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第10話 兄弟の仕事
しおりを挟む書斎にある本棚を引くと地下へと繋がる階段がある。
なんだかありがちだな、と思ったが口には出さない。
薄暗い階段を下りドアを開けると、地下とは思えないほど生活感のある散らかった部屋があった。
部屋全体も薄暗くてよくは見えないが、以前屋敷のリビングにあったであろう傷だらけのソファーの上に脱ぎ散らかした服、置きっぱなしのたくさんの紙などが散乱している。
「ここはちょっと散らかってて……」
ウィリアム様は、片付けるのを忘れていたと小恥ずかしそうにし、ライアン様は何かを蹴飛ばしながら歩いている。
屋敷は物もほとんどなく、傷があること以外は凄く綺麗で物悲しい部屋ばかりだ。
そこで生活をしていないので当たり前だが、謎の多い兄弟の生活感を垣間見れてなんだか嬉しい。
散らかった地下のリビングであろう部屋を抜け、仕事部屋だというドアを開ける。
そこは壁一面に本棚がずらりと並び、様々な本や文献、歴史書、帳簿のような物まである。
そして中央に置かれたダイニングテーブルほどの大きなデスクには白くサラサラした髪の可愛らしい少年が何かの書類を一生懸命読んでいた。
「アレン」
ウィリアム様に名前を呼ばれた少年は顔を上げこちらを見るとにこりと微笑む。
「はじめまして、セレーナさん。アレンです」
「はじめまして。セレーナです。あの、いつも美味しいお食事を用意していただいてありがとうございます」
「うん。いつもたくさん食べてくれてボクも嬉しい」
その天使のような笑顔に一瞬で虜になった。
アレン様は手に持っていた書類をウィリアム様に渡す。
「これ、追加資料」
それを見たウィリアム様は難しそうな顔をするとため息を吐いて椅子に座った。
「セレーナも座って」
「はい」
ちなみにライアン様は既に座っている。
「カーソン家は血眼になってセレーナさんを探してたみたいだね」
「セレーナをあてにした商売をしてたんだからそうだよね」
カーソン家は私が刺繍を始めた頃から畜産を全て羊毛産業に切り替え、毛織物や私が刺繍したハンカチなどをカーソン領の特産品として売り出すようになった。
特に刺繍のハンカチは貴族の間でも人気で、高値で取り引きされていたそうだ。
「いつ、何ができるかもわからなかったのに……」
「だからこそ、希少価値があったんだよ」
アリスもそのことについては何も知らなかったらしい。
私が作ったものをローガンに渡すとお小遣いをくれていたため、何から何まで私のものを奪っていたのだ。
「でも、父はなぜあの時何も言わずに家から出したのでしょうか……」
「カーソン男爵は実のところ何もしていなくて、執事のローガンに全てを任せているんだ。たぶん、判断しかねてたんじゃないかな。セレーナさんを引き留めるために本当のことを言うべきかどうか。セレーナさんが出ていった後、あの執事と随分揉めたらしいからね」
「アレン、よく調べたね」
「これくらいはすぐだよ」
「やっぱりあの執事がくせ者だな」
「あの、皆さん私の家のことを詳しく調べられていますが、一体どうやってそんなことを」
本当に詳し過ぎる。カーソン家の商売のことは貴族商会を調べればすぐにわかるかもしれない。
けれど、父やローガンの関係など私も知らなかったカーソン家の内情まで知りつくしている。
「情報収集がボクの仕事だからね」
「セレーナ、僕たちは国王からの勅命で動く特別諜報防諜員なんだ」
「特別諜報防諜員……」
国内外問わず常に様々な情報を集め、時には大きな変事になる前に未然に防ぐことも役割としている。
アレン様は主に情報収集、その情報を元にウィリアム様とライアン様は現場での状況確認、場合によっては悪事を働こうとするものをその場で取り押さえることもあるらしい。
「まあ今回は個人的な理由で動いたけどな」
「皆さん、私のために……?」
「セレーナにはもう辛い思いをして欲しくないから、何かできないかと思って」
「でも、あながち個人的ってわけでもないんだよ。カーソン家はボクたちがずっと目を光らせていた悪質な金融業者からお金を借りていることもわかったんだ」
確かに父はいつも資金繰りに苦労していた。
いくら高級服飾雑貨として売り出していてもカレンとアリスのあの散財ぶりではお金が貯まることはないなだろう。
まさかそんな金融業者にお金を借りているとは思っていなかったが。
「兄さん、資料の一番下」
アレン様に言われ資料に目を向けたウィリアム様は一段と顔を険しくする。
資料を持つ手に力が入るが何も言わない。
その様子にライアン様が横から資料を覗くとみるみる怒りに満ちた表情になる。
そしてウィリアム様から資料を奪い取ると立ち上がりビリビリに破く。
「ちょっと、せっかくまとめた資料破かないでよ」
アレン様は呆れながらライアンが破り捨てた資料を拾っている。
「セレーナ!」
「はい」
「お前はしばらく外出禁止だ!」
「え? どうして……」
まだ糸もたくさんあるし、特に出掛ける予定もないのだが改めて言われると理由が気になる。
「僕もそうした方がいいと思うな。ほら、この前の街でのこともあるし」
「それは、そうですね」
きっと二人は心配してくれているのだろう。
私は今まで通りこの屋敷でカーテンの刺繍に勤しむことにした。
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