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第一章 高等学院編 第一編 魔法化学の夜明け(一年次・秋)
EP.XI スモーガスボード
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宇宙を構成する物質の窮極世界に行はれる法則が、生物現象又は精神現象と一脈相通ずる所があるのは、孰れも廣い意味に於ける自然現象の一面であるといふ見方から云へば、或は當然かも知れないが眞に興味あることである。そして前にも述べたやうに、物質の究極に達する Bohr の勘は、生物界乃至は精神界にも通じたのである。それは相補性なる事態が、物質以外の他の世界にもあることを指摘したことである。
(中略)
心理學に於ても同樣の事態が存在する。例へば自己の心理現象を觀察することは、その心理現象その物とは互に相補の關係にあつて、觀察のために現象が變化する。自由意志の存在が因果的に説明出來ないのは、やはり自己の意思の觀察に於て、既述の通り主觀と客觀とが互に作用して分けられないからであつて、これは恰度量子論に於て凡ての量が同時に觀測出來ないから因果的の記述が出來ないのと同樣である。又生物學に於て、生命現象を原子物理學的に記述出來ないのも類似の事態によるのであつて、生物體は新陳代謝が行はれて居る爲に、これを原子物理學的に規定することが出來ない。即ちどれだけの原子が其生物に屬し、又どれだけが生物體外のものであるかが決められない。規定することが出來なければ原子物理學を適用する手掛りを失ふわけである。
又思想と感情、理性と本能といふ對立的心理現象の存在も互に相補の關係にあつて、一方の存在する所他方が隱れて了ふのは、自己觀察の特性の然らしむる所である。
吾人の用ふる言葉そのものも、その分析と適用とが相補關係にあつて、言葉を分析し定義すると使へなくなつて了ふ。これを定義しないで漠然たる所に適用の餘地が出來てくるのである。又事物の形式と内容とも相補の關係にあつて、内容なくして形式はないが、内容を餘り分析すると形式は無くなつて了ふ。尚此形式と内容とについては Bohr は次のやうに云つて居る。
There is no content which is not framed in a form;
there is no form which is not too narrow,
if one does not limit its application.
そして内容の増大による不調和は、更に廣い見地から調和せられるものであるといふ。量子論の發達は恰度これを體現して居る。
無限回廊書架 DDC. 572
――仁科芳雄『NIELS BOHR』(『岩波講座物理學Ⅰ.B. 學者傳記』より) A.D. 1940
大通りに面したその店は、昼時になると多くの人で溢れかえっていた。僕らはこの街で一、二を争う人気と評判のレストラン『銀の爪亭』に来ていた。古代の神殿の柱を模した白い玄関口をくぐると、外観の白さに反して店内はアカシアのダークブラウンの調度品が配われており、見るものに暖かさと落ち着きを与えている。
綺麗に整えられた店内は清潔感があって小洒落ていても、来る者に二の足を踏ませてしまうような高級感は出さないように配慮されていて、多くの客が安心して食事のできる空間となっている。
通りに面した壁に設けられた窓から差し込む太陽の光が、店内の調度品の陰影を際立たせる。外からは店内の食事の様子が垣間見えるように設計されている。窓の目的は採光のためだけでなく、そこには店内で美味しそうに食事する様子を見せることで通りを歩く人々を店に呼び込む意図もあるように見える。
