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第二章:契約結婚? いえ、雇用関係です!(6)
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「ですが! やはりこれは契約結婚といえども、雇用契約ですから。夫婦を演じる必要があるときだけ、そう呼ばせていただきます。いえ、やはりきちんとした距離感は必要ですので、その場に応じて旦那様と呼ばせていただきます」
イリヤの言葉で、眼鏡の奥にある彼の瞳が影になる。だが、すぐにそれも元に戻った。
「ああ、そうだ。イリヤ。今日は仕立屋がくるから、そのつもりでいてくれ」
それはサマンサからも聞いた。
「はい。ありがとうございます」
「オレの妻に、みっともない格好はさせられないだろう? それにな……」
クライブの視線が宙を泳ぎ始める。また、何か嫌なことを思い出したのだろうか。
「いや、まあ。この話はまだいい」
言いかけて途中でやめられるのは、非常に気になるところではあるが。
「それよりも。あまり食べていないのではないか? 昨日の夜も思ったのだが……」
「え? あ。まぁ……実はですね……」
一か月ほど宿で過ごしていたが、お金を節約するために食事は最低限しかとっていなかった。そのせいか、少し食べるとお腹がいっぱいになってしまう。
「なるほど、身体がその生活に慣れたんだな。だが、ここにいるからにはこの生活に慣れてもらう必要がある。食べる量はもう少し増やせ。オレは、もう少し肉付きがよいほうが好みだ」
イリヤは慌てて胸元を両手で覆った。
「何もそこだけの話ではない。全体的に、イリヤは細すぎるんだ。好みの食事があるなら教えてほしい」
ぶっきらぼうな態度と見せかけて、時折見せる好意的な態度。これはクライブの計算によるものなのか、それとも天然か。だが、今までの態度をみると、そういった関係において計算できるような男には見えない。エーヴァルトのふざけた言葉を鵜呑みにするような男なのだ。
「わかりました」
イリヤが返事をすると、また満足そうに微笑む。むしろ、天然の人たらしにちがいない。天然だから自覚はないのだろう。そして、女性が寄ってくるのが嫌いだから、毒を吐く。
そこまで考えて、イリヤは手を止めた。
――もしかして、彼がこうやって微笑むのは、私にだけ?
その考えを追い払うかのように、軽く頭を振って、残りのパンを口に放り込んだ。
*~*~*
イリヤと婚姻の関係を結んだ次の日。まだ彼女と出会ってから一日も経っていない。
その間、何が変わったかというと、目の前のエーヴァルトだろう。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは元気か?」
「はい。元気です」
「そうか」
それから、しばらくすると。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは泣いてはいないか?」
「はい。機嫌がよいです」
「そうか」
ペンの走る音が響く。それでもすぐに。
「なぁ、クライブ……」
「あぁ。うっさいなぁ」
とにかくエーヴァルトが「マリアンヌは? マリアンヌは?」と、数分おきに聞いてくる。
「おい。私に向かってうっさいとはなんなんだ!」
「本音だ。ったく、体裁つくろって答えるのも楽じゃないんだよ。なんなんだ、お前は」
「なんなんだってなんなんだ」
察しのよい侍従がやってきて、エーヴァルトの机の上にお茶を置いていく。これを、クライブは心の中で『無言のつっこみ』と呼んでいた。エーヴァルトとクライブがくだらない内容で言い争いをしていたとしても、それを仲裁できるような人間はいない。いるとしたら王妃のトリシャくらいだろう。
「とりあえず、それでも飲んで気分を落ち着けてください」
渋々とカップに口をつけているエーヴァルトを見て、一息つく。ついたところで、イリヤの言葉を思い出した。
「ああ、そうそう陛下。オレとイリヤの仲は良好ですから、何も陛下の心配されるところではありません」
「私はお前たちの関係がどうなろうが、興味はない。興味があるのは、マリアンヌだけ……」
イリヤの言葉で、眼鏡の奥にある彼の瞳が影になる。だが、すぐにそれも元に戻った。
「ああ、そうだ。イリヤ。今日は仕立屋がくるから、そのつもりでいてくれ」
それはサマンサからも聞いた。
「はい。ありがとうございます」
「オレの妻に、みっともない格好はさせられないだろう? それにな……」
クライブの視線が宙を泳ぎ始める。また、何か嫌なことを思い出したのだろうか。
「いや、まあ。この話はまだいい」
言いかけて途中でやめられるのは、非常に気になるところではあるが。
「それよりも。あまり食べていないのではないか? 昨日の夜も思ったのだが……」
「え? あ。まぁ……実はですね……」
一か月ほど宿で過ごしていたが、お金を節約するために食事は最低限しかとっていなかった。そのせいか、少し食べるとお腹がいっぱいになってしまう。
「なるほど、身体がその生活に慣れたんだな。だが、ここにいるからにはこの生活に慣れてもらう必要がある。食べる量はもう少し増やせ。オレは、もう少し肉付きがよいほうが好みだ」
イリヤは慌てて胸元を両手で覆った。
「何もそこだけの話ではない。全体的に、イリヤは細すぎるんだ。好みの食事があるなら教えてほしい」
ぶっきらぼうな態度と見せかけて、時折見せる好意的な態度。これはクライブの計算によるものなのか、それとも天然か。だが、今までの態度をみると、そういった関係において計算できるような男には見えない。エーヴァルトのふざけた言葉を鵜呑みにするような男なのだ。
「わかりました」
イリヤが返事をすると、また満足そうに微笑む。むしろ、天然の人たらしにちがいない。天然だから自覚はないのだろう。そして、女性が寄ってくるのが嫌いだから、毒を吐く。
そこまで考えて、イリヤは手を止めた。
――もしかして、彼がこうやって微笑むのは、私にだけ?
その考えを追い払うかのように、軽く頭を振って、残りのパンを口に放り込んだ。
*~*~*
イリヤと婚姻の関係を結んだ次の日。まだ彼女と出会ってから一日も経っていない。
その間、何が変わったかというと、目の前のエーヴァルトだろう。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは元気か?」
「はい。元気です」
「そうか」
それから、しばらくすると。
「なぁ、クライブ。マリアンヌは泣いてはいないか?」
「はい。機嫌がよいです」
「そうか」
ペンの走る音が響く。それでもすぐに。
「なぁ、クライブ……」
「あぁ。うっさいなぁ」
とにかくエーヴァルトが「マリアンヌは? マリアンヌは?」と、数分おきに聞いてくる。
「おい。私に向かってうっさいとはなんなんだ!」
「本音だ。ったく、体裁つくろって答えるのも楽じゃないんだよ。なんなんだ、お前は」
「なんなんだってなんなんだ」
察しのよい侍従がやってきて、エーヴァルトの机の上にお茶を置いていく。これを、クライブは心の中で『無言のつっこみ』と呼んでいた。エーヴァルトとクライブがくだらない内容で言い争いをしていたとしても、それを仲裁できるような人間はいない。いるとしたら王妃のトリシャくらいだろう。
「とりあえず、それでも飲んで気分を落ち着けてください」
渋々とカップに口をつけているエーヴァルトを見て、一息つく。ついたところで、イリヤの言葉を思い出した。
「ああ、そうそう陛下。オレとイリヤの仲は良好ですから、何も陛下の心配されるところではありません」
「私はお前たちの関係がどうなろうが、興味はない。興味があるのは、マリアンヌだけ……」
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