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第二十七話 全ての過去は現在の糧であり、未来への活力だ
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しばらく歩くと、丁度馬車一台分くらいの幅の道が見えた。道といっても、地面が剥き出しになっているだけなのだけれど、隙間なく草木が茂るこの森では、土が見えているだけで道に見えるから不思議だ。
「この森は、ザインナイツ王国とアストロサイト共和国を行き来する際の近道として使われるのだよ。悪路で道にも迷いやすいから、滅多に使う人間はいないのだがね。恐らく、君達を運んでいた奴隷商も、この道を使っていたのだろう」
レキムの話を聞いた子供達の手が、硬く握り締められた。
私もこの森をよく知っているので、レキムがここに来るつもりである事は途中で気付いていた。そして、ウィルとラルーチェにとって、否応なく過去を想起させる場所である事もわかっていた。
それでも、私はこの道へと向かうレキムを止めようとは思わなかった。
「君達はどうやって逃げ出したのかね?奴隷商が、自分の商品の管理を怠るとは考えにくい」
レキムはあえて、子供達が奴隷だった頃を思い出すように促した。
時の流れは逆流しない以上、過去を無かった事にはできない。いつか、克服しなくてはならない日が来るのだ。そうでなければ、自分の過去から一生目を逸らし続けなくてはならなくなる。それは、自分の人生の一部を否定している事に他ならない。
だから、どんなに凄惨な過去であっても、その経験を直視し、現在の自分の糧としなくてはならない。少なくとも、私とレキムはそう考えている。
「……荷馬車が地面にはまって動けなくなった時に、荷台を押すために外に出されたんです」
ゆっくりと、一言一言を噛みしめるように、ウィルが話し始めた。ラルーチェは、ウィルの事を心配そうに見つめていた。
「その時に、この森で逃げ出せば見つからないんじゃないかと思って、走って逃げました。無我夢中で走ったら、たまたま家があって、どうしようか迷ったんだけど、もう走れそうになかったから、助けを求めました」
「その家が、私の家だったのだね」
レキムからの問いかけに、ウィルは黙って頷く。
「では、ラルーチェに訊こう。君は、ウィルが助けを求めた時、どう思った?君達が知る人間は、助けを求める奴隷を救ってくれるような優しい存在ではなかったはずだ。誰かに助けてもらうのではなく、自分達だけでどうにかするべきだとは、思わなかったのかね」
突然の問いかけに、ラルーチェは固まった。
「それは――」
「ウィル、君に訊いているのではない。私はラルーチェの話が訊きたいんだ」
レキムは、諭すような声音でウィルに言った。
そんなこと、ウィルは言われなくてもわかっている。それでも、ラルーチェのために動いたのだ。
ウィルは優しい。でも、その優しさにラルーチェがいつまでも甘えていてはいけない。
ただご飯を食べて呼吸をするだけでは、人として生きているとはいえない。
人として生きるには、まず自分の意見を持ち、その意見に対する責任を負わなければならない。
他人の意見で動き、他人の責任で生きていくなら、道具と変わらないのだから。
「私は――」
長い沈黙を破ったのは、ラルーチェ自身だった。
「私は、怖くて、何も考えられませんでした。ずっと走っていたから、息が苦しくて、ウィルが何をしようとしていたのかもよくわかっていませんでした」
何もできなかったと話すのは、勇気が必要だっただろう。
でも、彼女は逃げなかった。自分の言葉で、自分を偽ることなく、事実をはっきりと話した。
「そうか、よくわかった。君は弱かったんだな」
「……はい」
ラルーチェはわからないかもしれないけれど、その返事を聞いたレキムはとても嬉しそうだった。
「だが、今は違う。君は自分の弱さと正面から向き合った。その勇気は、間違いなく君自身の力だ。その力は、君の未来を切り開く剣になる」
レキムはラルーチェに向けていた視線をウィルにも向けて、話を続けた。
「これから、君達には本格的な教育を受けてもらう。学びによって得られる知識は、鋭い武器にも、硬い防具にもなるだろう。だが、それを使うのはあくまで君達自身の心だ。だからこそ、自分の心の中にある弱さを忘れないでほしい。その弱さこそが、君達を強くする」
