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魔法使いか侍か
しおりを挟む「メグ、今日は一緒に庭でランチでもどうだ?」
──とアーサー殿下が顔を覗かせたのは、私がメグを起き上がらせた後だった。
今度のパーティーで着るドレスも出来たからと私達に構わずメグを連れ去るアーサーに、そういうとこだぞと思いながらも間一髪。
正式な婚約者は未だ公爵令嬢のカレンであるが、アーサーの想いがメグに向いているのは明白。もし上に跨がられ喘いでるメルヴィンの姿を見られたなら。考えるだけでゾッとしてしまう。
ふたり残された部屋で、「貴方今までよく生きてますね」とボソリ呟いた。メルヴィンはバツの悪い顔をしている。
「お恥ずかしい限りです……。昔から運動は苦手で……」
「でも貴族なら一度ぐらいパーティーに参加されるんじゃ? 今までどうしてたんですか」
「普通はそうなんですがね。私は私生児なので表舞台には出したくなかったのでしょう。残念ながら一度もパーティーには参加したことがありません。まぁ、ダンスが出来ないので避けてきたのも事実ですが……」
「なるほど。人に教えるぐらい頭は良いのになんだか勿体無いです」
「あはは、そもそも勉強だって誰も何も教えてくれないから自分で学んだのが始まりです。兎に角本を読み勉強ばかりしていましたよ。ただ、ダンスは、相手が居ないと……」
「そうだったんですね……」
(え、つら。そりゃあ女性も免疫ないわけだ)
端正な顔立ちで背も高くて教えるのが上手で、更に王族とも繋がりがあるんだからモテるだろうに。まぁたまにサムライだけど。
ダンスだって誘って欲しくて待っている女性もきっと居るはずだ。あれか。モテたところで本人に免疫が無ければ何も始まらないのか。
(肉食系女子じゃないとマジで何も始まらなそう……)
それに私生児だなんて言葉、今まで生きてきて初めて聞いた言葉だ。そんな言い方誰もしないし、腹違いとか血が繋がらないなんて当たり前に溢れていた。
当たり前が『当たり前』になったのも、誰かが今まで我慢してくれたから。今までの誰かさん有難う。
「苦手なことは誰だってあります。きっとメルヴィンさんが堂々としていれば他の誰かの勇気になるはずですよ」
「ふふ、有難うございます。でも今の私があるのもブルーのお陰なんですよ?」
「ハント公爵様の?」
「ええ。虐げられていた私に、彼は色々な事を教えてくれました。自信だってつきました。彼は昔から優しい人です」
「そうですね、優しい人だと思います」
「だから、彼のこと、お願いします。彼の笑顔が見たいですから」
寂しそうに笑うメルヴィン。私も鏡のように微笑んでみるが、心の中では首を傾げている。
何故そんな言い方をするのだろう。まるで笑わなくなったと言わんばかりに。昔は、笑う人だったのだろうか。
「なんて、人の心配している場合じゃないんですけどね。ブルーが貴女のような素敵な女性と婚約したので少し焦ってます。私も、もうそんな歳だ」
「失礼ですが、いくつです?」
「もうすぐ30、ブルーとは同い年です。ブルーが女性に興味がなかったので安心してましたが……」
「メルヴィンさんに気になる女性とかは……」
「いやぁ、私なんて……。本当に恥ずかしい話なんですが女性ともお付き合いしたことも無い、ダンスも誘えない、触れ合うと頭の中が空っぽになってしまってもう何から始めていいか……。結婚なんて考えられないですよ」
「う、ううん……」
(もうすぐ30でお付き合いしたことなくて、って。メルヴィンさんは魔法使いにでもなるつもりだろうか……。やばっ、だめっ、笑っちゃだめっ……! 本人は真剣なんだからっ……!)
ついつい魔法使いなメルヴィンを想像してしまい、それがしっくりしすぎて自分の首を絞めて笑いを堪えていたのだが、結局バレてしまった。
顔を真っ赤にしながら「千聖様ったら……! 笑わないで下さい!」と30手前の男が言う。
落ち着きのあるハント公爵とは大違いだ。これが女性慣れした男との差なんだろうな。
そう考えるとまた笑えてきた。
「千聖様は意外と意地が悪いのですねっ!?」
「ご、ごめんなさいっ! すみません!」
必死に謝ってなんとか自分を落ち着かせていると、「まぁ笑われても仕方の無いことなんですが」とメルヴィン。
苦笑いで誤魔化している彼を見ると、少々からかい過ぎたかなと反省。更にはメグのボディタッチに振り回され、ダンスもいつの間にか追い越されて恥ずかしくて堪らないと溢す始末。
なかなかに拗らせているようだ。
「今更、こんなおじさんにダンスを教えてくれる女性など居ないですし。そもそも触れることすら出来ない。どうしようもないです」
「そう気を落とさずに、」
慰めようと、肩に触れる寸前で止めた。また驚かれてはたまったものじゃない。
いつもこうして私は人の悩みを聞く側になるため、自分の悩みや痛みを人に相談することが出来なくなってしまった。
ストレスも溜まる部分もあったが、私はそれでいいと思っていた。大抵は自分が我慢すれば済む話だし、争い合ったって何も生まれない。
その事を不服に思っていたのが元彼だ。
相談してね、と言われても身に染み付いたものだから誰かに相談するタイミングも分からなかった。
(色々なことを、相談する程でもないと思っていた自分も悪いけど)
その内にすれ違って、一緒に居ることもストレスになって、結局、お互いの距離感が合わなかったのだ。
知り合いとか、友達とかで丁度良かった。私達は近付きすぎた。
人とは、すこし壁があるぐらいが丁度良い。
「因みに……、千聖様ダンスは……」
仲間を探す目で聞いてくるのだが、残念ながら私は運動神経がいい。
「あーー、物覚え良いので10回やったら覚えました」
「そんなまさか!!」
「もちろんパーティーで踊ったことなんて無いですけどね。踊るつもりもありませんし」
「な、な、ななな、お、お願いします……! わ、私に! 私にダンスを教えて下さい!」
「えっ、いやっ、教えるほどのものじゃないです……」
「いいえいいえ、相手になってくれるだけで良いのです! 私! ステップは全て頭の中に入っているので! ですが女性に触れると全て飛んでしまって。メグさんは距離感が分からない人ですし、もう……! そ、そこを何とか、おね、お願いしまするっ……!!」
「えっ、えーー」
私が断れないのを知ってこの人は頼んでくるのだろうか。
祈るような目で、「千聖様しか頼れないのです……!」と言う。だからそんな目で見られると断れないだろうが。
「もー分かりましたよー。メルヴィンさん借りですからね!」
「はいっ……! 貴女様は聖女です……!」
そのあと、「聖女じゃないっ!」と反論したのは言うまでもない。
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