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第7話 アンドレア王子
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――ヴァローレ王国王宮内 アンドレア王子執務室
「ラカス神官長は勇者との面会をまだ拒んでいるのか?」
「はい。たしかに召喚の儀は行われたはずですが、儀式はまだ行っていない、勇者はいないと言い張っています」
王宮騎士団の近衛騎士団長であり、僕の側近でもあるロバートは解せないとでも言うように眉をひそめる。
先日、教会で勇者召喚の儀が行われた。
王宮魔術師団で魔法陣の魔力を察知したため、勇者がいないなんてことはないはず。
存在を隠しているのか?
なんのために?
ラカス神官長のことだから召喚した勇者をこれでもかと持ち上げ見せびらかし、魔王討伐のための資金やら勇者への労いのためだとか言って金品を無心してくると思っていたのに。
何かあったのか? 本当に召喚の儀を行っていない?
いや、そんなはずはない。
だが……
「本当に勇者がいないのではあれば、我々王宮騎士団で魔王討伐に行く」
「アンドレア王子それは……」
もちろん、無茶なことだとはわかっている。
けれど僕だってこの国の王子として、魔王復活の期に生まれた者として、必死に鍛錬を積んできた。
王子という立場でありながら騎士団に所属し、全体を統べる立場として導いてきた。
国民の安寧のため、そして勇者と共に魔王討伐へと向かうために。
「いつまでも拒否するのなら、こちらの意思を伝えに今から教会へ向かう」
行ったところでラカス神官長が素直に頷くとは思わない。
勇者に魔王を封印させることが教会の存在意義なのだから。
それでも、こちらは強い意思を示していかなくてはいけない。
これ以上この国を教会の好きにさせてはいけないのだから。
魔王の脅威は実際のところよくわかっていない。
わかっているのは死闘の末、勇者が封印しているということだけ。
そして、封印魔法は異世界からやってきた勇者にしか使えない。
勇者でない僕ができるのは、その命を奪い倒すこと。
成し遂げることができれば、この先勇者を召喚する必要だってなくなるんだ。
僕は馬に乗り、ロバートと共に教会へと向かうことにした。
けれど道中、何やら騒がしいことに気付き馬から降りて様子をうかがう。
すると商店の前に目的の人物、ラカス神官長がいた。
周りには取り巻きの神官たちもいて、街の人たちも集まっては遠目から見ている。
そして神官長を前に、地面に膝を付き怯える母子。
いったい何があったんだ。
前に出ようとした時、ロバートがそっと耳打ちをする。
「あの子が持っていた種油をまいてしまい、そこに通りかかった神官長が足を滑らせたようです」
近くにいた人に状況を確認したようだ。仕事が早くて助かる。
ラカス神官長のことだから、打ち首だなんだと騒いでいたのだろう。
でなければあんなに怯えるはずがない。
「ロバート、相手は僕がするから母子を安全なところに連れていってくれ」
「わかりました」
ロバートが母子の後ろへ回ったことを確認し、僕は近くへ行き声をかける。
「ラカス神官長、どうかしたのか?」
その場にいる人たち全員が振り返る。
あからさまに怪訝そうにするラカス神官長。
「おやおやこんな所に王子がなんの用でしょう」
「何か揉めているようだが」
「アンドレア王子の手を煩わせるようなことではありませんよ」
言葉では下手に出ているようだが、口を挟むなと牽制している。
だが、見過ごせるわけがない。
かと言って騒ぎを大きくするわけにもいかない。
こんな街中で剣を交えでもすれば周りの人たちにも被害が及ぶ。
「ちょうどあなたに会いに行こうと思っていたのですよ。勇者との面会のために」
「まだ召喚の儀は行っていないと何度もお伝えしたはずですが?」
「王宮魔術師団を侮ってもらっては困る。召喚の儀で使われる魔法陣の魔力を察知しているんだ」
ラカス神官長はバツが悪そうに顔を歪める。
やはり何か隠している。
「勇者を召喚したことはわかっている。この国の王子として、共に戦う仲間としてすぐに会って挨拶したい」
「少しトラブルがあったのですよ。今後召喚の儀を行う予定なのでしばらくお待ちください」
「しばらくとはどれくらいだ。本来ならばもう勇者を召喚しておかなければいけないのでは? 魔王もすでに復活しているはず。そんなことで討伐に行けるのか」
「もちろんですよ。現に魔王を封印できるのは我々が召喚する勇者以外にいないではないですか」
まるで、僕らにはなんの価値もないとでも言っているようだ。
