36 / 57
4:大好きなお姉さまが狙われているようです(2)
しおりを挟む
二人の婚約は政略的なものだった。それでも側にいれば、少しずつ情が湧き、愛情に変化するものだと思っていた。
一度、ジェラルドを疑ってしまえば、それはまるで湧き水のように、信じられない思いが次々と込み上げてくる。表面上はなんでもないように装いながらも、自然と彼から心が離れていった。
そこに追い打ちをかけるように、他の令嬢たちからの相談ごと。
「イライザ様は、私の婚約者にも手を出しているんです」
「わたしもです」
「わたくしも……」
そうやって相談してきた彼女たちは、生徒会役員の男子生徒、すなわち上位の魔法貴族子息を婚約者とする者たち。
エレノアがやんわりとイライザに注意をしてみれば「それは嫉妬では?」と鼻で笑われる始末。
さらにジェラルドからも「イライザをいじめるな」と。
呆れて何も言えなかった。
だがそれも卒業するまでの間だと思って我慢していた。学園を卒業すればジェラルドとイライザの接点はなくなるし、他の生徒会役員もそう。きっと彼らは婚約者の元に戻るはずだ。
ジェラルドに対する不信感は拭えないが、王太子妃としてこの国を支えていく。すべてはこの国のために。
そう思って、卒業式の日を迎え、パーティーにも出席した。
その結果、あんなことになるとは思ってもいなかった。
いや、エレノアとの婚約はジェラルドが望んだことだから、その彼がエレノアに興味をなくせば、婚約などなかったことにされるのだ。
大勢の人の前で婚約解消を突きつけられたときは、悲しいのか、悔しいのか、よくわからなかった。
もしかしたら、心のどこかにおごり高ぶる気持ちがあって、それを見透かされていたのかもしれない。そう、反省する気持ちもどこかにあった。
何が正しくて、何が悪かったのか、今までの記憶が荒波のように蘇ってエレノアを呑み込んでいく。
ただ呆然と、しかしその心情を周囲に読み取られないように、しっかりと二本の足で立っていた。少しでも気を抜けば、倒れそうだった。
だけど、そんなときに助けてくれたのはセシリアだ。
「お姉さま、王太子殿下とのお話は終わりましたか?」
この言葉がエレノアを現実へと引き戻し、ジェラルドとの婚約解消を受け入れようと、そう考えられるようになったきっかけでもある。
学園を卒業したエレノアは、王城へ移り住み、王太子妃教育を受ける予定だったが、ジェラルドとの婚約がなくなればそれもなくなる。
家でセシリアとのんびり散歩をしていたとき、彼女は気になることを口にする。
もしかして、セシリアには未来視があるのでは?
そんな疑いを持ったエレノアだが、それが疑いから確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。
彼女はフェルトンの街にさとうきびという植物があり、そこから砂糖という甘味料を作れると口にしたのだ。砂糖がどのようなものかさっぱりと想像はつかないが、ただセシリアの話が事実だとすれば、フェルトンの街だって王家側にとっては脅威となるはず。
それに気がついたのがセシリアだと知られてしまったら――。
まだ精霊とも契約をしていないセシリアに未来視がある。これが他の魔法貴族に知られてしまえば、セシリアの力を利用とする者も出てくるだろう。まして王族に知られるのはもってのほか。
「お父様。わたくしがセシリアを守ります」
卒業パーティーでエレノアを助けてくれたのは幼いセシリアだ。彼女がいたからこそ、ジェラルドへの想いを断ち切り、前へ進もうという気持ちになった。
だったら、セシリアを守るのは姉であるエレノアの役目。
「セシリアが言ったフェルトンの街へ行き、砂糖というものを作ってみせましょう」
もちろん、それに驚いたのは父親であるケアード公爵。フェルトンの街がケアード領となれば、領主となるのは父親である。しかし父親には外交大臣という立場もあるし、ケアード領本領のきりもりもしなければならない。その彼がフェルトンの街で砂糖を作るのは、不可能ではないが負担は大きい。
だったらそれを引き受けるのはエレノアしかいないと思ったのだ。王太子妃教育もなくなったのだから、自由の身。
父親は渋い顔をしたものの、母親の「娘たちを信じましょう」という言葉に背中を押されたようだ。
こうしてエレノアとセシリアはフェルトンの街に移り住み、それ以降、本領にも戻っていないし、もちろん王都へなど足を運んでいない。王太子ジェラルドとの婚約が解消されたとなれば、エレノアを積極的に茶会に誘いたいと思う令嬢や婦人たちもいないのだろう。エレノアとしては逆にそれでよかったのだが。
とにかく、さとうきび事業をなんとかしなければという思いと、事業が軌道にのったらのったで、目が回るほど忙しくなった。
白い砂糖は、魔法の粉である。味気ない料理がたちまち美味しくなる。特に疲れたとき、コーヒー牛乳にたっぷりと砂糖を入れて呑めば、それだけで幸せな気分になれる。
黒い砂糖は、宝石のようなもの。そのままかじって食べてもよいが、黒い砂糖を使ったお菓子は、甘さの他にもコクが出る。
砂糖は魅惑的で危険な調味料。だからケアード公爵も、信用のおける相手にしか取引していない。
一度、ジェラルドを疑ってしまえば、それはまるで湧き水のように、信じられない思いが次々と込み上げてくる。表面上はなんでもないように装いながらも、自然と彼から心が離れていった。
そこに追い打ちをかけるように、他の令嬢たちからの相談ごと。
「イライザ様は、私の婚約者にも手を出しているんです」
「わたしもです」
「わたくしも……」
そうやって相談してきた彼女たちは、生徒会役員の男子生徒、すなわち上位の魔法貴族子息を婚約者とする者たち。
エレノアがやんわりとイライザに注意をしてみれば「それは嫉妬では?」と鼻で笑われる始末。
