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来たるべき敵
迫る嵐
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1944年3月18日午前9時32分。
太平洋の広大な海域で、日本の命運を賭けた情報戦が繰り広げられていた。
高倉義人中将が漢口から東京に戻って以来
本土の防衛は喫緊の課題となっていた。
米海軍の大艦隊がハワイを出港したという密偵の報を受け
高倉は直ちに第三種非常警戒体制を下令し
本土沖合の特設監視艇にも警戒と監視を強化するよう指示していた。
そして、その索敵網の一角が、ついに敵影を捉えた。
南方からの索敵任務に当たっていた鹿屋航空隊の一式陸攻が
奄美大島沖600km地点で、ついに敵艦隊を発見した。
「敵艦隊見ユ!戦艦四、巡洋艦四、駆逐艦多数!尚、母艦ハ見ズ!」
無線から飛び込んできた報告は、簡潔ながらも明確だった。
高倉は、その報を聞くと、一瞬にしてその意図を悟った。
「やはり、囮か……」
彼の脳裏には、事前に予測していた米軍の「AXE & HAMMER作戦」の
構想が鮮明に浮かんだ。戦艦を主力とし、空母を含まない艦隊
それは、日本の航空戦力を南へと誘引し、本命の機動部隊から
目を逸らすための巧妙な欺瞞作戦に他ならなかった。
高倉は、冷静な表情で指示を出した。
「この部隊は、九州方面の航空戦力を誘引するための囮だ。
決して深追いするな。関東沖合
並びに東北方面の索敵を厳とせよ!本命はそちらにいるはずだ!」
彼の指示は、直ちに本土の各航空基地へと伝達された。
厚木航空隊、横須賀航空隊、そしてその他の本土航空基地に所属する索敵機
(九七式艦攻、一式陸攻、二式大艇)は、直ちに関東方面への
長距離偵察行動を開始した。広大な太平洋の北部海域は
これまで日本の索敵網が手薄だった領域だ。その闇の中に
日本の命運を握る敵機動部隊が潜んでいるはずだった。
索敵機は、夜明けと共に次々と飛び立っていった。
彼らは、燃料の限界まで飛び続け、広大な海域を虱潰しに探した。
そして、翌日、3月19日午前7時28分。ついに、その報が届いた。
「敵機動艦隊、発見!空母多数、艦載機発艦中……!」
厚木航空隊所属の三番機、一式陸攻からの
興奮と緊迫に満ちた無線だった。その直後、通信は途絶した。
「三番機、応答せよ!三番機!」
管制塔からの呼びかけに、返答はなかった。
おそらく、敵艦隊の迎撃機に捕捉され、撃墜されたのだろう。
しかし、彼らが命と引き換えに送ってくれた情報は、あまりにも大きかった。
統合軍本部は、敵艦隊発見時間
そして通信途絶直前の位置情報から、敵艦隊の現在位置を予測した。
「現在位置は、宮城県沖1100km地点……」
作戦室に、重い沈黙が落ちた。それは、日本の防衛網からすれば
あまりにも近い距離だった。しかも
その海域は、日本の主要な航空基地から遠く
迎撃が極めて困難な場所だった。
高倉は、地図上の宮城県沖1100km地点に視線を固定した。
そこから最も近い日本の艦隊は、大湊に配備されている第五艦隊だった。
しかし、その戦力は、米海軍の機動部隊に対抗するにはあまりにも貧弱だった。
