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第一章 高等学院編 第一編 魔法化学の夜明け(一年次・秋)
EP.XII 魔法とは何か(問題編)
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はじめに神は天と地とを創造された。
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。――すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。
神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。
夕となり、また朝となった。
第一日である。
神はまた言われた。
「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」
――そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。神はそのおおぞらを天と名づけられた。
夕となり、また朝となった。
第二日である。
神はまた言われた。
「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」
――そのようになった。神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。
神は見て、良しとされた。
神はまた言われた。
「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」
――そのようになった。地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。
神は見て、良しとされた。
夕となり、また朝となった。
第三日である。
神はまた言われた。
「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」
――そのようになった。神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。
神は見て、良しとされた。
夕となり、また朝となった。
第四日である。
無限回廊書架 DDC. 221
――『旧約聖書・創世記』第一章 B.C. 1520
「皆さんに問います。魔法とはなんでしょうか?」
魔法史の講義の担当講師であるアッサール・エーヴェルト・ティセリウス先生が生徒に問いかける。
しっかりと糊の効いた黒いジャケットとスラックスに身を包み、まるで執事かあるいはまるで吸血鬼かのような正装をしている。髪はポマードでオールバックに固めており、非常に厳格そうな印象を受ける。
その割には声は優しく、親しみやすそうに思える。
この教室にいる生徒は、今年の魔法科の入科試験に合格した十五名のみだ。一学年は白組と黒組に分けられており、僕らと同じ白組からは七名、黒組から八名が出席している。
教室を見渡してみれば、人間族以外の、エルフ族や猫人族など他の種族の生徒も何人かいるようだ。
さて、先生の問いかけはひどく簡潔だが、その回答には非常に深い理解が必要になりそうだ。浅い回答では正解にはならないだろう。
「では、クート・リリェバリ、君はどう考える?」
先生に指名されたのは僕と同じクラスから魔法科に来ている男子生徒だ。小柄で幼い顔つきだからあまり同い年には見えないが、魔法科の入学試験に通過するだけの知識と能力はあるのだろう。
明るいブラウンの髪が彼をより快活な印象に見せている。
「ええと…、マナに語りかけ、自然の力を借りることです」
指名されたクートはおずおずと立ち上がりながら回答する。
「なるほど。いい答えであるな。他には何かないかな? それでは、マルガレータ・テレーサ・パーシュブラント、答えてみなさい」
「は、はい!」
次に指名されたのは黒組の女生徒だ。藤色に映える髪に綺麗に整えられたツインロールがチャームポイントのようだ。ミドルネームがついている生徒は貴族の出身がほとんどだ。彼女の出で立ちからも推測に難くない。
そもそもこの学院に入学するには、生徒の魔法士としての適応性だけでなく、決して安くはない相応の授業料が払えるだけの資金と、生徒自身の知識をつけるために教育を施せる環境が必要となる。ユングヴィアランド全体の識字率は五割程度で、きちんとした教育がなければ文字の読み書きもままならない。
高等学院と呼ばれるだけあって、入学のためには、識字や四則演算など、初等教育に相当するものはすでに習得している前提でなければならない。そのため、この学院の半数近くが貴族出身の生徒なのだが、学院内では生徒の優劣を身分で決めることは決してない。
