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第六話 暴力を携えた、文化的なコミュニケーション
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「何だ、この猫」
最も原始的なコミュニケーションでの交渉に、私の出る幕は無い。
私の足元に隠れて静かに佇んでいた黒猫―ナイト―が前に出る。
一歩、二歩と歩むナイトは、みるみる内に巨大になっていき、三歩目を踏む足は、もはや猫のそれではない。
彼が私の用心棒だ。日々の餌と、心地良い居場所の提供、時々のブラッシングという条件で契約している。
「何だこいつ!?」
四足歩行を維持したまま、私の腰の位置に猫背がくるほどの大きさとなったナイトに、無口だった用心棒達が驚きの声を上げた。彼らは見かけによらず素直な人間らしい。
「グニャ~ゴ」
低く唸ったナイトが用心棒達を睥睨する。
私は視線を商人に向ける。流石に困惑と驚愕が表情から滲んでいたが、すっかり近づく足を止めてしまった用心棒達よりは、感情を飲み込もうと努力していた。
本題の口火を切るならここだろう。
「商人様、私はあなたのところから脱走した子供の奴隷二人の所有権を買い取りたいと思っているのですよ」
商人の顔が冷静さを取り戻した。職業に対する真摯な姿勢が窺える。
「しかし今、手元に現金が無くてですね。私としては、物同士での等価交換をしたいのです」
こちらの希望を述べるという体での、実質的な脅迫。ナイトの圧倒的な威圧感が、先ほどまでの立場を完全に逆転させた。
「……物を見せて貰わない事には、何とも言えませんね」
十分な沈黙の後、商人は口を開いた。
剣を突き付けられた状況でも利益を極限まで追求する心意気は、尊敬に値する。並の商人ならば、強大な力を前にした時、命と利益を天秤にかけようとは考えもせず、提案という形式の脅迫に対し首肯を繰り返す人形になるだろうに、この男は対等な交渉を続ける気だ。
それはすなわち、私の言動と礼節を信用しているということに他ならない。短いやり取りではあったが、多少は意義のある会話となったようでなによりだ。
私は首から下げていたネックレスを取り、商人に見せる。
「これです。もう何十年も前に貰ったものなんですが、値段自体はむしろ上がっているはずなので、子供の奴隷二人分の価値は十分に持っているはずですよ」
ネックレスについている宝石は天然の『光魔石』。暗闇の中でも自ら淡い光を放つ鉱石だ。数年前から、魔法でつくられた偽物が増えている。見分け方は光り方で、天然の物は、中央から幾筋もの細い光が出ているのに対し、偽物はその線が太い。
商人は私のネックレスを手に取り、手で影をつくって光の出方を確認していた。
「本物の光魔石、それもこの大きさ。奴隷二人の額にしては高価だと思いますが」
価値が正しく判断されて良かった。やはり、彼は奴隷商人である前に、確固たる商売人だった。
「ええ。なので、奴隷所有の手続きも、そちらでやっていただきたいのです。後は、この場所を他人に教えないための口止め料ということで、どうでしょう」
商人は、すぐに頭を縦に振らなかった。
「いささか、口止め料が高額です。この光魔石ならば、少なく見積もっても奴隷四人分の価値があります」
高額な口止め料が意味するのは、この場所を是が非でも他人に知られたくないということ。商人はその理由を知りたいようだった。
もし、私が盗賊だったとして、光魔石が盗品だった場合、その盗品を売買した彼に直接の責任は無いものの、商人にとって最も重要な信頼を著しく損なうことになる。それを、彼は懸念しているのかもしれない。
少々考えたが、真実をありのままに話すことにする。将来のためになるやもしれない投資と情報の開示は、積極的に行うべきだ。
「そういえば、まだ名乗っておりませんでしたね。私はレキム・グラント。今は隠居の身ですが、数年前までザインナイツ王国で宰相をしておりました」
商人と用心棒達があからさまに固まった。用心棒達はただただ驚き、商人は私の発言の真偽を考えているのだろう。
