俺の恋人のフリをしてほしいと上司から頼まれたので「それは新手のパワハラですか」と尋ねてみたところ

澤谷弥(さわたに わたる)

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本編

だんだんと罠にはまる(9)

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 カリッドは一歩すすんだ口づけを交わしたいと思っていた。もっと彼女を味わいたい、と。彼女の唇のつなぎ目から、その舌を侵入させてみる。ぴくっとモニカの身体が震えたのがわかった。でも、ここまできたらやめられない。
 彼女の少し薄い舌に自分のそれを絡めようとすると、彼女の身体がまたピクリと反応する。そして彼の執拗に攻める舌から、己のそれを逃がすかのように動き回っていた。だが、所詮狭い腔の中。逃げられるわけがない。
 カリッドにとっては、そのような反応を示してくれるモニカが愛おしく感じられた。それでも、初めて触れる彼女の口腔を味わうことはやめられない。
 上顎の少し柔らかいところを舌先でつついてみると、またピクッとモニカが身体を震わせる。だがカリッド自身もそろそろ我慢ができなくなる頃。名残惜しいけれど、彼女の唇を解放した。
 飲み干すことのできなかった唾液が、少しモニカの唇を濡らしていた。カリッドはそれを自分の親指で拭いとる。

「なななな、なんですか、今のは」

「俺を団長と呼んだ五回分の口づけだな」

「いやいやいや、そうじゃなくて」

 口づけというのは、唇と唇と合わせるものだと思っていたモニカの頭の中は、真っ白になっていた。真っ白い霧のようなもやもやで覆われた感じになってしまったのは、今の口づけが彼女の知っているそれとは違っていたから。
 得体の知れないもの、それがカリッドの舌だと気付いたときには、すでに自分の舌が絡めとられていた。口の中を盛大に犯されている気分だった。口の中の敏感なところをつつかれると、背筋にゾクゾクしたものが走り抜けた。

「せっかくのお茶が冷めるぞ」
 何事も無かったかのように、すでにカリッドはカップを手にしていた。少しむくれていたモニカではあるが、彼の隣に座り直してお茶を手にする。

(もしかして、あれが恋人同士の口づけってやつ? 恋人の振りって、あれも含まれるわけ?)
 お茶を飲みながら、モニカはこれから自分の身に起こるかもしれないことを、悶々と考え始めていた。
 違う意味で悶々としているのはカリッドの方だ。もう少し彼女を味わいたいという気持ちが、沸々と沸き起こってくる。それもこれも、モニカが可愛いのが悪い、とそう思っている。

 朝食はこの部屋でとることになっていた。時間になると、宿の従業員が食事を運んできた。気まずいと思っているのはモニカの方だけで、カリッドは何事も無かったかのようにモニカに話しかける。

「今日の予定だが。そうだな、俺とデートをしてもらう」

「ぶほっ」
 モニカは、口の中に入れていたパンを思わず吐き出しそうになってしまった。
「あ、すいません」

「いや、大丈夫か」

「あ、はい。なんとか」
 モニカが言い、グラスに注がれている水を飲む。
「団長が変なことを言うから、つい」

「モニカ。また俺のことを団長と呼んだな。そんなに俺と口づけがしたいのか? ああいう濃厚なやつを」

「な、な、ち、違います。昨日から言ってるじゃないですか。慣れ、というものです。習慣です」

「だったら、早く俺を愛称で呼ぶことに慣れろ。それに口づけごときでいちいち動揺するな。俺の両親は鋭いからな。君が偽物の恋人であると見破られてしまう可能性だってある。くれぐれもそうならないように気を付けてくれ」

「万が一、ですが。もしそうなってしまった場合は?」

「まあ、報酬のマルセルの魔導弓はあきらめてくれ。俺も騎士団を退団することになるだろう。もしかしたら、君にも何らかの圧力が働くかもしれない」
 何らかの圧力、それはモニカが最も恐れていることでもある。自分の家族が巻き込まれたら、と。

「もしかして、もしかしなくても。団長って、いいところのお坊ちゃまなんですか?」
 と口にしたモニカであるが、カリッドはすでに坊ちゃまと呼べるような年齢ではない。

 カリッドはモニカのその質問に答えるようなことはせず、苦笑して誤魔化そうとする。
「まあ、そうならないように。精一杯、俺の恋人を演じてくれ。自然に見えるようにな」

「はい。努力します」

「それから。君がまた俺を団長と呼んだことは、カウントしておくからな」

 その一言で、モニカは詐欺にあったような気分になった。
 朝食を終えると、カリッドは「イアンと打ち合わせがある」と言い、部屋を出て行った。「それが終わったら、出かけるぞ」という言葉を残して。
 モニカとしては、一人になってやっと心落ち着ける時間を手に入れたわけであるが、カリッドの様々な言葉が頭の中を支配していて、読んでいる本の内容が頭の中に入ってこなかった。
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