貴族の方が教育を受けやすい環境にあるのは違いないが、貴族の方が開拓者として優れているなどということは全く無い。この学院内では全て開拓者としての能力や授業成績などが基準であり、学内で身分を振りかざす行為は禁忌とされている。
――とは言え、なかなか人間そう割り切れないものである。
貴族という社会の中で生きるべく、上流意識を身に着けてきた生徒もいる。もちろんその社会の中では身分の高さが位の高さを示しているし、おそらく彼女も貴族らしくあるべく、そういった振る舞いを教育させられてきたのだろう。先生に指名されたマルガレータ・テレーサ・パーシュブラントという生徒は、ここに来て自分より身分の低い人間でも関係なく同列に扱われることにまだ順応できていなかった。
とはいえ、自分が学院で問題を起こして家名に傷をつけるわけにもいかず、大半の生徒は戸惑いながらも馴染もうと努力していた。
「ま、魔法というのは、自分の力の象徴であり、自分の願望や意志を形にするべく、魔力を代償に支払う……ということだと思います」
「自分の力の象徴か。なるほど、それも一つの答えであるな」
僕やイェスペルのような平民出身の生徒は人前で間違えたり失敗することに抵抗がないが(それでもできる限りしたくないけど)、貴族出身の生徒はそういった免疫がない者が多い。
クートは指名されたときこそ当面しておずおずしながらも、答え終わった後は平然とした状態に戻っていたが、マルガレータは先生から及第点のコメントを引き出せたことに安堵して息を切らしている。よほど緊張していたらしい。
「そうだな、あと一人訊いてみようか。コーダ・リンドグレン」
「はいっ!」
……うおっと。他の人ばかり見てたらこっちに来たよ。
入科試験で目立ったことをやらかしてから、担任のシベリウス先生といい、もしかすると目を付けられているかもしれない。気を引き締めておこう。
それで、魔法とはなにか、という質問だったか。みんなのように自分で今までの魔法に触れた経験から得た回答ではなく、これは完全にエリヒトオの受け売りではあるが――
「自然の理に干渉し、自分の意思を摂理の一部に介入させることです」
「……やはりであるか。完璧な回答をありがとう。だが、コーダ・リンドグレン、いま言った言葉の意味はきちんと理解しているかね? このクラスの他の生徒にも理解できる言い方で言い換えられるかね?」
「え、えーと…」
むむぅ…。ティセリウス先生もなかなか意地悪な質問をしてくる。だが的確だ。僕がただ本の受け売りで記憶しているだけではないか、その本質をきちんと理解しているかどうかを、先生は試しているのだ。
「えぇとですね…、自然の中には沢山の種類の生物が生きていて、それが大地や水、空気や火と触れ合ったり、混ざり合ったり、変化したり、影響し合ったりして、常に膨大なマナが行き来しています。そこには元素の世界があり、その世界を僕たちはきちんと理解しなければならず、また自分自身もその自然の一部であることを忘れてはなりません。
その元素の世界でどういう現象が起きているのかを理解し、自分の魔力をコントロールして、周りの自然に自分の思った通りの反応を起こすことが魔法である……ということだと思います」
なんだか長々と話しているうちに、この説明の仕方で本当に本質を理解していると判断してもらえるのか、他の生徒にも理解してもらえるよう噛み砕けているのか、本当は自分の理解はまだまだ浅いのではないか、など色々不安になってきてしまい、結局最後はマルガレータと同じような結びになってしまった。
「素晴らしい答えであるな。ほぼ満点と言っても差し支えない」
……やはり満点ではないらしい。
何かしら自分の理解が間違っているか、足りていない部分があるのだろう。…それはそうだ。自分はほとんど魔導書の受け売りで学んできただけで、人からちゃんと教わったことなど無いに等しい。
本の中の他人の受け売りばかりに偏った僕から見れば、自分の経験から回答を導き出したクートやマルガレータの方が、自分よりもとても立派だった。
……というかなんだかさっきからマルガレータがこちらを睨んでいるように見える。マリーがキラキラと尊敬の眼差しを向けてきているのとは対照的に、マルガレータからは怨嗟や妬心のような不穏な視線を感じる。僕は彼女に何かしただろうか…。
「それでは私の方から改めて説明しよう。魔法とは何か、を順序立てて考えてみなさい。まず、この世界で最初に使われた魔法とはなんであるか――」
この世界で最初に使われた魔法? そんなの考えたこともなかったが…、自分の知っている知識では一つしか思い浮かばない。
「――それは、神が天と地を創造された、という旧約聖書・創世記の第一節に記されている。神が天と地を創造されたのが魔法であるなら、その魔法も自然の理に則り、また、マナを利用して作られたということになる。では、神が天と地を創る前の世界には何があって、どんなマナがあり、どんな理が存在したのであろうか」