さらにジェラルドからも「イライザをいじめるな」と。
呆れて何も言えなかった。
だがそれも卒業するまでの間だと思って我慢していた。学園を卒業すればジェラルドとイライザの接点はなくなるし、他の生徒会役員もそう。きっと彼らは婚約者の元に戻るはずだ。
ジェラルドに対する不信感は拭えないが、王太子妃としてこの国を支えていく。すべてはこの国のために。
そう思って、卒業式の日を迎え、パーティーにも出席した。
その結果、あんなことになるとは思ってもいなかった。
いや、エレノアとの婚約はジェラルドが望んだことだから、その彼がエレノアに興味をなくせば、婚約などなかったことにされるのだ。
大勢の人の前で婚約解消を突きつけられたときは、悲しいのか、悔しいのか、よくわからなかった。
もしかしたら、心のどこかにおごり高ぶる気持ちがあって、それを見透かされていたのかもしれない。そう、反省する気持ちもどこかにあった。
何が正しくて、何が悪かったのか、今までの記憶が荒波のように蘇ってエレノアを呑み込んでいく。
ただ呆然と、しかしその心情を周囲に読み取られないように、しっかりと二本の足で立っていた。少しでも気を抜けば、倒れそうだった。
だけど、そんなときに助けてくれたのはセシリアだ。
「お姉さま、王太子殿下とのお話は終わりましたか?」
この言葉がエレノアを現実へと引き戻し、ジェラルドとの婚約解消を受け入れようと、そう考えられるようになったきっかけでもある。
学園を卒業したエレノアは、王城へ移り住み、王太子妃教育を受ける予定だったが、ジェラルドとの婚約がなくなればそれもなくなる。
家でセシリアとのんびり散歩をしていたとき、彼女は気になることを口にする。
もしかして、セシリアには未来視があるのでは?
そんな疑いを持ったエレノアだが、それが疑いから確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。
彼女はフェルトンの街にさとうきびという植物があり、そこから砂糖という甘味料を作れると口にしたのだ。砂糖がどのようなものかさっぱりと想像はつかないが、ただセシリアの話が事実だとすれば、フェルトンの街だって王家側にとっては脅威となるはず。
それに気がついたのがセシリアだと知られてしまったら――。
まだ精霊とも契約をしていないセシリアに未来視がある。これが他の魔法貴族に知られてしまえば、セシリアの力を利用とする者も出てくるだろう。まして王族に知られるのはもってのほか。
「お父様。わたくしがセシリアを守ります」
卒業パーティーでエレノアを助けてくれたのは幼いセシリアだ。彼女がいたからこそ、ジェラルドへの想いを断ち切り、前へ進もうという気持ちになった。
だったら、セシリアを守るのは姉であるエレノアの役目。
「セシリアが言ったフェルトンの街へ行き、砂糖というものを作ってみせましょう」
もちろん、それに驚いたのは父親であるケアード公爵。フェルトンの街がケアード領となれば、領主となるのは父親である。しかし父親には外交大臣という立場もあるし、ケアード領本領のきりもりもしなければならない。その彼がフェルトンの街で砂糖を作るのは、不可能ではないが負担は大きい。
だったらそれを引き受けるのはエレノアしかいないと思ったのだ。王太子妃教育もなくなったのだから、自由の身。
父親は渋い顔をしたものの、母親の「娘たちを信じましょう」という言葉に背中を押されたようだ。
こうしてエレノアとセシリアはフェルトンの街に移り住み、それ以降、本領にも戻っていないし、もちろん王都へなど足を運んでいない。王太子ジェラルドとの婚約が解消されたとなれば、エレノアを積極的に茶会に誘いたいと思う令嬢や婦人たちもいないのだろう。エレノアとしては逆にそれでよかったのだが。
とにかく、さとうきび事業をなんとかしなければという思いと、事業が軌道にのったらのったで、目が回るほど忙しくなった。
白い砂糖は、魔法の粉である。味気ない料理がたちまち美味しくなる。特に疲れたとき、コーヒー牛乳にたっぷりと砂糖を入れて呑めば、それだけで幸せな気分になれる。
黒い砂糖は、宝石のようなもの。そのままかじって食べてもよいが、黒い砂糖を使ったお菓子は、甘さの他にもコクが出る。
砂糖は魅惑的で危険な調味料。だからケアード公爵も、信用のおける相手にしか取引していない。
818
あなたにおすすめの小説
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される
さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。
慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。
だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。
「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」
そう言って真剣な瞳で求婚してきて!?
王妃も兄王子たちも立ちはだかる。
「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
魔力がないと決めつけられ、乳母アズメロウと共に彼女の嫁ぎ先に捨てられたラミュレン。だが乳母の夫は、想像以上の嫌な奴だった。
乳母の息子であるリュミアンもまた、実母のことを知らず、父とその愛人のいる冷たい家庭で生きていた。
そんなに邪魔なら、お望み通りに消えましょう。
(小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています)
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる