隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第二十九話 遥かな目標へと続く、長く地道な道のり

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「君達には、今日から約一年でレヴェルク国立学校に入学できるだけの知識と、魔法技能を身に付けてもらう」

 森に行った翌日の朝食後、私はそう宣言したのだが、子供達はいまいちピンと来ていないらしく、これといった反応がなかった。
 
「つまり、君達には、奴隷を買う側の人間と同じ場所に行くための勉強をしてもらう」

 こう言い換えると、子供達の目は驚きに満ちていった。

「君達と奴隷を買う側の人間との違いは、知識と権力の二つだけだ。知識はすべての力の源であり、権力は知識を得るために必要な鍵となる。その内の知識を、これから私と彼女が君達に授けよう。そして、その知識を君達が充分に使いこなすことが出来れば、権力は自ずと手に入れられるはずだ」

 正直、こんなことを話しても、今の子供達には半分も伝わらないだろう思っていたのだが、子供達の表情を見る限り、少なくとも、一縷の希望程度は抱いてもらえたようだった。意味が十分に伝わらずとも、私の意志は伝わったようでよかった。

「具体的には、言語、社会、数学、魔法の四つを、君達には勉強してもらう」

 レヴェルク国立学校の入学試験には様々な受験方式があるのだが、私がこの子達に受けさせようとしているのは、魔法技能試験だ。名が示しているように、この試験方式は魔法技能に重きが置かれており、卓越した魔法現出能力と、基本的な教養があれば合格することができる。
 魔法技能に関しては、私が教える以上、一年で魔導師として一人立ちできるほどの能力を身に付けさせられるだろう。ラルーチェには才能があり、ウィルにも魔法に対する関心があるようだったので、受験生の中でも良いスコアを取れるだろう確信している。
 問題は、基本的な教養の方だ。魔法技能に重きが置かれた試験であるとはいえ、教養が皆無でもいいというわけにはいかない。そして、国立学校における基本のレベルは低くないため、及第点を取るにはかなりハードな勉強が必要になる。
 だが、この子達ならば成し遂げられるだろう。根拠はないが、私はそう確信することにした。

「まずは、言語の勉強から始めよう」

 早速、私は授業を始める。
 授業計画としては、初期の内は言語を重点的に教え、他の科目は言語学習の息抜き程度で教える予定だ。
 言語能力はすべての知識の根幹となり、他の科目も言語によって説明されるため、言語能力があやふやなまま別の科目を勉強するのは効率が悪いと考えたからだ。
 
 言語の勉強の方法は至極単純なものだ。
 まず、『貴文字』とその『貴文字』の意味を表現した『思伝絵画』が描かれたカードを、子供達に見せる。そして、カードに書かれた文字を、一度目は私が読み、その後に子供達に読んでもらう。それを5枚分繰り返した後、今読んだ5枚のカードをシャッフルして、読めるかどうかをテストする、という一連の流れを、カード25枚分繰り返す。そうしたら、今度はその25枚のカードをシャッフルして、読めるかどうかをテストしていく。
 意味が難しい『貴文字』は逐一噛み砕いて説明し、間違えたところは復習する。
 これと同じような流れで、『貴文字』の他に、熟語や慣用表現も読むことができるようにしていくだけだ。
 
 子供達の集中力が切れてきたら、小休止をはさんでから、別のことをした。
 初めにやったのは、紙に鉛筆で線を描く、ということ。鉛筆の持ち方から教え、まずは真っすぐな線を引いてみさせたり、カーブする線を書かせたり、簡単な形の『平文字』を書かせたりした。
 子供の成長というのは目を見張るものがあり、初めはミミズののたくったような線しか描けなかったのに、何回も練習するうちに、徐々に綺麗な線を引けるようになっていった。
 『平文字』がすべて書けるようになったら、『貴文字』の書き取りもした。この『貴文字』の書き取りは、クイズ形式にしており、私が言った文字をどちらが早く書けるかというのを、ウィルとラルーチェで競わせることで、速く書くことができるように訓練させたのだ。

 言語の基礎がある程度できてきたところで、数学の勉強も開始した。
 国立学校で求められている数学の教養というのは、"言語や図形を数式化して答えを求める能力"である。この能力を鍛えるため、まずは問題文を正確に読解できるような授業をした。具体的には、計算の問題文を文節ごとに区切り、その一文節が何を意味しており、どの文節とどのように繋がっているのかを、懇切丁寧に教えていったのだ。
 その頃には、子供達もある程度私に心を許してくれるようになっていたので、私の説明に理解が追い付いているか否かが、雄弁に表情へ出るようになっていた。
 理解できていなさそうな表情に気付いたときは、さらに噛み砕いて説明していくのだが、そういった説明は、私よりもアイラの方が上手だった。彼女は子供達が理解できていない箇所を見つけるのが得意で、私がどこをどう言い換えるべきかを悩んでいる間に、子供達の疑問をすっかり解き明かしていた。

 子供達のどちらかだけが悩んでいる時は、もう一人に説明してもらった。
 誰かに説明するというのは、自分の理解をさらに深くすることができるからだ。

 社会の勉強に関しては、本当に基本的な歴史と地理についてのみ教えた。
 社会の教養は基本的なものだけでも多岐に渡るから、というのもあるが、一番の理由は、俗世から離れて久しい私が、昨今の時事についてほとんど知らないからだ。
 まあ、数学と言語でしっかりと点を取れば、社会の点数は最低限でも試験の及第点に届くので、問題はない。
 具体的な勉強法としては、歴史の流れを一つの物語に編纂したものと、王国周辺の地理について覚えてもらった。

 午前中にこれらの授業を行い、午後は、午前中の内容を覚えているかどうかを確認するテストをした後、魔法の訓練をした。

 魔法は、生まれ持った才覚が大きく影響する技術であるため、ウィルと、別格の才能を持つラルーチェが同じような訓練をするのは効率が悪い。それに加え、一緒に訓練をすると、ラルーチェに追い付こうとしてウィルが無理をする可能性があるため、魔法の訓練は、ウィルとラルーチェで別々に行うことにした。

 現代における魔法技能とは、"素早く、正確に、思い通りの現象を魔法によって現出させる”能力である。
 かつて、各所で盛んに戦争が行われていた頃は、魔法使いの主な仕事は戦場後方からの広範囲魔法による爆撃であったため、『KPS』や『MAPD』などといった、いわゆる"歩く大砲"としての評価が重要だったのだが、大規模な戦争の減少と、魔法道具の登場により、魔導師の主戦場は研究室に変わった。
 強力な魔法を連発できることよりも、自分の思い通りに繊細な魔法を現出できることの方が重要視されているのだ。

 それゆえ、ウィルとラルーチェに行ってもらうのは、自分の頭の中にあるイメージを明確化し、そのイメージ通りに魔法を現出させていく訓練である。
 ウィルには、一般的な論理的魔法現出の方法を私が教え、ラルーチェには、天性の『超理論』による魔法現出の方法をアイラが教えた。


--------
造語解説
『KPS』Kill Per Second の略。日本語訳すると、「一秒間当たりの殺害可能人数」

『MAPD』Magic Amount Per Day の略。日本語訳すると、「一日当たりに現出できる魔法の量」
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