旧約聖書の創世記は、神様が世界を創るところから始まる。まず最初に天と地を創り、その後に光を創り、昼と夜を分けた、という話だ。
光と闇のマナは、もしかしてその時に創られたのだろうか。そして、その後、神様が水と大空を作り、水を一箇所に集めて海とし、残りを大地とする。この時点で恐らく空気、水、土の元素は生み出されている。けれども火の元素はまだ無さそうだ。やはり他の三元素と比べても、火は少し特殊なように見えるが――それよりも、光と闇さえ生まれる前、天地を創造する際にどのようなマナが必要となるか、という問題だ。
「そこには何もない、というのは間違ってはいないが、正しくもない。神が天と地を創ったことで『空間』ができた。神が光を創り、昼と夜を創ったことで『時間』ができた。『空間』も『時間』も存在しない場所には何があるか――そこには虚数が存在している」
……あぁ、そうだ虚数だ。最も異質な存在を忘れていた。
「そもそも神自体がどこから現れたのか。それは虚数から生まれた存在と考えるのが有力な仮設の一つだ。天と地を創る魔法をどうやって使ったかというのも、虚数の魔法を使ったと考えることができる。
虚数で満たされた世界の中に天と地を創られた。だからいまでもこの世界に重なって虚数のマナは漂っているし、この世界のどこでもそれを観測できるはずだ。
将来観測の技術が発達して、宇宙の観測を始めるようになれば、どれだけ考えうる限りのノイズを排しても常に何かしらの力が観測されてしまう、ということが起きるはずだ。
その正体こそが虚数のマナであり、この世界と隣の世界の間を満たしているものなのだ」
この世界の成り立ちと魔法の起源――
確かに合わせて考えてみれば納得の行く事柄が多い。
神様が天と地を創ったことで『空間』ができた。けれど、神様が創ったのは、あくまで『天と地』だけであり、『空間』はその副産物にすぎない。正確に言うと、距離という概念を人間が把握しやすいようにするために『空間』という概念を作り出しただけで、神が『空間』自体を作ったわけではなく、『空間』という『物』はそもそも存在しない。
これは『時間』も同じで、物事の変化を測るために、神が創られた光を基準にして、人間の都合で『時間』という概念を作り出したに過ぎず、『時間』というものがもともと存在していたわけではない。
「さて、ここで問題がある。マナの属性は七種類あると言われている。四大元素、光と闇、そして虚数だ。虚数があったのは分かったと思うが、四大元素、光と闇のマナはいつ、どうやって生まれたのだろうか」
僕は最初、神様が全てを創ったのだと思っていた。天や地や、四大元素、光、闇、この世界の全てのものは、神様によって創られたものだと思っていた。
けれども虚数のマナは神様が現れる前からあったと言う。そしてそれが世界に満ちていたと言う。
そうだ――魔法には等価交換の原則がある。いくら神であっても、無から有を生み出すことはできない。天と地を生み出すための、元となるマナが存在したはずだ。
その結果、空が創られ、水が創られ、大地が創られた。
と言うことは、つまり――
「それでは、君たちの意見を訊いてみようか。ミルヴァ・キエロ・ペタヤ、君の意見はどうかね?」
ミルヴァは同じ白組の生徒で、白に近い金髪ボブヘアーの光エルフ族の女の子だ。緑色の瞳が特徴的だ。名前の感じからすると、隣国のスオミの出身だろうか。
「そうですね…神は、この世界と違う世界から来て、何もない場所に新しい世界を創造され、その時に元の世界にあった元素を運んで来たのではないでしょうか」
「ほぉ、いい答えですね。ある意味それも正解としたいところです。確かに私は『この世界で』初めての魔法は何か、と言いましたので、違う世界で魔法がすでに確立されていたというのは一つの仮説として成り立ちそうです」
この世界の他にもいくつか同じような世界があるというのは、今までに村長の家などでも聞いたことがある。どれぐらいの数の世界があるのかは分からないが――数ある世界の中で、この世界が最初に創られた世界というわけでもないだろう。
そもそも旧約聖書の創世記に記されているのは、果たしてこの世界の創生についてなのだろうか。それとも最初の世界についてなのだろうか。
創世記を読む限りでは、何度も世界づくりを繰り返してきたような感じはしない。蛇とのトラブルがあって人間をエデンから追放したり、人の諍いに嫌気がさして大洪水を起こしたりなどということはなかったはずだ。
だから先生が言ったように、神様が『最初の世界』で天と地を創ったこと、やはりそれが最初の魔法なのだろう。
けれどもそうすると、ミルヴァの言ったような、すでに違う世界や元素が存在していて、そこから運ばれてきたとする説が成り立たなくなる。
