勇者召喚に失敗したと捨てられましたが、魔王の家政婦になりました。

藤 ゆみ子

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第8話 転移魔法

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 重い荷物を抱え、必死に丘を登る。
 念のため、反対側に少し下った。
 こっちを追いかけて来てはいないみたい。

 危なかったぁ。
 神官たちに見つかったらどうなってたかわからない。

 呼吸を整えたところで魔王様を呼ぶ。

「魔王様~魔王様~魔王~様~」

 行きとは違う場所だけどちゃんと迎えに来てくれるのかな。
 なんて思った瞬間目の前に魔王様が現れた。

「何度も呼ぶな。しかもこんな人里の近くで」
「あ、確かに。すみません」

 街中じゃないとはいえ、誰かに聞かれたらまずいよね。
 それよりさっきの人は大丈夫だったかな。
 神官に追いかけてられてるみたいだったけど誰なんだろう。
 王宮がなんとかって言っていたような気もするけど……。
 まあいいか。

 気付けば魔王城に戻ってきていた。

「何をそんなに買ったんだ」
「食材とか調味料ですよ。今からご飯作るので楽しみにしていてくださいね」

 美味しいご飯作って、たくさん食べてもらって強くなってもらうんだから。
 すると魔王様は食材が入った紙袋をじっと見つめ呟いた。

「広間で待っている」
「え、もう? そんなすぐにはできませんよ?」
「わかっている」

 と言いながらも広間へと行き、テーブルに着いた。
 そんなに待ち遠しいの?
 食欲があるのは良いことだけど、急いで作らないと。

 私はすぐに厨房へと向かい、買ってきた食材を並べた。
 力の付くものといえばやっぱり肉だよね。
 魔物の肉が残っているからそれを使うとして、あとは野菜と炭水化物……。
 小麦粉は買ってきたけどパンを作るとなると時間がかかる。

 よし、あれにしよう。王道の鉄板焼きメニュー。

 肉は一口サイズに切ってハーブと香辛料で焼いていく。
 シンプルだけど、これが美味しいんだよね。
 野菜は細かく切って小麦粉と水を混ぜた生地に入れる。ついでに肉の切れ端をさらに細かく切って一緒に入れた。
 それをフライパンで丸く焼いていく。

「うん。けっこういい感じに焼けたな」

 出来上がった料理を広間で待つ魔王様のところへと持っていった。
 目の前に並んだ料理を見て不思議そうな顔をしている。

「この丸いのは、見たことない食べ物だな」
「お好み焼きと言います。私が元居たところでは一般的な食べ物ですよ。本当は専用のソースをかけて食べるんですけど、ここにはないのでお好みで塩をつけてみてください」

 お好み焼きといえばソースだけど、塩もけっこういけるんだよね。

 魔王様はじっと見つめた後、すでにカットしておいたお好み焼きをフォークで刺し塩を付けて口に入れた。
 無言で次々と口に運ぶ。
 何も言わないけど、気に入ってくれたみたいだ。

 その様子に安心して私も食べ始める。
 慣れ親しんだ味とは少し違うけど、思っていた以上に美味しい。
 魔物の肉も良いアクセントになっている。

 魔王様は魔物の肉も全てたいらげ、フォークを置くと口元を緩める。

「美味かった」
「それは良かったです」

 口数は少ないし分かりにくいけど、ちゃんと美味しいって言ってくれるところが優しいんだよな。
 なんて思いながら魔王様を見ていると、頭からちらりと角の先が見えた。
 さっきまで髪に隠れて全く見えていなかったのに。

 私の視線に気付いたのか、魔王様は頭に手を置き角を確認した。

「やはりユリの料理には魔力が溢れているんだな」
「毎日腕を振るうんでしっかり回復して強くなりましょう!」
「期待しておく」

 食べ終わったあと、魔王様はまた特訓すると言って庭へ出て行った。
 私も食器を片付け、外へ出た。
 邪魔したら悪いかと思ったけど、お願いしたいことがある。

 木に向けて魔力の刃を飛ばしている魔王様に声をかける。

「魔王様、お願いしたいことがあるんですけど」
「なんだ?」

 かざしていた手を下ろし、ゆっくりとこちらを振り返る。

「私も瞬間移動を使えるようになりたいので教えてください。これから買い物行くのに自分で行けるし」
「転移魔法のことか? あれは高度な魔法だからなかなか習得できるものではないぞ」
「でも、やらないと始まりませんから!」

 手から水を出すのとはわけが違うことはわかっている。
 でも、あんな便利な魔法を習得しない選択肢はない!
 魔王様は面倒そうにしながらも「美味い料理が食べられたからな」と教えてくれることになった。

 まず、転移魔法には二種類の方法があるということ。
 ひとつは魔王様が使った自身の魔力で体を目的地まで飛ばす方法。
 もうひとつは魔法陣を描き、魔力を込めることで飛ぶ方法。
 これは他者を転移させることができるもの。神官たちが私に使っていたやり方だ。

