セブンス・ヘブンズ・オーソリティ -SEVENTH HEAVEN'S AUTHORITY-

ヴァルヴィリヤ=B=リースフェルト

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第一章 高等学院編 第一編 魔法化学の夜明け(一年次・秋)

EP.X 王都の魔法屋

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 されど我、けいに言いしごとく、かかる不運に対し手をこまぬきしにあらず、最期を迎えしのち帰還する道をば長期にわたり整え来たり。
 昨夜 YOGGEヨグ-SOTHOTHEソトース を呼びいだす呪文に思いつき、Ibnイブン Schacabao・シャカバオ の〓〓〓〓〓〓 ※禁則事項 いて語りし顔を初めてつ。

 が言うに、「断罪の書」が鍵なり、と。

 太陽を第五ハウスに、
 土星を三分一対座トラインに置きて、
 火の五芒星ペンタグラムを描き、
 第九節をたび唱えよ。

 この節を十字架祭ルーデマスおよび万聖節ペンテコステごとに繰り返すべし。
 さすればのもの、異界に生まれん。
 しこうして古きしゅより、おのが何を尋ねんとせんか知らぬままに回顧する者生まるるべし。
 れども、は世継ぎなき場合、およびその者の手に塩ないしは塩の作製法なき場合は無駄とならん。これまで必要な階梯かいていを欠きしがゆえ多くを得ざりしこと、我はここにみとむ。手法の開発はやみごと難物なんぶつなりて、かくも多数の試料を必要とす。
 
 我、Borellusボレルス のう所に従い、Abdoolアブドゥル Al-Hazred・アルハズレッド 第七巻に助けを求めたり。我が知り得し全てを貴兄に知らせん。さしあたり、ここに我が記せし呪文をば忘れず唱えたまえ。は正しき書法なれども、もし貴兄にして主を見んと欲すならば、同梱せし〓〓〓〓〓〓 ※禁則事項 の紙片の文章を利用されたい。

 十字架祭ルーデマスおよび万聖節ペンテコステの夜には必ずかの節を唱えよ。
 貴兄の呪文途絶えざる時は、回顧する者数年の内に生まれ、貴兄が彼のため用意せる塩とその他の材料を用いることにならん。



   無限回廊書架 DDC. 810
   ――H・P・ラヴクラフト『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』ジョセフ・カーウィンからシモン・オーンへの手紙 A.D. 1927



   




『アダムズ魔法堂』

 店名だけが書かれた質素な木の看板が軒先のきさきかかげられている。魔法の真髄しんずいを学ぶために参考となる書物や魔道具が売っているお店はあるかと、商人組合所ギルドで尋ねたところ、真っ先にその名前ががった。
 商人組合所ギルドの人の話によると、店主は商人ではなく魔法士マギカなので、商売に対しては偏屈へんくつだと言っていた。偏屈へんくつってどういうことだろう?
 外観には特に変わった点はなく、よくある二階建ての木造店舗だ。たいていは一階が店舗で二階が住居となっている。さて、鬼が出るかじゃが出るか。

 意を決してドアに手をかける。木製の扉を押し開けて入った店内で、まず目についたのは、カウンターのある場所だけ吹き抜けになっており、その後ろに壁の幅いっぱいまで設けられた二階分の高さまである本棚だった。一瞥いちべつしただけでもゆうに千冊以上はある。おそらくどれもが魔法関係の書籍だろうと思うと、テンションが上がらずにはいられない!

「コーダさん、どうかしました? さきほどからお店の入り口から動かずにいますが、何かありましたか?」
「えっ? ごめん、ちょっとあの本棚に圧倒あっとうされてたんだ…」

 そう言って店内に入り、続く三人も通れるように入り口をけた。

「本棚ですか? ふわぁ、これは確かに壮観そうかんですね」
「コーダ、本好き?」
「あぁ、本が好きというより、勉強するのが好きなんだ。新しい知識が身につくなら何でもやっていきたいんだよ」
「まじかぁ。俺には考えられないな。体動かしてる方がいいや」

 マリーに続き、リズベツとイェスペルも本棚を見て驚いているようだった。肝心の店内はと言うと、これまたよく分からない試料や素材が詰められた瓶と、巻物スクロール、魔道具などが売られているようだった。

「ひぃぃ!」
「きゃっ!」

 僕が店内を物色していると、イェスペルとマリーが突然後ろから悲鳴を上げた。

「二人ともどうしたの?」
「マリっちが変な人形につかまれた!」

 マリっち? あ、いや、いま気にするべきところはそこじゃないな。変な人形?