――では、改めて考え直してみよう。
四大元素と光と闇が――どこから来たのか。
地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。
神は「光あれ」と言われた。――すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。
神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。
夕となり、また朝となった。
第一日である。
神はまた言われた。
「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」
――そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。神はそのおおぞらを天と名づけられた。
夕となり、また朝となった。
第二日である。
神はまた言われた。
「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」
――そのようになった。神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。
神は見て、良しとされた。
神はまた言われた。
「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」
――そのようになった。地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。
神は見て、良しとされた。
夕となり、また朝となった。
第三日である。
神はまた言われた。
「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」
――そのようになった。神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。
神は見て、良しとされた。
夕となり、また朝となった。
第四日である。
無限回廊書架 DDC. 221
――『旧約聖書・創世記』第一章 B.C. 1520
「皆さんに問います。魔法とはなんでしょうか?」
魔法史の講義の担当講師であるアッサール・エーヴェルト・ティセリウス先生が生徒に問いかける。
しっかりと糊の効いた黒いジャケットとスラックスに身を包み、まるで執事かあるいはまるで吸血鬼かのような正装をしている。髪はポマードでオールバックに固めており、非常に厳格そうな印象を受ける。
その割には声は優しく、親しみやすそうに思える。
この教室にいる生徒は、今年の魔法科の入科試験に合格した十五名のみだ。一学年は白組と黒組に分けられており、僕らと同じ白組からは七名、黒組から八名が出席している。
教室を見渡してみれば、人間族以外の、エルフ族や猫人族など他の種族の生徒も何人かいるようだ。
さて、先生の問いかけはひどく簡潔だが、その回答には非常に深い理解が必要になりそうだ。浅い回答では正解にはならないだろう。
「では、クート・リリェバリ、君はどう考える?」
先生に指名されたのは僕と同じクラスから魔法科に来ている男子生徒だ。小柄で幼い顔つきだからあまり同い年には見えないが、魔法科の入学試験に通過するだけの知識と能力はあるのだろう。
明るいブラウンの髪が彼をより快活な印象に見せている。
「ええと…、マナに語りかけ、自然の力を借りることです」
指名されたクートはおずおずと立ち上がりながら回答する。
「なるほど。いい答えであるな。他には何かないかな? それでは、マルガレータ・テレーサ・パーシュブラント、答えてみなさい」
「は、はい!」
次に指名されたのは黒組の女生徒だ。藤色に映える髪に綺麗に整えられたツインロールがチャームポイントのようだ。ミドルネームがついている生徒は貴族の出身がほとんどだ。彼女の出で立ちからも推測に難くない。
そもそもこの学院に入学するには、生徒の魔法士としての適応性だけでなく、決して安くはない相応の授業料が払えるだけの資金と、生徒自身の知識をつけるために教育を施せる環境が必要となる。ユングヴィアランド全体の識字率は五割程度で、きちんとした教育がなければ文字の読み書きもままならない。
高等学院と呼ばれるだけあって、入学のためには、識字や四則演算など、初等教育に相当するものはすでに習得している前提でなければならない。そのため、この学院の半数近くが貴族出身の生徒なのだが、学院内では生徒の優劣を身分で決めることは決してない。
貴族の方が教育を受けやすい環境にあるのは違いないが、貴族の方が開拓者として優れているなどということは全く無い。この学院内では全て開拓者としての能力や授業成績などが基準であり、学内で身分を振りかざす行為は禁忌とされている。
