白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜

西沢きさと

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熱に溺れる夜

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「べ、ベリル様、っ、本当に待った……!」
「待たない。初夜にお前を愛する権利は手にしている」

 ぐり、と縁を切っ先で押されると、さっきまで指を食んでいた中が招き入れるように収縮する。心と相反する体を叱咤しながら、俺は大きく首を横に振った。

「お、俺は、まだベリル様のこと、全然知らないのに……っ」

 本心からの訴えだった。
 そう、俺はベリル様のことをほとんど知らない。身分と職業と地位と、あとは噂で耳に入れた嘘か本当かもわからない人物像しかこの脳内には入っていない。
 相手は俺のことを知っている様子なのに、俺はこの男のことを何も知らないのだ。知ろうともしていなかったことに今更ながら気づく。
 結婚相手が自分の都合に合うかどうかばかりを気にして、どんな人なのか、どんな考えをしているのか、全然考えていなかった。
 俺は、俺の中身を知らずに天使を求めてくる人たちをあんなに嫌だと思っていたのに。同じことを、ベリル様にしていたんだ。
 自然と浮かんだ涙に、ベリル様は唇を寄せてきた。

「これから知ればいい」
「でも……」
「少なくとも、私がお前を切望していることは実感したはずだ」

 焦がれてやまない。そんな熱のこもった瞳を向けられ、俺は唇を噛み締める。
 これまで、この身を過剰に求めてきた男たちとベリル様の違いは何かと聞かれても、俺にはうまく説明ができない。欲の強さは多分みんな似たりよったりで、とにかく俺を手に入れたいという願望も同じ。顔の良さと身分の高さでいえばベリル様が一番上ではあるものの、その理由で籠絡されるほど俺は元々相手の容姿や立場に執着がない。
 なら、どうして、ベリル様には鳥肌が立つような気持ち悪さを感じないのだろうか。欲まみれの身勝手な愛などいらないと、今でも思っているはずなのに。
 どうして、ベリル様自身について詳しくないことや、求められていることを素直に返せない自分を少し悲しく思うんだろう。

「なんで、ベリル様は俺が欲しいんですか?」

 今更ながらに吐き出した問いかけに対し、見上げた先では水色の双眸がゆるり、と細まった。

「言っただろう? お前のいろんな顔が見たいのだと。……もちろん、欲に溺れ、熱にとろける顔も」
「なっ、ッ、……あっ、やァ、あぁ~~ッ!」

 言葉を返そうとした瞬間、彼の剛直が俺の中に入ってきた。十分すぎるほど解された後孔は、さほど抵抗もなく異物であるはずの熱を受け入れていく。奥まで捩じ込まれたそれを、俺の腹はぎゅうぎゅうと締め付けるばかりだった。

「はっ、ぁ、はぁ……っ」
「……モーリス」

 あまりの衝撃に肩で息をする俺の頬を、ベリル様は労るように撫でる。俺が落ち着くまで、彼は動かないまま頬や髪に触れてきた。その優しい手に、強張っていた体から力が抜けていく。

「ベリル、さま」
「二人の時は、ベリルで構わない」
「……ベリルも、俺の顔が好きなんだ?」

 ぽろり、と洩らした言葉は、自分でも驚くほど弱々しい声だった。
 結局、これが俺の拭えないコンプレックスなんだろう。この人もさっきから、結局のところ俺の顔の話ばかりしている。この美しい顔だけが俺の価値だと言われているようで、ひどく心が苦しかった。

「そうだな」

 つきり、と胸を刺す痛みに目を瞑る。やっぱりベリルも俺の顔だけが目当てなのか、と落胆したところで、思いもよらぬ続きが耳に入ってきた。

「お前の人形のように美しいとされる顔が、崩れるところが好きだ。澄ましたよそ行きの顔ではなく、怒り、戸惑い、泣き、喜び、笑う。内面の豊かな感情が素直に溢れ出ている、そんなモーリスの表情が愛おしい」
「……え?」

 怒涛の説明に、俺は目を開いてベリルを見上げる。彼がこんなに長く言葉を紡いだのは、初めてではないだろうか。内容にも、その勢いにも驚いて二の句が継げない俺に、相手はどこか愉快そうに口角を上げた。

「大声で笑ってくしゃくしゃの顔になったお前に惚れたのでな」

 どういうことだと問おうとした俺を、ベリルは問答無用で黙らせた。正確にいうと、笑みを浮かべたまま彼は突然腰を振り始めた。

「やっ、ぁんっ、まっ、待て、てぇ……! 話を、」
「だから、話は後だと言っている。まずは、お前を堪能させろ」

 先ほどぐずぐずになるまで触れられた弱点を容赦なく狙われ、俺は悲鳴のような喘ぎを繰り返すことしかできなくなる。何度も押しつぶすように強く突かれ、目の前にチカチカと光が舞った。

