11 / 36
第11話 誘拐
しおりを挟むローガンが屋敷に来てから数日が経っていた。
この数日、特に変わったこともなくただ静かに屋敷でカーテンに刺繍をするだけの日々が続いている。
ライアン様は怪我が良くなったため、仕事に行っているようだ。
朝方帰って来ては朝食を食べた後、リビングで作業する私の足元で眠っている。
時折しっぽを乗せてくるので撫でてあげると満足そうにまた眠る。
「セレーナ」
「はい」
「僕もここで休んでいいかな」
「はい、もちろんですよ」
オオカミ姿のウィリアム様がソファーの横に控えめに寝転ぶ。
最近、ウィリアム様もお疲れ様のようでよくオオカミの姿になってはリビングで休んでいる。
やはりオオカミの姿の方が疲れがとれやすいらしい。
ちょうど肘掛けから手を伸ばすともふもふの背中に触れるので撫でてみると気持ちよさそうにあくびをする。
先日の出来事が嘘のように穏やかだった。
そんな日がしばらく続いたある日の夜、ウィリアム様とライアン様が仕事へ行った後も私はリビングで一人作業をしていた。
もう少しで全てのカーテンの刺繍を入れ終える。
そうすればここを出ることになると思うと寂しさが込み上げる。
ちゃんと次の仕事を探さなければいけない。
外出するなという言葉にかまけて何も行動していないが、仕事と住む場所が見つかるまでここに置いてくれるだろうか。
そんなことを考えていると、最後のカーテンが出来上がった。
――パチンッ
カーテンを裏返しギリギリのところをハサミで切る。
完成した時のこの瞬間が好きだったのに、今は完成してしまったことに名残惜しさを感じる。
だが、完成させることが私の仕事だ。
「よしっ」
完成したカーテンを持ち立ち上がると片手で椅子を持って廊下へ行く。
最後に残った廊下の窓にカーテンを吊るし、しばらく眺めていた。
「うん。我ながら良くできてる」
すると玄関のドアをコンコンコン、と叩く音が聞こえる。
この屋敷にお客さんが来ることはほとんどなく、こんな時間に誰だろうと思いながらもドアを開けた。
次の瞬間、厳つい男二人が私の体を抑えつけ、嗅いだことのない甘い匂いのするハンカチで顔を覆われる。
抵抗する間もなく意識が遠のいて行くのを感じた。
――――――――――
目が覚めるとそこはひどく懐かしい場所だった。
まだ母が生きていた頃はよく訪れていた場所だ。
手足を縛られ上手く動かない体を必死にひねりなんとか体を起こす。
「ここは豚小屋だった場所だ……」
何もいない、藁だけが散乱し荒れ果てた小屋を眺める。
カーソン領の山小屋であるこの場所は豚がいなくなりもう使われていないのだろう。
知らない男たちに拐われここに連れて来られたということは、ローガンの差し金だろうか。
「なんでこんなことを」
あれから数日、穏やかな日が続いていたため気が緩んでいたのかもしれない。
どうして何も考えずドアを開けてしまったのだろう。
後悔してもどうにもならない。
私は体を引きずるように小屋の出口の方へ向かう。
その時、勢い良く小屋の扉が開く。
月明かりに照され扉の向こうに見えたのは、初めて見る真っ白い毛並みの可愛らしいオオカミだった。
「セレーナさんごめんっ、地下にいて気付くのが遅くなって」
「アレン様……」
その言葉でアレン様だということに気付いた。
「知らない人間と薬品の匂いがしたからまずいと思ったんだけど屋敷に上がった時には手遅れだった。本当にごめんね」
アレン様は申し訳なさそうにしながら牙で手足を縛っていたロープを噛み切る。
「ありがとうございます」
「大丈夫?」
「はい、なんとか」
「とりあえず、ここから出よう。すぐ兄さんたちも来るはずだから」
所々痛む体を起こし立ち上がりアレン様について外に出ようとしたが、扉の前には先ほど私を拐った二人の男がナイフを片手に立っている。
「なんだこの獣は!」
「どこからきたんだ」
オオカミに少し怯んでいる様子だが男たちはナイフをこちらに向け襲いかかってくる。
「もう、ボク戦闘は専門外なのに」
そう言いながらアレン様はしっぽで私を後ろへ押すと自分は男たちへと向かって行く。
ナイフで切りつけようとする男たちをさらりとかわし、その腕と足に噛みついていく。
「うわぁ」
「あ、足がぁ」
あの鋭い牙に噛みつかれたら人間はひとたまりもないだろうが、手加減しているのか男たちはナイフを落とし腕と足を抱えて唸っているだけだ。
アレン様は戦闘は専門外だと言っていたが、とても洗練された動きだと思う。
男が唸っている間に行こうと言うようにアレン様が私に目配せする。
だが、その少し後ろで銃を構えたローガンが目に入った。
「アレン様っ」
私は咄嗟にアレン様の前に出る。
――バンッ
大きな銃声とともに弾が私の肩を掠めた。
「セレーナさんっ!!」
「っ、大丈夫です。掠めただけですので」
強がってはいるが、かなり痛い。血もそれなりに流れてきている。
「セレーナ様、大人しくしていれば悪いようにはしなかったのに」
近づいてくるローガンにアレン様は私の前で庇うように身を寄せるが、いくらオオカミと言えど銃で撃たれれば致命傷になるだろう。
「ローガン、私が大人しくついていけばこの子は見逃してくれる?」
「セレーナさんダメだよ」
「そうだ、ダメだ!」
「遅くなってごめん」
その言葉と共に二匹のオオカミが後ろから飛びかかるようにローガンを取り押さえ、続くように騎士団員たちがぞろぞろと入ってくる。
その様子に安心したのか緊張の糸がプツリと切れ、私はまた意識を失った。
114
あなたにおすすめの小説
見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます
珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。
そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。
そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。
ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。
冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~
白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…?
全7話です。
【完結】政略結婚はお断り致します!
かまり
恋愛
公爵令嬢アイリスは、悪い噂が立つ4歳年上のカイル王子との婚約が嫌で逃げ出し、森の奥の小さな山小屋でひっそりと一人暮らしを始めて1年が経っていた。
ある日、そこに見知らぬ男性が傷を追ってやってくる。
その男性は何かよっぽどのことがあったのか記憶を無くしていた…
帰るところもわからないその男性と、1人暮らしが寂しかったアイリスは、その山小屋で共同生活を始め、急速に2人の距離は近づいていく。
一方、幼い頃にアイリスと交わした結婚の約束を胸に抱えたまま、長い間出征に出ることになったカイル王子は、帰ったら結婚しようと思っていたのに、
戦争から戻って婚約の話が決まる直前に、そんな約束をすっかり忘れたアイリスが婚約を嫌がって逃げてしまったと知らされる。
しかし、王子には嫌われている原因となっている噂の誤解を解いて気持ちを伝えられない理由があった。
山小屋の彼とアイリスはどうなるのか…
カイル王子はアイリスの誤解を解いて結婚できるのか…
アイリスは、本当に心から好きだと思える人と結婚することができるのか…
『公爵令嬢』と『王子』が、それぞれ背負わされた宿命から抗い、幸せを勝ち取っていくサクセスラブストーリー。
【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。
櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。
生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。
このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。
運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。
ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる