隠居賢者の子育て余生

具体的な幽霊 

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第七話 才覚溢れる若き商人一行は、その後……

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 ――林道へと戻る途中にて。
 
 良くも悪くも紳士の鑑であった白髪の老人の冷徹な双眸と、恐怖を体現したかのような黒き騎士の刺すような視線から解放された俺は、未だ視界の悪い森の中だというのにすっかり弛緩していた。

 「いや~、怖かったっすね。お頭」

 「ホントホント、あんな化物初めて見ましたよ。お頭」

 俺の護衛役であり、こんな場でこそ本領を発揮すべき二人も、先ほどの出来事でぷっつりと緊張の糸が切れてしまったらしい。屈強な体躯の割にこの二人の肝は小さく、俺はいつも呆れていたのだが、今回ばかりは俺も心臓が飛び出しそうだった。
 あの化け猫は、おそらく『召喚獣』だろう。今では生成する技術が失われた、古代の賢人達がのこした書物を正しく読み解くことで召喚することができる、魔法と生物の中間に位置する存在だと、昔習った記憶がある。

 「にしても、あんなところで賢者、レキム・グラントに遭うなんて思わなかったぜ。本当に本物なんですかね、お頭」

 「賢者かぁ……。俺らの住んでた所でも噂になってたぐらいだから、相当凄い人なんだろうな。ねえ、お頭」

 スラム街で育ったこいつ等は、どうしようもなく知識が乏しい。その分、俺にない筋力を持っているので、力仕事はこいつらに丸投げしている。分業というやつだ。互いに得意なことだけやっていた方が効率が良い。
 
 「言っておくが、アイツはほぼ間違いなく本物だ。こんなに上質な天然の魔光石は、市場に出る前に鉱山所有者が取っちまうだろうから、ただの金持ちじゃ、まず手に入らないだろう。となれば、考えられる入手法は二つ。アイツが鉱山所有者である場合か、鉱山所有者が希少魔石を譲りたくなるような存在、つまりは権力者である場合だ。ここまでは分かったか?」

 こいつ等に長文で説明したって理解できっこないので、ある程度で区切って質問時間を取る。
 相手を馬鹿だと嘲ることで金を失う可能性こそあれど、金になることは無い。しかし、相手が賢者と愚者のどちらに近いのかを認識することは重要だ。それは差別ではなく区別であり、金と同価値である時間の無駄を省くことにつながる。
 
 「何で希少な魔石を権力者に渡したくなるんだ?王国じゃ賄賂規制が厳しいから、金で利権を買うのは難しいって、お頭言ってたよな」

 こいつ等は知識が乏しいだけで愚者ではない。知識を得る機会を得られなかっただけなのだ。だから俺はこいつらの疑問に答える。知識を持っていて損をすることはほぼ無いのだから。

 「別に直接利権を得るのが目的じゃない。賄賂とみなされない物品を献上することで、権力者に良い印象を持たれることが大事なんだよ。お前らだって、俺に嫌われたら給料を減らされるかもしれないって思うだろ?それと似たようなもんだ」

 他方から購入した高額商品を献上すると賄賂とみなされる可能性が高いが、自分の土地で採れた産物をそのまま献上する分には、法的にグレーだったはずだ。そして、真っ黒じゃなければ犯罪ではない。

 「そのためだけに希少な魔石をあげちゃうんですか。勿体無い気がするけどなぁ」

 「金で印象は買えないからな」

 そのくせ、金の使い方次第で他人に与える印象が違うのだから面倒臭い。世の中の大抵は金で買えるくせに、真に必要なものに限って金で買えないことが多くて困る。
 まあそれに気付けるのも金があってこそなので、人生で一番必要なのが金である事実は覆らないが。

 「へー。そこまでは良いけど、どうしてそれだけであの老人が本物の賢者様だってわかるんです?」

 「そりゃ、当時の権力を実質的に殆どレキム・グラントが一人で握っていたからだよ。『魔具革命』による莫大な財産と軍師時代に築いていた軍との信頼関係を持ちながら、宰相として社会福祉政策を推し進めたことで民衆からの支持も厚く、以前まで自由奔放だった貴族でさえ、何かにつけて宰相にお伺いを立てる始末だったらしい。そんな状況で、他の特権階級に媚を売る必要が無いだろ。……それにそもそも、生前に引退して行方不明になってる権力者や資本家なんて滅多にいねえんだよ」

