隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第二十六話 森の中を迷いながらも進む

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 食事で使った食器を洗い終え、腹ごなしを兼ねて森へ食料調達へ出かけようとするレキムを、私は呼び止めた。

 「森に行くなら皆んなで行きましょうよ。この子達に森の事を教えるいい機会ですし」

 私の名案を聞いたレキムは、あまり良い顔をしなかった。

 「ラルーチェにあんな事があったばかりだというのに、森に連れ出してまた何か起きてしまったらどうする。そうなれば、私はあの子等に顔向けできない」

 そんな下らない理由で私の提案を断ろうとするなんて、レキムらしからぬ事だ。ラルーチェを 魔力欠乏症マナ・ハンガーノックにさせてしまった事を、余程気にしているのだろう。

 「じゃああなたは、遊び盛りな年頃のあの子達に、何日も家の中だけで過ごさせるつもりなんですか。それこそ、あの子達にとって良くない事だと思います」

 レキムの言い分と心情を重々承知した上で、それでも私は自分の提案を曲げる気は無い。
 本人達の意思も確認せず、こちらの都合だけで子供達を小さな世界に閉じ込めるなんて、奴隷の扱い方とほとんど変わらないから。

 「確かに、私の言い分だけで子供達の事を決めようとするのは良くないな」

 レキムも考えを改めてくれたようで、子供達に「森へ行ってみないか」と尋ねた。
 何をしていいか分からず暇そうにしていた子供達は、レキムの誘いにすぐ頷いた。

 「それじゃ、靴を脱いで。外は滑るからその靴じゃ危ないでしょ。代わりに滑りにくいのを履かせてあげます」

 子供達の外履き用の靴はまだ出来ていないので、とりあえす魔法で出来合いのを作る事にする。まずはウィルからだ。

 「ウィル、そこの椅子に座って、足を私の方に向けてみて」

 言う通りに椅子に座ったウィルの前に私はしゃがんで、ウィルの右足を『純魔結晶』で覆った。

 「うわっ!?」

 「大丈夫よ。足の感覚は変じゃないでしょ」

 ウィルは、突然自分の足が青みがかった氷みたいな結晶に包まれて驚いたらしい。一言言ってから魔法を使った方が良かったかもしれない。
 左足も同じように結晶で覆い、次は先にやる事を言ってから魔法を使う。
 
 「今度は足の裏が少しくすぐったくなるかもしれないけど、我慢してね」
 
 ウィルの足を覆う結晶の内側に苔を生やし、ウィルの足と結晶との間にある隙間を無くしていく。生やしすぎると足が窮屈だし、隙間が大きいと歩きづらいので、結晶に触れながら上手い具合に生やす量を調整する。
 苔を生やし終えたら、結晶を靴の形に整え、靴底に凹凸を加えて滑りにくくする。
 
 「はい、これでおしまい。歩いてみて痛いところとかあったら教えてね」

 慎重に一歩目を踏み出したウィルは、二歩目からはスイスイと歩き出した。上手くできているようで良かった。

 ラルーチェにもウィルと同じように靴を履かせ、戸締りを確認したら、いよいよ森へと出発する。

 「では、行こうか」
 
 レキムを先頭に家から出ると、眼前に広がるのは青々と茂った木々達。上を見上げれば所狭しに伸びた枝葉の隙間に青空が顔を覗かせており、足元を見れば太い木の根が腐葉土の地面に力強く張っている。
 いつもなら留守番を任される黒猫ナイトも、今日は子供達の護衛役として付いてくるらしく、レキムの足元でちょこちょこと歩いている。
 足元の悪い中をスイスイと歩くレキムの後に、子供達が躓いたり滑って転びそうになったりしながら付いて行く。
 少し進むごとに、レキムは立ち止まって目につく植物の説明をした。この木の葉は磨り潰して塗り込むと切り傷に効くとか、この草の根は皮を向けば生で食べれて美味しいとか、この蔓は丈夫でロープ代わりに使えるとか。

 「私の元から逃げたくなったとき、こういった知識はあったほうがいい。子供が自分達の力だけで生きていくには、大人よりも多くの知識が必要だ」

 レキムは、自分の元から離れたくなったときに使えるであろう森の知識を、子供達に提示していた。
 先日までの自信はどこへやら、といった感じではあるけれど、これがレキムなりの誠意なのだろう。

 「奴隷であろうと人間である以上、身に付けた知識は奪われることはない。それに、金やパンと違い、知識は分け与えても減らないのだよ。むしろ、他者に教えることで、自分の知識も深まっていく」
 
 何度も後ろを振り返り、子供達が付いてきているか確認しながら歩くレキムは、ほとんど独り言のように語り続けた。
 険しい山道を歩き続けているのに、子供達の顔はレキムの方を向いていた。こんな説教じみた正論なんて、別に聞かなくてもいいと思うのだけれど、ウィルも、ラルーチェも、真剣な表情で話に耳を傾けている。
 何が必要で、何が不要かがよくわからない時に、全てが必要だと考えて努力できるのは才能だ。無駄骨になるかもしれない苦労をしたがる人間は多くないから。
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