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最終話 幸せ
「フェリクスがセレーナを攫ったんだ」
「攫ったなんて人聞きが悪いですね。彼女は自分からこちらへやってきたんですよ」
明け方、まだ日も登りきらない時間帯、仕事から帰るとすぐに見計らったように客人がやってきた。
こんな時間に誰かと思ったら、久しぶりに顔を合わせる従兄弟だ。
セレーナが王宮を出て行ったことはすぐにわかった。だが、どこに行ったのか、どうやって出ていったのか僕たちの情報網をもってしてもわからなかった。王宮でライアンが暴れそうになったとき、姉上が止めに入った。
『セレーナさんのことを思うなら、他にするべきことがあるでしょう』
姉上はなにか知っているようだった。でも、絶対に口を割らない。性格上、教えてくれないことはわかっている。ただ、姉上が知っているということはセレーナはきっと悪いようにはなっていないはず。無事だとわかっただけでも気持ちは少し落ち着いた。
それでもなぜ、こんなにも情報がないのかと思っていたら、フェリクスのところにいたのか。
「セレーナさんがいなくなって随分と取り乱したそうですね」
「当たり前だよ。何も言わずにいなくなったんだ。心配するに決まってる」
でも、今まで一切の情報も漏れないようにしていたのがなぜこのタイミングでわざわざセレーナの場所を明かすんだろう。ずっと、隠し通すつもりで連れていったはずだ。必ず居場所を突き止めるつもりではいたけれど、なぜ向こうから。
「彼女にはここに来ることは言っていません」
「なにか、理由があるの?」
「お父上が動き出したそうですね」
「知ってるんだね。なんとか僕たちが先に見つけなければと思っていたんだ」
父上は怒っている。勝手に王宮を出たセレーナに。なんとしてでも見つけだして無理やりにでも僕らの誰かと結婚させようとしている。そんなことをしたって子を成せるはずがないのに。
「王家と本家でこちらに攻め入られたら流石に太刀打ちできません。そうなる前にどうにかしないといけないのです」
「だから、このタイミングでやってきたんだね」
本家でも、分家のしていることに容認派と反対派がいる。
今、獣に姿をかえられる僕たち兄弟が容認派だから派閥争いは落ち着いているけど、王家が関わってくると酷い争いになりかねない。どうにかしなければ。
セレーナのためにも。
「話は聞いたぜ」
「セレーナさんそっちにいたんだ。早く言ってよね」
ライアンとアレンもやってきて、これからどうやって父上に対抗するか話し合いが始まった。
ただセレーナを逃がすだけではいけない。抗争を止めるだけではいけない。
これから先のことを考えて、最善の方法をみつけなければ。
「ところで、セレーナはそっちで上手くやってるの?」
「ええ。街の洋裁店で縫い師として働いていますよ。住人たちとも随分打ち解けていますし不自由はしてないと思います」
「よかった。でも、セレーナはいつも根を詰めすぎるところがあるから気にかけてあげて欲しい」
「わかりましたよ。心配性ですね」
セレーナ、君の望むような結果になるかはわからないけど、僕たちは君の幸せを一番に願っている。そのためにはなんだってするよ。
――――――――――
「セレーナさん、今日はもうあがって大丈夫ですよ」
「はい。ですが、これだけ仕上げておきます」
「ありがとう。でも、無理はしないでね。私は先にあがらせてもらうわね」
「わかりました。お疲れ様です」
王都を出発して十日ほど馬車に揺られ着いたのは、コードウェル領の最北、オースレンという街だった。
辺り一面雪が積もり、白く輝く銀世界は、私があの屋敷で刺繍をしたカーテンなど比べものにならないほど美しい。
そんな街で私は洋裁店で縫い師として働いている。
はじめは肌を刺すような風の冷たさに体を震わせてばかりいた。
けれど、この街に来て約半年、この寒さにも随分と慣れてきた。
フェリクス様はあらかじめ私の住む家と働く場所を手配してくれていた。
作業を終わらせると片付けをして、お店を出る。
仕事が終わり帰るのは、分家の人達が集まり勉学や訓練をする施設。
