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第十一話未来を生きていく子供達について、語り合う
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「なーに考えているんですか。顔が怖いですよ」
突如聞こえてきた声に我に返ると、目の前に浮遊した彼女がいた。
「いや何、少し昔のことをな。それより、子供達はどうだった?」
「ぐっすり眠っていたので、まだ寝かせておいてあげようと思って。お昼を沢山食べていましたし、お腹が空いたら一階に降りてくるようにって書置きしてきました」
それを聞いた私は、浮かんできた当然の疑問を投げかける。
「子供達は文字が読めるのかね?」
この質問は彼女の想定通りだったらしく、にんまりとした得意げな表情を浮かべる。
「そう思って絵も描いておきました。色まで塗ったんですよ」
通りで時間がかかったわけだ。ただの絵で、お腹が空いたら一階に降りてくるように、などという意図を伝えられるとは思えないので、おそらく彼女が描いてきたのは、見た者に作者の意思を伝達させる『思伝絵画』だろう。
自信ありげな声音から察するに、相当な傑作を仕上げたらしい。
「随分と凝ったのを描いたみたいだね」
「ええ、久しぶりに水彩画を描いてみたんです。輪郭線をあえて描かずに、色彩の変化だけでテーマを表現するのが楽しいんですよ」
「下書きをせずに題材を完璧に仕上げられるのは君ぐらいなものだよ」
かつて召喚したばかりの彼女が、魔法道具の図面を下書き無しですらすらと描いていたことを思い出す。
あの頃は、誰にでも使える魔法道具の構想を実現させることに躍起になっていたので、召喚した彼女のことを便利でよく働く助手だとしか思っていなかったが、今では彼女のいない人生など考えられなくなっている程に、掛け替えの無い存在となっている。
「あなたなら、少し練習すればできるようになると思いますよ。何なら教えてあげましょうか」
「遠慮しておくよ。余生の嗜みにするのは読書だけで十分だからね。それに、あの子達との生活を始めるのだから、新たに何か趣味をする暇は無いだろう」
私の口にした近い将来の予想に、彼女は窓の方を見て目を細めた。
「確かに、そうですね。奴隷として浪費してしまった時間なんてほんの一瞬だったと思えるぐらい、あの子達が濃密な人生を過ごせるように、私達が導いてあげないといけませんから」
奴隷として浪費してしまった時間、か。奴隷という存在を容認し、繁殖奴隷という存在を黙認してきた私には耳が痛くなる言葉だ。
「そのためにもまず、あの子達には教育を与えてやらなければならないだろう。それも出来れば学校で、多くの学友と共に学べる環境が好ましい」
自分と同年代の人々が多く集まる場に身を置くことで、あの子達は多くの刺激を得ることが出来る。その刺激が必ずしも良い影響を与えるとは限らないが、子供の内にしか出来ない体験を、むざむざ逃す手はあるまい。
「学校ですか……。今のあの子達じゃ、勉強にも学内の社会生活にも馴染めないと思いますけれど、その点はどうするつもりなんですか?」
「無論、これから教える。一年間で、『レヴェルク国立学校』の中等部に入学できるだけの能力を身に付けてもらうつもりだ」
「それって、結構無茶なこと言っていませんか?一年間で国立学校に入学させるって」
国立学校の入学試験は難関だ。
その中でも特に、名門校である『レヴェルク国立学校』は、幼いころから家庭教師を雇って学習をしている貴族や商人、資本家の子供が生徒の大半を占めており、入学するには高い学力と優れた技術が必要になる。ここで言う技術とは、武術もしくは魔法での戦闘技術のことであり、つまりは文武両道な人材でなければ入学できないのだ。
その水準に一年で到達させようと言っているのだから、彼女の言っている通り、かなりの無茶だ。だが、私は可能だと確信している。
「あの子達は、現状打破のために自ら考え行動できる人間なのだから、学びの素質は十分にある。それに、この私が教えるのだぞ」
「私は学力面を心配しているんじゃありません。今まで奴隷として生活してきたあの子達が、たった一年で同年代の友達と自然なコミュニケーションが取れるようになるのかが心配なんです」
同年代との自然なコミュニケーションなど、私もほとんど出来た記憶が無いのだが……。
まあ、彼女の気持ちは分かる。今まで家族の寵愛を一身に受けてきた子供達と、奴隷として道具のように扱われてきた子供達とが和気あいあいと会話する姿は想像し難い。
しかし、そればかりは他人がどうこう出来る問題ではない。
「空を飛ぶ動物である鳥は、籠の中で生まれたとしても背中に翼が生えているのと同様に、社会的動物である人間は、奴隷として生まれたとしても社会性を育む能力が備わっているはずだ」
