隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第二十八話 始まりの前夜

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 家に戻ってから、子供達への本格的な教育が始まった。
 初日である今日は、子供達の現状を知るべく、言語能力、計算能力、一般常識を測るための簡単なテストを解いてもらった。
 その結果、子供達の学力は当初想定していたよりもずっと良いことがわかった。本来、奴隷は文字の読み書きすらできないのが普通なのだけれど、ウィルとラルーチェには、王国民として最低限の教養が身に付いていた。
 本人達が言うには、奴隷商からかなり長い時間、教育を受けていたらしい。最初にその言葉を聞いた時、私は勉強することで奴隷だった頃に受けた恐怖がフラッシュバックするのではないかと不安になったのだけれど、奴隷商は暴力で勉強を強要していたわけではないようだった。
「お前らは道具だ。それは社会が決めたことで、お前達じゃ変えられない。だが、便利な道具になれば、その分丁寧に使ってもらえる」と、奴隷商によく言われていたから、皆必死になって勉強したと、ウィルが言っていた。

 その日の夜、子供達が眠りについてから、私とレキムは子供達の教材を作っていた。
 私は『貴文字』をモチーフにした『思伝絵画』を描いて、『貴文字』の読み方や、その文字が表している事柄を覚えられるようなカードを作っていた。
 その間、レキムは、歴史の年表を作っていた。
 書庫にあった歴史の教科書を何冊か魔法で宙に浮かべたまま、空中に文字を描く姿は、まるで魔法の研究をしているみたいだ。

「想像以上に、あの子達は基礎ができていましたね」

 私が話しかけると、高速で描き続けられていた文字がぐちゃぐちゃになる。頭の中で描いた文字を指で空中をなぞることなく発現させるには、集中力を研ぎ澄ませなければならないから、意図しない雑念が入るとこうなるのだ。
 並の魔法使いならば、空中に留めていた文字全てが揺らいでしまっていただろうけれど、文字が乱れたのは最新の数行分だけだった。ある程度書き進めたら、別の魔法で文字を固定していたのだろう。それだけ並列に魔法を使っても、手で書くよりも断然速く書き進められているのだから、まだまだ魔法使いとしての能力は衰えていないみたいだ。
 レキムはすぐに雑念を振り払い、ぐちゃった部分を直して、巻物にそれまで描いた魔法の文字を落とし込んでから、私の方を向いた。

「ああ、あれならば余裕を持って教えても、充分に間に合うだろう」

「もう、無理させちゃ駄目ですからね」

「わかっている。同じ失敗をするほど耄碌してはいないよ」

「ならいいです」

 それからしばらく作業をした後に、レキムも眠りについた。いくら彼といえど、人間である以上、睡眠は必要だ。
 
 眠る必要のない私にとって、まだ夜は長い。
 やるべき作業が多くて、本当に良かったと思う。
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