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第五話 対等な交渉をするためには、相手を知る必要がある
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玄関先にいたのは、男三人。
おそらく真ん中の若い男が奴隷商人で、左右にいる筋骨隆々な男二人が用心棒といったところか。
玄関扉の左側で待っていたことから、荒事に対する知識もあるようだ。一般の客人のように扉の正面に立っていると、玄関をぶち破っての攻撃を受ける可能性がある。
「こんにちは、ご老人」
真ん中の若者が笑顔で挨拶をしてきた。
彼らの目的は、まず間違いなく、脱走した子供達を取り返すことだろう。そんなことをさせる気は全くないが、子供達に正式な登録首輪がついている以上、主張の正義は彼らの元にある。
とはいえ、会話が出来るタイプの商人ならば、いくらでもやりようはある。
「はて、このような森の奥に、商人様がどのようなご用件ですかな?」
「どうして、私が商人だと思ったのですか?自己紹介はまだしてませんが」
商人が、私の言葉に噛みついてきた。彼からすれば、私が子供達を匿っている確証を得たいがための揺さぶりなのだろう。子供達を匿っているから、お前は私のことを奴隷商人だと思ったのだろう、と言外に漂わせている。
「農民や狩人にしては服装が整ってい過ぎますし、貴族様がこのような森の中に入ってくるとは思えません。なので、あなた様は商人だと思ったのですが、違っていたでしょうか」
さて、今の反応から彼らが商人であることは、ほぼ確実となった。そして、この森に来る理由がある商人など、家にいる子供達の持ち主である奴隷商以外いないだろう。
「まあいいでしょう。実は、私達は奴隷を探しているんですよ。男女二人の子供の奴隷なんですがね、この近くの道で馬を休ませていた時に脱走してしまったんですよ。何かご存じではありませんか?」
てっきり、もうしばし腹の探り合いをするものだと思っていたが、商人はいきなり本題に切り込んでいった。少々興醒めだ。久々の静かな舌戦を楽しみにしていたというのに。どうやら、相手は早期決着を望んでいるらしい。
「ええ、知っていますとも。家の中で保護しておりますからな」
商人の方が虚言を吐いていないのに、私だけ虚言を吐くのはフェアでないので、正直な質問に正直に答える。
「……そうですか。脱走した奴隷を捕らえて下さりありがとうございます。では、それを返して貰えますか」
一瞬の間があったが、商人は顔色を変えずに言葉を続けた。どうやら、交渉の素養は十分にあるようだ。
まあ私には、彼が疑問に思っていることが想像できるので、表情に出ていなかろうと関係ないのだが。
奴隷の登録首輪には、位置を持ち主に伝える魔法が施されている。
具体的には、魔法の糸がついているのだ。基本的に不可視で、ものをすり抜け、専用の眼鏡――今、商人がしている――をかけると可視化される糸で、奴隷の首輪と所有者が持つ鍵とを繋げている。運命の不可視の糸、なんて言えば、少しは響きが良くなるかもしれないが、本質を言い表すならば、逃げられざる鎖だ。触れられず、奴隷側は繋がれていることに気付きもしない。唯一、糸がどれだけの長さ伸びているのかが判らないのが改善点ではあるが、それ以外は完璧な管理装置だ。
だからこそ、この近辺まで糸を辿ってきた商人達は、さぞ困惑したことだろう。
何せ私の家は、外部からの魔法を遮断するのだから。
つまり、子供達の首輪と商人とを繋いでいる魔法の糸は、子供達が私の家に入った瞬間に断線され、『存在定義』を歪ませられたために消え去り、商人の眼鏡でも見えなくなってしまったのだ。
「さあ、どうしたのです?私の所有物を早く返していただきたいのですが」
黙ったままで思考を整理している私に対し、商人は穏やかに言葉を投げかける。
居場所が分からなくなった奴隷を匿まわれているという、今まで遭遇したことの無いだろう境遇に置かれているにしては、冷静な対応の仕方だ。
ただ、無言で両隣にいる用心棒は、露骨に威圧感を放っている。
殴って言う事を聞かせるのではなく、言う事を聞かないと殴ると理解させ、相手に行動を半ば強制するのは、暴力の正しい使い方だ。ただしそれは、弱者に対する強者の特権であり、つまり、私には効果が無い。
「申し訳ないが、こちらに返還の意思は全くもって無い」
正直さは美徳である。しかし、私は嘘を吐いてしまった。
申し訳なさなど、微塵も感じていない。
「そうですか。では……」
会話を切り上げた商人が右手を上げると、用心棒が近づいてきた。
どうやら、これ以上の会話に意義を見いだせなくなったようだ。彼の出した結論は、殴った方が早い。残念ではあるが、十分に理解できる判断ではある。
-----------------------------------------------
ここから先は、読まなくても物語は十分に理解できると思います。
造語解説:『』で括った文字の意味を解説。(多くなったら、どこかでまとめます)
今後も造語を書くたびにつけようと思っていますが、分からない言葉がありましたら、感想にて教えて下さるとありがたいです。
『存在定義』:魔法を発動させる際に、かくあるべきと定める定義のこと。その定義が崩れた瞬間に、その魔法は魔法として存在することが出来なくなる。
