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第12話 ずっとここにいて
しおりを挟む痛い。疼く。私はこの感覚を何度も経験した。
けれど、そっと拭われる汗と何度も優しく撫でてくれる温かい手に以前とは違う安心感がある。
目を開けるとウィリアム様が私を心配そうに見ていた。
「セレーナ」
「ウィリアム様……」
「良かった目が覚めて」
私は痛む肩を抑えながら体を起こす。
すると、部屋の外からパタパタと走ってくる音が聞こえる。
「セレーナッ」
「セレーナさん」
ライアン様とアレン様が勢いよく部屋へ入ってきた。
「二人とも来るのが早いね」
「耳は良いんでな。それより大丈夫か?」
「セレーナさん、ボクを庇って怪我をさせてしまって本当にごめん」
三人がベッドを囲み怪我をした私を心配してくれている。
もとはと言えば私の家の問題に皆を巻き込んでしまったのに。
「皆さん、助けていただいてありがとうございました。私は大丈夫ですので」
「でも、傷痕が残ってしまうだろうって。僕たちがもっと気をつけていれば防げたことなのに。本当にごめん」
ウィリアム様は深く頭を下げて謝ってくる。
すごく責任を感じているみたいだ。私は出来るだけ明るく返す。
「こんな傷痕大したことないです。元々胸元に大きな傷痕もありますし一つや二つ増えたところで」
「そんなこと言うな!」
ライアン様が悲しそうな、悔しそうな表情を浮かべ私の手を握る。
その手は少し震えていて怒りを抑えているように感じた。
「大したことないなんて言うな。お前はもっと自分のことを大切にしろよ……」
「すみません……」
そう言って叱ってくれるライアン様は、私のことを本当に大切に思ってくれているようだった。
「もう、銃の前に飛び出すなんて無茶しないでよ。ボクの心臓が止まるかと思った」
「すみません……」
アレン様に銃が向けられた時、咄嗟に体が動いていた。
私のせいで誰かが傷付くのも、迷惑をかけるのもいやだった。
そういえば、あの後ローガンはどうなったのだろう。私を拐った男たちは誰だったのか。
あの三人は騎士団に取り押さえられていたが、父はどうしているのだろう。
「あの、あの後ローガンは、カーソン家はどうなったのでしょうか」
ウィリアム様は言いにくそうに私を見るが、ゆっくりと口を開く。
「まだ決定ではないけれど、カーソン家は没落することになると思う」
「そう、ですか」
あの家に執着があった訳ではない。だから家を出てきたのだがいざなくなると思うと少し寂しい。
母が亡くなる前はそれなりに楽しく過ごした家だ。
「でも、仕方のないことですね」
「カーソン家は金融業者からお金を借りて返す目処が立たずにセレーナさんを借金のかたにしようとしてたんだ」
私を拐ったのはローガンが雇った盗賊だった。
私が家へ戻らず収入の目処がつかなければ私の身柄を引き渡すことになっていたらしい。
ローガンは私の本当の役割がウィリアム様たちにばれ、私が戻っても言うことを聞かないと思い、それならば身柄を引き渡す方がいいと踏んだのだ。
「セレーナを借金のかたにしようとしていたことはアレンの調べで分かってたんだ。不安にさせないように黙ってたんだけどこんなことならちゃんと伝えていればよかった」
「ボクも地下にいたのに気付くのが遅くなって本当にごめん」
「いえ……皆さんに気を遣わせてしまっていたのですね」
だから私は外出禁止だと言われていたんだ。
それなのに、あっさりと拐われてしまった自分が不甲斐ない。
「それで、その金融業者が昨日、大きな取引を控えてたんだ」
その後不正取引で金融業者は取り押さえられ、他にも人身売買、密輸などの罪で罰せられることになった。
カーソン家も毛織物の不当販売や領民への過重労働強制、私の誘拐及び人身売買ほう助の罪に問われることになるという。
父とローガンの投獄は免れない筈だと聞き、なんとも言えない感情が込み上げてくる。
「領地も王都のお屋敷も取り上げられるだろうね。後妻親子は田舎の実家に帰る準備をしているよ」
「そうなのですね」
あの二人が田舎で慎ましく暮らしていけるとは思えない。
けれど、もう私には関係のない話だ。
私は自分の力で生きていく。もう、邪魔してくる人たちもいないだろう。
「とりあえず、大きな問題はこれで落ち着いたと思う。安心してゆっくり休んでね」
ウィリアム様は優しく微笑んでくれるが、私はもうここにいる理由はない。ここでのカーテンの修復と刺繍を入れるという仕事は終わっている。
まだ次の仕事は見つかっていないが、すぐにここを出て行くことになるだろう。
「皆さん、最後にご迷惑をかけてしまいましたが家のことももう大丈夫ですし次の仕事が見つかり次第、出て行こうと思います。それまでもう少しの間ここに置いて頂いてもよろしいでしょうか?」
私の言葉に三人は固まった。
ウィリアム様は悲しそうに、ライアン様は眉間にシワを寄せ、アレン様は何かを訴えかけるようにそれぞれ私を見ている。
「あの、ダメでしょうか……?」
「ダメだ!」
「すみませんっ! すぐに出て行けるようにします」
ライアン様がダメだと言うので咄嗟にそんなことを言ってしまった。
「兄さん、違うでしょ。ちゃんと寂しいって言わないと」
「寂しい?」
「セレーナ、もし良ければずっとここに居てくれないかな? 僕たちは君にいて欲しいと思ってるよ」
ここに居ていいと言ってくれることはありがたい。
でも、私にできることはもうないのだ。
そんなことを考えていると、私の気持ちを察したのかライアン様がぶつぶつと呟きだす。
「二階の寝室、ゲストルーム、ラウンジ、廊下のカーテン、俺の服。全部刺繍しろ」
「全部? ですか?」
「新しい仕事だ」
一階はまだしも二階にはほとんど上がってきてはいないし、カーテンも綺麗だ。それにライアン様が着ている服なんて既に高級感溢れる上質なものばかりで私の刺繍なんて必要ない。
まるで無理やり仕事を与えてくれているようだ。そう言ってまで私をここに置いてくれるつもりなのだろうか。
「私、ここにいてもいいのですか?」
「もちろんだよ」
「ああ」
「うん」
「っありがとうございます」
本当は、ここでの暮らしの居心地が良すぎてこれから一人で生きていくことを考えるとすごく不安だった。
ここで必要とさているということに、今まで抑えていた気持ちが涙とともに溢れてくる。
「嬉しいです。こんなに皆さんによくしてもらって、ずっとここに居ていいと言って頂けて。私、もっと皆さんのお役に立てるように頑張ります。刺繍だけでなくて私に出来ることがあれば何でもします。これからもどうぞよろしくお願いします」
私は泣き腫らした顔で三人に頭を下げた。
三人は優しく頷きながら、私の頭を撫でてくれた。
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