何より目を引くこの店の特徴は、店内中央に設けられた巨大なテーブルに盛り付けられた色とりどりの絢爛な料理の数々である。スモーガスボード形式で提供されている料理を、自分が食べたいものを食べたい分だけ好きに取りに行くことができる。好きなものを食べて、好きなものを飲むことができるというだけでなく、お金は入店時に一人あたり四小銀貨を払うだけでいいという分かりやすい会計も人気の理由だろう。
これだけのものを食べることができるのに、この安さというのは、店員が基本的には中央の料理を補充するための人員と入り口の受付だけで済むので、人件費も安く済むからだろう。それに、無くなった料理を補充するのも一度に大量に作るため、一般の料理亭のように色んなメニューを同時並行的に作る必要がなく、効率的で調理師の数も少なくて済むからなおさらだ。
「ようこそ、おいでくださいました。四名様ですね? お席はご自由にお座りください」
店内に入ると受付のお姉さんが丁寧に案内してくれる。店に入る前からそうだったが、店内に一歩踏み入れると、食欲を唆るいい匂いが一段と強くなった。
「うわぁ、とても美味しそうな料理がならんでいますね!」
「うん、これは確かに旨そうだね」
マリーともそんな会話を交わしながら入り口でお金を払うと、僕らは通りに面した窓側の席に着いた。席に荷物を置くやいなや、早速僕らは散り散りに料理を取りに向かった。
たくさんの料理が並んでいて、本当に何から食べようか悩んでしまうが、僕は最初に取る料理は既に決まっていた。クネッケブロートによく熟成されたであろうグラブラックスが乗せられており、その上には蒔蘿とマスタードの芳しい香りが漂うホヴメスタルソースがかけられている。最初に見たときからこれはぜひとも食べてみたいと思っていた。
それから魚だけでなく、肉の料理も何か食べようと、ピッティパンナを選んだ。小さく角切りにされた火山牛の肉とローク、ポー、ロードベータを炒めた上に目玉焼きが乗っている。
他にも色々と物色していると、丸ごとの熟成シンカにマスタードと卵をつけてパン粉をまぶした後にオーブンで焼いたユールフィンカまで置いてあってテンションが上がる。美味しそー!
この料理に合わせるならロソッリしかあるまい。これもピッティパンナのように小さく角切りにしたカロットとポーを茹で、同じように細切れにしたアッティクスグルタ、エップレ、ロードベータと混ぜたものに、グレッドフィルとマヨネーズ、塩コショウで味付けしてある。
あとはデザートとして、ホクラードボルをいくつか取った。
本当にどれも美味しそうな料理ばかりだ。一通り料理を選んだので席に戻ると、ちょうどみんなも戻ってきているところだった。料理を選ぶことに夢中になってみんながどうしているか見ていなかったけれど、それぞれ好きな料理を選んできたようだ。
「いやぁ、ほんとどれも美味しそうで俺もすげぇ迷ったよ」
「同意」
「そうですね、美味しそうなものばかりで取り過ぎてしまいそうです」
イェスペル、リズベツ、マリーの皿には、それぞれが取ってきた料理が乗っている。
イェスペルの皿の真ん中には大きなクレフトが乗っている。見た目のインパクトは強力だが、エビやロブスターよりも弾力のあるプリッとした食感が非常に美味しいやつだ。イェスペルの持ってきた他の皿には、岳馴鹿のブロッドプディングや、カロープス、クロップカーカと、見事に肉料理に偏っている。まぁ気持ちはよく分かる。
それからデザート用なのか黒いグミを取ってきている。地元では人気があるのに、交易品としては海外からの人気がほとんどないと評判のサルトラクリッツだ。甘草というハーブで作ったキャンディをサルアモニックという成分で味付けしてあり、舐めれば塩味とアンモニア特有のピリッとした刺激臭がする。
マリーとリズベツは取ってきた量は控えめのようだが、やはりデザートもしっかりと取ってきている。
マリーの皿にはコールドルマとステクトストロミング、ラグムンクが盛られており、デザート用にスモーデグスパイが乗せられている。パイの中身はおそらくエップレだろう。控えめに取ってきているようだけれど、コールドルマの中身は岩荒羆という中々強力な魔物の肉が使われているそうだ。野性味が溢れすぎる風味を消すために、ハーブとスパイスが絶妙に練り込まれて、うまく旨味だけを残している。