「翼があるからといって、生まれてからずっと籠の中にいた鳥が空を飛ぶ術を知っているとは思えませんが」
「それは出身に起因するものではなく、環境によるものだ。必要に駆られない能力が発揮されることはない」
「だからといって、飛べない鳥をいきなり野生に放り込んでは死んでしまいます」
「だからこそ私はあの子達を学校に行かせたいのだよ。社会性を訓練する場として、学校ほど適切な環境もないだろう。初めは馴染めないかもしれないが、歳を取ればとるほど環境の変化に適応し難くなるのだから、なるべく早い内に行かせた方が良い」
彼女からの反論が止まった。少し潤んだ双眸には未だ不満が滲んでいたが、私の意見の方に若干の分があると感じているらしい。
「……いずれにしても、あの子達の意見を訊かないで決めるべきことじゃないですね」
結論の棚上げによって、私達の論戦は一旦休止となった。
私個人としては、例えあの子達が嫌だと言ったとしても学校へは行ってもらうつもりなのだが、これ以上長引かせても理知的な議論ではなく感情論になっていくだけだろう。
一息ついて窓の外を見れば、すっかりと夜の帳が下りていた。リビングは『魔法灯』で照らしているので気付けなかった。私が生きている間は壊れないだろうからといって、常に灯しておくのも考え物かもしれない。
「そろそろ夕食にしましょう。今夜の魚の香草焼きは自信作なんですよ」
表情が一変して柔らかになった彼女が、そう言って台所へと浮遊していく。
「それは楽しみだ」
彼女の背中にそう声掛けをして、私は窓の外へと目を向ける。
満月がとても綺麗な、良い夜だった。
-------------------
造語解説
『思伝絵画』:見た者に特定の思考を伝える絵画。
人々に感動を与える絵画とそうでない絵画との違いを研究した学者が、その差異は絵に宿った魔法によるものだと見出したことがきっかけで発達していった技術。主に言語で表すのが難しい情報(戦争の悲惨さなど)を描き記す際に用いられる。
『レヴェルク国立学校』:王国内に4つしかない国立学校の一つ。この世界には国立学校と市民学校の二種類があり、国立学校を卒業する事は一つのステータスとなっている。
『魔法灯』:光を放つ魔法道具。彫刻された言葉によって定められた『存在定義』により、短くて五年、長くて二十年の間、光源としての役割を果たす。
突如聞こえてきた声に我に返ると、目の前に浮遊した彼女がいた。
「いや何、少し昔のことをな。それより、子供達はどうだった?」
「ぐっすり眠っていたので、まだ寝かせておいてあげようと思って。お昼を沢山食べていましたし、お腹が空いたら一階に降りてくるようにって書置きしてきました」
それを聞いた私は、浮かんできた当然の疑問を投げかける。
「子供達は文字が読めるのかね?」
この質問は彼女の想定通りだったらしく、にんまりとした得意げな表情を浮かべる。
「そう思って絵も描いておきました。色まで塗ったんですよ」
通りで時間がかかったわけだ。ただの絵で、お腹が空いたら一階に降りてくるように、などという意図を伝えられるとは思えないので、おそらく彼女が描いてきたのは、見た者に作者の意思を伝達させる『思伝絵画』だろう。
自信ありげな声音から察するに、相当な傑作を仕上げたらしい。
「随分と凝ったのを描いたみたいだね」
「ええ、久しぶりに水彩画を描いてみたんです。輪郭線をあえて描かずに、色彩の変化だけでテーマを表現するのが楽しいんですよ」
「下書きをせずに題材を完璧に仕上げられるのは君ぐらいなものだよ」
かつて召喚したばかりの彼女が、魔法道具の図面を下書き無しですらすらと描いていたことを思い出す。
あの頃は、誰にでも使える魔法道具の構想を実現させることに躍起になっていたので、召喚した彼女のことを便利でよく働く助手だとしか思っていなかったが、今では彼女のいない人生など考えられなくなっている程に、掛け替えの無い存在となっている。
「あなたなら、少し練習すればできるようになると思いますよ。何なら教えてあげましょうか」
「遠慮しておくよ。余生の嗜みにするのは読書だけで十分だからね。それに、あの子達との生活を始めるのだから、新たに何か趣味をする暇は無いだろう」
私の口にした近い将来の予想に、彼女は窓の方を見て目を細めた。
「確かに、そうですね。奴隷として浪費してしまった時間なんてほんの一瞬だったと思えるぐらい、あの子達が濃密な人生を過ごせるように、私達が導いてあげないといけませんから」
奴隷として浪費してしまった時間、か。奴隷という存在を容認し、繁殖奴隷という存在を黙認してきた私には耳が痛くなる言葉だ。
