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第八話 食事とは、人生において至福の時だ
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家に戻ると、子供達は一心不乱にミネストローネを食べていた。
その真剣な顔を 、アイラが満足げな表情で横から眺めている。
普通、浮遊していて足の無い彼女を見たら、驚いて食事どころではなくなりそうなものだが、子供達はそんなものお構いなしでがっついていた。
「まだまだあるから、たくさん食べてね」
彼女の言葉に、子供達は手枷がついたままの両手で器用にスプーンを使ってミネストローネを食べ続けながら頷く。
初めてこの子達が年相応の振る舞いをしているのを見て、少し安心した。
子供達が二人ともほとんど同じタイミングでお皿を空にしたのを見て、アイラは微笑みながらお代わりを寸胴鍋から注いでやっている。
この時、私は手枷を取ってやろうと思ったのだが、子供達はお皿に並々と注がれる具沢山なミネストローネに夢中だったので、止めておく。手枷を付けたままでも不自由なく食事を取れていたし、急ぐ必要はないだろう。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
子供達はアイラにお礼を言ってからお代わりの入ったお皿を受け取り、再び真剣な顔つきで食べだした。
結局、見ているこちらの腹も減ってくるような見事な食べっぷりで、子供達は寸胴鍋一杯に入ったミネストローネを平らげてしまった。
お腹いっぱいで幸せそうな顔をしている子供達に、私はそっと近づいて、手枷と首輪を鍵で外してやる。
子供達は枷が外れたことに喜ぶことなく、驚いたような表情で私の方に疑問の目を向けてくる。日常の変化は、たとえそれが改善だったとしても、困惑を伴うものなのだから、その反応は至って自然だ。
そう頭では納得していても、自由になったことに怯えている子供達を見て、胸の奥が鈍く痛んだ。
「君達の所有者だった商人と、先ほど交渉をしてね。正式に君達の所有権を買い取ったんだ。そして私は、その所有権を君達自身に譲渡した。これで君達の権利は、正式に君達自身のものだ。先ほど話した人権を、君達は他の誰からも尊重される存在になったんだよ」
いくつもの疑問符が頭に浮かんでいるのが見て取れる。まだ、子供達が理解するには難しい内容かもしれない。そもそも、お腹がいっぱいの子供達に何かを説明しようというのが酷なことか。
ともかく、無事に枷が外せたので、次は子供達の体を洗ってやるべきだろう。長い間、清潔とは無縁の生活をしていたのだろうから。
「これで動きやすくなっただろう。風呂があるから、汚れを落とすといい……といっても、使い方が分からないか。アイラ、食器は私が片付けておくから、この子達を風呂に入れてやってくれ」
そう言って、アイラに目くばせすると、彼女はクスッと笑った。
「別に、あなたが女の子をお風呂に入れてあげても大丈夫だと思いますけど。変なところで律儀というか、道徳を過剰に重んじるというか。もう公人じゃないんですから、そこまで気にする必要はないでしょうに」
「私より、君の方が適していると思ったまでだ。そもそも公人でなくなったからと言って、礼儀や道徳を軽んじてよい、とはならないだろう」
数十年間従い続けてきたものを、そう易々と捨てられるはずもなく、捨てようとも思っていない。自由とは何事にも囚われないことではなく、守るべき規則を遵守しつつ、伸び伸びと生きることを指すのだ。もしも、礼儀や道徳を軽んじる人間しかこの世にいなければ、世界は渾沌に包まれていたことだろう……渾沌としているのは私の思考か。
図星をつかれ、あらぬ方向に結論を求めようとしてしまった。誰に言い訳をしているのだ、私は。
「とにかく、任せた」
観念した私は、自己弁護を諦め、彼女に頼んだ。
目の前に佇む彼女は、私の内心などお見通しだとでも言いたげな、悪戯な笑みを浮かべる。
「はいはい、分かりました。立場と生活習慣が変わっても、人の本質は簡単には変わらないみたいですね」
はにかみ顔のまま、彼女は子供達とともに風呂へと向かって行った。
彼女の笑顔は、人の固まった心を解かす作用があるのかもしれない。私の前では緊張していた子供達が、彼女の前では随分と柔らかな表情をしているように見える。
過去、コミュニケーションの方法は数多覚えたが、そのどれもが交渉を有利に進めたり、相手の心理を推測するためのもので、純真な子供を安心させるような話し方は学んでこなかった。後で、彼女に子供を緊張させない対話の方法を教えてもらおう。
この歳になると、今まで広めてきた知見が喪失しているのを感じて悲しくなるのだが、まだまだ周りには、学ぶべき事柄が溢れている。
少年老い易く学成り難し、などと言っていた先人もいたが、果たして学問を完全に成し得た人物など存在するのだろうか。若いころから人一倍勉学に励んでいたつもりでいるが、未だ学問に終わりが見えたことがない。