第五艦隊は、重巡洋艦「那智」を旗艦とし
軽巡洋艦「多摩」「木曾」「阿武隈」、そして第七駆逐隊
第九駆逐隊、第二十二戦隊といった少数の駆逐艦しか所属していなかった。
「これだけでは、敵機動部隊に対抗することは不可能だ……」
高倉は、唇を噛み締めた。米海軍の機動部隊は
複数の正規空母を擁し、数百機の艦載機を搭載している。
そこに、高速戦艦や巡洋艦、駆逐艦が多数随伴しているはずだ。
第五艦隊を差し向ければ、それは一方的な虐殺に終わるだろう。
貴重な艦艇と将兵を、無駄に失うわけにはいかない。
高倉の脳裏には、ビスマルク海で失われた金剛と比叡の姿がよぎった。
あの時以上の犠牲を払うわけにはいかない。
艦隊による邀撃が困難である以上、残された道は
航空部隊による攻撃しかなかった。しかし、この距離では
日本の航空機もギリギリに近い。しかも、新型機はまだ実戦投入できない。
高倉は、苦渋の決断を下した。
「関東方面の航空部隊三分の一を動員し、敵艦隊を攻撃せよ。
目的は、一時的にでも時間を稼ぐことだ」
彼は、陸海軍統合軍司令部の真価が問われる時だと悟った。
陸海軍の垣根を越え、総力を結集しなければ、この危機は乗り越えられない。
直ちに、松島海軍航空基地への航空部隊の集結が命じられた。
松島は、関東方面に近く、大規模な航空機の運用が可能な基地だった。
集結命令を受けたのは、以下の部隊である。
厚木航空隊、横須賀航空隊
霞ヶ浦予科練の教員、助教
集結した航空部隊は、以下の陣容だった
一式陸攻:48機
彗星艦上爆撃機一二型甲:36機
天山艦上攻撃機:32機
零戦二二型甲:68機
総勢184機。これは、日本の航空戦力にとって
極めて大規模な投入だった。彼らの任務は、敵機動部隊に一撃を加え
その進撃を一時的にでも遅らせることで、本土防衛のための時間を稼ぐことだった。
航空部隊による時間稼ぎの間に
高倉は、本土防衛の最後の砦となる艦隊の出撃を命じた。
「横須賀鎮守府にいる第二艦隊全艦、直ちに出撃せよ!」
横須賀鎮守府は、にわかに活気づいた。
港には、ビスマルク海海戦で損傷を受け、修理を終えたばかりの艦艇
あるいは温存されてきた主力艦が停泊していた。
出撃命令を受けた第二艦隊の編成は以下の通りだ。
第七戦隊:重巡洋艦「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」
第四戦隊:重巡洋艦「愛宕」「摩耶」「鳥海」
第一戦隊:戦艦「長門」「陸奥」
第五戦隊:重巡洋艦「妙高」「羽黒」
第二水雷戦隊:軽巡洋艦「能代」
第27駆逐隊(白露、時雨、五月雨、春雨)
第31駆逐隊(長波、沖波、岸波、朝霜)
第32駆逐隊(藤波、早波、玉波、浜波)
これらの艦艇は、日本の残された主力艦艇のほとんどだった。
ビスマルク海で失われた金剛型戦艦の穴は大きいが
長門、陸奥といった巨艦が健在であり、多数の重巡洋艦と駆逐艦がその火力を支える。
彼らの任務は、航空攻撃で時間を稼いだ後
敵機動部隊と直接交戦し、帝都東京への侵攻を阻止することだった。
高倉は、この作戦において、陸海軍の役割分担を明確に決定した。
これは、陸海軍統合軍司令部が設立されたことの大きな成果だった。
「海軍航空部隊は、敵艦隊攻撃に総力を尽くせ!
陸軍の関東方面防空戦隊には、関東上空の防空を一任する!」
海軍航空部隊は、その全力を敵機動部隊への攻撃に集中させる。
彼らは、本土上空の防空任務から解放され、敵艦隊の撃破に専念できる。
一方、陸軍の関東方面防空戦隊は、その豊富な高射砲と迎撃機で
東京上空の防空を担う。これにより
限られた戦力を最も効率的に運用することが可能になった。
高倉は、司令部の作戦図を前に、静かに眼を閉じた。
成都でのB-29撃破は、確かに大きな戦果だった。
しかし、それはあくまで時間稼ぎに過ぎない。
今、日本の心臓部が、直接的な脅威に晒されようとしている。
「この国を守るためならば、どんな犠牲も厭わない」
彼の覚悟は、固まっていた。太平洋の波が、日本の本土へと、刻一刻と迫っていた。
そして、その波の向こうには、米海軍の巨大な艦隊が
東京を狙って進撃していた。日本の運命をかけた
最後の防衛戦が、今まさに始まろうとしていた。
太平洋の広大な海域で、日本の命運を賭けた情報戦が繰り広げられていた。
高倉義人中将が漢口から東京に戻って以来
本土の防衛は喫緊の課題となっていた。
米海軍の大艦隊がハワイを出港したという密偵の報を受け
高倉は直ちに第三種非常警戒体制を下令し
本土沖合の特設監視艇にも警戒と監視を強化するよう指示していた。
そして、その索敵網の一角が、ついに敵影を捉えた。
南方からの索敵任務に当たっていた鹿屋航空隊の一式陸攻が
奄美大島沖600km地点で、ついに敵艦隊を発見した。
「敵艦隊見ユ!戦艦四、巡洋艦四、駆逐艦多数!尚、母艦ハ見ズ!」
無線から飛び込んできた報告は、簡潔ながらも明確だった。
高倉は、その報を聞くと、一瞬にしてその意図を悟った。
「やはり、囮か……」
彼の脳裏には、事前に予測していた米軍の「AXE & HAMMER作戦」の
構想が鮮明に浮かんだ。戦艦を主力とし、空母を含まない艦隊
それは、日本の航空戦力を南へと誘引し、本命の機動部隊から
目を逸らすための巧妙な欺瞞作戦に他ならなかった。
高倉は、冷静な表情で指示を出した。
「この部隊は、九州方面の航空戦力を誘引するための囮だ。
決して深追いするな。関東沖合
並びに東北方面の索敵を厳とせよ!本命はそちらにいるはずだ!」
彼の指示は、直ちに本土の各航空基地へと伝達された。
厚木航空隊、横須賀航空隊、そしてその他の本土航空基地に所属する索敵機
(九七式艦攻、一式陸攻、二式大艇)は、直ちに関東方面への
長距離偵察行動を開始した。広大な太平洋の北部海域は
これまで日本の索敵網が手薄だった領域だ。その闇の中に
日本の命運を握る敵機動部隊が潜んでいるはずだった。
索敵機は、夜明けと共に次々と飛び立っていった。
彼らは、燃料の限界まで飛び続け、広大な海域を虱潰しに探した。
そして、翌日、3月19日午前7時28分。ついに、その報が届いた。
「敵機動艦隊、発見!空母多数、艦載機発艦中……!」
厚木航空隊所属の三番機、一式陸攻からの
興奮と緊迫に満ちた無線だった。その直後、通信は途絶した。
「三番機、応答せよ!三番機!」
管制塔からの呼びかけに、返答はなかった。
おそらく、敵艦隊の迎撃機に捕捉され、撃墜されたのだろう。
しかし、彼らが命と引き換えに送ってくれた情報は、あまりにも大きかった。
統合軍本部は、敵艦隊発見時間
そして通信途絶直前の位置情報から、敵艦隊の現在位置を予測した。
「現在位置は、宮城県沖1100km地点……」
作戦室に、重い沈黙が落ちた。それは、日本の防衛網からすれば
あまりにも近い距離だった。しかも
その海域は、日本の主要な航空基地から遠く
迎撃が極めて困難な場所だった。
高倉は、地図上の宮城県沖1100km地点に視線を固定した。
そこから最も近い日本の艦隊は、大湊に配備されている第五艦隊だった。
しかし、その戦力は、米海軍の機動部隊に対抗するにはあまりにも貧弱だった。
第五艦隊は、重巡洋艦「那智」を旗艦とし
軽巡洋艦「多摩」「木曾」「阿武隈」、そして第七駆逐隊
第九駆逐隊、第二十二戦隊といった少数の駆逐艦しか所属していなかった。
「これだけでは、敵機動部隊に対抗することは不可能だ……」
高倉は、唇を噛み締めた。米海軍の機動部隊は
複数の正規空母を擁し、数百機の艦載機を搭載している。
そこに、高速戦艦や巡洋艦、駆逐艦が多数随伴しているはずだ。
第五艦隊を差し向ければ、それは一方的な虐殺に終わるだろう。
貴重な艦艇と将兵を、無駄に失うわけにはいかない。
高倉の脳裏には、ビスマルク海で失われた金剛と比叡の姿がよぎった。
あの時以上の犠牲を払うわけにはいかない。
艦隊による邀撃が困難である以上、残された道は
航空部隊による攻撃しかなかった。しかし、この距離では
日本の航空機もギリギリに近い。しかも、新型機はまだ実戦投入できない。
高倉は、苦渋の決断を下した。
「関東方面の航空部隊三分の一を動員し、敵艦隊を攻撃せよ。
目的は、一時的にでも時間を稼ぐことだ」
彼は、陸海軍統合軍司令部の真価が問われる時だと悟った。
陸海軍の垣根を越え、総力を結集しなければ、この危機は乗り越えられない。
直ちに、松島海軍航空基地への航空部隊の集結が命じられた。
松島は、関東方面に近く、大規模な航空機の運用が可能な基地だった。
集結命令を受けたのは、以下の部隊である。
厚木航空隊、横須賀航空隊
霞ヶ浦予科練の教員、助教
集結した航空部隊は、以下の陣容だった
一式陸攻:48機
彗星艦上爆撃機一二型甲:36機
天山艦上攻撃機:32機
零戦二二型甲:68機
総勢184機。これは、日本の航空戦力にとって
極めて大規模な投入だった。彼らの任務は、敵機動部隊に一撃を加え
その進撃を一時的にでも遅らせることで、本土防衛のための時間を稼ぐことだった。
航空部隊による時間稼ぎの間に
高倉は、本土防衛の最後の砦となる艦隊の出撃を命じた。
「横須賀鎮守府にいる第二艦隊全艦、直ちに出撃せよ!」
横須賀鎮守府は、にわかに活気づいた。
港には、ビスマルク海海戦で損傷を受け、修理を終えたばかりの艦艇
あるいは温存されてきた主力艦が停泊していた。
出撃命令を受けた第二艦隊の編成は以下の通りだ。
第七戦隊:重巡洋艦「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」
第四戦隊:重巡洋艦「愛宕」「摩耶」「鳥海」
第一戦隊:戦艦「長門」「陸奥」
第五戦隊:重巡洋艦「妙高」「羽黒」
第二水雷戦隊:軽巡洋艦「能代」
第27駆逐隊(白露、時雨、五月雨、春雨)
第31駆逐隊(長波、沖波、岸波、朝霜)
第32駆逐隊(藤波、早波、玉波、浜波)
これらの艦艇は、日本の残された主力艦艇のほとんどだった。
ビスマルク海で失われた金剛型戦艦の穴は大きいが
長門、陸奥といった巨艦が健在であり、多数の重巡洋艦と駆逐艦がその火力を支える。
彼らの任務は、航空攻撃で時間を稼いだ後
敵機動部隊と直接交戦し、帝都東京への侵攻を阻止することだった。
高倉は、この作戦において、陸海軍の役割分担を明確に決定した。
これは、陸海軍統合軍司令部が設立されたことの大きな成果だった。
「海軍航空部隊は、敵艦隊攻撃に総力を尽くせ!
陸軍の関東方面防空戦隊には、関東上空の防空を一任する!」
海軍航空部隊は、その全力を敵機動部隊への攻撃に集中させる。
彼らは、本土上空の防空任務から解放され、敵艦隊の撃破に専念できる。
一方、陸軍の関東方面防空戦隊は、その豊富な高射砲と迎撃機で
東京上空の防空を担う。これにより
限られた戦力を最も効率的に運用することが可能になった。
高倉は、司令部の作戦図を前に、静かに眼を閉じた。
成都でのB-29撃破は、確かに大きな戦果だった。
しかし、それはあくまで時間稼ぎに過ぎない。
今、日本の心臓部が、直接的な脅威に晒されようとしている。
「この国を守るためならば、どんな犠牲も厭わない」
彼の覚悟は、固まっていた。太平洋の波が、日本の本土へと、刻一刻と迫っていた。
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