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第35話 逃げた先に
しおりを挟む私は話を聞いて唖然とした。式典のあの日、父親に引き留められ遅くなったと言っていたがそんなやり取りをしていたとは。
「父はコードウェルの血を残していくことを義務だと思っているし、国のための仕事だと思っているのよ」
「義務と仕事……」
やっぱり、という感じだ。コードウェル宰相とは少ししか会話をしなかったが、それだけのために私に彼らと結婚しろと言っているのをひしひしと感じていた。
「このままだと本当に勅命として結婚させられることになるかもしれないわね」
「私はどうしたら良いのでしょうか」
膝の上で握った拳に力が入る。今の私に拒否権などないことはわかっている。だからと言って言われるがまま三人のうちの誰かと結婚なんてしたくない。
「セレーナさんは本当にあの子たちの誰とも結婚したくない? 子どもを作る作らないは別として、そういうふうに思ったりはしない?」
最近気付いた自分の気持ち。けれど誰にも言わないと決めた気持ち。
この気持ちを口にしてしまえばきっと後戻りはできなくなるだろう。
私にはまだそこまでの覚悟なんてない。
口をつぐんだ私にヴァイオレット様は困ったように笑う。
「ここから、逃げてもいいのよ」
「え?」
「もし、セレーナさんがあんな三人誰とも結婚なんてしたくない! そんなの絶対に嫌だわって言うならね」
「私はそんな……」
「わかってるわ。とても荷が重いわよね」
ヴァイオレット様はお茶を一口飲み、小さく息を吐くと真剣な表情で私を見る。
「でも本当にこの状況から逃げたいと思うのなら、手助けはするわ」
「私は……誰かの言いなりで結婚するくらいなら、ここにいないほうがいいと思っています。ですが、逃げるなんてどうやって」
私には帰る家も行く宛もない。ここから逃げ出したとしてどうすればいいのだろう。
「信頼できる人にお願いするから」
「信頼できる人?」
「ええ。あちらに連絡をとって準備ができ次第、ここから出て行く。それでもいいかしら」
「はい」
それからはヴァイオレット様が内密に動いてくれることになった。
ずっと王宮で働くつもりだったわけではない。一つの経験としてここでの仕事をやってみることに決めた。
けれどまさかこんなに早く出て行くことになるとは思わなかった。それもこんな逃げるような形で去っていくことになるなんて。
それから数日間は変わらずドレスを作る仕事に専念した。
短い期間だったけれど私に与えられた仕事は精一杯したい。
あれからコードウェル宰相に呼び出されることもなく穏やかな日が続いていた。
そして満月の今日、私はまるで夜逃げをするようにこの王宮から出て行く。
マライアさんには別のところで働くことになったと伝えた。まだ全てのドレスが完成したわけではなく仕事半ばに出ていかなかければいけないことに心苦しく感じたが、マライアさんは次の場所でも頑張ってねと温かく送り出してくれた。
日が沈み夜も更けった時間帯、ヴァイオレット様に言われた通り西棟の使用人フロアからこっそり王宮の裏庭に出てお堀の門まで行った。するとそこには知った人物がいた。
「フェリクス様……」
ヴァイオレット様が言っていた信頼できる人物とはフェリクス様のことだったのか。
でも本家と分家で仲は良くないと聞いていたのに。
「お久しぶりですね。セレーナさん」
「お、久しぶりです」
もう、会うことはないと思っていた。以前会った時、フェリクス様はウィリアム様たちのことをあまりよく思っていないと感じていたから。
だから私に、逃げたくなったら自分を訪ねてこいと言ったのだと思っていた。
「セレーナさんっ」
後ろから私を呼ぶ声が聞こえ振り向く。
「ヴァイオレット様……」
「間に合って良かったわ」
ネグリジェにストール巻いたヴァイオレット様は少し息を切らし私の所へ駆け寄ってくる。
「こんな時間に出てこられて大丈夫なのですか?」
「少しくらい大丈夫よ。セレーナさんに会っておきたかったの」
ヴァイオレット様は呼吸を整えるとフェリクス様の方を向く。
「久しぶりねフェリクス」
「お久しぶりです。ヴァイオレット姉さん」
ヴァイオレット様とフェリクス様は穏やかな雰囲気で挨拶を交わす。
それは決して敵対している関係ではなく、お互いに信頼しあっているように思えた。
「お二人は普段から連絡を取り合っていらっしゃるのですか?」
「いいえ。ヴァイオレット姉さんから連絡があったのは本当に久しぶりですよ」
「ええ。今回セレーナさんがここを出て行くためには彼の力が必要だと思って」
「失礼ですが私、本家の方と分家の方は仲が良くないと伺っていたので」
二人は顔を見合せ困ったように笑う。
「私たちは仲が悪いわけじゃないのよ」
本家と分家は獣になれるかなれないかの違いで分かれ、その考え方も相反することにより敵対している関係ではあったが、全く関係を断っていたわけではないそうだ。
仲が悪いのはヴァイオレット様たちの父であるコードウェル宰相の血筋に対する執着による考え方がそうさせていた。
父であるコードウェル宰相には内密に、分家の人たちと連絡をとることもあるらしい。
「きっと王家から逃げるなら私共のところに来るのが一番安全だと思います。王家の人間が寄りつきませんからね」
表面上本家と分家は関わりを持っていないことになっているため、私が分家のところへ行っているとは思わないだろうとのことだった。
私は今からコードウェルの領地でも分家が拠点にしている遠い北の国へ行く。
「セレーナさん元気でね。もし何かあったら私に連絡してくれていいからね」
「ありがとうございます。ヴァイオレット様もお体に気をつけて」
ヴァイオレット様はそっと私を抱き締めてくれた。
そして名残惜しそうに離れると小さく頷き私の背中を押す。
私はフェリクス様に手を引かれお堀の通路門から王宮を出る。
お堀の脇に停まってあった馬車に乗り込むと直ぐに馬車は出発した。
私が王宮を出てコードウェルの領地へ行くことはウィリアム様たちには言わないで欲しいとお願いした。余計な心配をかけたくなかったし、きっと彼らは今回のことに関してなにかしらの責任を感じてしまう。
だから何も言わずに去るのがいいと思った。
これから先どうなるのはわからない。けれどきっと私はどこででもやっていける。そう思わせてくれた人たちがいるから。
静かな夜だった。王都を出ると林道に入る。時折弾む車輪の振動と音が体に響き、遠い知らない地へ行くのだと実感させられる。
暗闇に紛れるような黒い小さな馬車に揺られながら夜空を見上げれば何故か勝手に視界が滲む。
そんな私にフェリクス様は何も言わなかった。
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