「こここ、コーダさん、これ取ってくださいぃぃ…」

 いつの間にかマリーの肩に怪しげな人形のぬいぐるみが乗っていた。取ろうと手を伸ばすと、その人形はこちらを向いて口を開けてきた。

「えっ? あぶねっ!」

 手を引くのが一瞬遅かったら噛みつかれていたところだった。マリーも同じように自分の肩に乗っている人形を取ろうと手を伸ばしたが、今度は噛みつかれることはなかったものの、体の上を器用に移動してマリーの手から逃げている。

「マリー、動かないで」
「は、はいっ!」
「コーダ、もう一度手を噛みつかせてみて」
「えっ? う、うん」

 人形は今はマリーの腰の上に移動している。マリーの後ろにまわり、リズベツの言うとおり、おそるおそる手を伸ばしてみる。あんじょう、人形はこちらに振り向き噛み付こうと口を開けてきた。

 あれ? これって噛みつかせようとするだけでいいんだよね? 噛みつかせてみてって、実際に噛まれてみろってことじゃないよね? ね? 噛ませ犬はイェスペルだけで充分だよね?

 なんてリズベツにくばせするとリズベツは静かにうなずいた。

 ――だからそれはどっちの意味なんだ!

 人形に噛まれるか噛まれないかの瀬戸せとぎわ、ふっと人形が消えた。

「ひゃん!」

 マリーが変な声を上げたと思えば、見れば人形はリズベツの手に握られて、くったりとして動かなくなっていた。何かの魔法の効果が切れたのか、リズベツが無力化したのか、とにかく人形の注意が僕に向いている間に、リズベツが素早い動きでマリーから人形を取り去ったのだ。
 一瞬の早業はやわざに驚いて僕は手を伸ばしたまま固まっていた。

「コーダさん! いまお尻触りましたね!」
「えっ?」

 人形を取ろうと伸ばしていた手はマリーの腰の方に向いていて、そう言えばそのすぐ下にはマリーのお尻があった。

「もう! そんな見ないでください! 触るならちゃんと触ると言って――」
「いや、ちょっと待って、誤解だって! あ、ほら、リズベツが人形を取ってくれたんだよ!」
「え? あら、本当だわ」

 マリーが自分の体を確認して、ようやく人形が離れたことに気付いたようだった。というかマリーは何か変なことを言いかけていなかっただろうか。

「コーダじゃなくて残念」
「リ、リズ! そういうこと言わないで! んもぅ…取ってくれてありがとう」
「どういたしまして」

 すると店のカウンターから声が聞こえてきた。

「ふぁっふぁっふぁ。その人形から逃れるとは面白いやつらじゃの」

 あれ? このおばあさん、いつからそこに居たんだ?
 カウンターの奥から来た様子もなければ、どうも最初からカウンターに座っていたようだが、どうして気づかなかったんだろう。

「ほぉ、そこの小僧もいい勘をしているようじゃな」
「え? どうして僕の考えていることが分かるんですか?」
「んん? いやお前さん声に出とるでな」

 またしてもか…。この癖なかなか直らないなぁ…。
 もしかして今までにもみんなが指摘していないだけで声に出ていたことは沢山あったのだろうか…。

「あるな」
「ありますね」
「わりと」

 異口同音にみんなが賛同する。満場一致の賛成をもらってもこれだけ嬉しくないとは、なかなかに切ないものだった。っていうかまた聞こえてたのか…。

「それはそうと、この人形は一体なんなんですか?」

 メインの被害者(?)であるマリーがおばあさんに尋ねる。

「んん? あぁ、こやつは『命運を握る運命アーデアトーラーデ』という魔道具でな、人の運命から行き過ぎた幸運や不運を少しだけ吸い取って、運命の波を抑えるための呪いの人形じゃ」
「どうしてそれがマリーに取り付いたんですか?」
「その娘が幸運の女神なぞというだいの加護を持っているようさね。強すぎる幸運はいさかいや不幸の火種とならんや」
「へぇマリっちにそんな能力があったとは」
「その運気リッカに美味かったゆえ、しょくの邪魔をされるのが気にさわったんじゃろうて」

 おばあさんの言葉づかいが微妙に古めかしかったりなまっていたりして聞き取りにくいけど…。
 物理の世界に質量保存の法則があるように、魔法の世界にも等価交換の原則がある。魔法を使うにも魔力マナなどの資源リソースが必要だし、魔法で生まれたものが勝手に消えたりはしない、ということらしい。それは幸運や不運のように、目に見えない資源リソースでも同じことだ。
 それでは、吸い取った幸運や不運はどこに行ってしまうんだろうか。