「魔法陣があれば転移魔法を習得しなくても転移できるってことですか?」
「まあそういうことだな」
「じゃあ、魔法陣を描いてください。魔力は自分で込められると思うので、それを使って転移すればいいってことですね」

 一ヶ所描いておけば好きな時に自分でそこから街に行けばいい。
 習得するまで毎回魔王様に連れて行ってもらわなくても済む。

 けれど魔王様は真顔でじっと私を見る。

「魔法陣の描き方は知らない」

 なんじゃそれ!
 と突っ込みたかったけど、口には出さなかった。

 結局、自力で転移する魔法を覚えることになった。

「基本的には行ったことのある場所だけにしか転移できない」
「街に行けたらいいのでそれで十分です!」
「まず転移したい場所を頭に浮かべ自分がそこに立っているように脳に投影する」
「脳に、投影……」

 目を瞑って、頭に思い浮かべる。
 初めは近い場所からやってみるのがいいよね。

「身体に魔力を纏わせ、脳に浮かんだ場所に魔力で包んだ身体を飛ばすようイメージする。できるだけ鮮明に場所と自分の体をイメージするのが大事だ」
「魔力で包んだ身体を飛ばすイメージ……」
「まあ、そうそうできるようになるものではな――」

 魔王様の言葉を聞き終わる前に、私は姿を消していた。
 身体が浮遊した感覚があった後、目を開けると例のラブリーな部屋に立っていたのだ。

「うそ。できてる」

 急いで部屋の窓を開け、身を乗り出して下を見る。

「魔王様~できました~!」
「ユリ、お前ってやつはいったい……」

 魔王様は信じられないとでも言うような表情で私を見上げていた。

 それから何度か転移魔法を試し、ちゃんと使えることを確認した。
 魔王城の中はどこでも転移できる。
 これなら大丈夫そうと、一度丘の上にも行ってみることに。

 でも、距離があるとその分難易度は高まる。
 失敗して森の中に飛んでしまったりしたら大変だ。
 魔物に遭遇して危険な目に合いかねない。

 呼吸を整え集中する。
 脳に浮かんだ場所に魔力で包んだ身体を飛ばすようイメージ……。

 身体が浮く。さっき試した時よりも全身にかかる圧迫感が強い。
 けれど、地に足がつく感覚がして目を開けると、目の前には王都の街並みが広がっていた。

「おおー! 私って、すごくない?」

 あんなに魔王様がなかなかできないって言ってたのに、こんなにすぐできるようになるなんて。
 いや、もしかして本当はそんなに大した魔法じゃないのかな?
 勇者に九十八回負けているような魔王様だからなかなか習得できなかったのかも。
 これくらいで自画自賛してちゃだめだな。
 魔王様側にいる人間なんだから私も勇者に対抗できるように強くならないといけない。
 便利なだけで満足しないで、他にもいろいろ魔法を教えてもらおう。

 少しの間街を眺めてから魔王城に戻った。

「なかなか戻ってこないから失敗したのかと思ったぞ」
「私、案外できる女みたいです。転移魔法を習得したら、異世界とかにも飛べたりするんですか?」
「転移と召喚は違うから無理だな」

 異世界に行き来するには召喚魔法が必要なんだ。
 もしかしたら戻れるかも、なんて思ったけどそんな都合のいいことにはならないか。
 あの神官もできるのは召喚だけで返すことはできないって言ってたしね。
 諦めるしかない。

 それよりなんだか……。

「身体が、ダルいです。さっきまではなんともなかったんですけど」
「当たり前だ。そう何度も連続して使える魔法ではない。魔力も大量に消費するし身体にも負担がかかる」

 ダルいと自覚すればするほど、どんどん身体がつらくなってくる。
 立っているのもやっとだ。

「私、案外できない女かもしれません」
「何を言っている。ユリはとんでもない力を持っている。とりあえず、今日はもう休んでおけ」
「そうします……」

 お言葉に甘えて休ませてもらうことにした。
 ラブリー部屋へ行き、ベッドに寝転ぶ。

 ああ。疲れた。もう一瞬で眠れそう。
 そう思っているうちに、意識を手放していた――


 ◇ ◇ ◇


 なんだか温かいものに包まれているような感覚がして、ぼんやりと目を開く。
 
「え……?」

 目の前には知らないお姉さんの顔。
 ヴァイオレットの長い髪はひとつに編み込んであり、まつ毛は長く、唇はぷっくりしていてなんとも魅惑的だ。
 
 それにしても近い。何なら抱きしめられている。
 豊満なお胸が私を圧迫している。

 そんなお姉さんは私を見てにこりと微笑む。

「おはよう。子猫ちゃん」

 なんて言いながら本当の子猫を撫でるように私の頬に触れた。

「だ、誰ですかー?!」
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