リズベツが取ってきたのは、スモーガスボードの名前の由来にもなっているスモーガスと、深層鱈の干物をカルクヴァッテンで戻したルートフィスクに、イェスペルと同じようなダンプリングを取ってきている。けれどもリズベツのはブローベルスパルトのようだ。ブローベルの酸味と甘味が、さっぱりしていて美味しいのだ。デザートにはビスキュイを数個取ってきているようだ。
みんなが席に戻ってきたところで店員が何か料理を運んできた。
「あれ? 特に何も頼んでいないはずなのですが…」
僕が不安げに店員にそう話すと、彼女は笑顔で答える。
「いえ、こちらはサービスでございます。本日は空の日でございますので、アートソッパを無料でお付けしております」
「おぉ! こりゃラッキーだな、コーダ!」
そんなサービスがあるとは知らなかった。イェスペルも喜んでいる。これがさっきの店で買った運気の指環のおかげなのだろうか。
「それから、こちらはお飲み物でございます」
そう言って出されたのはククサに注がれた牛乳だった。基本的に昼食の時には牛乳しか飲まないのは、オークスベルガだけでなく、ユングヴィアランド全体で共通しているようだ。
そういえば、使われている食材にはいくつか魔物素材も含まれているようだが、中でも強力な上位種のモンスターも多い。岳馴鹿は山茶鹿の上位種であるし、火山牛は野草牛の上位種だ。
魔物が強力になるほど、調理工程における魔力の扱いも難しくなる。どんな素材が料理されているかで調理者の能力もある程度測ることができる。そう考えるとここの調理師はかなりの手練と見ることができる。
味が美味しいのはもちろんだが、それ以上に食材としての魔物素材の扱いに長けている。『銀の爪亭』なんて名前だが、もしかしてここの店主も銀狼人族だったりするのだろうか…。
ℵ
「はぁ、美味しかったですね。お腹いっぱいです~」
「また来たい。まだ食べてないのある」
「あー、苦味が口に残ってるぜ…」
マリーとリズベツは非常に満足しているようだが、イェスペル一人が渋い顔をしている。サルトラクリッツは塩味がしている間は美味しいのだが、甘草の苦味とアモニックの風味が後味に残る。けれどもそれが癖になるとイェスペルは言う。なんだかんだ言ってるが、好物ではあるようだ。
僕はと言えば、好物のシンカの上位種とも呼ぶべきユールフィンカが食べられて良かった。しかし、食べ終わってしばらくすると、なんだかやけに体が温かく感じはじめた。
(ん…? 火の魔力が活性化している?)
自分の体を魔力視で見てみると、体の表面に火の魔力が集まって活性化していた。火山牛の肉を使ったピッティパンナを食べたせいだろうか。
そう思って他の三人を見てみると、岳馴鹿のブロッドプディングを食べたイェスペルは空気の魔力が、岩荒羆のコールドルマを食べたマリーには土の魔力が、深層鱈のルートフィスクを食べたリズベツには水の魔力が、それぞれ活性化しているのが見て取れた。
もしかして、詠唱を唱えなくても特定の元素の魔力が活性化させられるというのだろうか。今の状態なら、詠唱の第一節、起動するマナの種類を選択する詠唱は必要なくなりそうだが、果たしてどうだろう…。そして、この状態がどれだけの時間持続するのだろうか。
そういえば、銀狼人の元開拓者のお店で火山牛の燻製ファルーコルヴを買っていたのだった。これで火の魔力活性化ができるだろうか。特に火の魔法は詠唱が長いのが課題だった。これで短縮化できるなら願ってもない。
一緒に買った虹孔雀の卵は一体何の属性になるのかはよく知らないが、鳥だから空気の魔力だろうか…。食べてみれば分かるだろう。
――あれ? もう一つなんか入ってるな。
そういえば、店主がなんかおまけでくれたものがあったな。
包みを開いてみると、きらきらした雫の形の宝石のようなものが箱に収められていた。商品名を見ると――『吸血鬼の涙』とあった。