「この人形は人から幸運や不運を吸い取った後はどうなるんですか?」
人間じんかんには得てしてどうにも手に負えぬ運命さだめあらがえずに身を滅ぼす者もるでな。こいつなら、じょんならん(注.どうしようもない)運命さだめさえ変えられようぞ。幸運が溜まっちょるならおのれに、不運が溜まっちょるなら敵に、それを好きに使つかやええて」

 このおばあさんは何でもないことのようにいうが、運命を操作するというのが一体どういう仕組みになっているのか、全く見当も付かない。
 けれども、例えばけ事に滅法めっぽう強い人間というのは、昔から一定以上存在する。ただ単に戦術や戦略だけでは説明のつかない勝率を勝ち取る彼らが、魔法かあるいは何らかの鍛錬によって運気を上げているとすれば一応の説明はつく。

「こういった運気リッカを上げられる魔道具ってありますか?」

 戦士科、弓科、魔法科、隠密科、どの課程においても、運気リッカに関する授業というのは無かった。けれども開拓者スティリスタであればこそ、ここぞというときに運気リッカの有無が命運を分けるかもしれない。
 学院の教授がそんな重要な要素を知らないはずはない。大方おおかた、それを教えると運気リッカに頼って鍛錬をおろそかにする生徒が後を絶たないとか、そんな理由でえて教えていないのだろう。

「小僧、其許そこもとは魔導をこころざすのであろう? なればこそ、おの研鑽けんさんもって実現すべきでありゃせんか?」
「うっ、まぁ…それができるならそうしたい所ですが、けれど、運気や運命を操作するためには何を勉強すればいいでしょうか」
「『因果律コーダリティ』」
「えっ? コーダ…リティ?」
「全ての現象には必ず原因があり、何が起きて、何故そうなるかの説明が、必ずできるという原理なり。お主、この世界に魔法は何種類あるぞや知っておるか?」

 魔法の種類。
 元素魔法として『エリヒトオの魔導書グリモワール』に書かれていた魔法は十二種類だった。
 他の職業にも、身体強化や、弱体化など様々な技能がある。あれも魔力を使い経絡を使って詠唱をする。魔法陣は用いないが、それらも魔法の一種だろう。
 職業の数は六十三。開拓者スティリスタ課程で一つの職業ごとに四つの技能習得が定められている。そうすると最大でも 252 種類ということになる。そして魔法士マギカ以外の職業においては魔法よりも、戦闘技術アーツとしての技能の方が主流のはずだ。

「そうすると…、百五十種類ぐらいでしょうか」
「ふむ、そんなものじゃろうな。
「本当は違うってことですか?」
「薄々気付いておろう? 本来魔法は自在であると」
「……やはりそうだったんですね」
「コーダさん、何かご存知なんですか?」
「いや、まだ理解しているわけじゃないけれど…何となくそんな気はしてた」

 二重魔法ドゥプレ=マギができたのも偶然ではなかった。
 魔法の詠唱は決められたもののように思われがちだが、詠唱には全てきちんとした意味があり、それぞれの節は発動までの工程を表している。いわば料理のレシピのようなものであり、決められた手順に従えば大抵同じ結果が得られる。

 学校で配られる教科書には、現在一般的に使われている魔法の詠唱は、ここ数百年の間に効率や成功率を重視するために詠唱が短縮化・簡略化されていると書かれている。つまり、現在の魔法は古代の魔法に比べて詠唱時間が短く簡単になっている。原理としては簡単で、経絡回路にあらかじめ術式を組み込んでおき、必要に応じて発動させるという手法が開発されたからだ。
 けれどもそれは、リモコンのスイッチを押すようなものだ。スイッチを押せばどうなるかは分かっていても、内部でどんなことが行われているのかについては全く理解していない。経絡回路に組み込む術式は教科書で教えられる通りに組み込むだけだ。学校で勉強するのは、その魔法の使い方や魔物に関する知識、開拓者スティリスタこころなどがほとんどであり、魔法の内部については理解する必要もないし、理解させようと思う教師もいない。なぜならユングヴィア高等学院は開拓者スティリスタの養成学校であって、魔法の研究機関ではないからだ。
 内部をつまびらかに理解しようとすると、今となってはほとんど知られていない古代言語に行き当たる。それを改変することは、コンピュータの内部をひらいて、0 と 1 だけで書かれた文字の羅列の中から、特定の箇所を書き換えて、希望する動作を得ようとする難解さに近い。
 今のユングヴィアランドでは、もう古代言語のルーン文字自体が使われていないし、文字の発音も伝わっていない。コーダがそれをある程度読めて発音できるのは、フーギャとムーニャの使う魔法が同じく古代言語でつむがれており、権限ロールを与えられたことでその知識の一部を継承したからである。そして家にあった『エリヒトオの魔導書グリモワール』に載せられている詠唱は古代言語で書かれていたため、コーダもそれで勉強をしてしまった。

