隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第十話 黄昏時の窓辺で一人、過去に思いを馳せる

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 ふと我に返って外を見ると、空はすっかり黄昏れていた。
 辞典を片手に考え抜いた末、二人の名前は決まった。私は候補を絞りきれなかったので、最終的にアイラに選んでもらった。
 彼女曰く、「名前なんて、悪目立ちさえしなければ良いんですよ。後世に足跡として残るのは、名前じゃなくて功績なんですから」とのこと。
 確かに間違ってはいないが、出来るだけ良い名前を付けてやりたいというのが、子供の将来を思う大人の心というものではないか、と抗議を試みたが、「名前にあんまり願いを込めすぎると、重圧になってしまいますよ。誰もが皆、あなたみたいに生きられるわけじゃないんですから」と、苦言を呈されてしまった。
 
 「別に私は、恵まれた環境に生まれた者には、他の者に恵みを分け与える義務があると思い、行動してきただけで、誰かからの願いを背負っていたわけではないのだがね」

 私の反論を聞き流した彼女が、少し経ってから言った。

 「あなたは絵空事を帳尻合わせして現実に描く能力があり過ぎるんです。行動に結果が伴い過ぎていたという自覚はありますよね。あの子達に自分の後を継がせようとしているのかもしれませんけれど、自分と同じ能力を他者に望むのは止めてくださいよ」

 「ああ、分かっているとも。私が子供達から貰ったのは将来の方向性に対する決定権であり、将来そのものの決定権ではないからな」

 「分かっていればよろしい。じゃ、私は子供達の様子を見てきますね」

 彼女はそう言い残して、ゆらりと子供たちの部屋へと向かって行った。

 私の生き方を決定づけたのは、ある書物の一節に対する父の考え方だった。
 <天は人を平等に創り出す。されど、人が降り立つ大地は平等にあらず。ある者は豊穣の地に、またある者は荒野の地に生まれる。これこそが、この世に蔓延る不平等の根源であり、全ての人々が幸福に満ちない原因である>
 とある書物に書かれていたこの一節を読み、私は疑問を抱いたのだ。どうして、神は地上を平等に創らなかったのだろう?と。
 幼かった私は、この疑問を父に問いかけた。
 私の父は学者で、専門は『魔法史』だったが、様々な知識に精通しており、私が幼いころに問いかけた疑問には即座に答えを教えてくれた。ある程度私が成長した後は、自分で悩むのも良い勉強だと言われて、中々答えを教えてはくれなくなったが。
 そんな父の意見が、私の生き方を決定づけた。
 「この本は、目に見えるものだけで物事を判断している。だから、間接的に神が不平等をもたらしたような書き方をされているんだ。神は人に他の動物よりも優れた知性と魔法、そして豊かな感性を与えた。前者二つは、荒れた地でも耕作の仕方を工夫すれば作物が育てられるように。後者は、達成する幸せを感じられるようになることで、困難も幸せへと昇華できるように」
 ここまでを聴いた私は、どうにも父の意見を信じきれなかった。なぜなら、幼かった私でもわかるほど、この世界は不平等に満ち溢れていたからだ。
 「信じられないといった目をしているな。確かに、今言っているのは私の個人的な見解であるから、必ずしも信じる必要はない。一つの意見として受け止め、真実は自分で見極めろ。参考までに、私の見解を最後まで教えておこう」
 私の抱いた懐疑心を、父はとても喜んだ。盲目的に過去の産物を信仰していては、流れゆく現在を正しく理解できなくなると、父はよく言っていた。
 「私が思う不平等の根源は、教育の有無だと思っている。先に言った通り、神は人々に知性と魔法と感性を与えたが、それは原初の人々に対しての話であって、我々は今、過去の人々が神から平等に授かった叡智を、様々な解釈の仕方と共に脈々と受け継いでいる。現代の魔法や武術、学問がそれだ。しかし現在において、人々の知っている物事の量には差が生じている。人間同士での叡智の伝承が、人類皆平等にとはいかなかったためだろう。この知識保有量の差が人々に優劣をつけていると、私は考えている」
 言葉の全てを信じたわけではない。だが、知識の有無が不平等をもたらすというのは、なんとなくわかる気がした。
 農民の子が鍬を振るい、鍛冶屋の子が鉄を打っている時に、貴族や商人の子は教育を受けている。裕福な暮らしをしているから、教育を受けられるのだと思っていたが、教育を受けているからこそ、裕福な暮らしが出来るのだと考えるのが自然なのだろう。
 その考えに至った私は、世界に蔓延している不平等を少しでも是正するために生きようと決めたのだ。
 幼さゆえの単純明快な正義への信奉、などと言えば可愛らしいのだろうが、私はこの時に抱いた決意を棄てなかった。大人になって、理想と現実の圧倒的な格差を身を持って感じるようになってからも。
 私はより多くの人々が教育を受けられるような社会を築くため、戦争に勝利し、魔法道具の利益で市民学校を創設し、多くの貧困者に職業を与える政策を打ち立てた。
 それでも、今の世の中は私が理想としたものとは程遠い。
 設立した市民学校は絶対数が足りず、入学試験によって生徒を決定しているのだが、その結果、最も学を得るべきである、日々の生活に窮する人々の子供達が教育を受けることができないでいる。
 不平等の象徴とでも言うべき奴隷制度も、撤廃すれば国の生産力が落ち、これまで他国との間に築いてきた優位が失われ、再び戦争が勃発する可能性が高いと考え、奴隷は希少価値の高い道具であるため無暗に浪費すべきでない、という文言からなる奴隷労働基準法をつくったのみだ。
 その際に、奴隷に識別番号の彫られた登録首輪を装備させることを義務付け、国が奴隷の数を把握できるようにすることで不法な使い潰しを監視したのだが、一部奴隷の名が番号にすり替わり、奴隷の尊厳をさらに奪うことにもなっていた。
 貧困層への職業政策の方も、職を与えられたのはほんの一部だけで、未だ大勢の人々が貧困に喘いでいる。
 絵空事を現実に描く力がある、などとアイラには言われたが、私にはそのように思ったことは一度もない。私はあくまでも、現実の範疇にあるただの現象を引き起こしてきたに過ぎない。
 脳内で描いた理想郷を現実に転写するには、私が持っている色では全く足りなかったのだ。



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造語解説
『魔法史』:歴史上において魔法がどのように解釈され、どのように使われてきたかの変遷を知ることで、現代の魔法の在り方を考える学問。

 
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