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12話 相談承ります
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「あら、どうしました」
次の日、ポーション作りと治療の業務をこなした後の事だった。ひとりだけポツンと兵士さんが残っている。
「あのー……」
彼は周りを気にしながら、そっと小さな声で切り出した。
「こないだ、困ってることがあったら教えてくれって言ってましたよね……?」
「ええ。何かあったんですか!」
私は思わずウキウキとした声色で答えてしまった。いけない……深刻な悩みかもしれないのに。そんな私を彼はじーっと私を見ている。
「どうしたんです、デリク。私達そろそろここを閉めますよ」
「その、女の人に聞かせていいか……」
「では私が伺います」
ザールさんがその兵士さんを連れて別室に連れていった。しばらく途切れ途切れに声が聞こえる。それから部屋を出てきたザールさんに私は聞いた。
「なんだったんです?」
するとザールさんはため息をついてこう答えた。
「……水虫でした」
「なんだ、そんな事」
あんなにもじもじしていたから何の病気とかと思った。
「そんなじゃないですよ……! 『救国の聖女』様にこんな相談するなんて、僕恥ずかしくて……」
デリク、という兵士は顔を真っ赤にして部屋から出てきた。
「『聖女』とかそんなんじゃないですって」
「でも……」
「じゃあ、患部を見せてください」
「ああっ」
私はデリクのブーツを脱がせた。たしかに……皮がめくれてじゅくじゅくしている。爪も変形してるわね。重度の水虫みたい。
「足浴をしましょう。きっと良くなりますよ。お湯を沸かしてきます」
私は桶にお湯を張った。そこに昨日の残りのティーツリーの精油を足らす。
「ここに足をつけて下さい」
「はい」
デリクが足をつけるとじゅくじゅくした赤みが引いて、爪の変色もみるみる治っていく。
「かゆみが治まりました……これで訓練に集中できる」
「良かったですね。予防用に薄めたスプレーも作りました。お風呂上がりにスプレーして、あと普段は風通しのいいスリッパとかサンダルを履いてくださいね」
「はい!」
デリクはそれこそスキップしそうな勢いで帰っていった。
それがきっかけになったのだろう。救護棟にはちょこちょこと悩み事を相談しにくる兵士が顔を出すようになったのである。
それは慢性の胃痛だったり、目の炎症だったりして、私はそれに備えていくつかのドライハーブと精油を常備して置くことにした。
「はぁ……皆さん色々あったんですね。気付かなかった自分が恥ずかしい」
ザールさんはドライハーブを袋に詰めてハーブティを作っている。これはお茶とペパーミントとローズマリーのミックスハーブティ。作り置きしておけば来客にすぐ出せる。軽症の人はこれを飲んだだけで治ってしまった人もいた。
「ミントがあればずっとこっちで作れるんだけど……ミントはすぐ野生化するのよね……」
「いやぁ……真白さんが直接とりだしたハーブとこっちで育ったハーブは同じ効果があるかどうかも分からないですよ」
「そうでしょうか」
「ええ、古い文献をあたるとお茶は昔は万能の妙薬のように書かれています。でも今はそんな事ないですよね? 体にはいいと思いますが」
「へぇ……」
ザールさん、そんな古い本の事まで……。そうだ、転移した回復術師の事聞いてみようかな。私がそう思った時だった。救護棟の扉がノックされる。
「はーい、どうぞお入り下さい」
「失礼します」
そこにはまだ少年と言っていい十代半ばの男の子が立っていた。
「あ、あの……」
「こっちへどうぞ、ここに座って」
私は診察用の椅子に彼を座らせると、私は冷蔵庫から水出しのハーブティーにレモンを添えて出した。
「……わ、私はまだ騎士見習いの……従者なんですが、話を聞いて貰えますか」
「ええ、誰だって歓迎よ」
「そうですか……」
少年はほっと息を吐いた。しかしすぐに思い詰めたような顔をして、どう切り出したいいのか迷っているようだった。私は根気よく彼が口を開くのを待つ。
「私はニコラスといいます。どうか内密にしてください……実は私の父はこの王国騎士団の騎士でした」
彼は過去形で話した。何があったというのだろう。
「父は二ヶ月前に足をひどく痛めて……その療養のせいで先の邪竜退治に参加できず、先日辞職を申し出ました」
「まあ……ではその足を治せばいいのね?」
「いえ……それだけじゃないんです」
ニコラスは唇をキュッと結ぶと泣きそうな顔をした。
「父は酒浸りになってしまって……治療を拒否するんです。幸い大隊長であるブライアン卿が辞表は預かる形になっているのですが……」
そのブライアンさんはまだ自宅療養中だ。
「昼間から大酒を飲んで家族や使用人にあたりちらしているそうです……こんな事、誰に相談したらいいのか分からなくて……」
ニコラスはうつむいた。そのまだ頼りない肩に私はそっと手を置いた。
「大丈夫。きっとなんとかしてみせるわ」
「真白様……」
「真白さんでいいからね。よし、じゃあ見て頂戴。このハーブティー、今はこんな色でしょ?」
硝子のカップの中には紫のハーブティ……。
「そこに、レモンをひとたらし」
するとみるみるピンクに変わる。これはマロウブルー。淹れ立ては鮮やかなブルーであった。色の変化が楽しいハーブだ。
「わあ……」
「人もこんな風に変われるわ、きっと」
私はそういって、ニコラスに微笑みかけた。ニコラスははじめて少し表情を緩めた。
「だといいのですが……父は私の憧れなのです。父のようになりたくて私は従者になる事を志願したのです」
「……任せて!」
