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一目惚れの真相
「こんな欲望まみれの絶倫野郎だとは思わなかった!」
翌日、目を覚ました俺は、ベッドから起き上がれないままベリルを糾弾していた。
全身に漂う気怠さと鈍く痛む腹、ガタつく足腰のせいで、本当に立ち上がることができないのだ。声を出しすぎたせいか喉も痛いし、声もカスカス。もし起き上がれたとしても、とてもじゃないが人前に出られる状態ではなかった。
正直、昨夜については途中から記憶がない。自分がいつ寝たのかもわからないし、どこが行為の終わりだったのかも不明。
やりすぎだろう。誰がどう見てもやりすぎだ。
「行為すら初めての伴侶に初夜でしていい仕打ちじゃないだろ、これは」
全身に散らばる夥しい鬱血の数に目眩すら感じながら、俺はベッドに腰掛けている元凶を掠れる声で非難した。しかし、当人は相変わらずの無表情のまましれっと反論してくる。
「煽ったのはモーリスだろう」
「あんたが勝手に煽られたんだろ! 俺のせいにしないでください!」
こちらとしては、ヤダだめ無理やめろ、としか言った記憶がない。過ぎた快楽は暴力に近いと思う。一晩で教え込まれていいものじゃなかったし、初体験の人間になんて無体を、という気持ちで俺はベリルを睨みつけた。
しかし、相手は無表情の中に上機嫌さを一滴混ぜ込んだ、というような顔で俺を見つめてくる。
「素顔のお前は元気で良い」
「……あぁ、もう!」
これでは怒る気も削がれるというものだ。目覚めてからずっと、とにかくこの男は浮かれている。表情自体は無のままだというのに、周囲に花でも飛んでいそうなほどベリルの機嫌が良いことがこちらにも伝わってくるのだ。
本当に、結婚前のあの氷のような騎士はどこにいってしまったのか。
「ベリル様は、」
「ベリル、だ」
「……ベリルは、結婚前はずっと俺に興味なさそうだったのに。あれ、演技だったんですか?」
「いや、そもそもが気に入らなかったからな」
「気に入らない?」
俺の天使の外面のように普段は演じているのかと思ったのだが、そうではないらしい。どういうことか、と首を傾げれば、彼は少しだけ不服そうに目を眇めた。
「仮面を被ったお前を見ているのは、つまらない」
「……なるほど」
皆が絶賛する天使こそが、ベリルの感情を無にするものだったということか。それならば、あれだけ皆を興奮させた社交界デビューの際、相対した人の中で唯一冷ややかな表情だったことにも納得がいく。彼が惚れたという俺の要素は、欠片も見当たらなかっただろうから。
だが、こうなってくるとベリルが俺を見初めた、その詳細が気になってくる。
「いつの俺の、なにがそんなに良かったんです?」
出会いときっかけをちゃんと聞いておきたくて問いかければ、相手は一瞬の間ののち逃げを打ってきた。
「昨夜話したとおりだ」
「大声で笑ってくしゃくしゃの顔になったお前に惚れた、だっけ。それ、いつの話です? 俺、物心ついてから外で表情崩したことないんですけど。……まさか、家の中を盗み見したとかじゃないですよね?」
「そんなことはしていない」
さすがに犯罪行為を疑われて焦ったのか、間髪入れずに否定が飛んでくる。ならばどこで、と考えを巡らせた俺は、ふ、と以前父上が話してくれた、大勢にトラウマを植え付けた大暴れ三歳児な俺のことを思い出した。
「……ベリル様、まさか、三歳児に一目惚れしたんですか?」
引き気味に問いかけた言葉に、ベリルの眉がぴくりと動いた。俺は思わず、かぶっていただけの上掛けをぎゅ、と体に巻き付ける。さすがにちょっと、気持ち悪さが勝るんだが。
こちらの胡乱げな視線に気づいたのか、ベリルは慌てて言い訳を寄越してきた。
「誤解をするな。一目惚れというより、強烈すぎて忘れられなかったというのが本当のところだ」
「いやでも、惚れたってご自分でもおっしゃってたじゃないですか」
「後々考えればそうだったのだろう、と結論づけただけだ」
これはもう全て詳らかにしたほうが良い、と判断したのだろう。ひとつため息を吐いてから、彼は重い口を開いた。
「あれは、私の婚約者および側仕えを選ぶための集まりだったんだ」
「え、そうなんですか!?」
父上の説明だと、貴族による気軽な交流会のように感じていたのだが。そんな重要な集まりだったということは、もしや相当な無礼を働いたことになっているのではないか、と俺は嫌な予感に唇を震わせる。
「ああ。だというのに、お前の親は可愛い可愛い末っ子を見せびらかしたかったのだろう。まだたいして躾けられてもいない幼子を連れてきたのは、フレイザー家だけだった」
「それは……、お、お詫びの言葉もなく……」
何やってるんだ父上!
王族の婚約者選びの場をぶち壊した三歳の自分を想像してぞっとしていた俺に、ベリルが容赦なく追い打ちをかけてくる。
「聞いているだろうが、お前の自由奔放な言動のせいで収拾がつかなくなってな。前国王である父上が面白がって不問にしなければ、フレイザー家はその後、社交界に出禁となるところだった」
「か、重ね重ね、申し訳なく……っ」
本当に何やってるんだ父上!
そりゃあ、普段は俺に甘々な父上も、外面を良くするようにと必死で懇願してくるわけだ。さすがに二度目の赦しはないだろうし、自分がかなりギリギリの綱渡りをしていたことを今更知った俺は、過去、自棄になって夜会で暴飲暴食などしなくてよかった、と小さく安堵の息を吐いた。
「だが、煩わしいと感じていた私にとって、お前の大暴れは救いの手だった」
少しばかり柔らかくなった声音に導かれるように視線を上げると、ベリルがそっと頭を撫でてくる。
「皆が媚びてくる中、感情を剥き出しにして豪快に笑って泣くお前は鮮烈だった。脳裏に焼きついて離れないほどに、な」
懐かしむように、それでいて今の俺を愛おしそうに見つめてくるベリルに、きゅう、と心臓が音を立てた。
水色の瞳は、表情よりも雄弁に彼の感情を伝えてくる。相当な醜態だったはずなのに、それが本当に彼の救いとなり、のちに恋情になるほど心が動いた出来事だったのだ、と素直に信じることができた。
しかし、次の瞬間、瞳に浮かび上がっていた柔らかさが水底に沈むように消えていく。
「だが、いつからかお前は全てを諦めた顔をするようになった」
それが心底気に入らない、とばかりにベリルの眉間に皺が浮かび上がった。
「仮面のような笑顔に最低限の会話のみ。取り巻く環境に嫌気が差している者が、他者を拒むやり方だ。私も似たようなものだったから、お前の心情が手に取るように理解できた」
「ああ、そうか、……そうですね」
確かに、目の前にいる男も同じなのだろう。笑顔こそないものの、俺と同じ気持ちで群がってくる有象無象を相手取っていたわけだ。
容姿の良さやステータス。そんなものばかりを褒め称えられ欲しがられる虚しさを、ベリルもきっと知っている。
「お前がお前のままでいられないことが、腹立たしかった」
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