獣姿になれずとも、防諜員としての仕事を担えるように日々鍛錬を積んでいるそうだ。
私はそこの宿舎の一室を使わせてもらっている。
「あ、セレーナさんだ! お帰りなさい」
「セレーナさん、お疲れ様~」
「みなさん、ただいま。お疲れ様です」
随分とここの人たちとも打ち解け、生活にも馴染んできた。
「セレーナさん、今日は少し遅かったですね。心配しました」
「フェリクス様、すみません。きりのいいところまで作業を終わらせておきたかったので」
「仕事熱心なのはいいですが、根を詰め過ぎないでくださいね」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
夢中になると時間を忘れて没頭してしまう。私の悪い癖で、ウィリアム様にもよく心配されていた。同じことを言われるなんて、心配性なところは従兄弟同士似ているのだろうか。
そして、この半年でフェリクス様への印象は、ずいぶんと変わっている。
元々穏やかな人柄ではあった。
誰に対しても気遣いのできる優しいひとだ。
それだけでなくこの街の人たちがよりよい生活を送れるように、日々尽力している。
なにより、分裂してしまったものの、コードウェル家としての役目を全うする使命感を持っている。
『あの姿に囚われている本家の人間を滑稽とさえ思っている』
以前言っていた言葉。あの時はただ、本家の人たちを非難しているのかと思っていた。けれど、それは、獣姿に頼らずとも人間の力でも役目を全うできると信じているからなのだと今ならわかる。
もちろん、人と獣では身体的能力は大きな差がある。でも、相手にするのは人だ。正しい訓練とこれまでのコードウェルの知識でちゃんと担っていけるはずだとフェリクス様は言っていた。
言葉通り、分家でもたくさんの仕事を請け負っているらしい。
本家でも一部の人たちと連携をとったり、王家にも渡っていない情報で秘密裏に任務を遂行したり。今まで知らなかったコードウェル家のことをここで生活するようになって少しわかってきた。
私は自室に戻り、机の引き出しを開ける。作りかけの、小さくて、特徴的な形をした服。
マスターに教えてもらうことはできなかったけど、彼らの姿を想像し独自に型をとって作りはじめた。もしかしたら、もう会うことはないかもしれない。服なんて作っても渡せないままかもしれない。それでも、彼らを想いながらなにかしたかった。そうすることで、心が落ち着いた。
本当は会いたい。三人に。ウィリアム様に。でも、私はきっとそばにいないほうがいい。
そんなことを思いながら獣姿用の服を作っていた。
夢中になってしまい、作業をはじめて随分と時間がたった。そろそろ終わりにしなければと、片付けようとしたとき、部屋のドアがノックされた。
こんな時間にだれだろう。フェリクス様かな。私は「はい」と返事をする。
ゆっくりと開かれたドアの先にいたのは、思いもよらない人だった。
「また、こんな時間までしてたの? 無理したらだめだよっていつも言ってたでしょ」
「ウィリアム、様……」
机の上の道具を見て、心配そうに眉を下げるウィリアム様。半年前と何も変わらない表情に、私の胸はぎゅっと熱くなる。
私がここにいることは秘密にしていたはずだったのに。
「どう、して……」
「どうしてもセレーナさんに会いたいって押しかけてきたんですよ」
後ろから現れたのはフェリクス様だった。少し呆れたような顔をしている。
「セレーナ、話できるかな?」
「はい……」
突然のことで驚いたが、久しぶりのウィリアム様になんだか安心した。
私の部屋ではなんだからと、客室へと移動しウィリアム様と向かい合って座る。
「元気、だった?」
「はい。ここの人たちにはとてもよくしていただいています」
「そっか、よかった……」
ウィリアム様は悲しそうに笑う。黙って逃げるように出てきてしまい、きっとたくさん心配もかけただろう。でも、それを咎めることは言わない。それが余計に罪悪感を抱かせた。私は深く頭を下げる。
「すみませんでした。今までのみなさんのご厚意を無下にするようなことをして」
