婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。

澤谷弥(さわたに わたる)

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第八章

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「お兄さま」
 扉を開けると同時に、先に来ているはずの兄を呼ぶ。
「どうしたんだい、ディア。朝から、騒々しい。って、眼鏡はどうしたんだい?」
 ヘイデンは真っ先に彼女が眼鏡をかけていないことに気付いた。彼女が眼鏡無しでこうやってここまで来たことが、ヘイデンにとっても信じられないという思い。

「それよりも、お兄さまに見てもらいたいものがあるのです」
 事務所内には他にも人がいる。ここでブルースの名前を出すことも「犯人」という言葉を使うことも、リューディアは避けた。とにかくヘイデンさえ連れ出せばいい。
「おいおい、もう少し落ち着け」
 リューディアに腕を引っ張られるようにして外へ出てきたヘイデンは苦笑を浮かべている。
「お兄さま。今、レンさまがクズ石置き場で犯人を取り押さえています。すぐに、わたくしと一緒にきてください」

「なんだって?」
 ここでヘイデンは、この妹が眼鏡もかけずに急いで自分を呼びにきたことの理由を知り、納得した。

「わかった、急いでクズ石置き場へ向かおう」
 走り出そうとする兄の腕をがっしりと掴んだリューディアは。
「空間転移します」

 そのまま、先ほどと同じように空間転移魔法を使ってしまう。
 気づけばクズ石置き場。目の前にはもつれ合っている二人の男。

「おいおい、ディア。君までこのように軽々しく空間転移を使うのは、褒められたものではないが。まあ、今回は緊急事態ということで大目に見よう。ディア、悪いが君はガイルを呼んできてくれ。あれの責任はガイルにもある」
 ぶつくさ文句を言いながら、そして首をコキコキと左右に曲げながら、ヘイデンはゆっくりと二人の男へと近づいていく。
 リューディアは知っている。この状態の兄が一番怖いことを。表情は穏やかのように見えるが、それは心の底から震えるような怖さに化ける。兄のことが気になりつつも、採掘師長のガイルを呼ぶために、今度は走り出した。

「レン。ご苦労。ここからは俺が引き受けよう」

「た、隊長……」
 ヘイデンの姿を見たブルースの身体が強張った。
「なるほど。拘束魔法か。さすがだな、エメレンス殿下……」
 ヘイデンがレンの名を口にすると、さらにブルースの顔は青く染まっていく。むしろ、青を通り越して真っ白に。

「え、えめれんす、でんか……」
 ブルースですらその名前は耳にしたことがある。だけど、姿を拝んだことは無い。知っているのは名前だけ。

「ブルース。君からはたっぷりと話を聞く必要がありそうだ。悪いが、とことん俺に付き合ってもらうよ?」

「隊長……。すいません……。オレ、こんなことになるとは思ってなかった。ただ、あれなんです。その、クズ石を盗んで渡せば、このシャルコの鉱山をでっかくしてやるって言われて。それに、オレの両親も……」

「誰に言われたんだ?」

「それは、あいつですよ。隊長がここに来る前、ここの責任者だったやつ。オレ、そいつに脅されて……」
 ヘイデンの前のシャルコの責任者。それを聞いたヘイデンは眉間に皺を寄せる。まさかここでその人物を聞くとは思ってもいなかった。いや、むしろ好都合だ。

「つまり、ブルース。君は、この現場の前責任者であるフニペロ・メイソンに脅されて、クズ石を盗んでいたということだな」
 ヘイデンの言葉に、ブルースはこくこくと小刻みに頷いた。まるで壊れた首振り人形のように。

「おい、ブルース。お前、何をやっている……」
 そこへ現れたのが採掘師長のガイル。どうやらリューディアが呼んできたようだ。彼は真面目な人間だから、このように早い時間から現場に来ていることはわかっていた。

「ばかやろー」
 ガスっと、ガイルの拳がブルースの頭頂部に落ちた。
 他人が激怒しているのを見ると、なぜか冷静になれるというもの。ヘイデンは一つ息を吐いてから。
「ガイル、そのくらいにしてやれ。大事な話が聞けなくなると困るからな」

「ブルース。お前、隠さずに全部洗いざらい話せよ」

「師長、すいません……」

「すいませんじゃねーんだ、馬鹿野郎。そう思ってんなら、きちんと話せ。なんで、ここのクズ石を盗まなきゃならなくなったのか。お前のことだ、理由があんだろ?」
 どうやらブルースがここにいる内容をリューディアから聞いていたようだ。

「ガイル。悪いがブルースは俺の方で預かる。君も一緒に俺のところに来て欲しい。共にブルースから話を聞き出す。ディア、レン。君たちは、いつもの通り採掘の方の現場をお願いする。ガイルとブルースが離れることになるから、そこは適当に誤魔化しておいて」

 リューディアとエメレンスは大きく頷くことしかできなかった。とにかく、目の前のヘイデンが怖い、それだけだった。
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