――とは言え、なかなか人間そう割り切れないものである。
貴族という社会の中で生きるべく、上流意識を身に着けてきた生徒もいる。もちろんその社会の中では身分の高さが位の高さを示しているし、おそらく彼女も貴族らしくあるべく、そういった振る舞いを教育させられてきたのだろう。先生に指名されたマルガレータ・テレーサ・パーシュブラントという生徒は、ここに来て自分より身分の低い人間でも関係なく同列に扱われることにまだ順応できていなかった。
とはいえ、自分が学院で問題を起こして家名に傷をつけるわけにもいかず、大半の生徒は戸惑いながらも馴染もうと努力していた。
「ま、魔法というのは、自分の力の象徴であり、自分の願望や意志を形にするべく、魔力を代償に支払う……ということだと思います」
「自分の力の象徴か。なるほど、それも一つの答えであるな」
僕やイェスペルのような平民出身の生徒は人前で間違えたり失敗することに抵抗がないが(それでもできる限りしたくないけど)、貴族出身の生徒はそういった免疫がない者が多い。
クートは指名されたときこそ当面しておずおずしながらも、答え終わった後は平然とした状態に戻っていたが、マルガレータは先生から及第点のコメントを引き出せたことに安堵して息を切らしている。よほど緊張していたらしい。
「そうだな、あと一人訊いてみようか。コーダ・リンドグレン」
「はいっ!」
……うおっと。他の人ばかり見てたらこっちに来たよ。
入科試験で目立ったことをやらかしてから、担任のシベリウス先生といい、もしかすると目を付けられているかもしれない。気を引き締めておこう。
それで、魔法とはなにか、という質問だったか。みんなのように自分で今までの魔法に触れた経験から得た回答ではなく、これは完全にエリヒトオの受け売りではあるが――
「自然の理に干渉し、自分の意思を摂理の一部に介入させることです」
「……やはりであるか。完璧な回答をありがとう。だが、コーダ・リンドグレン、いま言った言葉の意味はきちんと理解しているかね? このクラスの他の生徒にも理解できる言い方で言い換えられるかね?」
「え、えーと…」
むむぅ…。ティセリウス先生もなかなか意地悪な質問をしてくる。だが的確だ。僕がただ本の受け売りで記憶しているだけではないか、その本質をきちんと理解しているかどうかを、先生は試しているのだ。
「えぇとですね…、自然の中には沢山の種類の生物が生きていて、それが大地や水、空気や火と触れ合ったり、混ざり合ったり、変化したり、影響し合ったりして、常に膨大なマナが行き来しています。そこには元素の世界があり、その世界を僕たちはきちんと理解しなければならず、また自分自身もその自然の一部であることを忘れてはなりません。
その元素の世界でどういう現象が起きているのかを理解し、自分の魔力をコントロールして、周りの自然に自分の思った通りの反応を起こすことが魔法である……ということだと思います」
なんだか長々と話しているうちに、この説明の仕方で本当に本質を理解していると判断してもらえるのか、他の生徒にも理解してもらえるよう噛み砕けているのか、本当は自分の理解はまだまだ浅いのではないか、など色々不安になってきてしまい、結局最後はマルガレータと同じような結びになってしまった。
「素晴らしい答えであるな。ほぼ満点と言っても差し支えない」
……やはり満点ではないらしい。
何かしら自分の理解が間違っているか、足りていない部分があるのだろう。…それはそうだ。自分はほとんど魔導書の受け売りで学んできただけで、人からちゃんと教わったことなど無いに等しい。
本の中の他人の受け売りばかりに偏った僕から見れば、自分の経験から回答を導き出したクートやマルガレータの方が、自分よりもとても立派だった。
……というかなんだかさっきからマルガレータがこちらを睨んでいるように見える。マリーがキラキラと尊敬の眼差しを向けてきているのとは対照的に、マルガレータからは怨嗟や妬心のような不穏な視線を感じる。僕は彼女に何かしただろうか…。
「それでは私の方から改めて説明しよう。魔法とは何か、を順序立てて考えてみなさい。まず、この世界で最初に使われた魔法とはなんであるか――」
この世界で最初に使われた魔法? そんなの考えたこともなかったが…、自分の知っている知識では一つしか思い浮かばない。
「――それは、神が天と地を創造された、という旧約聖書・創世記の第一節に記されている。神が天と地を創造されたのが魔法であるなら、その魔法も自然の理に則り、また、マナを利用して作られたということになる。では、神が天と地を創る前の世界には何があって、どんなマナがあり、どんな理が存在したのであろうか」
旧約聖書の創世記は、神様が世界を創るところから始まる。まず最初に天と地を創り、その後に光を創り、昼と夜を分けた、という話だ。