「顔を上げて。セレーナは何も悪くないよ。不甲斐ないばかりにそんな選択をさせてしまった僕たちのせいだから」
「ウィリアム様たちのせいではありません! 私が、私が……」
みんな、いつも私のために行動して、助けてくれた。支えてくれた。感謝してもしきれないほどに。なのに、そんな彼らと一緒にいるという覚悟を持てなかった、私が弱いのだ。
「セレーナ、自分を責めないで。そのことで話があるんだ」
「はい……」
ウィリアム様は優しく微笑むと、私がいなくなってからの事を教えてくれた。
コードウェル宰相は私が逃げたことにひどく憤慨し、力ずくでも連れ戻そうとしていたらしい。そうなると本家と分家の抗争は免れない。そこで、ウィリアム様たちとフェリクス様はある計画を立てた。抗争を止めたところでなんの解決にもならない。これから先のことを考えるなら、宰相の獣姿に対する執念をどうに変えなければと。
今後、どんなにあがいても獣に姿をかえられる血筋は滅んでいくだろうと言われている。それでも、コードウェル家の役目はこれからも継いでいける。それを証明する計画だった。
「僕たちに与えられた大きな仕事を分家の防諜員が内密に請け負ったんだ。父上も国王も随分とよろこんでやはりコードウェルの血を残さなければと息巻いていたところに、今回の仕事は僕たちが遂行したのではないと言ったんだ」
「それで、ご納得されたのですか?」
「いや、父上は最後まで反発していたけど、この血がいずれ滅んだときのために今からコードウェルの仕事を担っていく人材を育成していくべきだと王宮内からも声があがりはじめた。それができるはずだと。父上の立場は随分と弱くなっているよ」
「そう、なのですね……」
だからといって、血筋を残さなくてもいいわけではないだろう。そうなったときのことを考えているだけで、まだ、ウィリアム様たちがいて血を残せる環境にあるのだから。
「セレーナ、また屋敷で暮らそうとは思わない?」
「え……」
「家のこと、血筋のこと、関係なく僕は、僕たちはセレーナのそばにいたいと思ってるよ」
ウィリアム様の様子からして、以前のように無理やり結婚させられたり、子を作れと言われたりすることはないのだろう。私もウィリアム様たちのそばにいたい。一緒にいられたらどんなにいいだろう。
でも、私はここでの穏やかな生活がとても好きだ。もちろん、屋敷で生活していた頃も三人にすごくよくしてもらって幸せだった。ここはその時とはまた違った温かさがある。ここにいる人たち全てが、この街全体が、私の居場所だと思える。
それに、コードウェル宰相が完全に考えを改めていないのなら、私が王都にいればまた何か迷惑をかけてしまうこともあるかもしれない。
「すみません。私、ここでの暮らしがとても気に入っています。ここで、暮らしていきたいです」
「セレーナ、僕たちと一緒にいるのはいや? 僕たちのこと嫌い?」
「そんなことありません! 好きです、みなさんのこと、とても好きです……」
「よかった。じゃあ、そばにいようよ」
「ですが、私はここで……」
私はずっとここで暮らすつもりだ。なのに、どうやってそばにいるというのだろう。もしかして、無理に連れ帰るつもりなのだろうか。いや、そんなことウィリアム様はしない。
その時、客室の扉が開いた。
「俺たちの脚力あまくみるなよ」
「ちょっと兄さんは早すぎるよ。いくらセレーナさんに会えるからって飛ばしすぎだよ」
「ライアン様、アレン様……」
入ってきたのは珍しく息を切らしたもふもふ姿の二人だった。
やはりこの姿では耳がいいのか、今部屋に入ってきたのに私たちの会話が聞こえていたようだった。
「ちょっと、着いたらフェリクスのところへ行って人の姿で服を着てからくるようにっていったのに」
「そんなのめんどうだわ」
「そうだよ。兄さんだけ早くセレーナさんに会ってずるいよ」
いつもの三人のやり取りがすごく安心する。また、みんなで暮らしたいという欲が湧いてきてしまう。
「セレーナ、僕たちは今朝、王都を出たんだよ」
「え? 今朝ですか?!」
私が来たときは馬車で十日ほどかかった。その道のりはすごく長かったように感じる。それをたった一日でやってくるなんて。やっぱりすごい。
