俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ

澤谷弥(さわたに わたる)

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本編

だんだんと罠にはまる(3)

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 とりあえずイアンの部屋で一度己を鎮めてから部屋に戻ったカリッド。その部屋の鍵が開いていたということは、モニカは風呂からあがったのだろう。
 イアンの「少々刺激が強い」という言葉に不安を覚えていたが、とりあえず堂々と部屋に戻ることにした。モニカの前で情けない姿を晒すわけにはいかない。

「あ、だ……リディ。お戻りになられたんですね」

「あ、ああ」
 彼女が一体どのような恰好でいるのか、といろんな想像をしてしまったカリッドだが、普通にガウン姿だった。

「すいません。なんか、あの、せっかく準備していただいたあの夜着なのですが、布地面積が少ないといいますか、寝るには心許ないといいますか、それで、そのこちらに着替えさせていただきました」

「いや、かまわん。風呂、入ってくる」
 極力モニカに視線を向けないようにして、カリッドは浴室へと逃げた。一人になると右手を壁につき、うなだれる。

「か、かわいい……」
 思わず口から零れ出てきたその言葉。
 風呂上がりのモニカは、格別な色気を放っていた。恐らくモニカ本人はそれに気付いていない。少し濡れそぼった髪、温まって仄かに色づいている頬、艶々の唇。そして、ガウンの合わせから少し見えてしまった豊かな膨らみの麓。
 先ほど沈めたカリッドのヤツだけど、むくむくと元気になってきてしまうのはモニカのせいだ。我慢できない、だけどイアンの言葉が頭の中で響いている。
 ここで彼女に逃げられてしまったら、好きでもない女性と結婚させられてしまう、ということ。
 あわよくば、モニカとあんなことやこんなことをした挙句、彼女に告白して結婚までもっていこうとしているカリッドにとって、好きでもないどうでもいい女性との縁談というのは、それの障害にしかならない。

 とりあえずこの浴室でヤツを鎮め、あとは冷静を装うしかないな、とカリッドはため息をついた。

 なんとか平静を取り戻したカリッドが部屋に戻ると、モニカはゆったりとソファに座って本を読んでいた。

「あ、だ、じゃなくて、リディ。何か、お飲みになりますか?」
 モニカの前のテーブルにはほんのりと薄い湯気が漂っているカップが置かれている。

「ああ、そうだな。何か、落ち着けるようなものを頼めるだろうか」

 そう、今は落ち着くことが最優先事項。

「はい」
 ガウン姿のモニカは立ち上がり、カリッドのためにお茶の準備を始めた。

 さて、ここで問題です、とカリッドの脳内が囁いた。この場合、どこに座るのが正解でしょうか、と。
 一番、モニカの向かい側。
 二番、モニカの隣。
 三番、立っている。
 まず、三番は無理。立っていたら、ヤツが屹立としてきたときにすぐに彼女に知られてしまうから。ということは一番か二番。一番ではモニカの姿を正面から見ることになってしまう。そのガウンの合わせが気になって仕方ない。ということは、二番だろう。

 先程までモニカが座っていたソファの隣に、自分の身を沈めた。

「どうぞ。ハーブティです。気持ちを静める効果があるとされているので、落ち着くかと思います」
 カリッドの前にお茶のカップを置いたモニカは、疑いもせずに彼の隣に座った。

「ありがとう」
 お茶もらったところまではよかった。彼女が隣に座ると、ふわりと彼女の良い香りが漂ってくる。
 二番の答えは間違っていたのか、とさえカリッドは思ってしまう。だからって一番では視線のやり場に困る。
 大丈夫、このお茶を飲めば心が落ち着くはずだ、と彼はカップに手を伸ばした。ハーブティというだけあって、心地よい香りが鼻腔をくすぐった。気持ちを鎮める効果があるというのは、あながち嘘では無いらしい。興奮して穏やかではなかった心臓が、少し落ち着いてきたような気がする。香りを堪能して、一口飲もうとしたところ。

「あ、あちっ」

「ちょ、ちょっと、団長。何やってるんですか。子供じゃないんだから、何こぼしてるんですか。今、何か拭く物をお持ちしますね」

 やってしまった。思っていたよりもそのお茶が熱すぎて、モニカの言葉の通り、こぼしてしまった。カップの中身が半分ほど無くなってしまったが、なんとかガウンの裾を濡らした程度で、肉体的な被害はなかった。
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