「もう、むりっ、……ぃ、イきそ、ぅ」
「好きに果てればいい」
「いっ、ぅ、あ~~ッ!! ……っは、はぁ、ッ、え、や、今、だめだっ、あぁっ」

 達したのに止まってくれないベリルのせいで、うまく絶頂から降りられぬまま揺さぶられ続ける。動きを止めてほしくて彼の背中に腕を回した途端、中のモノが更に大きくなった。

「なん、で、ッ、ん、んぁ」
「可愛いことを、するからだろう」
「ちがう、ぅ、あ、おく、なに、やだ……っ」

 硬くて熱いもので奥をトントンと叩かれ、これまで感じたことのない痺れが腹の中に走り始める。未知の感覚を否定したくて首を横に振れば、ベリルは行き止まりに己を強く押しつけてきた。深く抉られ、彼を締めつける中のうねりがどんどんと大きくなっていく。
 同時に、腹の奥から何かがせり上がってくるような感覚が強まった。俺は、首を横に振りながらベリルにしがみつく。

「ッ、~~~~ァ、アァあ……ッ!!」

 突然、強烈な快感が全身に走った。呼吸すら忘れてしまいそうな絶頂に、頭の中が真っ白になる。
 射精した感覚はなかったのに、それ以上に気持ちが良すぎて怖い。怖いのに気持ちが良い。わけがわからなくて、助けてほしくて、気づけば俺は力いっぱいベリルに抱きついていた。

「っ、出すぞ」

 上から、欲と快楽に塗れた囁きが振ってくる。直後、腹の中に熱が飛散した。じんわりと広がるあたたかさを奥に刻み込むかのように、ベリルは腰をぐりぐりと押しつけてくる。それすら気持ちの良い刺激に変換されて、俺は馬鹿みたいに喘いだ。
 ようやく息が整い始めた頃には、指先ひとつ動かしたくないほど疲労困憊していた。肌を重ねる行為が、こんなにも体力を消耗するものだったなんて。

「も、きっつい……」

 息も絶え絶えに吐き出した俺の弱音を、あろうことか相手は無視しようとしてきた。

「足りない」
「うそ、もう無理、むりだって、ぇ」

 なぜかまた硬くなっている彼のモノでぐるり、と奥を捏ねられ、俺の体がびくり、と跳ねる。

「もっと、快楽に溺れるお前の顔が見たい」
「やぁ、っ、もうだめ、むり……っ」
「本当に?」

 繋がってからはほったらかしだった俺の一物を握ったベリルが、真顔で問いかけてくる。こちらの快感を誘うように扱かれ、それはあっけなく芯を持ち始めた。儘ならない自分の一部を俺は呪うことしかできない。
 こちらは行為自体が初めてなのに、全然加減をしてくれない年上の男の余裕のなさを責めるつもりで睨みつければ、ベリルはゆるりと目を細めた。。

「焦ったり怒ったりするモーリスも良いな」
「もうそれ、なんでもいいんだろっ」
「そうだな。お前の全てを愛している」

 なんだそれ、と思うものの、そうか、とも思う。
 そうか。この男は、ただ美しいだけの天使じゃなくても、俺そのものを愛してくれているのか。美しさを踏みにじりたいわけでも汚したいわけでもなく、ただ俺が俺のままであることを喜んでくれるのか。
 すとん、と腑に落ちた。
 だから、これだけ強い欲望をぶつけられても嫌悪感を抱くことがなかったのだろう。
 綺麗で可愛らしい天使の上っ面だけを必死で求めてきた男たちと、俺──モーリス・フレイザー自身を求めたベリル。
 そんなの、誰だって、……俺だって、絆される。
 なんだか急にたまらなくなって、俺はベリルの唇に自分のそれを押しつけた。
 一瞬、固まって全ての動きを止めたベリルは、数秒後、その大きな掌で俺の後頭部を掴み、逃さないとばかりに口内を思う存分荒らしていった。

「悪いが、加減できそうにない」

 あれで加減してたんだ!? とつっこむ元気もないほどキスでどろどろにされた俺を、ベリルは切羽詰まった表情で見つめてくる。腹の中に埋め込まれたままの彼の熱が、今にもはち切れそうなほど滾っていた。

「付き合ってくれるな?」

 普段、氷の騎士と呼ばれている男だとは思えないほどの激情が、ベリルの瞳を爛々と輝かせている。溶けた氷が大量の水に変わり、こちらに押し寄せてきているのかもしれない。
 きっと、溺れるくらいの量だ。それを俺ひとりに注ぎ込もうとしているベリルの熱視線に晒され、心と、それから腹の奥がちりり、と熱くなる。

 その夜、俺は一晩で受け止められないほどの愛と欲を与えられ続けた。

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