうで、嫌われていると勘違いした莉子は、もうそいつに想いを寄せることはなくなった。
こうして害虫は除去され、再び平穏な日々が訪れる。
今思えばなかなかに卑劣なやり方だったとは思うけど、莉子を変な男から守るためなら手段を選ばない。
そして、力は全てにおいて有効なんだということを改めて認識すると、これを機に、俺はより一層鍛錬に励んだのだった。
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