これは一体? 少なくとも食材ではなさそうだ。
ひとまずそれが何に使うものなのかは保留にして、早く寮に帰って試したいことが沢山できてしまった僕は、帰路につくのだった。
「よーし、それじゃ帰ろうぜ――って、コーダもう先に歩いてるし! 待てってば!」
(中略)
心理學に於ても同樣の事態が存在する。例へば自己の心理現象を觀察することは、その心理現象その物とは互に相補の關係にあつて、觀察のために現象が變化する。自由意志の存在が因果的に説明出來ないのは、やはり自己の意思の觀察に於て、既述の通り主觀と客觀とが互に作用して分けられないからであつて、これは恰度量子論に於て凡ての量が同時に觀測出來ないから因果的の記述が出來ないのと同樣である。又生物學に於て、生命現象を原子物理學的に記述出來ないのも類似の事態によるのであつて、生物體は新陳代謝が行はれて居る爲に、これを原子物理學的に規定することが出來ない。即ちどれだけの原子が其生物に屬し、又どれだけが生物體外のものであるかが決められない。規定することが出來なければ原子物理學を適用する手掛りを失ふわけである。
又思想と感情、理性と本能といふ對立的心理現象の存在も互に相補の關係にあつて、一方の存在する所他方が隱れて了ふのは、自己觀察の特性の然らしむる所である。
吾人の用ふる言葉そのものも、その分析と適用とが相補關係にあつて、言葉を分析し定義すると使へなくなつて了ふ。これを定義しないで漠然たる所に適用の餘地が出來てくるのである。又事物の形式と内容とも相補の關係にあつて、内容なくして形式はないが、内容を餘り分析すると形式は無くなつて了ふ。尚此形式と内容とについては Bohr は次のやうに云つて居る。
There is no content which is not framed in a form;
there is no form which is not too narrow,
if one does not limit its application.
そして内容の増大による不調和は、更に廣い見地から調和せられるものであるといふ。量子論の發達は恰度これを體現して居る。
無限回廊書架 DDC. 572
――仁科芳雄『NIELS BOHR』(『岩波講座物理學Ⅰ.B. 學者傳記』より) A.D. 1940
大通りに面したその店は、昼時になると多くの人で溢れかえっていた。僕らはこの街で一、二を争う人気と評判のレストラン『銀の爪亭』に来ていた。古代の神殿の柱を模した白い玄関口をくぐると、外観の白さに反して店内はアカシアのダークブラウンの調度品が配われており、見るものに暖かさと落ち着きを与えている。
綺麗に整えられた店内は清潔感があって小洒落ていても、来る者に二の足を踏ませてしまうような高級感は出さないように配慮されていて、多くの客が安心して食事のできる空間となっている。
通りに面した壁に設けられた窓から差し込む太陽の光が、店内の調度品の陰影を際立たせる。外からは店内の食事の様子が垣間見えるように設計されている。窓の目的は採光のためだけでなく、そこには店内で美味しそうに食事する様子を見せることで通りを歩く人々を店に呼び込む意図もあるように見える。
何より目を引くこの店の特徴は、店内中央に設けられた巨大なテーブルに盛り付けられた色とりどりの絢爛な料理の数々である。スモーガスボード形式で提供されている料理を、自分が食べたいものを食べたい分だけ好きに取りに行くことができる。好きなものを食べて、好きなものを飲むことができるというだけでなく、お金は入店時に一人あたり四小銀貨を払うだけでいいという分かりやすい会計も人気の理由だろう。
これだけのものを食べることができるのに、この安さというのは、店員が基本的には中央の料理を補充するための人員と入り口の受付だけで済むので、人件費も安く済むからだろう。それに、無くなった料理を補充するのも一度に大量に作るため、一般の料理亭のように色んなメニューを同時並行的に作る必要がなく、効率的で調理師の数も少なくて済むからなおさらだ。