「……なるほど、分かりました。奴隷二人の所有権譲渡とその手続き、そして、ここにあなたがいることの黙秘を条件に、この光魔石を貰い受けます。私の名は、バリュス・トレード。商業連盟に加盟している商人です。もし、今後何かご用件がありましたら、商業連盟にぜひお願いします」
話し終わるころには、商人の顔は一番初めの冷静な笑顔を携えていた。
一度、彼はこちらにネックレスを返し、鞄から鍵を二つ取り出す。奴隷の所有者の証であり、奴隷の登録首輪と腕輪を外すためのものだ。
こちらはネックレスを、彼は二つの鍵を、交換し合う。
「鍵が本物かどうか確かめてきてはいかがでしょうか?私達は、この召喚獣に睨まれていては逃げられないのですから」
交渉が終わって初めて、商人が下手に出た。
「いいえ、結構です。あなたのことを信頼させてもらいますよ。ナイト、もう大丈夫だ」
ナイトは優雅に振り返り、小さくなって私の足元に戻ってきた。
私は彼を信用するに足る商人だと確信したために、自分の身分を明かしたのだから、今になって疑うつもりはない。
それにだ。腕輪と首輪は強引にやれば外せるので、偽物を掴まされたのなら、手痛い教訓とすれば良い。
「そうですか。それでは、私達はこれにて失礼させていただきます」
そう言って一礼をした商人は、用心棒達に目で合図して、林道へと戻っていく。
「これから、奴隷の値は下がっていくでしょう。年内に売り切っておくのが賢明だと思いますよ」
その背中に、私は助言を投げかける。余計なお世話かもしれないが、判断材料にするための情報は多ければ多いほどいいだろう。
商人は振り返り、参考にさせてもらうと礼を言って、帰っていった。
さて、交渉は終わった。早く戻って、子供達の枷を外してやらなくては。
--------------------------------------------
造語解説(読まなくても、物語は十分に理解できます)
『光魔石』:鉱山などから時折発掘される、魔石の一種。大きければ大きいほど価値が高い。他にも○○魔石というものは存在するが、その中でも希少価値が高い方だ。魔石はアクセサリーの他に、『魔法文字』を書く際の顔料としても用いられる。名前の由来は、内側から幾筋もの淡く細い光を放っている姿が、魔法のように見えるため。
近年、魔法を用いて人工魔石が作られるようになったため、人工物と天然物とを区別する必要が出てきた。
最も原始的なコミュニケーションでの交渉に、私の出る幕は無い。
私の足元に隠れて静かに佇んでいた黒猫―ナイト―が前に出る。
一歩、二歩と歩むナイトは、みるみる内に巨大になっていき、三歩目を踏む足は、もはや猫のそれではない。
彼が私の用心棒だ。日々の餌と、心地良い居場所の提供、時々のブラッシングという条件で契約している。
「何だこいつ!?」
四足歩行を維持したまま、私の腰の位置に猫背がくるほどの大きさとなったナイトに、無口だった用心棒達が驚きの声を上げた。彼らは見かけによらず素直な人間らしい。
「グニャ~ゴ」
低く唸ったナイトが用心棒達を睥睨する。
私は視線を商人に向ける。流石に困惑と驚愕が表情から滲んでいたが、すっかり近づく足を止めてしまった用心棒達よりは、感情を飲み込もうと努力していた。
本題の口火を切るならここだろう。
「商人様、私はあなたのところから脱走した子供の奴隷二人の所有権を買い取りたいと思っているのですよ」
商人の顔が冷静さを取り戻した。職業に対する真摯な姿勢が窺える。
「しかし今、手元に現金が無くてですね。私としては、物同士での等価交換をしたいのです」
こちらの希望を述べるという体での、実質的な脅迫。ナイトの圧倒的な威圧感が、先ほどまでの立場を完全に逆転させた。
「……物を見せて貰わない事には、何とも言えませんね」
十分な沈黙の後、商人は口を開いた。
剣を突き付けられた状況でも利益を極限まで追求する心意気は、尊敬に値する。並の商人ならば、強大な力を前にした時、命と利益を天秤にかけようとは考えもせず、提案という形式の脅迫に対し首肯を繰り返す人形になるだろうに、この男は対等な交渉を続ける気だ。
それはすなわち、私の言動と礼節を信用しているということに他ならない。短いやり取りではあったが、多少は意義のある会話となったようでなによりだ。
私は首から下げていたネックレスを取り、商人に見せる。