見下すような目に、声を荒げてしまいたくなる。
「勇者が召喚されなければ騎士団で討伐に行く用意はできている」
「何をバカげたことを」
ラカス神官長は鼻を鳴らし、蔑むように笑う。
勝算があるわけではない。
それでも魔王がこの国に脅威をもたらすのであれば立ち向かうしかないんだ。
勇者がいても、いなくても。
「とにかく、こちらで準備は進めていく」
「王子! 勝手なことは許されませんぞ!」
今まで散々勝手なことをしてきたのはどっちだ。
先ほどの母子が避難したことを確認し、僕は憤慨するラカス神官長に背を向けその場を後にした。
近くに待機させていた馬に跨り、街を迂回して郊外にある丘を登る。
ここから王都の街がよく見える。
遠くから見れば、美しく活気のある平和な我が国。
けれど実際は貧困に苦しむ者も多く、それでいて教会に怯える日々を過ごしている。
魔王だって、いつその脅威をもたらしてくるかわからない。
僕が、守らなければ。
少しの間街を眺め、心を落ち着かせると馬に跨る。
あまり長居するとロバートに怒られてしまう。
急いで帰ろうと丘を駆け下りていると、突然女性の声が聞こえた。
「止まってくださいー!!」
声の人物はすぐ足元にいた。
「はっ!」
まずい! 急いで手綱を引き、なんとか避ける。
けれど態勢が崩れ、持ち直せず落馬してしまう。
痛っ……。受け身は取れたが、手を負傷してしまった。
「すみません! 大丈夫ですか?」
先ほどの女性が慌てた様子で声をかけてくる。
艶のある黒い髪。それでいて陶器のような白い肌はどこか神秘的だ。
でも見ない顔だな。街の住人ではないのだろうか。
それに僕が王子だと気づいていないようだ。
「あの、大丈夫……じゃないですね血が出てます!」
女性は僕の腕を掴む。
手の甲から手首にかけて皮膚が剥がれ血が出ていた。
ただのかすり傷、とは言えない惨状だがこれくらの怪我で泣き言なんて言ってられない。
「大丈夫だ。なんともない」
「なんともないなんてことはないですよ! 菌が入って膿んだりしたら大変です」
女性は手から水を出し、患部を洗い流してくれた。
「水魔法が使えるのか」
「そうみたいなんですよね」
そうみたい?
おかしな言い方だ。
たとえ魔力を持っていたって訓練をしなければ魔法は使えないのに。
僕はポケットからハンカチを取り出し、洗ってもらった傷口に巻き付けようとした。
けれど片手では上手くいかない。
「私が巻きますよ」
女性はハンカチを取り、優しく丁寧に巻いてくれた。
「ありがとう」
「いいえ、私がこんなところでしゃがみ込んでいたので。すみませんでした。早く良くなりますように」
そう言って、両手で怪我をした手を包み込んでくれる。
なんとも温かい手だ。
じんわりと傷口が癒されるような。
いや、この感じ……。
まさかと思いハンカチを外すと、怪我が綺麗に治っていた。
「これは……君は治癒魔法が使えるのか?!」
「治癒魔法? これ、私が治したんですか? 実は、自分が使える魔法についてまだよくわかっていないんです……」
どういうことだ?
水魔法だけでなく治癒魔法まで使えるなんて。
彼女はいったい何者なんだ。
この国ではもう何百年も治癒魔法を使える者は現れていない。
まるで、史実の中の聖女のようだ。
彼女が仲間になってくれたら、魔王討伐が確固たるものになるかもしれない。
「君の名前は?」
「えっと……ユリ、です」
「ユリ、これは確実に君が治癒魔法を使って治してくれたんだよ。ありがとう。それで、よければこれから一緒に王宮へ――」
「――いたぞ!」
大きな声がして振り返る。
少し先で声を荒げた神官が数人、こちらに近づいて来ていた。
先ほど、騎士団で討伐に行くと言ったことで毒づきたいことでもあるのだろう。
こんな所まで追いかけてきて迷惑なやつらだ。
「神官たち……面倒だな」
「え! 神官!? すみません、私はこれで」
「あ、待ってくれ!」
引き止めるも、早足で去って行く。
追いかけたいが、神官たちに彼女の存在を知られたくはない。
気持ちを抑え、彼女の背中を見送った。
絶対にもう一度会って、仲間になってもらおう。
そう固く決意して。
「ラカス神官長は勇者との面会をまだ拒んでいるのか?」
「はい。たしかに召喚の儀は行われたはずですが、儀式はまだ行っていない、勇者はいないと言い張っています」
王宮騎士団の近衛騎士団長であり、僕の側近でもあるロバートは解せないとでも言うように眉をひそめる。
先日、教会で勇者召喚の儀が行われた。
王宮魔術師団で魔法陣の魔力を察知したため、勇者がいないなんてことはないはず。
存在を隠しているのか?