「だから、僕たちがここに住むことだってできるんだよ。行ったり来たりにはなるだろうけどできるだけ、そばにいることができる。だめかな?」
「だめなんかではありません。すごく、すごく嬉しいです」
「ありがとうセレーナ、僕も嬉しいよ」
「ここのほうが子育てもしやすそうだしな」
「ちょっとライアン兄さんそれ今言うことじゃないでしょ」
滲んでいた涙は流れることなく、三人との楽しい会話に消えていった。
――――――――――
あれから一年ほど経った。
私たちは、このオースレンの街に地下のある三階建ての家を建てた。
王都にある屋敷のように大きくはないけれど、落ち着いた温かい家だ。
お店での仕事を終え家に帰り、窓から夕方の街の景色を眺める。
そして、風のように駆けてくるもふもふが視界に入る。急いで玄関を開けると三人が飛び込んできた。
「わぁっ、ふふ。随分と早く帰って来られましたね」
「近道をみつけたんだ。これから早く帰ってこれそうだよ」
「かっこつけてるけどウィリアムが変なところに入り込んでたまたま近道だったてだけだろ」
「ボク、もうあんな崖下るのいやだよ」
なんて言い合いながらもふもふたちが私にすりより、尻尾を揺らす。可愛くて、気持ちよくて、全員をぎゅっと抱きしめた。
三人は王都での仕事をしながら、数日に一度この家へ帰ってくる。全員揃ってだったり、バラバラだったり。行ったり来たりの生活はとても大変だと思う。それでもみんな私のそばにいたいとここに帰って来てくれる。
私はずっと、幸せになりたいと思っていた。私には無理なんだと諦めたこともあった。
でも、今とても幸せだ。
「みなさん、おかえりなさい――」
「攫ったなんて人聞きが悪いですね。彼女は自分からこちらへやってきたんですよ」
明け方、まだ日も登りきらない時間帯、仕事から帰るとすぐに見計らったように客人がやってきた。
こんな時間に誰かと思ったら、久しぶりに顔を合わせる従兄弟だ。
セレーナが王宮を出て行ったことはすぐにわかった。だが、どこに行ったのか、どうやって出ていったのか僕たちの情報網をもってしてもわからなかった。王宮でライアンが暴れそうになったとき、姉上が止めに入った。
『セレーナさんのことを思うなら、他にするべきことがあるでしょう』
姉上はなにか知っているようだった。でも、絶対に口を割らない。性格上、教えてくれないことはわかっている。ただ、姉上が知っているということはセレーナはきっと悪いようにはなっていないはず。無事だとわかっただけでも気持ちは少し落ち着いた。
それでもなぜ、こんなにも情報がないのかと思っていたら、フェリクスのところにいたのか。
「セレーナさんがいなくなって随分と取り乱したそうですね」
「当たり前だよ。何も言わずにいなくなったんだ。心配するに決まってる」
でも、今まで一切の情報も漏れないようにしていたのがなぜこのタイミングでわざわざセレーナの場所を明かすんだろう。ずっと、隠し通すつもりで連れていったはずだ。必ず居場所を突き止めるつもりではいたけれど、なぜ向こうから。
「彼女にはここに来ることは言っていません」
「なにか、理由があるの?」
「お父上が動き出したそうですね」
「知ってるんだね。なんとか僕たちが先に見つけなければと思っていたんだ」
父上は怒っている。勝手に王宮を出たセレーナに。なんとしてでも見つけだして無理やりにでも僕らの誰かと結婚させようとしている。そんなことをしたって子を成せるはずがないのに。
「王家と本家でこちらに攻め入られたら流石に太刀打ちできません。そうなる前にどうにかしないといけないのです」
「だから、このタイミングでやってきたんだね」
本家でも、分家のしていることに容認派と反対派がいる。
今、獣に姿をかえられる僕たち兄弟が容認派だから派閥争いは落ち着いているけど、王家が関わってくると酷い争いになりかねない。どうにかしなければ。
セレーナのためにも。
「話は聞いたぜ」
「セレーナさんそっちにいたんだ。早く言ってよね」
ライアンとアレンもやってきて、これからどうやって父上に対抗するか話し合いが始まった。