今回の、首輪と所有者の鍵とを繋ぐ魔法の糸は、首輪と鍵とを繋ぐ触れられざる不可視で伸縮自在の糸、として定義されたため、糸が切れた時、切れた糸は残らず、糸自体が消滅した。
おそらく真ん中の若い男が奴隷商人で、左右にいる筋骨隆々な男二人が用心棒といったところか。
玄関扉の左側で待っていたことから、荒事に対する知識もあるようだ。一般の客人のように扉の正面に立っていると、玄関をぶち破っての攻撃を受ける可能性がある。
「こんにちは、ご老人」
真ん中の若者が笑顔で挨拶をしてきた。
彼らの目的は、まず間違いなく、脱走した子供達を取り返すことだろう。そんなことをさせる気は全くないが、子供達に正式な登録首輪がついている以上、主張の正義は彼らの元にある。
とはいえ、会話が出来るタイプの商人ならば、いくらでもやりようはある。
「はて、このような森の奥に、商人様がどのようなご用件ですかな?」
「どうして、私が商人だと思ったのですか?自己紹介はまだしてませんが」
商人が、私の言葉に噛みついてきた。彼からすれば、私が子供達を匿っている確証を得たいがための揺さぶりなのだろう。子供達を匿っているから、お前は私のことを奴隷商人だと思ったのだろう、と言外に漂わせている。
「農民や狩人にしては服装が整ってい過ぎますし、貴族様がこのような森の中に入ってくるとは思えません。なので、あなた様は商人だと思ったのですが、違っていたでしょうか」
さて、今の反応から彼らが商人であることは、ほぼ確実となった。そして、この森に来る理由がある商人など、家にいる子供達の持ち主である奴隷商以外いないだろう。
「まあいいでしょう。実は、私達は奴隷を探しているんですよ。男女二人の子供の奴隷なんですがね、この近くの道で馬を休ませていた時に脱走してしまったんですよ。何かご存じではありませんか?」
てっきり、もうしばし腹の探り合いをするものだと思っていたが、商人はいきなり本題に切り込んでいった。少々興醒めだ。久々の静かな舌戦を楽しみにしていたというのに。どうやら、相手は早期決着を望んでいるらしい。
「ええ、知っていますとも。家の中で保護しておりますからな」
商人の方が虚言を吐いていないのに、私だけ虚言を吐くのはフェアでないので、正直な質問に正直に答える。
「……そうですか。脱走した奴隷を捕らえて下さりありがとうございます。では、それを返して貰えますか」
一瞬の間があったが、商人は顔色を変えずに言葉を続けた。どうやら、交渉の素養は十分にあるようだ。
まあ私には、彼が疑問に思っていることが想像できるので、表情に出ていなかろうと関係ないのだが。
奴隷の登録首輪には、位置を持ち主に伝える魔法が施されている。
具体的には、魔法の糸がついているのだ。基本的に不可視で、ものをすり抜け、専用の眼鏡――今、商人がしている――をかけると可視化される糸で、奴隷の首輪と所有者が持つ鍵とを繋げている。運命の不可視の糸、なんて言えば、少しは響きが良くなるかもしれないが、本質を言い表すならば、逃げられざる鎖だ。触れられず、奴隷側は繋がれていることに気付きもしない。唯一、糸がどれだけの長さ伸びているのかが判らないのが改善点ではあるが、それ以外は完璧な管理装置だ。
だからこそ、この近辺まで糸を辿ってきた商人達は、さぞ困惑したことだろう。
何せ私の家は、外部からの魔法を遮断するのだから。
つまり、子供達の首輪と商人とを繋いでいる魔法の糸は、子供達が私の家に入った瞬間に断線され、『存在定義』を歪ませられたために消え去り、商人の眼鏡でも見えなくなってしまったのだ。
「さあ、どうしたのです?私の所有物を早く返していただきたいのですが」
黙ったままで思考を整理している私に対し、商人は穏やかに言葉を投げかける。
居場所が分からなくなった奴隷を匿まわれているという、今まで遭遇したことの無いだろう境遇に置かれているにしては、冷静な対応の仕方だ。
ただ、無言で両隣にいる用心棒は、露骨に威圧感を放っている。
殴って言う事を聞かせるのではなく、言う事を聞かないと殴ると理解させ、相手に行動を半ば強制するのは、暴力の正しい使い方だ。ただしそれは、弱者に対する強者の特権であり、つまり、私には効果が無い。
「申し訳ないが、こちらに返還の意思は全くもって無い」
正直さは美徳である。しかし、私は嘘を吐いてしまった。
申し訳なさなど、微塵も感じていない。
「そうですか。では……」
会話を切り上げた商人が右手を上げると、用心棒が近づいてきた。
どうやら、これ以上の会話に意義を見いだせなくなったようだ。彼の出した結論は、殴った方が早い。残念ではあるが、十分に理解できる判断ではある。
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ここから先は、読まなくても物語は十分に理解できると思います。
造語解説:『』で括った文字の意味を解説。(多くなったら、どこかでまとめます)
今後も造語を書くたびにつけようと思っていますが、分からない言葉がありましたら、感想にて教えて下さるとありがたいです。
『存在定義』:魔法を発動させる際に、かくあるべきと定める定義のこと。その定義が崩れた瞬間に、その魔法は魔法として存在することが出来なくなる。
今回の、首輪と所有者の鍵とを繋ぐ魔法の糸は、首輪と鍵とを繋ぐ触れられざる不可視で伸縮自在の糸、として定義されたため、糸が切れた時、切れた糸は残らず、糸自体が消滅した。
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