「ようこそ、おいでくださいました。四名様ですね? お席はご自由にお座りください」
店内に入ると受付のお姉さんが丁寧に案内してくれる。店に入る前からそうだったが、店内に一歩踏み入れると、食欲を唆るいい匂いが一段と強くなった。
「うわぁ、とても美味しそうな料理がならんでいますね!」
「うん、これは確かに旨そうだね」
マリーともそんな会話を交わしながら入り口でお金を払うと、僕らは通りに面した窓側の席に着いた。席に荷物を置くやいなや、早速僕らは散り散りに料理を取りに向かった。
たくさんの料理が並んでいて、本当に何から食べようか悩んでしまうが、僕は最初に取る料理は既に決まっていた。クネッケブロートによく熟成されたであろうグラブラックスが乗せられており、その上には蒔蘿とマスタードの芳しい香りが漂うホヴメスタルソースがかけられている。最初に見たときからこれはぜひとも食べてみたいと思っていた。
それから魚だけでなく、肉の料理も何か食べようと、ピッティパンナを選んだ。小さく角切りにされた火山牛の肉とローク、ポー、ロードベータを炒めた上に目玉焼きが乗っている。
他にも色々と物色していると、丸ごとの熟成シンカにマスタードと卵をつけてパン粉をまぶした後にオーブンで焼いたユールフィンカまで置いてあってテンションが上がる。美味しそー!
この料理に合わせるならロソッリしかあるまい。これもピッティパンナのように小さく角切りにしたカロットとポーを茹で、同じように細切れにしたアッティクスグルタ、エップレ、ロードベータと混ぜたものに、グレッドフィルとマヨネーズ、塩コショウで味付けしてある。
あとはデザートとして、ホクラードボルをいくつか取った。
本当にどれも美味しそうな料理ばかりだ。一通り料理を選んだので席に戻ると、ちょうどみんなも戻ってきているところだった。料理を選ぶことに夢中になってみんながどうしているか見ていなかったけれど、それぞれ好きな料理を選んできたようだ。
「いやぁ、ほんとどれも美味しそうで俺もすげぇ迷ったよ」
「同意」
「そうですね、美味しそうなものばかりで取り過ぎてしまいそうです」
イェスペル、リズベツ、マリーの皿には、それぞれが取ってきた料理が乗っている。
イェスペルの皿の真ん中には大きなクレフトが乗っている。見た目のインパクトは強力だが、エビやロブスターよりも弾力のあるプリッとした食感が非常に美味しいやつだ。イェスペルの持ってきた他の皿には、岳馴鹿のブロッドプディングや、カロープス、クロップカーカと、見事に肉料理に偏っている。まぁ気持ちはよく分かる。
それからデザート用なのか黒いグミを取ってきている。地元では人気があるのに、交易品としては海外からの人気がほとんどないと評判のサルトラクリッツだ。甘草というハーブで作ったキャンディをサルアモニックという成分で味付けしてあり、舐めれば塩味とアンモニア特有のピリッとした刺激臭がする。
マリーとリズベツは取ってきた量は控えめのようだが、やはりデザートもしっかりと取ってきている。
マリーの皿にはコールドルマとステクトストロミング、ラグムンクが盛られており、デザート用にスモーデグスパイが乗せられている。パイの中身はおそらくエップレだろう。控えめに取ってきているようだけれど、コールドルマの中身は岩荒羆という中々強力な魔物の肉が使われているそうだ。野性味が溢れすぎる風味を消すために、ハーブとスパイスが絶妙に練り込まれて、うまく旨味だけを残している。
リズベツが取ってきたのは、スモーガスボードの名前の由来にもなっているスモーガスと、深層鱈の干物をカルクヴァッテンで戻したルートフィスクに、イェスペルと同じようなダンプリングを取ってきている。けれどもリズベツのはブローベルスパルトのようだ。ブローベルの酸味と甘味が、さっぱりしていて美味しいのだ。デザートにはビスキュイを数個取ってきているようだ。
