隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第四話 お互いの尊重から、人間関係は始まる

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 家の中に入った子供達は、きょろきょろと周りを見ながらも、私の後をしっかりとついてきている。少なからず、私との約束を信じてくれているようでなによりだ。

 「ここで座っていてくれ。今、水を持って来よう」

  テーブルの前まで歩いた私は、なるべく優しい声で子供達に言う。客人を招く気は無かったが、念のために椅子を四つ買っておいて良かった。
  視界の隅で子供達が立ち止まったのを捉えた私は、奥にある台所へと向かう。

 「料理の方は、もう少しで出来ますよ」

 「ありがとう。出来たらすぐに持ってきてやってくれ。あの子らも腹を空かせているはずだ」

  アイラと会話を交わしながら、彼女が料理をしているところを通り過ぎ、冷蔵庫から常備してある冷えた水入り瓶を二つ取り出す。
  いつもならもう二、三言続いていただろう会話を切り上げ、水入り瓶を持って子供達の元へと戻る。きっとあの子らは喉を渇かせているだろうから、早く水を持って行ってやりたい。
  そんな気持ちで戻った私が見たのは、奴隷の現実であった。
  子供達は、目の前に椅子があるにも関わらず、いたって真面目な顔で地面に正座していたのだ。どうして、とは訊くまい。この子らは、私の「助けてやる」という言葉を拡大解釈することなく、自分たちが奴隷であることを十分に理解したうえで行動しているだけなのだろうから。
  これが年端もいかぬ少年少女が背負う現実とは思いたくないものだ。宰相だった頃、目を背けてきた現実を見せつけられているかのようで、胸の奥が僅かに軋む。
  間違ったことをしたとは思っていないが。

 「君達、椅子の座り方は知っているかね?」

 「え?」

  男の子が疑問の声を上げる。反応を見るに、椅子の座り方自体は知っていそうだ。

 「水を持ってきた。椅子に座って飲みたまえ」

  私は机の上に水瓶を二つ置き、椅子に座る。
  子供たちは、戸惑ったようにこちらを見るばかりで、椅子に座る様子はない。それを見る私は、さらに痛烈な痛みを胸に抱きながらも、冷静に相手に伝えるための言葉を選び、口を動かす。

 「君達を助けると私は言ったが、具体的に何を君達に与えるのか、まだ言っていなかったね」

  なるべく優しく平静な声音を意識して発声したつもりだが、正座している二人の小さな体が震えるのが見て取れた。それだけ、これからの発言が重要な意味を持っていると考えているのだろう。

 「私は君達の人権を取り戻そうと思っている」

 「じん、けん?とは、なんですか?」

  真剣な顔のまま、男の子の方が分からない言葉をしっかりと質問してくる。尋ねられずとも説明しようと思ってはいたが、分からないことを臆せずに訊くことが出来るのは素晴らしい。
  私は、なるべくゆっくりと説明をする。

 「人権とは、人が持つべき権利のことだ。人は生まれながらに、自由に物事を学び、働き、互いを尊重し合う権利をもっているのだよ」

 「尊重ってなんですか?」

  尊いものとして重んずること、というのが尊重の意味だが、それでは説明になっていないだろう。では、どう表現すべきか。
  最適な言葉を見つけるべく、思考を巡らせるために目を瞑ろうとし、その寸前で視界に入った子供達の姿を見て、思いついた。

 「君達は、お互いのことを傷つけたくない、傷ついて欲しくないと思っているだろう。それが尊重だ」

  私の言葉を聴き、子供達はお互いを見合った。そして、顔を見て笑いあった。ぎこちなく、一般の人々が考える笑顔とは程遠い、まるで笑うことを知らない人が、どうにか喜びを表現しようとしている顔だった。だが、私はそれが笑顔だと確信できた。

 「わかってくれたようで、なによりだ」

  私は椅子から立ち上がり、床に膝をつく。これでも身長の関係で私の方が上から子供達を見ることになってしまうが、同じ立ち位置となって子供達に向かい合い、朗らかに宣言する。

 「これから、私は君達を人として扱う。君達は今日をもって、私と同じ尊重されるべき人間だ」

  両手を伸ばし、拘束されたままの子供達の手を取る。残念ながら、まだ震えは止まっていないが、二人とも握り返してくれた。

 「さあ、椅子に座ってくれ。折角の冷えた水がぬるくなってしまう。早く飲んだ方が良い」

  少し恥ずかしくなった私は、立ち上がって子供達を椅子へと誘う。そして、視線で本当に座っていいのかと問う子供達に、笑顔での肯きをもって了承を伝える。

  その時、再びのノックが室内に響いた。

 「客人が来たようだ。対応してくるから、君達はここでゆっくり身体を休めておくといい」

  こくりと頷いた子供達を確認してから、私は玄関へ向かう前に、自分の部屋へと足を運ぶ。
  部屋に入ると、まだテーブルの上で黒猫がスヤスヤと眠っていた。そっとしておいてやりたいのは山々だが、客人への対応に付き合って貰わなければならないので、起きてもらう。 

 「ナイト、お仕事の時間だ」

  大あくびをして起き上がった黒猫―ナイト―は、私のことを疎ましげな顔で見ながらもテーブルから降りて、私の足元へと来た。

 「悪いな。後でブラシをかけてやる」

  客人の予想はついている。話し合いだけで済めばいいのだが、最悪の場合、最も簡素で非文化的なコミュニケーションを取らなくてはならない。
  客人が知性あふれる文化人であることを信じながら、私は玄関を開く。
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