ただセレーナを逃がすだけではいけない。抗争を止めるだけではいけない。
これから先のことを考えて、最善の方法をみつけなければ。
「ところで、セレーナはそっちで上手くやってるの?」
「ええ。街の洋裁店で縫い師として働いていますよ。住人たちとも随分打ち解けていますし不自由はしてないと思います」
「よかった。でも、セレーナはいつも根を詰めすぎるところがあるから気にかけてあげて欲しい」
「わかりましたよ。心配性ですね」
セレーナ、君の望むような結果になるかはわからないけど、僕たちは君の幸せを一番に願っている。そのためにはなんだってするよ。
――――――――――
「セレーナさん、今日はもうあがって大丈夫ですよ」
「はい。ですが、これだけ仕上げておきます」
「ありがとう。でも、無理はしないでね。私は先にあがらせてもらうわね」
「わかりました。お疲れ様です」
王都を出発して十日ほど馬車に揺られ着いたのは、コードウェル領の最北、オースレンという街だった。
辺り一面雪が積もり、白く輝く銀世界は、私があの屋敷で刺繍をしたカーテンなど比べものにならないほど美しい。
そんな街で私は洋裁店で縫い師として働いている。
はじめは肌を刺すような風の冷たさに体を震わせてばかりいた。
けれど、この街に来て約半年、この寒さにも随分と慣れてきた。
フェリクス様はあらかじめ私の住む家と働く場所を手配してくれていた。
作業を終わらせると片付けをして、お店を出る。
仕事が終わり帰るのは、分家の人達が集まり勉学や訓練をする施設。
獣姿になれずとも、防諜員としての仕事を担えるように日々鍛錬を積んでいるそうだ。
私はそこの宿舎の一室を使わせてもらっている。
「あ、セレーナさんだ! お帰りなさい」
「セレーナさん、お疲れ様~」
「みなさん、ただいま。お疲れ様です」
随分とここの人たちとも打ち解け、生活にも馴染んできた。
「セレーナさん、今日は少し遅かったですね。心配しました」
「フェリクス様、すみません。きりのいいところまで作業を終わらせておきたかったので」
「仕事熱心なのはいいですが、根を詰め過ぎないでくださいね」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
夢中になると時間を忘れて没頭してしまう。私の悪い癖で、ウィリアム様にもよく心配されていた。同じことを言われるなんて、心配性なところは従兄弟同士似ているのだろうか。
そして、この半年でフェリクス様への印象は、ずいぶんと変わっている。
元々穏やかな人柄ではあった。
誰に対しても気遣いのできる優しいひとだ。
それだけでなくこの街の人たちがよりよい生活を送れるように、日々尽力している。
なにより、分裂してしまったものの、コードウェル家としての役目を全うする使命感を持っている。
『あの姿に囚われている本家の人間を滑稽とさえ思っている』
以前言っていた言葉。あの時はただ、本家の人たちを非難しているのかと思っていた。けれど、それは、獣姿に頼らずとも人間の力でも役目を全うできると信じているからなのだと今ならわかる。
もちろん、人と獣では身体的能力は大きな差がある。でも、相手にするのは人だ。正しい訓練とこれまでのコードウェルの知識でちゃんと担っていけるはずだとフェリクス様は言っていた。
言葉通り、分家でもたくさんの仕事を請け負っているらしい。
本家でも一部の人たちと連携をとったり、王家にも渡っていない情報で秘密裏に任務を遂行したり。今まで知らなかったコードウェル家のことをここで生活するようになって少しわかってきた。
私は自室に戻り、机の引き出しを開ける。作りかけの、小さくて、特徴的な形をした服。
マスターに教えてもらうことはできなかったけど、彼らの姿を想像し独自に型をとって作りはじめた。もしかしたら、もう会うことはないかもしれない。服なんて作っても渡せないままかもしれない。それでも、彼らを想いながらなにかしたかった。そうすることで、心が落ち着いた。
本当は会いたい。三人に。ウィリアム様に。でも、私はきっとそばにいないほうがいい。
そんなことを思いながら獣姿用の服を作っていた。
