あやかし夫(予定)の溺愛~真夏の雪

澤谷弥(さわたに わたる)

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 私が健太郎さんを知ったのは、もちろんこの会社に入社したとき。

 そのときから彼は資材部門にいた。資材部門とは、部品や材料を調達するお仕事をする部署。品質管理部とはきってもきれない関係でもある。

 資材部門が発注した部品を受入検査するのは品質管理部の仕事。検査を終えた部品は資材部に戻され、資材部が必要な場所に部品を配置する。

「最初から、珠美のことは好ましいと思っていたよ」

 健太郎さんが、そんな甘い言葉を吐くような男性であると知ったのは、もちろん彼とお付き合いを始めてから。いや、このマンションに引っ越ししてきてから。いやいや、考えてみたら、あの一夜からこんな感じだったのかもしれない。

 仕事中は、表情の変わらないお面をかぶっているのではと思えるほど、仏頂面の健太郎さんなので、彼から仕事を頼まれるのを、苦手とする人も多い。

 黙っていれば、見目も整っているし、女性からは黄色い悲鳴があがるような男性。だけど、一緒に仕事をしたいとは思わないらしい。ようは、観賞用、隣に侍らせておきたい男性ナンバーワンだと、営業部の女性が言っていたのを耳にしたことがある。
 だから、観賞用としては人気があるのだ。そんな健太郎さんが、眼鏡で地味な私を好ましいと思っていたというのは、聞き間違いではないのだろうか。

「健太郎さん、コンタクトの度数が合ってないのでは?」

 彼と向かい合って夕食を食べようとしたとき、私はそう呟いた。

「安心しろ。俺は裸眼だ」
「では、眼鏡にしたほうがいいのでは?」
「視力は両目とも裸眼で2.0だ。だが、それは人間界での話であって、本来はそれ以上も見えるから安心しろ」
「そんな企業秘密のようなあやかし業界のことを、ベラベラと私にしゃべってもいいのでしょうか」

 今まであやかしについて何も知らなかった私。それが人間とあやかしの間の線引きのようなもので、けして交わることのなかった世界でもある。
 あやかしがあやかしであると知られてはならない。そんな掟があるらしいのに、健太郎さんはその業界について口にする。

「タマはこっち側になるからな。人間であってもあやかし扱いだ。だから、もっとこっちのことを知っておく必要がある」
「もしも、もしもですよ? 私が他の人にあやかしについて喋ったらどうなるんですか?」
「あやかし界の中では、幼い頃から、けしてあやかしのことは人間には喋ってはならないと、きつく言い聞かせてある。そういった教育を受ける。人間にあやかしについて暴露した者の末路を綴ったような、恐ろしい本もある。だから、あやかしはあやかしについて人間にはけして言わない」
「だから、もしもの話です。稀に、私のように突然変異のような人間がいて、人間があやかし業界に入る人もいるわけですよね? そういった人が、あやかし業界について外に漏らしたら? 実はあの総理大臣、人間じゃないんだよって言ったらどうなるんですか?」

 これから紅鮭の身をほぐそうとしていた健太郎さんの箸の動きが止まった。

 まずいことを言ってしまっただろうか。

 けれどもすぐに健太郎さんが、笑う。

「たいてい、普通の人間はそんな話を信じない」

 きれいに鮭の身を一切れつまんだ健太郎さんは、それをぱくりと食べた。たったそれだけのことなのに、そんな彼から目を離せない。
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