みんなが席に戻ってきたところで店員が何か料理を運んできた。
「あれ? 特に何も頼んでいないはずなのですが…」
僕が不安げに店員にそう話すと、彼女は笑顔で答える。
「いえ、こちらはサービスでございます。本日は空の日でございますので、アートソッパを無料でお付けしております」
「おぉ! こりゃラッキーだな、コーダ!」
そんなサービスがあるとは知らなかった。イェスペルも喜んでいる。これがさっきの店で買った運気の指環のおかげなのだろうか。
「それから、こちらはお飲み物でございます」
そう言って出されたのはククサに注がれた牛乳だった。基本的に昼食の時には牛乳しか飲まないのは、オークスベルガだけでなく、ユングヴィアランド全体で共通しているようだ。
そういえば、使われている食材にはいくつか魔物素材も含まれているようだが、中でも強力な上位種のモンスターも多い。岳馴鹿は山茶鹿の上位種であるし、火山牛は野草牛の上位種だ。
魔物が強力になるほど、調理工程における魔力の扱いも難しくなる。どんな素材が料理されているかで調理者の能力もある程度測ることができる。そう考えるとここの調理師はかなりの手練と見ることができる。
味が美味しいのはもちろんだが、それ以上に食材としての魔物素材の扱いに長けている。『銀の爪亭』なんて名前だが、もしかしてここの店主も銀狼人族だったりするのだろうか…。
ℵ
「はぁ、美味しかったですね。お腹いっぱいです~」
「また来たい。まだ食べてないのある」
「あー、苦味が口に残ってるぜ…」
マリーとリズベツは非常に満足しているようだが、イェスペル一人が渋い顔をしている。サルトラクリッツは塩味がしている間は美味しいのだが、甘草の苦味とアモニックの風味が後味に残る。けれどもそれが癖になるとイェスペルは言う。なんだかんだ言ってるが、好物ではあるようだ。
僕はと言えば、好物のシンカの上位種とも呼ぶべきユールフィンカが食べられて良かった。しかし、食べ終わってしばらくすると、なんだかやけに体が温かく感じはじめた。
(ん…? 火の魔力が活性化している?)
自分の体を魔力視で見てみると、体の表面に火の魔力が集まって活性化していた。火山牛の肉を使ったピッティパンナを食べたせいだろうか。
そう思って他の三人を見てみると、岳馴鹿のブロッドプディングを食べたイェスペルは空気の魔力が、岩荒羆のコールドルマを食べたマリーには土の魔力が、深層鱈のルートフィスクを食べたリズベツには水の魔力が、それぞれ活性化しているのが見て取れた。
もしかして、詠唱を唱えなくても特定の元素の魔力が活性化させられるというのだろうか。今の状態なら、詠唱の第一節、起動するマナの種類を選択する詠唱は必要なくなりそうだが、果たしてどうだろう…。そして、この状態がどれだけの時間持続するのだろうか。
そういえば、銀狼人の元開拓者のお店で火山牛の燻製ファルーコルヴを買っていたのだった。これで火の魔力活性化ができるだろうか。特に火の魔法は詠唱が長いのが課題だった。これで短縮化できるなら願ってもない。
一緒に買った虹孔雀の卵は一体何の属性になるのかはよく知らないが、鳥だから空気の魔力だろうか…。食べてみれば分かるだろう。
――あれ? もう一つなんか入ってるな。
そういえば、店主がなんかおまけでくれたものがあったな。
包みを開いてみると、きらきらした雫の形の宝石のようなものが箱に収められていた。商品名を見ると――『吸血鬼の涙』とあった。
これは一体? 少なくとも食材ではなさそうだ。
ひとまずそれが何に使うものなのかは保留にして、早く寮に帰って試したいことが沢山できてしまった僕は、帰路につくのだった。
「よーし、それじゃ帰ろうぜ――って、コーダもう先に歩いてるし! 待てってば!」
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