ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ

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序章

二週間の戦果

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0612時 志航基地上空 レーダーオールクリア
空戦は終わった。
舞時のレーダースクリーンから敵機の光点が全て消えた。
空には味方機だけが残っている。
基地の管制塔が呼びかけてきた。
「Request landing permission from Alice to the control tower.」
「Understood. Land on runway 2.」
2番滑走路への着陸許可。舞時は機体の高度を下げ始めた。
朝日が昇り始めていた。空が赤く染まっている。
戦場の朝は、いつも美しい。だが、その美しさの裏には数多の死がある。
舞時は着陸態勢に入った。脚を下ろし、フラップを展開。速度を落とす。
滑走路が見えてきた。長い灰色のラインが、朝日に照らされて輝いている。
高度を下げ、推力を下げながら滑走路に侵入する。
後脚が地面に当たった。ガタンという衝撃。そして最後に機首を下ろす。
と、ほぼ同時に—
ゴガン。ゴンギャギャギャ。
という衝撃がコックピットに響いた。
(被弾で脚がイカれてたか)
舞時は瞬時に理解した。空戦で受けた被弾が、着陸脚の油圧系統を破壊していた。
脚が折れる。このままでは機体が地面に激突する。
咄嗟に舞時は射出座席のトリガーを引いた。
キャノピーが吹き飛ぶ。
そして、座席が打ち出される。
強烈な加速。視界が暗転した。
舞時は意識を失った。


基地医務室 0730時
「景都! 景都! 起きて!」
榛名の声が聞こえる。
舞時はゆっくりと目を開けた。白い天井。
消毒薬の匂い。医務室だ。
「…生きてるのか、俺」
「当たり前でしょ! もう、心配したんだから!」
榛名が泣きそうな顔で舞時を見下ろしていた。
彼女の目は赤く腫れている。泣いていたのだろう。
「すまん。心配かけた」
「謝らなくていいから…無事でよかった」
榛名は舞時の手を握った。その手は震えていた。
医務室のドアが開き、張少将が入ってきた。
「気がついたか、舞時」
「…はい」
舞時は起き上がろうとしたが、体が痛んだ。
「無理するな。射出の衝撃で打撲と軽い脳震盪だ。数日安静にしていろ」
「機体は?」
「大破だ。修理には時間がかかる」
舞時は舌打ちした。
「だが、君の戦果は素晴らしかった。
 爆撃機2機、戦闘機3機。計5機撃墜。エース達成だ」
張少将は笑った。
「おめでとう。君は今日からエースパイロットだ」
舞時は何も答えなかった。5機撃墜。
それがどれほどの意味を持つのか、彼にはわからなかった。
ただ、生き残るために戦っただけだ。
「ゆっくり休め。また戦場で会おう」
張少将は去っていった。
医務室には、舞時と榛名だけが残された。

「…ねぇ、景都」
「ん?」
「なんでこんな戦争に来たの? 本当の理由」
榛名の問いに、舞時は黙り込んだ。
しばらくして、彼は口を開いた。
「…日本にいられなくなった」
「どういうこと?」
「俺には、守れなかった人がいた。守るべき人だった。でも、守れなかった」
舞時の声は静かだった。
「その人は死んだ。俺のせいで。だから、俺は…」
「償いのために?」
「いや、違う。逃げるためだ」
舞時は自嘲した。
「俺は臆病者だ。日本にいたら、その人のことを思い出す。
 だから、逃げた。ここに来た。
 戦場なら、何も考えずに済む。ただ飛んで、戦って、それだけでいい」
榛名は何も言わなかった。ただ、舞時の手を握り続けた。
「でも、お前がついてきたのは予想外だった」
「…私も、同じだから」
「え?」
「私も、日本にいられなくなった。私にも、守れなかった人がいた」
榛名は小さく笑った。
「私たち、似た者同士ね」
舞時も笑った。
二人は、しばらく黙っていた。
窓の外から、基地の喧騒が聞こえる。整備兵たちの声。エンジン音。無線の雑音。
戦争は続いている。


10月15日 4番格納庫
一週間後、舞時は医務室を出た
痛みはまだ残っていたが、動けないほどではない。
彼は4番格納庫に向かった。
格納庫には、修理中のF-15Cがあった。213番機。舞時の乗機。
榛名が機体の下で作業をしていた。彼女は舞時に気づき、手を振った。
「おはよう。もう動けるの?」
「ああ。機体の状態は?」
「脚の油圧系統を全部交換した。フレームも一部修理。あと2日で完了するわ」
「頼む」
舞時は機体を見上げた。
213番機。ボロボロの機体。だが、この機体が舞時を生かしてくれた。
「…ありがとう」
舞時は機体に手を触れた。
榛名が不思議そうに尋ねた。
「機体に話しかけてるの?」
「変か?」
「ううん。あなたらしいわ」
榛名は笑った。
その時、サイレンが鳴り響いた。
『全機緊急発進! 敵航空機多数、基地に向けて接近中!』
舞時と榛名は顔を見合わせた。
「また来たか」
「予備機に乗って! 7番格納庫に211番機があるわ!」
「了解!」
舞時は走り出した。
戦争は、待ってくれない。