なんのために?
ラカス神官長のことだから召喚した勇者をこれでもかと持ち上げ見せびらかし、魔王討伐のための資金やら勇者への労いのためだとか言って金品を無心してくると思っていたのに。
何かあったのか? 本当に召喚の儀を行っていない?
いや、そんなはずはない。
だが……
「本当に勇者がいないのではあれば、我々王宮騎士団で魔王討伐に行く」
「アンドレア王子それは……」
もちろん、無茶なことだとはわかっている。
けれど僕だってこの国の王子として、魔王復活の期に生まれた者として、必死に鍛錬を積んできた。
王子という立場でありながら騎士団に所属し、全体を統べる立場として導いてきた。
国民の安寧のため、そして勇者と共に魔王討伐へと向かうために。
「いつまでも拒否するのなら、こちらの意思を伝えに今から教会へ向かう」
行ったところでラカス神官長が素直に頷くとは思わない。
勇者に魔王を封印させることが教会の存在意義なのだから。
それでも、こちらは強い意思を示していかなくてはいけない。
これ以上この国を教会の好きにさせてはいけないのだから。
魔王の脅威は実際のところよくわかっていない。
わかっているのは死闘の末、勇者が封印しているということだけ。
そして、封印魔法は異世界からやってきた勇者にしか使えない。
勇者でない僕ができるのは、その命を奪い倒すこと。
成し遂げることができれば、この先勇者を召喚する必要だってなくなるんだ。
僕は馬に乗り、ロバートと共に教会へと向かうことにした。
けれど道中、何やら騒がしいことに気付き馬から降りて様子をうかがう。
すると商店の前に目的の人物、ラカス神官長がいた。
周りには取り巻きの神官たちもいて、街の人たちも集まっては遠目から見ている。
そして神官長を前に、地面に膝を付き怯える母子。
いったい何があったんだ。
前に出ようとした時、ロバートがそっと耳打ちをする。
「あの子が持っていた種油をまいてしまい、そこに通りかかった神官長が足を滑らせたようです」
近くにいた人に状況を確認したようだ。仕事が早くて助かる。
ラカス神官長のことだから、打ち首だなんだと騒いでいたのだろう。
でなければあんなに怯えるはずがない。
「ロバート、相手は僕がするから母子を安全なところに連れていってくれ」
「わかりました」
ロバートが母子の後ろへ回ったことを確認し、僕は近くへ行き声をかける。
「ラカス神官長、どうかしたのか?」
その場にいる人たち全員が振り返る。
あからさまに怪訝そうにするラカス神官長。
「おやおやこんな所に王子がなんの用でしょう」
「何か揉めているようだが」
「アンドレア王子の手を煩わせるようなことではありませんよ」
言葉では下手に出ているようだが、口を挟むなと牽制している。
だが、見過ごせるわけがない。
かと言って騒ぎを大きくするわけにもいかない。
こんな街中で剣を交えでもすれば周りの人たちにも被害が及ぶ。
「ちょうどあなたに会いに行こうと思っていたのですよ。勇者との面会のために」
「まだ召喚の儀は行っていないと何度もお伝えしたはずですが?」
「王宮魔術師団を侮ってもらっては困る。召喚の儀で使われる魔法陣の魔力を察知しているんだ」
ラカス神官長はバツが悪そうに顔を歪める。
やはり何か隠している。
「勇者を召喚したことはわかっている。この国の王子として、共に戦う仲間としてすぐに会って挨拶したい」
「少しトラブルがあったのですよ。今後召喚の儀を行う予定なのでしばらくお待ちください」
「しばらくとはどれくらいだ。本来ならばもう勇者を召喚しておかなければいけないのでは? 魔王もすでに復活しているはず。そんなことで討伐に行けるのか」
「もちろんですよ。現に魔王を封印できるのは我々が召喚する勇者以外にいないではないですか」
まるで、僕らにはなんの価値もないとでも言っているようだ。
見下すような目に、声を荒げてしまいたくなる。
「勇者が召喚されなければ騎士団で討伐に行く用意はできている」
「何をバカげたことを」
ラカス神官長は鼻を鳴らし、蔑むように笑う。
勝算があるわけではない。
