このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第六章:そのお仕事、お引き受けいたします(1)

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 イリヤに言われるまで気づかなかったわけではない。考えないようにしていただけだ。

 マリアンヌがどこからやってきたのか。彼女の家族はマリアンヌを失って悲しみに暮れていないか。
 だけど、彼女を召喚したときのあの事実が、聖女召喚を正当化していた。

 まるで魔物に襲われたかのような傷跡が、身体中にあったのだ。擦り傷よりは殴られた傷跡のほうが多かった。いったいどのような魔物か。どこからやってきたかわからないうえに、言葉も通じない。
 人の姿を見ると怯えて泣いて、周囲をめちゃくちゃにしていた。最初はミルクを飲むことすら嫌がっていたが、空腹には勝てなかったようで、次第にミルクは飲むようになった。
 ミルクを飲んで寝て、起きると暴れる。それの繰り返しだった。

 最初は根気強く付き合っていた乳母であったが、彼女の魔力が強くなっていくうちに投げ出した。誰だってあれを目の当たりにしたら逃げ出したくなるだろう。ただでさえ、魔法という見慣れぬものを見せつけられたのだ。

 それでも彼女を召喚してしまった責任と、彼女に聖なる力があるという事実が、マリアンヌを守っていた。そうでなければ、元いた場所に戻す――つまり送り返すという選択をしていたかもしれない。

 彼女の世話にほとほと困っていたというのに、それでも手放せなかった。
 ときおり見せる笑顔に、エーヴァルトは心を奪われたようだ。国王の心を奪うとは、なかなか賢い赤ん坊だと、クライブも感心したものだ。

 だけど、手がかかる。

 マリアンヌが暴れたときには、魔法使いたちを呼びつけなんとかするように依頼する。そんな彼らもマリアンヌの魔力には敵わないようで、三人がかりで対抗する。

 世話のほうは、専属をつけずに交代で。これで侍女やメイドたちもいやいやながらも引き受けてくれた。給金をあげたのも理由の一つになるだろう。

 そうやってその場しのぎで誤魔化してきてみたが、魔法使いや彼女たちはマリアンヌが聖女であるとは知らない。クライブが見つけた魔力の強い赤ん坊。だからこそ、次第に不満がたまっていくのだ。

 そこで藁にもすがる思いで、職業紹介所に求人を出した。これも普通の出し方とは異なる。

 掲示板には魔力のある者しか読めないようにと求人を貼り付ける。そして紹介所の控えには、普通の求人を挟み込んでおく。とりあえず「求人を出した」という事実があれば、マリアンヌの世話をしている者たちの不満も少しだけは解消されるのだ。

「いつまで続ければいいんですか?」と聞かれたときに、「求人を出した」と答えるだけでよい。それだけで、なんとなく彼らは安心するようだった。

 それが、求人を出したその日のうちに人がやってくるとは思ってもいなかった。
 秘密の求人であったため、知っている者も聖女マリアンヌに関わりのある者たちだけ。危うく門番に追い返されそうになっていたが。こんなにすぐに来るだろうとは思っていなかったから、来たときの対応方法など、まったく考えていなかった。

 聖女やら魔物の対応策に行き詰まって、外をうろうろと散歩していたから、彼らが騒いでいるのはすぐにわかった。そして、イリヤと出会った。

 門番に向かって言葉を放つ姿は、凛としていて思わず目を奪われた。話を聞けば、例の求人票を見たと言う。その事実だけで心が跳ねた。
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