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第二章:契約結婚? いえ、雇用関係です!(2)
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「奥様は女神様のようにお心が広い。どうかこんな獣のような旦那様ではありますが、愛想を尽かさず、末永くお願いいたします」
チャールズの言葉にクライブはそっぽを向いている。しかも上半身は裸である。無駄に引き締まった身体はイリヤにとっても目に毒であった。
「あの……閣下。やっぱり、私。マリアンヌと一緒に寝ます。私がマリアンヌの部屋に行けばいいんですもの。閣下はこちらでお休みください」
そろそろと寝台からおりたイリヤは、マリアンヌの部屋に脱兎のごとく逃げた。背後でクライブが何か言いたそうな動きを見せていたが、イリヤはそれを無視して寝室を出て行った。
チャールズの声もぼそぼそと聞こえたから、彼がクライブを宥めているのだろう。
マリアンヌの部屋へと足を踏み入れたイリヤは、ほっと息を吐く。
大きな寝台のサイドテーブルの上のオイルランプの明かりによって、室内はうっすらと橙色に照らし出されていた。
この部屋の寝台は固めに準備してあった。それでもイリヤが眠っても、身体が痛くなるとか、そういうレベルではない。
マリアンヌの握りしめた両手は、顔の両脇にある。赤ん坊特有の姿といってもいいだろう。
隣の部屋の騒ぎなども気にならなかったにちがいない。あれだけ大きな音を立ててしまったから、起こしたのではないかという思いもあった。
鼻をすぴすぴと鳴らして、幸せそうに眠っている。いや、幸せなのはイリヤのほうだ。赤ん坊の寝顔は、心をほかほかと満たしてくれる。
イリヤはマリアンヌの隣で横になった。手を伸ばして、オイルランプの明かりをもう少し弱くした。
ミルクの匂いがする。そしてやわらかな体温。すぴーすぴーという寝息。数年前の妹たちを思い出す。
ぺち、ぺちと頬を叩かれる。
「……んっ」
ゆっくりと目を開けると、マリアンヌが「きゃ、きゃ」と声をあげていた。
「おはよう、マリアンヌ」
「あ、きゃ……きゃ……」
マリアンヌはご機嫌である。夜泣きの心配はなかった。
ベルを鳴らして侍女を呼ぶ。イリヤがすべてをやってもいいのだが、彼女の仕事を奪うのも悪いだろう。
口ではああ言っていたクライブだが、マリアンヌの世話をする侍女を指名してくれたのだ。マリアンヌの世話をしてくれる侍女は、ナナカと言う。イリヤと母親の間の年代の女性だ。
「おはようございます、奥様。今日はこちらでお休みになられたのですね?」
「おはよう。ええ、そうなの。どうしてもマリアンヌのことが気になってしまって」
「奥様はお嬢様のことが大好きなのですね」
「そ、そうね……」
大好きと言われて、ちょっと戸惑った。
イリヤは生活のためにマリアンヌの母親を引き受けた。そして昨日、マリアンヌが結婚したところでクライブに離縁をつきつけた。
これは仕事であり契約である。そう思っていたはずなのに、ナナカの一言がイリヤの心に突き刺さる。
だけど、マリアンヌのこんな純粋な瞳を向けられたら、誰だって好きになるにちがいない。
「マリアンヌ……マリー、マリー、大好き」
ぎゅっと抱きしめると、マリアンヌは「あ~う~」と言いながら、イリヤの髪に手を伸ばす。
「もう、なんでも食べようとして。だめよ、これは」
まだハイハイはしないものの、寝返りを打ってごろごろと動く時期だ。そして何かを見つけては、口に入れる。
「マリアンヌ様。ではお着替えをしましょうね」
エーヴァルトやクライブの話を聞いていたかぎりでは、手のかかる赤ん坊のイメージがあった。だけど今のマリアンヌは、ナナカの言うことを聞いて、おとなしく着替えをしている。
「マリアンヌのことをお願いしてもいいかしら? 私も着替えてくるので」