「これです。もう何十年も前に貰ったものなんですが、値段自体はむしろ上がっているはずなので、子供の奴隷二人分の価値は十分に持っているはずですよ」
ネックレスについている宝石は天然の『光魔石』。暗闇の中でも自ら淡い光を放つ鉱石だ。数年前から、魔法でつくられた偽物が増えている。見分け方は光り方で、天然の物は、中央から幾筋もの細い光が出ているのに対し、偽物はその線が太い。
商人は私のネックレスを手に取り、手で影をつくって光の出方を確認していた。
「本物の光魔石、それもこの大きさ。奴隷二人の額にしては高価だと思いますが」
価値が正しく判断されて良かった。やはり、彼は奴隷商人である前に、確固たる商売人だった。
「ええ。なので、奴隷所有の手続きも、そちらでやっていただきたいのです。後は、この場所を他人に教えないための口止め料ということで、どうでしょう」
商人は、すぐに頭を縦に振らなかった。
「いささか、口止め料が高額です。この光魔石ならば、少なく見積もっても奴隷四人分の価値があります」
高額な口止め料が意味するのは、この場所を是が非でも他人に知られたくないということ。商人はその理由を知りたいようだった。
もし、私が盗賊だったとして、光魔石が盗品だった場合、その盗品を売買した彼に直接の責任は無いものの、商人にとって最も重要な信頼を著しく損なうことになる。それを、彼は懸念しているのかもしれない。
少々考えたが、真実をありのままに話すことにする。将来のためになるやもしれない投資と情報の開示は、積極的に行うべきだ。
「そういえば、まだ名乗っておりませんでしたね。私はレキム・グラント。今は隠居の身ですが、数年前までザインナイツ王国で宰相をしておりました」
商人と用心棒達があからさまに固まった。用心棒達はただただ驚き、商人は私の発言の真偽を考えているのだろう。
「……なるほど、分かりました。奴隷二人の所有権譲渡とその手続き、そして、ここにあなたがいることの黙秘を条件に、この光魔石を貰い受けます。私の名は、バリュス・トレード。商業連盟に加盟している商人です。もし、今後何かご用件がありましたら、商業連盟にぜひお願いします」
話し終わるころには、商人の顔は一番初めの冷静な笑顔を携えていた。
一度、彼はこちらにネックレスを返し、鞄から鍵を二つ取り出す。奴隷の所有者の証であり、奴隷の登録首輪と腕輪を外すためのものだ。
こちらはネックレスを、彼は二つの鍵を、交換し合う。
「鍵が本物かどうか確かめてきてはいかがでしょうか?私達は、この召喚獣に睨まれていては逃げられないのですから」
交渉が終わって初めて、商人が下手に出た。
「いいえ、結構です。あなたのことを信頼させてもらいますよ。ナイト、もう大丈夫だ」
ナイトは優雅に振り返り、小さくなって私の足元に戻ってきた。
私は彼を信用するに足る商人だと確信したために、自分の身分を明かしたのだから、今になって疑うつもりはない。
それにだ。腕輪と首輪は強引にやれば外せるので、偽物を掴まされたのなら、手痛い教訓とすれば良い。
「そうですか。それでは、私達はこれにて失礼させていただきます」
そう言って一礼をした商人は、用心棒達に目で合図して、林道へと戻っていく。
「これから、奴隷の値は下がっていくでしょう。年内に売り切っておくのが賢明だと思いますよ」
その背中に、私は助言を投げかける。余計なお世話かもしれないが、判断材料にするための情報は多ければ多いほどいいだろう。
商人は振り返り、参考にさせてもらうと礼を言って、帰っていった。
さて、交渉は終わった。早く戻って、子供達の枷を外してやらなくては。
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造語解説(読まなくても、物語は十分に理解できます)
『光魔石』:鉱山などから時折発掘される、魔石の一種。大きければ大きいほど価値が高い。他にも○○魔石というものは存在するが、その中でも希少価値が高い方だ。魔石はアクセサリーの他に、『魔法文字』を書く際の顔料としても用いられる。名前の由来は、内側から幾筋もの淡く細い光を放っている姿が、魔法のように見えるため。
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