夢中になってしまい、作業をはじめて随分と時間がたった。そろそろ終わりにしなければと、片付けようとしたとき、部屋のドアがノックされた。
こんな時間にだれだろう。フェリクス様かな。私は「はい」と返事をする。
ゆっくりと開かれたドアの先にいたのは、思いもよらない人だった。
「また、こんな時間までしてたの? 無理したらだめだよっていつも言ってたでしょ」
「ウィリアム、様……」
机の上の道具を見て、心配そうに眉を下げるウィリアム様。半年前と何も変わらない表情に、私の胸はぎゅっと熱くなる。
私がここにいることは秘密にしていたはずだったのに。
「どう、して……」
「どうしてもセレーナさんに会いたいって押しかけてきたんですよ」
後ろから現れたのはフェリクス様だった。少し呆れたような顔をしている。
「セレーナ、話できるかな?」
「はい……」
突然のことで驚いたが、久しぶりのウィリアム様になんだか安心した。
私の部屋ではなんだからと、客室へと移動しウィリアム様と向かい合って座る。
「元気、だった?」
「はい。ここの人たちにはとてもよくしていただいています」
「そっか、よかった……」
ウィリアム様は悲しそうに笑う。黙って逃げるように出てきてしまい、きっとたくさん心配もかけただろう。でも、それを咎めることは言わない。それが余計に罪悪感を抱かせた。私は深く頭を下げる。
「すみませんでした。今までのみなさんのご厚意を無下にするようなことをして」
「顔を上げて。セレーナは何も悪くないよ。不甲斐ないばかりにそんな選択をさせてしまった僕たちのせいだから」
「ウィリアム様たちのせいではありません! 私が、私が……」
みんな、いつも私のために行動して、助けてくれた。支えてくれた。感謝してもしきれないほどに。なのに、そんな彼らと一緒にいるという覚悟を持てなかった、私が弱いのだ。
「セレーナ、自分を責めないで。そのことで話があるんだ」
「はい……」
ウィリアム様は優しく微笑むと、私がいなくなってからの事を教えてくれた。
コードウェル宰相は私が逃げたことにひどく憤慨し、力ずくでも連れ戻そうとしていたらしい。そうなると本家と分家の抗争は免れない。そこで、ウィリアム様たちとフェリクス様はある計画を立てた。抗争を止めたところでなんの解決にもならない。これから先のことを考えるなら、宰相の獣姿に対する執念をどうに変えなければと。
今後、どんなにあがいても獣に姿をかえられる血筋は滅んでいくだろうと言われている。それでも、コードウェル家の役目はこれからも継いでいける。それを証明する計画だった。
「僕たちに与えられた大きな仕事を分家の防諜員が内密に請け負ったんだ。父上も国王も随分とよろこんでやはりコードウェルの血を残さなければと息巻いていたところに、今回の仕事は僕たちが遂行したのではないと言ったんだ」
「それで、ご納得されたのですか?」
「いや、父上は最後まで反発していたけど、この血がいずれ滅んだときのために今からコードウェルの仕事を担っていく人材を育成していくべきだと王宮内からも声があがりはじめた。それができるはずだと。父上の立場は随分と弱くなっているよ」
「そう、なのですね……」
だからといって、血筋を残さなくてもいいわけではないだろう。そうなったときのことを考えているだけで、まだ、ウィリアム様たちがいて血を残せる環境にあるのだから。
「セレーナ、また屋敷で暮らそうとは思わない?」
「え……」
「家のこと、血筋のこと、関係なく僕は、僕たちはセレーナのそばにいたいと思ってるよ」
ウィリアム様の様子からして、以前のように無理やり結婚させられたり、子を作れと言われたりすることはないのだろう。私もウィリアム様たちのそばにいたい。一緒にいられたらどんなにいいだろう。
でも、私はここでの穏やかな生活がとても好きだ。もちろん、屋敷で生活していた頃も三人にすごくよくしてもらって幸せだった。ここはその時とはまた違った温かさがある。ここにいる人たち全てが、この街全体が、私の居場所だと思える。
それに、コードウェル宰相が完全に考えを改めていないのなら、私が王都にいればまた何か迷惑をかけてしまうこともあるかもしれない。