1045時 台湾海峡上空
舞時は211番機に乗って出撃していた。
この機体は213番機よりも古く、アビオニクスも劣る。
だが、飛べるだけマシだ。
レーダーに敵機の光点が無数に表示される。
『全機、交戦開始! 敵を一機も通すな!』
張少将の声。
舞時はスロットルを全開にした。
空戦が始まる。
ミサイルが飛び交い、機関砲が火を噴く。空が戦場に変わる。
舞時は冷静に戦った。一機ずつ、確実に撃墜していく。
J-10が爆発する。J-11が墜落する。J-16が火を噴く。
「Alice 1 kill」
「Alice 2 kill」
「Alice 3 kill」
撃墜数が増えていく。
だが、敵も多い。味方機が次々と撃墜されていく。
「Mayday! Mayday! Engine failure!」
味方機の悲鳴。
「Ejecting!」
パラシュートが開く。パイロットは助かった。だが、機体は失われた。
舞時は歯を食いしばった。
(もっと落とさなければ)
彼は機体を急降下させ、敵編隊に突っ込んだ。
「Fox2! Fox2!」
ミサイルが発射され、敵機に命中する。
「Alice 4 kill」
だが、その瞬間、レーダー警告音が鳴り響いた。
敵機が後ろに着いた。
(しまった!)
舞時は機体を急旋回させた。だが、敵機は離れない。
ミサイルが発射された。
舞時はチャフとフレアを射出し、急降下した。
ミサイルは逸れた。だが、敵機はまだ追ってくる。
(こいつ、腕がいい)
舞時は低高度まで降下し、海面すれすれを飛んだ。敵機も追ってくる。
そして、舞時は急上昇した。
敵機も追従しようとする—だが、反応が一瞬遅れた。
舞時は反転し、敵機の後ろに回り込んだ。
「Got you」
機関砲が火を噴く。
敵機が爆発した。
「Alice 5 kill」
舞時は深呼吸した。
10機。今日だけで5機。合計10機撃墜。ダブルエース達成。
だが、戦いはまだ終わらない。
舞時は再び敵機に向かって飛んでいった。

1230時 志航基地 着陸
空戦は3時間続いた。
敵機は撤退し、味方機も次々と基地に帰投していく。
舞時も着陸許可を得て、2番滑走路に降りた。
今度は無事に着陸できた。
機体を格納庫に入れると、榛名が駆け寄ってきた。
「お疲れ様! 無事でよかった!」
「ああ。機体、結構被弾してる。頼む」
「任せて」
榛名は早速作業を始めた。
舞時はヘルメットを脱ぎ、格納庫の外に出た。
空を見上げる。青い空。雲ひとつない。
この空の下で、多くの人が死んだ。敵も、味方も。
舞時は目を閉じた。
(俺は、何のために戦っているんだろう)
その答えは、まだ見つかっていなかった。


2036年 東京 品川駅前のカフェ
「それが彼の初陣から二週間の話よ」
佐世野榛名はコーヒーを飲み干した。
「二週間で10機撃墜。ダブルエース達成。普通じゃないわよね」
李明明はメモを取りながら頷いた。
「でも、まだ序の口だったんですよね?」
「ええ。本当の戦いは、これからだった」
佐世野は窓の外を見た。
「彼が『空の片割れ』と呼ばれるようになったのは、
 この後の戦いからよ。次に話すのは
 …そうね、11月の大規模航空戦。あれは凄かったわ」
「11月?」
「ええ。台湾海峡航空戦。史上最大規模の空中戦。あの戦いで、彼は伝説になった」
佐世野は微笑んだ。
「でも、その話はまた今度ね。今日はここまで」
「わかりました。ありがとうございます」
李明明は立ち上がり、佐世野に礼をした。
佐世野も立ち上がり、李明明と握手した。
「また来てね。彼の物語は、まだまだ続くから」
「必ず」
李明明はカフェを出た。
佐世野は窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「景都…あなたは今、どこにいるの?」
空は青く、雲が流れていた。
どこかで、彼はまだ飛んでいるのかもしれない。
空の片割れとして。
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