「そのためにもまず、あの子達には教育を与えてやらなければならないだろう。それも出来れば学校で、多くの学友と共に学べる環境が好ましい」
自分と同年代の人々が多く集まる場に身を置くことで、あの子達は多くの刺激を得ることが出来る。その刺激が必ずしも良い影響を与えるとは限らないが、子供の内にしか出来ない体験を、むざむざ逃す手はあるまい。
「学校ですか……。今のあの子達じゃ、勉強にも学内の社会生活にも馴染めないと思いますけれど、その点はどうするつもりなんですか?」
「無論、これから教える。一年間で、『レヴェルク国立学校』の中等部に入学できるだけの能力を身に付けてもらうつもりだ」
「それって、結構無茶なこと言っていませんか?一年間で国立学校に入学させるって」
国立学校の入学試験は難関だ。
その中でも特に、名門校である『レヴェルク国立学校』は、幼いころから家庭教師を雇って学習をしている貴族や商人、資本家の子供が生徒の大半を占めており、入学するには高い学力と優れた技術が必要になる。ここで言う技術とは、武術もしくは魔法での戦闘技術のことであり、つまりは文武両道な人材でなければ入学できないのだ。
その水準に一年で到達させようと言っているのだから、彼女の言っている通り、かなりの無茶だ。だが、私は可能だと確信している。
「あの子達は、現状打破のために自ら考え行動できる人間なのだから、学びの素質は十分にある。それに、この私が教えるのだぞ」
「私は学力面を心配しているんじゃありません。今まで奴隷として生活してきたあの子達が、たった一年で同年代の友達と自然なコミュニケーションが取れるようになるのかが心配なんです」
同年代との自然なコミュニケーションなど、私もほとんど出来た記憶が無いのだが……。
まあ、彼女の気持ちは分かる。今まで家族の寵愛を一身に受けてきた子供達と、奴隷として道具のように扱われてきた子供達とが和気あいあいと会話する姿は想像し難い。
しかし、そればかりは他人がどうこう出来る問題ではない。
「空を飛ぶ動物である鳥は、籠の中で生まれたとしても背中に翼が生えているのと同様に、社会的動物である人間は、奴隷として生まれたとしても社会性を育む能力が備わっているはずだ」
「翼があるからといって、生まれてからずっと籠の中にいた鳥が空を飛ぶ術を知っているとは思えませんが」
「それは出身に起因するものではなく、環境によるものだ。必要に駆られない能力が発揮されることはない」
「だからといって、飛べない鳥をいきなり野生に放り込んでは死んでしまいます」
「だからこそ私はあの子達を学校に行かせたいのだよ。社会性を訓練する場として、学校ほど適切な環境もないだろう。初めは馴染めないかもしれないが、歳を取ればとるほど環境の変化に適応し難くなるのだから、なるべく早い内に行かせた方が良い」
彼女からの反論が止まった。少し潤んだ双眸には未だ不満が滲んでいたが、私の意見の方に若干の分があると感じているらしい。
「……いずれにしても、あの子達の意見を訊かないで決めるべきことじゃないですね」
結論の棚上げによって、私達の論戦は一旦休止となった。
私個人としては、例えあの子達が嫌だと言ったとしても学校へは行ってもらうつもりなのだが、これ以上長引かせても理知的な議論ではなく感情論になっていくだけだろう。
一息ついて窓の外を見れば、すっかりと夜の帳が下りていた。リビングは『魔法灯』で照らしているので気付けなかった。私が生きている間は壊れないだろうからといって、常に灯しておくのも考え物かもしれない。
「そろそろ夕食にしましょう。今夜の魚の香草焼きは自信作なんですよ」
表情が一変して柔らかになった彼女が、そう言って台所へと浮遊していく。
「それは楽しみだ」
彼女の背中にそう声掛けをして、私は窓の外へと目を向ける。
満月がとても綺麗な、良い夜だった。
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造語解説
『思伝絵画』:見た者に特定の思考を伝える絵画。
人々に感動を与える絵画とそうでない絵画との違いを研究した学者が、その差異は絵に宿った魔法によるものだと見出したことがきっかけで発達していった技術。主に言語で表すのが難しい情報(戦争の悲惨さなど)を描き記す際に用いられる。
『レヴェルク国立学校』:王国内に4つしかない国立学校の一つ。この世界には国立学校と市民学校の二種類があり、国立学校を卒業する事は一つのステータスとなっている。
『魔法灯』:光を放つ魔法道具。彫刻された言葉によって定められた『存在定義』により、短くて五年、長くて二十年の間、光源としての役割を果たす。
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