「すみません。私、ここでの暮らしがとても気に入っています。ここで、暮らしていきたいです」
「セレーナ、僕たちと一緒にいるのはいや? 僕たちのこと嫌い?」
「そんなことありません! 好きです、みなさんのこと、とても好きです……」
「よかった。じゃあ、そばにいようよ」
「ですが、私はここで……」
私はずっとここで暮らすつもりだ。なのに、どうやってそばにいるというのだろう。もしかして、無理に連れ帰るつもりなのだろうか。いや、そんなことウィリアム様はしない。
その時、客室の扉が開いた。
「俺たちの脚力あまくみるなよ」
「ちょっと兄さんは早すぎるよ。いくらセレーナさんに会えるからって飛ばしすぎだよ」
「ライアン様、アレン様……」
入ってきたのは珍しく息を切らしたもふもふ姿の二人だった。
やはりこの姿では耳がいいのか、今部屋に入ってきたのに私たちの会話が聞こえていたようだった。
「ちょっと、着いたらフェリクスのところへ行って人の姿で服を着てからくるようにっていったのに」
「そんなのめんどうだわ」
「そうだよ。兄さんだけ早くセレーナさんに会ってずるいよ」
いつもの三人のやり取りがすごく安心する。また、みんなで暮らしたいという欲が湧いてきてしまう。
「セレーナ、僕たちは今朝、王都を出たんだよ」
「え? 今朝ですか?!」
私が来たときは馬車で十日ほどかかった。その道のりはすごく長かったように感じる。それをたった一日でやってくるなんて。やっぱりすごい。
「だから、僕たちがここに住むことだってできるんだよ。行ったり来たりにはなるだろうけどできるだけ、そばにいることができる。だめかな?」
「だめなんかではありません。すごく、すごく嬉しいです」
「ありがとうセレーナ、僕も嬉しいよ」
「ここのほうが子育てもしやすそうだしな」
「ちょっとライアン兄さんそれ今言うことじゃないでしょ」
滲んでいた涙は流れることなく、三人との楽しい会話に消えていった。
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あれから一年ほど経った。
私たちは、このオースレンの街に地下のある三階建ての家を建てた。
王都にある屋敷のように大きくはないけれど、落ち着いた温かい家だ。
お店での仕事を終え家に帰り、窓から夕方の街の景色を眺める。
そして、風のように駆けてくるもふもふが視界に入る。急いで玄関を開けると三人が飛び込んできた。
「わぁっ、ふふ。随分と早く帰って来られましたね」
「近道をみつけたんだ。これから早く帰ってこれそうだよ」
「かっこつけてるけどウィリアムが変なところに入り込んでたまたま近道だったてだけだろ」
「ボク、もうあんな崖下るのいやだよ」
なんて言い合いながらもふもふたちが私にすりより、尻尾を揺らす。可愛くて、気持ちよくて、全員をぎゅっと抱きしめた。
三人は王都での仕事をしながら、数日に一度この家へ帰ってくる。全員揃ってだったり、バラバラだったり。行ったり来たりの生活はとても大変だと思う。それでもみんな私のそばにいたいとここに帰って来てくれる。
私はずっと、幸せになりたいと思っていた。私には無理なんだと諦めたこともあった。
でも、今とても幸せだ。
「みなさん、おかえりなさい――」
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こうして王都を離れ侯爵領でのびのびと健やかに成長していったアシェルは、自分が美しいことも忘れていたくらいだったから、自身の美貌の余韻が王都の社交界にて壮大な物語を創生していたことに気付けなかった。
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※2026.1.19 おかげさまで本編完結いたしました。ありがとうございます♡
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葵 すみれ
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