隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第二十二話 物語の価値は、読み手の感受性によって輝く

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 私は、レキム然とした声質を意識して、できる限り低い声で言う。

 「さて、ここにある本達は、今日から自由に使っていい」

 大袈裟に手を広げ、まるでこの本が私のものであるかのように。
 
 「ただし、書庫の使用には三つのルールがあります。一つ、本を破ったり傷つけたりしないこと。二つ、本は元あった場所に戻すこと。三つ、一つ目と二つ目のルールが守れそうにないときや、守れなかったときは、すぐに私かお爺さんに言うこと。わかった?」

 声を戻し、ルールを伝える。即興で考えたにしては良く出来ている、と我ながら思った。
 ま、この本のほとんどが貴文字が読めることが前提に書かれているため、この子達がこの書庫を積極的に利用するようになるのはもう少し先かもしれない。
 
 「はい」

 「はい」
 
 そう思っていたのだけれど、返事をしたウィルもラルーチェも、その視線は本へと向いていた。本が物珍しいからなのか、私が本を読んで欲しいと思っていることを察知しているからなのかは分からないけれど、本に触れる機会になるのならば良いことだ。
 
 「じゃあ、あなた達にお勧めの本を何冊かおすすめしておきます」

 平文字しか読めないと言っていたこの子達が読める本は少ないが、無いわけではない。子供向けの童話だったり、簡単な貴文字しか使われていない小説も、この書庫にはある。
 私は書庫を飛び回って、そのような本をとりあえず三冊持ってくる。あんまり多く持ってきても、かえって選びにくいだろうから。
 選んできた三冊の本の中から、眼鏡をかけて人間の服を着たドラゴンが、思案気な表情でペンを握っている姿が表紙に描かれている本を見せる。

 「これは<ドラゴンの気持ち>って本。どんなに強い人間だって、ドラゴンには敵わない。だから人間は皆ドラゴンに憧れている。でもドラゴンはいつも一人。一人は寂しいから群れている人間に憧れている。そんな世界に住む一匹の賢いドラゴンは、魔法で人間に変身し、人間と共に暮らしていた。この本は、そんな賢いドラゴンが実際に人間と暮らしてみて感じた事を、日記のように書いているの」

 この本のテーマは、隣の芝は異なった色に見える。傍から見ているのと、実際に体験しているのとでの感じ方の違いを、人間として生きるドラゴンが書くことにより、体験の重要性を教えてくれる。ま、こんな事まで考えなくても、単純に読み物として面白いので、ぜひ読んでもらいたい。
 次に私は、階段を登っている子供の後ろ姿が表紙に描かれた本を、子供達に見せる。

 「この本は<ビックドリーマー>。これは、少年が夢を叶えるまでの物語。家族からも友達からも、そんな夢叶うはずないと馬鹿にされ続けてきた少年が、『理由もないのに、どうしてそう思うの?』って訊き返したところから始まる、成功の裏側を書いた物語なの」

 本当は私の好きなシーンである、進路について質問してきた少年に対して、先生が「君の夢を否定する周りの人間は、君の夢に関する専門家ではない」と言うところについて語りたいのだけれど、これからこの本を読むこの子達に内容の話をし過ぎるべきではないので、グッと堪えて次の本を子供達に見せる。
 表紙に描かれているのは二人の人間。一人が赤色でもう一人が青色。二人とも表情は描かれていないけれど、お互いを見つめあっているように感じられる。

 「この本は<十人十色>。君が見ているこの赤と、僕が見ているこの赤は、本当に同じ色なのかな?という問いかけから始まるこの本は、当たり前だと思っている出来事をあえて疑うことで、皆が当然だと思っていることが、案外当然じゃなかったりする事を感じさせてくれる本なのよ」

 この<十人十色>は、端的に言えば児童向けの哲学書だ。この本の著者であるフリード・デモクラスの著作の一つである<大衆という生物>の中にある『一般常識は多数決によって取捨選択された主観的な価値観の集合体であり、つまりは人類が持つ偏見に過ぎないのだ』という考えを、わかりやすく物語調にしたものなのだろうなと、私は勝手に思っている。
 常識と真理をごったにしてしまう人が多い世の中だからこそ、このような本を読んで、常識を疑う事を学んで欲しいという考えが、私にはあったりする。
 ま、それぞれの本を私なりに考えて選んでいるわけだけれど、正直この選び方は本好きとしては邪道だ。読書、特に物語を読むのは文字を追うという行為自体が楽しいからで、知識が得られることは副次的なものであり、知識を得ること自体が目的になってはならないと思っている。
 ならば純粋に面白いと思った物語だけを紹介すればいいと思ったりもしたのだけれど、やっぱり時間を使って読むからには良い学びにもなって欲しいわけで。 

 閑話休題。

 「とりあえず三冊、私が読んで面白いと思った本を紹介してみたけれど、面白いと思うものはあったかしら」

 私は三冊の本の表紙が全て見えるように魔法で宙に浮かし、子供達の反応を見る。
 本=面白くないもの、という認識だけはして欲しくないので、少しでも躊躇いが見えたら、違う本を選ぶか書庫から出て他の事をしようと思ったのだけれど、それは杞憂に終わった。
 
 「俺は、これがいい」

 ウィルがそう言って指さしたのは、<ビックドリーマー>で、
 
 「私はこれ」

 ラルーチェがそう言って指さしたのは<十人十色>だった。
 私はそれぞれの本を子供達の元へと動かし、子供達が本を手に取ったのを見て魔法を解く。

 「じゃ、私はお昼ご飯の準備をしてくるから、あなた達は自由にしてて。家の中を探索してもいいし、ここでその本を読んでいてもいいし、他の本を見ていても構わないわ。ただし、この家の外には出ないでね」

 私はそう言い残し、書庫から出る。子供達が自主的に動こうとする時に、私が居ては邪魔だろうから。 
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