言うだけ言っておいて恥ずかしくなったのか、レキムは「では、帰ろう」と言って、以後一言も発することなく、まっすぐに家へ戻った。
「この森は、ザインナイツ王国とアストロサイト共和国を行き来する際の近道として使われるのだよ。悪路で道にも迷いやすいから、滅多に使う人間はいないのだがね。恐らく、君達を運んでいた奴隷商も、この道を使っていたのだろう」
レキムの話を聞いた子供達の手が、硬く握り締められた。
私もこの森をよく知っているので、レキムがここに来るつもりである事は途中で気付いていた。そして、ウィルとラルーチェにとって、否応なく過去を想起させる場所である事もわかっていた。
それでも、私はこの道へと向かうレキムを止めようとは思わなかった。
「君達はどうやって逃げ出したのかね?奴隷商が、自分の商品の管理を怠るとは考えにくい」
レキムはあえて、子供達が奴隷だった頃を思い出すように促した。
時の流れは逆流しない以上、過去を無かった事にはできない。いつか、克服しなくてはならない日が来るのだ。そうでなければ、自分の過去から一生目を逸らし続けなくてはならなくなる。それは、自分の人生の一部を否定している事に他ならない。
だから、どんなに凄惨な過去であっても、その経験を直視し、現在の自分の糧としなくてはならない。少なくとも、私とレキムはそう考えている。
「……荷馬車が地面にはまって動けなくなった時に、荷台を押すために外に出されたんです」
ゆっくりと、一言一言を噛みしめるように、ウィルが話し始めた。ラルーチェは、ウィルの事を心配そうに見つめていた。
「その時に、この森で逃げ出せば見つからないんじゃないかと思って、走って逃げました。無我夢中で走ったら、たまたま家があって、どうしようか迷ったんだけど、もう走れそうになかったから、助けを求めました」
「その家が、私の家だったのだね」
レキムからの問いかけに、ウィルは黙って頷く。
「では、ラルーチェに訊こう。君は、ウィルが助けを求めた時、どう思った?君達が知る人間は、助けを求める奴隷を救ってくれるような優しい存在ではなかったはずだ。誰かに助けてもらうのではなく、自分達だけでどうにかするべきだとは、思わなかったのかね」
突然の問いかけに、ラルーチェは固まった。
「それは――」
「ウィル、君に訊いているのではない。私はラルーチェの話が訊きたいんだ」
レキムは、諭すような声音でウィルに言った。
そんなこと、ウィルは言われなくてもわかっている。それでも、ラルーチェのために動いたのだ。
ウィルは優しい。でも、その優しさにラルーチェがいつまでも甘えていてはいけない。
ただご飯を食べて呼吸をするだけでは、人として生きているとはいえない。
人として生きるには、まず自分の意見を持ち、その意見に対する責任を負わなければならない。
他人の意見で動き、他人の責任で生きていくなら、道具と変わらないのだから。
「私は――」
長い沈黙を破ったのは、ラルーチェ自身だった。
「私は、怖くて、何も考えられませんでした。ずっと走っていたから、息が苦しくて、ウィルが何をしようとしていたのかもよくわかっていませんでした」
何もできなかったと話すのは、勇気が必要だっただろう。
でも、彼女は逃げなかった。自分の言葉で、自分を偽ることなく、事実をはっきりと話した。
「そうか、よくわかった。君は弱かったんだな」
「……はい」
ラルーチェはわからないかもしれないけれど、その返事を聞いたレキムはとても嬉しそうだった。
「だが、今は違う。君は自分の弱さと正面から向き合った。その勇気は、間違いなく君自身の力だ。その力は、君の未来を切り開く剣になる」
レキムはラルーチェに向けていた視線をウィルにも向けて、話を続けた。
「これから、君達には本格的な教育を受けてもらう。学びによって得られる知識は、鋭い武器にも、硬い防具にもなるだろう。だが、それを使うのはあくまで君達自身の心だ。だからこそ、自分の心の中にある弱さを忘れないでほしい。その弱さこそが、君達を強くする」
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