勉学の果てし無さと、その必要性を再確認したが、直近ですべきは食器洗いだ。さっさと片付けてしまおう。
その真剣な顔を 、アイラが満足げな表情で横から眺めている。
普通、浮遊していて足の無い彼女を見たら、驚いて食事どころではなくなりそうなものだが、子供達はそんなものお構いなしでがっついていた。
「まだまだあるから、たくさん食べてね」
彼女の言葉に、子供達は手枷がついたままの両手で器用にスプーンを使ってミネストローネを食べ続けながら頷く。
初めてこの子達が年相応の振る舞いをしているのを見て、少し安心した。
子供達が二人ともほとんど同じタイミングでお皿を空にしたのを見て、アイラは微笑みながらお代わりを寸胴鍋から注いでやっている。
この時、私は手枷を取ってやろうと思ったのだが、子供達はお皿に並々と注がれる具沢山なミネストローネに夢中だったので、止めておく。手枷を付けたままでも不自由なく食事を取れていたし、急ぐ必要はないだろう。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
子供達はアイラにお礼を言ってからお代わりの入ったお皿を受け取り、再び真剣な顔つきで食べだした。
結局、見ているこちらの腹も減ってくるような見事な食べっぷりで、子供達は寸胴鍋一杯に入ったミネストローネを平らげてしまった。
お腹いっぱいで幸せそうな顔をしている子供達に、私はそっと近づいて、手枷と首輪を鍵で外してやる。
子供達は枷が外れたことに喜ぶことなく、驚いたような表情で私の方に疑問の目を向けてくる。日常の変化は、たとえそれが改善だったとしても、困惑を伴うものなのだから、その反応は至って自然だ。
そう頭では納得していても、自由になったことに怯えている子供達を見て、胸の奥が鈍く痛んだ。
「君達の所有者だった商人と、先ほど交渉をしてね。正式に君達の所有権を買い取ったんだ。そして私は、その所有権を君達自身に譲渡した。これで君達の権利は、正式に君達自身のものだ。先ほど話した人権を、君達は他の誰からも尊重される存在になったんだよ」
いくつもの疑問符が頭に浮かんでいるのが見て取れる。まだ、子供達が理解するには難しい内容かもしれない。そもそも、お腹がいっぱいの子供達に何かを説明しようというのが酷なことか。
ともかく、無事に枷が外せたので、次は子供達の体を洗ってやるべきだろう。長い間、清潔とは無縁の生活をしていたのだろうから。
「これで動きやすくなっただろう。風呂があるから、汚れを落とすといい……といっても、使い方が分からないか。アイラ、食器は私が片付けておくから、この子達を風呂に入れてやってくれ」
そう言って、アイラに目くばせすると、彼女はクスッと笑った。
「別に、あなたが女の子をお風呂に入れてあげても大丈夫だと思いますけど。変なところで律儀というか、道徳を過剰に重んじるというか。もう公人じゃないんですから、そこまで気にする必要はないでしょうに」
「私より、君の方が適していると思ったまでだ。そもそも公人でなくなったからと言って、礼儀や道徳を軽んじてよい、とはならないだろう」
数十年間従い続けてきたものを、そう易々と捨てられるはずもなく、捨てようとも思っていない。自由とは何事にも囚われないことではなく、守るべき規則を遵守しつつ、伸び伸びと生きることを指すのだ。もしも、礼儀や道徳を軽んじる人間しかこの世にいなければ、世界は渾沌に包まれていたことだろう……渾沌としているのは私の思考か。
図星をつかれ、あらぬ方向に結論を求めようとしてしまった。誰に言い訳をしているのだ、私は。
「とにかく、任せた」
観念した私は、自己弁護を諦め、彼女に頼んだ。
目の前に佇む彼女は、私の内心などお見通しだとでも言いたげな、悪戯な笑みを浮かべる。
「はいはい、分かりました。立場と生活習慣が変わっても、人の本質は簡単には変わらないみたいですね」
はにかみ顔のまま、彼女は子供達とともに風呂へと向かって行った。
彼女の笑顔は、人の固まった心を解かす作用があるのかもしれない。私の前では緊張していた子供達が、彼女の前では随分と柔らかな表情をしているように見える。
過去、コミュニケーションの方法は数多覚えたが、そのどれもが交渉を有利に進めたり、相手の心理を推測するためのもので、純真な子供を安心させるような話し方は学んでこなかった。後で、彼女に子供を緊張させない対話の方法を教えてもらおう。
この歳になると、今まで広めてきた知見が喪失しているのを感じて悲しくなるのだが、まだまだ周りには、学ぶべき事柄が溢れている。
少年老い易く学成り難し、などと言っていた先人もいたが、果たして学問を完全に成し得た人物など存在するのだろうか。若いころから人一倍勉学に励んでいたつもりでいるが、未だ学問に終わりが見えたことがない。
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