 詰まる所、現在あの世以外に隠居している権力者もしくは資本家がレキム・グラントその人くらいしかいない、というのが、先ほどの老人が本物の賢者ということを示す最たる証拠だということに、説明している内に気付いた。
 あの人物が無用な嘘を吐くはずはずがない、という商人の勘から来る根拠のない前提のもと恣意的に話を進めていたのだが、その根拠を見つけられて良かった。

 「はえ~、凄い人だったんですね」

 こいつ等にとっての疑問の解決、俺にとっての勘の証明を終えたところで、もう一つの疑問が生まれる。


 「そんな凄いなら、何で引退なんてしちゃったんでしょう?」

 ここまでの話を聞けば、当然それが気になってくるだろう。かつて俺も気になって調べたのだが、詳しいことは何も分からなかった。
 唯一分かったのは、レキム・グラントが宰相を辞職した後、彼の教え子達が中心となって組織された『王国選定議会』によって、彼が行っていた仕事が引き継がれたため、国政に大きな混乱が無かったということぐらいだ。
  
 「さあな。俺達には分からない崇高なお考えがあるんだろうよ」

 これが俺に出せる限界の回答だった。
 俺としてはもう一つ、別れ際に言われた、「奴隷が売れなくなる」という言葉も気になっている。
 最近は、国民が豊かになったことによる市民奴隷の減少と、他国との戦争が起こらないことによる戦争奴隷の枯渇、資本家による奴隷の酷使などが原因で、むしろ奴隷の価値は上がっている。だから、育てるのにそれなりの金がかかり、法的にも黒寄りのグレーな繁殖奴隷を取り扱う商売が成り立っている。
 とはいえ、賢者からの忠告をガン無視するのはナンセンスだ。
 俺は、繁殖奴隷をつくっている業者から奴隷を買い、奴隷登録手続きと最低限の常識教育を行った後、その奴隷を資本家や貴族に転売しているだけなので、この商売から降りるのは容易いのだから、今回は忠告に従っておこう。
 仮に間違っていたとしても、得るはずの利益を失うだけで、負債を背負うわけではないのだし、軽い痛手で済む(機会費用の観点からすると十分に痛手なのだが、現金の信奉者である俺の価値観から言えば、些細といって差し支えない)。
 
 「よーし、今回の荷を最後に奴隷商売からは手を引くぞ。次は手堅く香辛料でも扱うかな」

 香辛料は、肉の防腐剤や臭み消しとして安定した需要がある。そして何より管理が楽だ。餌を与えなくていいし、放っておいても逃げないし、突然暴れ出したりしない。

 「やったぜ。もう子守りはこりごりだったんだ」

 「抵抗しないガキを殴るのも嫌だった」

 こいつ等も、奴隷の商売には不満が溜まっていたらしい。
 奴隷の売買をやってみて分かったが、非人道な行為をし続けるのは、一般人には精神的疲労が大きい。特にこいつ等は、良心など一銭にもならないと割り切っている俺と違い、至極真っ当な人間なので、心に来るものがあったのだろう。
 まあ、繁殖奴隷は利益率が非常に高いので、しばらく様子見して値崩れが無いようなら、もう一度奴隷商売を再開するつもりなのだが。
 
 「とっとと王国いって、奴隷を売りさばくぞ~」

 あの賢者とは、いづれまた取引をすることになるだろう。でなければ、わざわざ名乗ってこないだろうし。
 ぜひとも、互いにとって有益な話を持ってきてほしいものだ。

 
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造語解説


 『召喚獣』:魔法によって生成された存在。古代の魔導書を読み解くことで現出するのだが、現在の技術では再現できていない。この存在を、魔法によって産み出された生物だと考える学者と、単なる高難度魔法だと考える学者との論争の決着がつかず、現在では魔法と生物の中間に位置する存在だと考えられている。
 ちなみに、黒猫<ナイト>は召喚獣ではない。

 『魔具革命』:一般人が使うことが出来る魔法道具の開発により起きた、市民生活の変革のこと。
 以前の魔法道具は、魔法使いが魔法を使用する際の補助具として用いるための物(杖や魔導書など)だったので、魔法が使えない者は魔法道具も扱えなかったのだが、道具を使用することのみで魔法を現出させる技術を、レキム・グラント率いる研究チームが編み出した。
 これにより、”使用者が魔法を使うことなく魔法を現出できる道具”が産み出され、レキム・グラントは莫大な財産を得た。

 『王国選定議会』:レキム・グラントが発案した、全官吏の中から身分関係なく選定された優秀な人材、約200人よって構成された行政機関。
 
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