ギュッと私がその手を掴むと、ニコラスははにかんだ笑顔をみせた。
次の日、ポーション作りと治療の業務をこなした後の事だった。ひとりだけポツンと兵士さんが残っている。
「あのー……」
彼は周りを気にしながら、そっと小さな声で切り出した。
「こないだ、困ってることがあったら教えてくれって言ってましたよね……?」
「ええ。何かあったんですか!」
私は思わずウキウキとした声色で答えてしまった。いけない……深刻な悩みかもしれないのに。そんな私を彼はじーっと私を見ている。
「どうしたんです、デリク。私達そろそろここを閉めますよ」
「その、女の人に聞かせていいか……」
「では私が伺います」
ザールさんがその兵士さんを連れて別室に連れていった。しばらく途切れ途切れに声が聞こえる。それから部屋を出てきたザールさんに私は聞いた。
「なんだったんです?」
するとザールさんはため息をついてこう答えた。
「……水虫でした」
「なんだ、そんな事」
あんなにもじもじしていたから何の病気とかと思った。
「そんなじゃないですよ……! 『救国の聖女』様にこんな相談するなんて、僕恥ずかしくて……」
デリク、という兵士は顔を真っ赤にして部屋から出てきた。
「『聖女』とかそんなんじゃないですって」
「でも……」
「じゃあ、患部を見せてください」
「ああっ」
私はデリクのブーツを脱がせた。たしかに……皮がめくれてじゅくじゅくしている。爪も変形してるわね。重度の水虫みたい。
「足浴をしましょう。きっと良くなりますよ。お湯を沸かしてきます」
私は桶にお湯を張った。そこに昨日の残りのティーツリーの精油を足らす。
「ここに足をつけて下さい」
「はい」
デリクが足をつけるとじゅくじゅくした赤みが引いて、爪の変色もみるみる治っていく。
「かゆみが治まりました……これで訓練に集中できる」
「良かったですね。予防用に薄めたスプレーも作りました。お風呂上がりにスプレーして、あと普段は風通しのいいスリッパとかサンダルを履いてくださいね」
「はい!」
デリクはそれこそスキップしそうな勢いで帰っていった。
それがきっかけになったのだろう。救護棟にはちょこちょこと悩み事を相談しにくる兵士が顔を出すようになったのである。
それは慢性の胃痛だったり、目の炎症だったりして、私はそれに備えていくつかのドライハーブと精油を常備して置くことにした。
「はぁ……皆さん色々あったんですね。気付かなかった自分が恥ずかしい」
ザールさんはドライハーブを袋に詰めてハーブティを作っている。これはお茶とペパーミントとローズマリーのミックスハーブティ。作り置きしておけば来客にすぐ出せる。軽症の人はこれを飲んだだけで治ってしまった人もいた。
「ミントがあればずっとこっちで作れるんだけど……ミントはすぐ野生化するのよね……」
「いやぁ……真白さんが直接とりだしたハーブとこっちで育ったハーブは同じ効果があるかどうかも分からないですよ」
「そうでしょうか」
「ええ、古い文献をあたるとお茶は昔は万能の妙薬のように書かれています。でも今はそんな事ないですよね? 体にはいいと思いますが」
「へぇ……」
ザールさん、そんな古い本の事まで……。そうだ、転移した回復術師の事聞いてみようかな。私がそう思った時だった。救護棟の扉がノックされる。
「はーい、どうぞお入り下さい」
「失礼します」
そこにはまだ少年と言っていい十代半ばの男の子が立っていた。
「あ、あの……」
「こっちへどうぞ、ここに座って」
私は診察用の椅子に彼を座らせると、私は冷蔵庫から水出しのハーブティーにレモンを添えて出した。
「……わ、私はまだ騎士見習いの……従者なんですが、話を聞いて貰えますか」
「ええ、誰だって歓迎よ」
「そうですか……」
少年はほっと息を吐いた。しかしすぐに思い詰めたような顔をして、どう切り出したいいのか迷っているようだった。私は根気よく彼が口を開くのを待つ。
「私はニコラスといいます。どうか内密にしてください……実は私の父はこの王国騎士団の騎士でした」
彼は過去形で話した。何があったというのだろう。
「父は二ヶ月前に足をひどく痛めて……その療養のせいで先の邪竜退治に参加できず、先日辞職を申し出ました」
「まあ……ではその足を治せばいいのね?」
「いえ……それだけじゃないんです」
ニコラスは唇をキュッと結ぶと泣きそうな顔をした。
「父は酒浸りになってしまって……治療を拒否するんです。幸い大隊長であるブライアン卿が辞表は預かる形になっているのですが……」
そのブライアンさんはまだ自宅療養中だ。
「昼間から大酒を飲んで家族や使用人にあたりちらしているそうです……こんな事、誰に相談したらいいのか分からなくて……」
ニコラスはうつむいた。そのまだ頼りない肩に私はそっと手を置いた。
「大丈夫。きっとなんとかしてみせるわ」
「真白様……」
「真白さんでいいからね。よし、じゃあ見て頂戴。このハーブティー、今はこんな色でしょ?」
硝子のカップの中には紫のハーブティ……。
「そこに、レモンをひとたらし」
するとみるみるピンクに変わる。これはマロウブルー。淹れ立ては鮮やかなブルーであった。色の変化が楽しいハーブだ。
「わあ……」
「人もこんな風に変われるわ、きっと」
私はそういって、ニコラスに微笑みかけた。ニコラスははじめて少し表情を緩めた。
「だといいのですが……父は私の憧れなのです。父のようになりたくて私は従者になる事を志願したのです」
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ギュッと私がその手を掴むと、ニコラスははにかんだ笑顔をみせた。
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