それでも魔王がこの国に脅威をもたらすのであれば立ち向かうしかないんだ。
勇者がいても、いなくても。
「とにかく、こちらで準備は進めていく」
「王子! 勝手なことは許されませんぞ!」
今まで散々勝手なことをしてきたのはどっちだ。
先ほどの母子が避難したことを確認し、僕は憤慨するラカス神官長に背を向けその場を後にした。
近くに待機させていた馬に跨り、街を迂回して郊外にある丘を登る。
ここから王都の街がよく見える。
遠くから見れば、美しく活気のある平和な我が国。
けれど実際は貧困に苦しむ者も多く、それでいて教会に怯える日々を過ごしている。
魔王だって、いつその脅威をもたらしてくるかわからない。
僕が、守らなければ。
少しの間街を眺め、心を落ち着かせると馬に跨る。
あまり長居するとロバートに怒られてしまう。
急いで帰ろうと丘を駆け下りていると、突然女性の声が聞こえた。
「止まってくださいー!!」
声の人物はすぐ足元にいた。
「はっ!」
まずい! 急いで手綱を引き、なんとか避ける。
けれど態勢が崩れ、持ち直せず落馬してしまう。
痛っ……。受け身は取れたが、手を負傷してしまった。
「すみません! 大丈夫ですか?」
先ほどの女性が慌てた様子で声をかけてくる。
艶のある黒い髪。それでいて陶器のような白い肌はどこか神秘的だ。
でも見ない顔だな。街の住人ではないのだろうか。
それに僕が王子だと気づいていないようだ。
「あの、大丈夫……じゃないですね血が出てます!」
女性は僕の腕を掴む。
手の甲から手首にかけて皮膚が剥がれ血が出ていた。
ただのかすり傷、とは言えない惨状だがこれくらの怪我で泣き言なんて言ってられない。
「大丈夫だ。なんともない」
「なんともないなんてことはないですよ! 菌が入って膿んだりしたら大変です」
女性は手から水を出し、患部を洗い流してくれた。
「水魔法が使えるのか」
「そうみたいなんですよね」
そうみたい?
おかしな言い方だ。
たとえ魔力を持っていたって訓練をしなければ魔法は使えないのに。
僕はポケットからハンカチを取り出し、洗ってもらった傷口に巻き付けようとした。
けれど片手では上手くいかない。
「私が巻きますよ」
女性はハンカチを取り、優しく丁寧に巻いてくれた。
「ありがとう」
「いいえ、私がこんなところでしゃがみ込んでいたので。すみませんでした。早く良くなりますように」
そう言って、両手で怪我をした手を包み込んでくれる。
なんとも温かい手だ。
じんわりと傷口が癒されるような。
いや、この感じ……。
まさかと思いハンカチを外すと、怪我が綺麗に治っていた。
「これは……君は治癒魔法が使えるのか?!」
「治癒魔法? これ、私が治したんですか? 実は、自分が使える魔法についてまだよくわかっていないんです……」
どういうことだ?
水魔法だけでなく治癒魔法まで使えるなんて。
彼女はいったい何者なんだ。
この国ではもう何百年も治癒魔法を使える者は現れていない。
まるで、史実の中の聖女のようだ。
彼女が仲間になってくれたら、魔王討伐が確固たるものになるかもしれない。
「君の名前は?」
「えっと……ユリ、です」
「ユリ、これは確実に君が治癒魔法を使って治してくれたんだよ。ありがとう。それで、よければこれから一緒に王宮へ――」
「――いたぞ!」
大きな声がして振り返る。
少し先で声を荒げた神官が数人、こちらに近づいて来ていた。
先ほど、騎士団で討伐に行くと言ったことで毒づきたいことでもあるのだろう。
こんな所まで追いかけてきて迷惑なやつらだ。
「神官たち……面倒だな」
「え! 神官!? すみません、私はこれで」
「あ、待ってくれ!」
引き止めるも、早足で去って行く。
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気持ちを抑え、彼女の背中を見送った。
絶対にもう一度会って、仲間になってもらおう。
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