光と闇のマナは、もしかしてその時に創られたのだろうか。そして、その後、神様が水と大空を作り、水を一箇所に集めて海とし、残りを大地とする。この時点で恐らく空気、水、土の元素は生み出されている。けれども火の元素はまだ無さそうだ。やはり他の三元素と比べても、火は少し特殊なように見えるが――それよりも、光と闇さえ生まれる前、天地を創造する際にどのようなマナが必要となるか、という問題だ。
「そこには何もない、というのは間違ってはいないが、正しくもない。神が天と地を創ったことで『空間』ができた。神が光を創り、昼と夜を創ったことで『時間』ができた。『空間』も『時間』も存在しない場所には何があるか――そこには虚数が存在している」
……あぁ、そうだ虚数だ。最も異質な存在を忘れていた。
「そもそも神自体がどこから現れたのか。それは虚数から生まれた存在と考えるのが有力な仮設の一つだ。天と地を創る魔法をどうやって使ったかというのも、虚数の魔法を使ったと考えることができる。
虚数で満たされた世界の中に天と地を創られた。だからいまでもこの世界に重なって虚数のマナは漂っているし、この世界のどこでもそれを観測できるはずだ。
将来観測の技術が発達して、宇宙の観測を始めるようになれば、どれだけ考えうる限りのノイズを排しても常に何かしらの力が観測されてしまう、ということが起きるはずだ。
その正体こそが虚数のマナであり、この世界と隣の世界の間を満たしているものなのだ」
この世界の成り立ちと魔法の起源――
確かに合わせて考えてみれば納得の行く事柄が多い。
神様が天と地を創ったことで『空間』ができた。けれど、神様が創ったのは、あくまで『天と地』だけであり、『空間』はその副産物にすぎない。正確に言うと、距離という概念を人間が把握しやすいようにするために『空間』という概念を作り出しただけで、神が『空間』自体を作ったわけではなく、『空間』という『物』はそもそも存在しない。
これは『時間』も同じで、物事の変化を測るために、神が創られた光を基準にして、人間の都合で『時間』という概念を作り出したに過ぎず、『時間』というものがもともと存在していたわけではない。
「さて、ここで問題がある。マナの属性は七種類あると言われている。四大元素、光と闇、そして虚数だ。虚数があったのは分かったと思うが、四大元素、光と闇のマナはいつ、どうやって生まれたのだろうか」
僕は最初、神様が全てを創ったのだと思っていた。天や地や、四大元素、光、闇、この世界の全てのものは、神様によって創られたものだと思っていた。
けれども虚数のマナは神様が現れる前からあったと言う。そしてそれが世界に満ちていたと言う。
そうだ――魔法には等価交換の原則がある。いくら神であっても、無から有を生み出すことはできない。天と地を生み出すための、元となるマナが存在したはずだ。
その結果、空が創られ、水が創られ、大地が創られた。
と言うことは、つまり――
「それでは、君たちの意見を訊いてみようか。ミルヴァ・キエロ・ペタヤ、君の意見はどうかね?」
ミルヴァは同じ白組の生徒で、白に近い金髪ボブヘアーの光エルフ族の女の子だ。緑色の瞳が特徴的だ。名前の感じからすると、隣国のスオミの出身だろうか。
「そうですね…神は、この世界と違う世界から来て、何もない場所に新しい世界を創造され、その時に元の世界にあった元素を運んで来たのではないでしょうか」
「ほぉ、いい答えですね。ある意味それも正解としたいところです。確かに私は『この世界で』初めての魔法は何か、と言いましたので、違う世界で魔法がすでに確立されていたというのは一つの仮説として成り立ちそうです」
この世界の他にもいくつか同じような世界があるというのは、今までに村長の家などでも聞いたことがある。どれぐらいの数の世界があるのかは分からないが――数ある世界の中で、この世界が最初に創られた世界というわけでもないだろう。
そもそも旧約聖書の創世記に記されているのは、果たしてこの世界の創生についてなのだろうか。それとも最初の世界についてなのだろうか。
創世記を読む限りでは、何度も世界づくりを繰り返してきたような感じはしない。蛇とのトラブルがあって人間をエデンから追放したり、人の諍いに嫌気がさして大洪水を起こしたりなどということはなかったはずだ。
だから先生が言ったように、神様が『最初の世界』で天と地を創ったこと、やはりそれが最初の魔法なのだろう。
けれどもそうすると、ミルヴァの言ったような、すでに違う世界や元素が存在していて、そこから運ばれてきたとする説が成り立たなくなる。
――では、改めて考え直してみよう。
四大元素と光と闇が――どこから来たのか。
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