 さて、因果律コーダリティの話に戻ろう。

 現在の簡略化された魔法は、決められたリモコンのスイッチを押すだけなので、幾つかの決まった動作の中から戦術を組み立てる必要がある。けれども古代言語による魔法は、魔法の発現する因果そのものを定義する。『炎よ燃え上がれ』ではなく、『火のマナを集め、燃焼可能な触媒を生成し、点火し、炎を大きくせよ』というような因果自体を詠唱として行うため、古代魔法には全て因果律コーダリティいしずえとなっている。
 ただ、この方法で魔法を発現させるには、炎や風をはじめとする現象の原理を理解していなければならない。科学的あるいは化学的な知識が必要となるのだ。

「そうすると、運気リッカの良し悪しってのはどういった原理で決まっているんだろう…」
「なぁコーダ、俺は思うんだけどさ、戦士クリガーレの試合の時に、たまに剣が折れて負けるやつがいるんだけど、それって運が悪かったなんて言い訳は通じないんだ。自分の剣の受け方が悪かったり、普段の手入れを怠っていたり、酷使し過ぎた剣だったり、何かしら原因があるって教わった」
「…なるほど。つまるところ、相手の動きに対する注意力や場の流れを読む洞察力なんかが、運気リッカを左右する要素になってるわけだな」
よう。この世に偶然など有りはしない。全ては必然、ひつじょうなりて、それこそ因果律のことわりに他ならぬ」

 マリーに与えられている幸運の女神の加護というのも、生まれつきマリーが特別幸運ばかり起きる運命にあるわけではなく、巫女かんなぎという職業柄ではあるが、沢山の村人を助け続けてきたことで、多くの徳を積んできたからこそ、マリー自身が幸運の訪れやすい状態にあるという。
 
「それで? 主ら運気リッカゆびうていくかえ? 四人分なら少し勉強してやらんこともないぞな」

 あ、このおばあさん、魔導をこころざすなら自分で研鑽けんさんせよ、とか言ってたのに、結局売ってくれるんだ。確かに偏屈へんくつかもしれない。

「いいんですか? みんなはどうする?」
「リズは買う」
「うーん、俺も買っておこうかな。もちろんこれに頼るつもりはないけど」
「私は…、いえ、そうですね、みんなでおそろいというのもいいですね」

 それでは四人分ください、と、そう店主に告げようとしたところでイェスペルが小声で話しかけてくる。

(おい、コーダ! マリっちがお前に買って欲しそうにしてるぞ)
(えぇっ! そうなの? よく分かるね…)
(こういうのは当事者にはなかなか分からんかもしれないが、はたから見てると明らかに分かるぞ)
(しかし…みんなの分を出すとなるとちょっと厳しいなぁ…)
(何言ってんだよ。俺のとリズっちのは割り勘でいいから)
(リズも買って欲しい)
(うわっ!)
(うわっ!)

 イェスペルとの密談にリズベツが突然参加してきた。この話をどこから聞いていたのだろう…。むしろ、マリーにまで聞こえていないか心配になってくる。あまり密談ばかりしていても怪しまれるし…。

「と、とりあえず僕がまとめて払っておくね」
「おぅ、俺の分はあとでお金渡すよ」
「むぅ。しかたない。ここはマリーにおはちを回しておく」

 しかし、盗賊七つ道具について教えてもらうお礼もしなきゃならないが、ここでリズベツの分まで払うとマリーがねそうだ…。リズベツへのお礼はまた何か考えておくとしよう。

「コーダさん、ありがとうございます。私も後でお金をお渡し致しますね」

 マリーもみんなにならってそう言っているが、その時にプレゼントだと伝えてあげればいいだろう。イェスペルとリズベツは手に武器を持つことが多いので指に着けるのではなく、チェーンを通してネックレスにするそうだ。

「これでみなさんおそろいになりましたね。私、マジックアクセサリーのお店行ってみたかったのですが、ここで買えちゃったのでこのあとは食事にしませんか?」
「そうだね、俺っちもうお腹ペコペコで辛抱しんぼうたまらんよ」
「リズも賛成」

 ここで、食事なんていいから早く帰って魔法の勉強がしたいなんて言ったら、相当なひんしゅくを買うだろうな、などと考えつつ――

「よし、そしたら何か美味しそうなお店を探しにいこう!」

――と、食事のできるお店に向かうのだった。
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