勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~

藤 ゆみ子

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第7話 落書き作戦

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 私は今、一世一代の行動を起こそうとしている。

 普段とは違うフリルのポケットが付いたネグリジェを着て、ベッドに入る。
 いつもならシオン様が寝室に来るころには眠っているけれど、今日は寝ずに待っていた。

 シオン様が寝たところを見計らって、寝込みを襲うためだ。
 私に上手くできるだろうか。
 こんなの、やったことはない。ドキドキするけれど、効果はてきめんだと思う。

 ネグリジェのポケットに入れたペンをギュッと握り締める。

 名付けて、夫の顔に落書きをするヤバい妻作戦。

 怒るだろうな。
 でも、明日の朝クラウド様に顔を拭ってもらうところまで想像できる私は、心なしか少し楽しみなような気もしている。

 ガチャリ、とドアの開く音がして急いで目を瞑り寝たふりをする。
 寝たふりは毎朝していることなので得意だ。

 シオン様はベッドに入り、いつものように私から離れたところで仰向けで寝転ぶ。
 このベッドは大人五人は寝られそうなほど広いため、けっこうな距離がある。
 そんなに私の近くで寝るのが嫌なんだな。

 そもそも、一緒のベッドで寝ることが嫌なのかも。
 お父様から夫婦二人の寝室として与えられたから、仕方なく一緒に寝てるんだ。

 なんて思い至りながら、こっそりシオン様の様子を確認すると、もう眠っているようだった。

 私はそっと起き上がり、そばに寄っていったん座る。
 
「綺麗なお顔……」

 白い肌に長いまつ毛。眠っている姿も美しい。
 こんなに綺麗なお顔に私は今から落書きをするんだ……。
 本当にそんなことしてもいい?
 けっこうまずいことなような気がしてきた。

 やっぱりやめようか。

 いやでも、明日の朝クラウド様が落書きを見て笑いながらお顔を拭いてあげて、シオン様は恥ずかしそうにお礼を言いながら、お二人はまた仲を深めていくんだ。

 そして私は離縁を告げられる。

 うん、完璧な作戦じゃない。

 意を決してポケットからペンを取り出す。
 そしてゆっくりとシオン様の顔を覗き込んだ。
 ペンを持つ方とは反対の手をお顔の横につき、狙いを定める。

 ああ、やっぱり……。

 顔を覗き込んだまま動けない――。

「僕の奥さんはいつからそんなに扇情的になったのだろう」

 っ!
 
 シオン様がパッと目を開ける。
 驚いてベッドの上でしりもちをついてしまった。

「お、起きてらしたのですか?」
「いつもならこの時間はもう眠っているティアが起きてるから気になってね」

 寝たふりしてたことバレてる?!

「何をしようとしていたの?」
「え、っと……」

 お顔に落書きしようとしていたなんて言えるわけがない。
 返答に困っていると、シオン様は起き上がり、私の腕を掴む。

 そして、押し倒された。

 押し倒されたといっても、頭は優しく支えられ、そっと寝かされたような状態だ。

 私の顔の横に両手をつき、覗き込んでくる。
 まさに形勢逆転。

「で、ここからどうしようと?」
「それは……」

 なぜかシオン様の顔がどんどん近づいてくる。

 近い。もう、無理……。

「その美しいお顔に落書きしようとしてました!」

 言ってしまった。
 事後に怒られるのはいいけれど、やらなかったことを怒られるのは、嫌だな。
 でも、やろうとしてたのだから仕方ないか……。
 
 けれどシオン様は怒るどころか、お腹を抱えて笑い出す。

「はは、なにそれどういうこと? なんで落書き?」

 よほど面白かったのか、涙目になって理由を聞いてくる。

「えっと……。お顔があまりにも美し過ぎるので、そばかすでも描こうかと……」
 
 そばかすの落書きをしようとしていたことは嘘ではない。
 私はペンを差し出し、すみませんでしたと目を伏せた。

「僕なんかより、ティアの方が、よっぽど綺麗だよ」
「そんなことは――」

 決してない、と否定しようとしたとき、シオン様の手のひらが私の頬にそっと触れた。

「柔らかな白い肌にエメラルドグリーンの美しい瞳、サラサラの長い髪。どこから見ても綺麗だよ」
 
 当たり障りのないお世辞は何度も聞いてきたけど、そんなふうに褒められたことなんて今までない。
 なんだか恥ずかしくなって、思わず顔を逸らす。

「ご、ごめん。不快だったよね」

 シオン様はパッと手を離し、いつものように距離を取る。
 離れたところから何度も謝ってくるけれど、謝らなければいけないのは私の方だ。

「私の方こそ、くだらないことをしようとしてすみませんでした。それと、不快……ではありませんでした」

 びっくりしたし、恥ずかしかったけど、全く不快ではなかった。
 
「本当に?」
「はい……」
「じゃあ、もう少しそばで寝てもいい?」
「いいですけど、シオン様は嫌ではないのですか?」
「嫌なわけないよ」

 そう言って、私のそばに寄り、ゆっくりと寝転んだ。
 思っていた以上に近い。
 肩と肩が触れてしまいそうだった。
 少しだけ寄ったほうがいいかなと思い、動こうとしたら、指先が触れた。

 お互いビクッとしたけれど、シオン様はそのまま私の手を握る。

 え……。

 どうしたんだろう。どうして、私の手を握るの?
 不思議だったけれど、シオン様から握ってきたのだから振りほどくなんてことはしない。

「人肌って、温かくて安心するね」

 シオン様、人肌が恋しかったのかな。
 公爵家を継いで、ずっと気を張っていたもんな。
 癒しが欲しかったのかも。

「ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとう、ティアもね」

 シオン様はギュッと手を握る。
 そして私たちは手を繋いだまま、眠りについた。
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