「はい、奥様。おまかせください」
「あ~、う~」
マリアンヌも「大丈夫よ」と言っているかのよう。
「マリー。ママも着替えてくるわね」
チャールズの言葉にクライブはそっぽを向いている。しかも上半身は裸である。無駄に引き締まった身体はイリヤにとっても目に毒であった。
「あの……閣下。やっぱり、私。マリアンヌと一緒に寝ます。私がマリアンヌの部屋に行けばいいんですもの。閣下はこちらでお休みください」
そろそろと寝台からおりたイリヤは、マリアンヌの部屋に脱兎のごとく逃げた。背後でクライブが何か言いたそうな動きを見せていたが、イリヤはそれを無視して寝室を出て行った。
チャールズの声もぼそぼそと聞こえたから、彼がクライブを宥めているのだろう。
マリアンヌの部屋へと足を踏み入れたイリヤは、ほっと息を吐く。
大きな寝台のサイドテーブルの上のオイルランプの明かりによって、室内はうっすらと橙色に照らし出されていた。
この部屋の寝台は固めに準備してあった。それでもイリヤが眠っても、身体が痛くなるとか、そういうレベルではない。
マリアンヌの握りしめた両手は、顔の両脇にある。赤ん坊特有の姿といってもいいだろう。
隣の部屋の騒ぎなども気にならなかったにちがいない。あれだけ大きな音を立ててしまったから、起こしたのではないかという思いもあった。
鼻をすぴすぴと鳴らして、幸せそうに眠っている。いや、幸せなのはイリヤのほうだ。赤ん坊の寝顔は、心をほかほかと満たしてくれる。
イリヤはマリアンヌの隣で横になった。手を伸ばして、オイルランプの明かりをもう少し弱くした。
ミルクの匂いがする。そしてやわらかな体温。すぴーすぴーという寝息。数年前の妹たちを思い出す。
ぺち、ぺちと頬を叩かれる。
「……んっ」
ゆっくりと目を開けると、マリアンヌが「きゃ、きゃ」と声をあげていた。
「おはよう、マリアンヌ」
「あ、きゃ……きゃ……」
マリアンヌはご機嫌である。夜泣きの心配はなかった。
ベルを鳴らして侍女を呼ぶ。イリヤがすべてをやってもいいのだが、彼女の仕事を奪うのも悪いだろう。
口ではああ言っていたクライブだが、マリアンヌの世話をする侍女を指名してくれたのだ。マリアンヌの世話をしてくれる侍女は、ナナカと言う。イリヤと母親の間の年代の女性だ。
「おはようございます、奥様。今日はこちらでお休みになられたのですね?」
「おはよう。ええ、そうなの。どうしてもマリアンヌのことが気になってしまって」
「奥様はお嬢様のことが大好きなのですね」
「そ、そうね……」
大好きと言われて、ちょっと戸惑った。
イリヤは生活のためにマリアンヌの母親を引き受けた。そして昨日、マリアンヌが結婚したところでクライブに離縁をつきつけた。
これは仕事であり契約である。そう思っていたはずなのに、ナナカの一言がイリヤの心に突き刺さる。
だけど、マリアンヌのこんな純粋な瞳を向けられたら、誰だって好きになるにちがいない。
「マリアンヌ……マリー、マリー、大好き」
ぎゅっと抱きしめると、マリアンヌは「あ~う~」と言いながら、イリヤの髪に手を伸ばす。
「もう、なんでも食べようとして。だめよ、これは」
まだハイハイはしないものの、寝返りを打ってごろごろと動く時期だ。そして何かを見つけては、口に入れる。
「マリアンヌ様。ではお着替えをしましょうね」
エーヴァルトやクライブの話を聞いていたかぎりでは、手のかかる赤ん坊のイメージがあった。だけど今のマリアンヌは、ナナカの言うことを聞いて、おとなしく着替えをしている。
「マリアンヌのことをお願いしてもいいかしら? 私も着替えてくるので」
「はい、奥様。おまかせください」
「あ~、う~」
マリアンヌも「大丈夫よ」と言っているかのよう。
「マリー。ママも着替えてくるわね」
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